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第八章 ツィメンの思惑
58 ツィメンの思惑 (11)
 馬車の中にはレーヴィとライアンと私。御者台には御者とクリフト。馬車は快調に森の中を細く長く続く道を走っていた。以前に街に出たときに乗った黒塗りの馬車によく似た馬車だが、外装も内装もこちらの方が少し豪華になっており窓も大きい。
 乗り込む時に扉の脇に、ローマ字のHに似た紋様がついているのを見つけ、これは何かと聞いたところ、乙女が乗車している証であると教えてくれた。つまり、「おい、てめーら、この馬車には大切な乙女が乗ってんだから手ぇだすなよ。もし襲ったら地の果てまで追い詰めて、殺してくれと泣きをいれるほど後悔させてやるからな」という脅しになるらしい。便利なことだ。
 馬車の外は鬱蒼とした木々が生い茂り、森の奥から時折小鳥の囀りが響いてくる。レーヴィとの補習で習ったとおり、城のまわりは森で囲まれているようだ。しめ縄をまいて拝み倒したくなる程の大木が林立していた。城を出て10分程までの森は人の手が入っているのか、適度に枝がはらってあり、陽の光が地表まで届いていたが、さらに倍の距離を進んだ現在は道の中央に疎らに木漏れ日が届く程度で、辺りは薄暗い。
 地面を慣らしただけの道は馬車を揺らし、私の胃をかき混ぜる。吐くときは左隣に座るレーヴィを向こうと私は密かに心に決めていた。
 しかし、残念な事に私の胃が限界を迎える前に目的地に到着したらしい。馬車はゆっくりとスピードを落としていき、やがてその歩みを止める。

「ついたようですね」

 レーヴィに手をとられ馬車を降りると、揺れない足元にふらつき、その胸の中にしっかりと抱えこまれた。顔をあげると上背のないレーヴィの顔がすぐ近くにあって、反射的に仰け反ってしまう。

「大丈夫ですか?サカキさん」

 心配そうな声音とは裏腹に、私にしか見えないその顔には小ばかにしたような意地の悪い笑顔が浮かんでいた。本当に器用な奴だ。

「ここからは徒歩になります。足元に気をつけて下さいね」

 私の手をとりレーヴィは森の中へと入って行く。
 手をつなぐ相手を他の人に変えてもらえないだろうか。………もらえませんよね。
 後ろに続くライアン達に悟られぬように、レーヴィの腕から手を抜き取ろうとするが、そうは見えないのに、がっちりと強い力で挟まれて果たせなかった。
 巨木の根に足を取られてすこぶる歩きづらいが、空気は澄みきっていて気持ちがいい。どこからともなく聞こえてくる小川のせせらぎ。頭上を覆う木々の深い緑。苔むした木の皮。枝を縫う様に絡みつく蔦。日本にいた頃に憧れていた森林浴を満喫中だというのに、全く嬉しくない。
 レーヴィに手を引かれたまま歩き続け、緩やかな流れの小川が視界に入った時、どさっどさっ、と重たいものが二つ、地に落ちるような音がした。後方から聞こえたその音に、嫌な予感が………いや既に予感ではなく確信をもって首を回して見れば、力なく崩れ落ちたライアンとクリフトの姿があった。

「やっぱり~~~~~~~!!」

 私は思わず絶叫していた。
 もちろん、何かあると思っていましたよ。楽しくお花見をして終わるだなんてこれっぽっちも思ってもみませんでしたよ。けれど、護衛がこうもあっさりと真っ先に倒れてしまうのは正直予想外でした。
 ここは視界の遮られた深い森の中。護衛は倒れ、馬車からは離れ、隣にいるのは暗殺者。さて、どうしましょう?――――――――どうもこうもあるか! 取りあえず逃げる!
 未だ絡めたままのレーヴィの腕を振り払おうと力を込めたとき、信じられないものを、私は見た。
 驚愕に目を見張る私の前に、鈍く銀色に輝くお面が木の陰からゆったりとその異質な姿を現す。
 ……………何で。
 生きているんだ? 植え込みの陰で毒を飲み息絶えた状態で見つかったのではなかったか。
 ここは視界の遮られた深い森の中。護衛は倒れ、馬車からは離れ、隣にいるのは暗殺者。前にいるのも暗殺者。もう、どうしろっていうんだ。

「何がやっぱりですか。走って!」
「ぎゃっ」

 呆然としていると唐突に腕を引かれ、木の根に足を取られて転びそうになるが、それすらも許さぬ力でひっぱり上げられ、走らされた。水しぶきを上げて小川を横切り1本2本と太い木の枝を潜り抜けると、小さな黄色い花が畳4畳程の広さで地を覆う空間へと出る。この場だけ森が切り取られたようだ。頭上を覆う背の高い木も、光をさえぎる葉もなく、燦々と太陽の光が花々へと降り注ぐ。これが、タピオの花なのだろうか。可憐なその姿にうっとり………している暇はない。

「ちょっと! どういうつもりですか!」

 花畑の中央まで来て歩みを止めたレーヴィの手を振り払い、私は抗議の声をあげた。
 あいつは同じツィメンに雇われた暗殺者仲間じゃないか。何故レーヴィまで逃げる必要があるというのか。へっへっへっ逃げられるところまで逃げてみな子猫ちゃん的な悪趣味な余興でもやらせるつもりなのか。
 レーヴィは私の抗議など耳に入れるつもりもないらしい。いつの間に取り出したのか。朝食の席で見かけた黒い刃物を左手に持ち、右手を伸ばすと私の襟首をつかんでくるりと体を反転させる。レーヴィに背を向けた状態になった私の首に右腕を巻きつけ、左手の刃物を首に突きつけた。
 首に当たる冷たい感触にごくりと喉を鳴らす。黒光りする小型の刃物はいかにも切れ味が良さそうで、その些細な動作でさえ皮膚を切り裂きそうで恐ろしい。

「止まってくれる?」

 レーヴィの言葉に後を追ってきたお面男が花畑の入り口で動きを止めた。
 何。これ? いまいち状況がつかめないんですけど。死んだと思ったお面男が現れたかと思ったら、仲間割れですか?

「やっぱり、現れたね」
「……………その女を放せ」
「放せと言われて放す馬鹿がいると思う?」

 そうだね。いるわけがないね。


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