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第七章 無口
42 無口 (11)
 翌日の昼前、再びレーヴィがやって来た。小さな黄色い花束を手に表向きは見舞いと称して。

「友人に話をつけてきました。サカキさんの身の上については、遠い異国から商売に来たものの両親を無くし、とある貴族に無体を迫られて困っている子を逃がしたいと説明してありますので、サカキさんもそのつもりでお願いします。なるべく自分の話はしないで下さい」

 抑えた声で話すレーヴィの目は微かに腫れぼったく赤みを帯びていた。皺の入ったシャツに、長さの違うちぐはぐに結ばれた靴紐。髪を纏める為の細い紐からもれた茶色い束が幾筋も首に垂れている。昨夜は私の為に遅くまで奔走してくれていたのかもしれない。いつにもまして冴えぬレーヴィの出で立ちに申し訳なく思った。

「これから言う事をしっかり覚えて下さい。友人の名はハンネス=アールト。大通りから1本入ったところでリトヴァという食堂を営んでいます。大通り付近で食堂リトヴァの場所を尋ねるといいでしょう。大柄で一見怖く思えるかもしれませんが優しい人間です」

 私はレーヴィの言葉を聞き逃さぬよう耳を傾け一語一句を頭に刻んだ。そしてハンネスの人柄やリトヴァの情景を想像する。レーヴィの友人ならきっといい人だろう。私にも食堂の手伝いが出来るだろうか。目立つこの容姿じゃ接客は無理かもしれないが、お世話になるのだ、せめて裏方ぐらいは手伝いたい。そんな事を思っていると、徐々に、ああ本当に逃げるのだ、と実感が高まり同時に生まれた微かな緊張に腕を擦った。その緊張を解きほぐすようにレーヴィは目を細めて優しく微笑んだ。

「大丈夫ですよ。きっと上手くいきます。ハンネスの料理の腕は素晴らしいですから、美味しい食事を期待しててくださいね」
「はい」

 何て柔らかく笑む人なんだろう。つられて笑みを返し、その笑顔に魅入ってしまう。しかしレーヴィはすぐに笑みを消し真剣な面持ちで告げる。

「明日の明け方、まだ日の昇らぬ暗いうちに騒ぎを起こして監視の兵の目をそらします。サカキさんは兵士が持ち場を離れたら窓からでも出てきて下さい。その時にカーテンと窓を閉めるのを忘れないで下さいね。少しでも時間を稼がねばなりませんので」
「分かりました………けど、一つ心配な事があるんですけど」
「なんですか?」
「以前、エイノさんが留守にしている夜間は術がかけられていたのですが、今も夜は掛けられているかもしれません」
「それはありません。襲撃者の侵入経路の確認と結界の見直しで、いかにエイノ様でも今はそのような余力はないはずです。ですから兵が立っているのですよ」

 そうか。エイノ大変そうだな。

「日が昇るとすぐに物資を運ぶ馬車がやってきますので、その荷に紛れて街に出ます。門さえ抜けてしまえばこちらのものです。いいですか荷物は最小限にお願いします。貴方の不在が知れた時、貴方が自分の意思で出たと思われぬように。荷物が無くなれば自らの意思での失踪と露見してしまいます。そうなると街中まで捜索の手が及ぶやもしれませんから」

 自分の意思じゃない失踪って………拉致られたと思わせるって事?そうなれば襲撃の標的は私だったという事になってエイノの疑いも少しは晴れるのだろうか?考え込んでいるとレーヴィが気遣わしげな顔で問う。

「殿下の事が気にかかりますか?」

 うーん、イサークは命を狙われているかもしれないわけで心配といえば心配だが、私がここに居ようが居まいが危険の度合いは変わらないだろうし。あの時イサークが居れば私を庇おうとして、自分の身を危険に晒していたかもしれないと思うと私の存在はむしろマイナスだろう。

「それともエイノ様が心配ですか?」

 まぁね。心配………というか、責任被せられてエイノの身に何かあったらさすがに寝覚めが悪すぎる。とは思う。しかしエイノもまた私がいても共倒れになりこそすれ負担が減るわけでもないだろうしな。

「あの方は実力も神官達からの人望もおありになる。一時的には神官長としての立場が危うくなるかもしれませんが、あの方以上の適任はいないと、すぐに周囲も分かるはずです。何よりお父上がフランゼン公なのは周知の事実ですから、滅多な事にはならないでしょう」

 ゆっくりと安心させるように諭すように言うレーヴィの、微妙な言い回しにユハの言葉を思い出した。複雑な生い立ち、とか言っていたな。何だろね。まあ、何となく想像はつくが。
 それにしてもユハとレーヴィでエイノの処遇に対するニュアンスが違うのはどうしてだろう。レーヴィが楽観的すぎるのだろうか。それともユハが私を脅そうとして大げさに言ってみたとか?エイノやイサークの庇護はあてにならないとびびらせて尻尾を出すのを待っているのかも。大いに有り得るな。エイノが囚われるとなると胃に重いものが圧し掛かるが、失脚する程度ならまあいいか。怨むなら賢者を怨んでくれ。フランゼン公とやらがどれ程の力を持つ人物か知らないが、エイノのフォローをきっちりしてくれよ。
 それより神官から人望があるというのに驚きだ。あの目から冷凍ビームが出そうなエイノにあるんだ。人望。仕事で失敗しようものなら氷付けにされそうなのにな。上司にしたくない人物ナンバー1だけど。いや、やっぱりナンバー2かな。1は手の付けられないセクハラ上司になりそうなユハだわ。

「サカキさん」

 取り留めの無い思考に流されていく私の手をレーヴィの手が優しく包みこんだ。

「僕の故郷は田舎で何もありませんが、水の豊かな美しい所です。着いたら取っておきの場所にお連れしますね。きっと気に入りますよ。貴方はなにも心配なさらないで。大丈夫」

 私の手を包むレーヴィの乾いた体温の低い手にぎゅっと強く力が込められる。

「ですから、普段通りに振舞っていてください」

 そう言うとレーヴィはふわりと微笑んで手を離し、部屋を後にした。
 レーヴィは私の事をどう思っているのだろう。哀れな生徒?………同情でもいいか。今はまだ。


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