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第七章 無口
40 無口 (9)
 ベッドの中でもんどりうってまわりたい程の気恥ずかしさが薄らいだ頃、アイラが盆に飲み物の入ったカップをのせてやってきた。気丈なアイラは私に余計な懸念を抱かせない為か務めて明るく振舞うが、私を気遣うその行動の端々に隠し様のない動揺や不安が見て取れた。後ろ髪を引かれる様子ながらもユハにやんわりと促されアイラが部屋を後にすると、また3人だけの静かな時間が訪れる。仕方なく再度ベッドに横たわり眠れはしないと分かってはいたが目を閉じた。
 時間は淡々と流れていった。太陽は既に西の空の彼方へと姿を移しており、暗闇に包まれた部屋に時折差し込む光りが窓の外を篝火を持った兵士が通り過ぎた為なのだと幾度目かに気付いた。ユハは依然として窓辺に張り付いていた。兵士が数度訪ねてきてはその都度変わりの兵士を立てて部屋を去ったがいくらかもしないうちにまた戻ってくる。恐らく状況を確認しているのだろう。
 何ともいえない緊迫感に気はちっとも休まらない。ベッドでゴロゴロしているだけだというのに疲労が蓄積されていく。
 そんな中またノックの音がして顔を上げれば、アイラとマリヤッタが湯をはった桶とタオル、着替えの服を持って入ってくるところだった。それを見て、今夜は屋敷には帰れないのだと分かった。いや、今日だけとは限らないかもしれないな。
 それはいいんだけども。体を拭いて着替えるというのに、ユハとライアンに部屋を出る素振りがないのは何故かな?いぶかしんでいると、アイラ達が衝立を並べ始める。
 ……………ああ、そうですか。その陰で着替えろと。いいですけどね。それも別に。いいんですけど!その衝立がユハの身長に足りてないってのは問題ありじゃないですかね?アイラさんよ。それともワザとか?衝立は所詮気休めで、着替え中も監視されろと?いいっちゃいいですよ。別にユハも見たいなんて思ってないだろうしね。けど顔をひきつらせて衝立とユハを見比べてる私を見て、笑いをかみ殺してるのがたまらなくムカつくんですよ!お願いだから着替え中の監視はライアンにして下さい。
 ユハを睨み付けていると、衝立の問題に気付いたアイラが慌ててユハにソファを勧める。良かった。故意ではなかったらしい。
 服を脱ぎ始めると同時に、衝立の向こうからクスクスと押し殺した笑い声が聞こえた。何なんだこの敗北感は。
 怒りを抑えため息をつきつつ下着姿になると、マリヤッタが短く息を吸い込んだ。その様子にどうしたのかとマリヤッタの視線を辿りギョッとした。腕にくっきり手形がついていたのだ。これって、レーヴィの?そういえば痛い程の力で掴まれていたっけ。冷静に見えたけど、レーヴィも必死だったのかもしれないな。遅ればせながら気付いたアイラが「まぁ!?」と驚きの声を上げると、ソファが軽く軋む音が聞こえた。

「どうかしたのかい?」
 
 どうもしないから、こっちに来るな。急いで着替えの服を頭から被る。

「なんでもありません」

 と、私が言ったところで信じてもらえないのだろうが。
 衝立からこちらが見えないだろうギリギリのラインで止まったユハにアイラが慌てて説明に向かう。
 ああ、疲れる。まさか一晩中ユハがいるんじゃないだろうな。私は深いため息をついた。ため息をつくと幸せが逃げていくって本当だろうか。今日何度目かな………。

 そのまさかはどうやら当たりらしい。アイラ達もいなくなり、ライアンはユハに釘をさすような眼差しを送りつつ他の兵士に交代したというのに待てども待てどもユハが去る様子はない。もういいや、好きにしてくれと存在を忘れるように頭から布団を被った。
 夜半になって、ようやくうとうとしかけた頃、静かな部屋に扉がノックされる音が響いた。また報告の兵士だろうか。安眠妨害もいいとこだ。

「私だ」

 エイノか。聞こえた低い声にそっと顔をだして様子を伺う。安眠妨害の最たる素であるユハが、扉の前に立つ兵士に頷いて合図を送ると扉が開かれた。

「サカキの様子はどうだ?」
「落ち着いているよ」
「そうか」

 寝たふりを続けようかと思ったが、声に滲む疲労の色に思わず体を起こしていた。

「起こしたか。すまぬな」
「いえ、大丈夫ですか?お疲れみたいですが」

 今はエイノには頑張って貰わねばならないのだ。馬鹿な疑いを晴らすために。

「問題ない。私はしばらく屋敷には戻れぬが、お前は明日の朝には戻ると良い」
「え。いいんですか」
「但し、襲撃者が捕まるまでは屋敷からは出るな。危険を避けるためだ。よいな」

 つまり、軟禁か。

「分かりました」

 私に拒否権などあろうはずもない。私の答えを聞くとユハに視線をちらりと送りエイノは廊下へと姿を消した。イサークに会う前の状態に戻ったと思えば我慢出来なくもない。しかし一度緩んだ心には少々きついものがある。
 ささくれたつ気持ちを押し込むように再度頭から布団を被り目を閉じた。


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