どれくらいの時間がたったのだろうか。横になって目を閉じてみたものの高ぶった神経は一向に収まらず眠りが訪れる気配はなかった。瞼の裏を見つめる事に飽いてうっすらと目を開けてみれば、窓の外に意識を集中しているユハの姿が見える。引き結んだ口元に何時もの笑みはなく、研ぎ澄まされ凛とした姿に吸い寄せられるように見入ってしまう。広い肩幅が背筋の良さで更に強調されて、近衛の制服が憎らしい程に似合っていた。
何をしても様になる出来すぎた男だ。ユハに弱みってあるのかな?女好きなところか?しかし幾ら女たらしでも女に溺れるタイプではないだろうし弱みとは言い難い。一つぐらいあるだろうとは思うのだが。うーん。思いつかないな。可愛げのない男だと再び目を閉じようとした時、ふと左手の指が繰り返し動かされている事に気がついた。右の掌を左肘に左の掌を右ひじにまわし低い位置で組まれたその左手の人差し指が僅かな動きではあるが一定のリズムで右肘に打ち付けられていた。その仕草に、ユハの苛立ちに気付く。
そういえばどうしてユハはここにいるのだろう。エイノの近衛だよね。襲撃者が捕まっていない今、標的ではないにしても城にいる誰しもが危険なのではないだろうか。
「ユハさん。エイノさんの護衛に行かなくていいんですか?」
起きていると思わなかったのかユハは驚いたように眉を上げ私を見た。
「あの、誰か他の方に代わられてはどうですか?」
今のユハにはどこか言葉をかけ辛い。いつもより鋭い緑の瞳が無性に気になった。控えめな声音で言うとユハは微かに口元を緩める。
「俺が護衛では不満かな?」
「そういうわけでは………心配なんじゃないんですか?エイノさんの事が」
だから、苛立っているんじゃないのだろうか?
「サカキちゃんは察しがいい子だ。けれどよすぎるのも考えものだね」
言いながらユハは歩み寄ると、ベッドに腰かける。ベッドが軋む音がしてシーツと共にユハの重みに沈んだ。安定の悪くなったそこから私が身を起こすのを待ってユハは口を開く。
「俺はエイノの身の危険を心配しているわけじゃないよ。防御はエイノの十八番だしね」
では何を?
「二度目だからね。城への侵入を許してしまったのは」
一度目は私か。エイノの術者としての資質が問われる事になるのだろうか。
「結界に穴があるという事になると、サカキちゃん、君も不味い事になるよ」
「え?」
思いもよらぬ言葉に驚き声を上げていた。
「絶対の守りを誇っていた城に突如君が現れた。結界の指揮を執っていたのも、先頭に立って君を庇ったのもエイノなら、殿下の寵を受けた君の後見についたのもまたエイノだ。そして今度の襲撃。場合によってはエイノと君の立場はかなり危ういものになるだろう」
「まってください。狙われたのは私ですよね?それで何故」
「狙われたのは本当に君かな?今日は晴天だ。室外のそれも距離のある木の上から暗い部屋の中に立つ人物が誰か果たして狙撃者には判別できたのだろうかね」
「………イサークが狙われたということですか?」
「そういう可能性もあるという事だよ。殿下を狙う黒髪の呪術師、エイノなら結界に穴を開け城内へ招きいれる事が出来る。呪術師はまんまと殿下を篭絡し襲撃の隙をつくり、そこへ第3の仲間が現れて、しかしほんの手違いから標的を違えてしまう」
「ちょっ、ちょっと待ってください!仲間にイサークと間違われて命を落とすとこだったっていうんですか。そんな間抜けな!私が呪術師ならもっと上手くやりますよ!!」
何だそれは。強引にも程がある。声を荒げる私にユハは変わらぬ態度で答える。
「分かっているよ。サカキちゃんには他にいくらでも機会があった。けれど、そう思わない人間もたくさんいるんだよ。ここにはね」
はあ?何でよ。頭に豆腐でも詰まっているんじゃないのかそいつ等。
「エイノは少々複雑な生い立ちでね。地盤が磐石とはいえないし、君も知っての通り他に合わせる事を知らない男だから快く思っていない者も多い。その者達からしてみれば真実などどうでもいいんだよ。エイノを神官長の座から引き摺り下ろせればね」
「そんな………」
呆れて二の句が継げなかった。権力争いか。こんな時まで。
「生かしたまま、捕らえられればいいんだが」
そう言ってユハは窓の外へと視線を移す。
その横顔を見て疑問が沸いた。なら、ユハも襲撃者捜索に加わればいいじゃないか。なのに何故ここにいる?本当は私の事を疑っているのではないのか?胃が締め付けられるような不快感に襲われる。気持ち悪い。腹の底から湧き上がる吐き気に似た憤りに唇を噛み俯いた。
「傷がつくよ」
頤に指をかけ私を上向かせると、ユハはかみ締めた下唇にそっと親指を当て食い込んだ歯から唇を開放する。
「君は、本当に察しがいい………」
悔しかった。信じてもらえない事が。信用を築けつつあると思っていたのに、こんな事で簡単に崩れていく。
伏せたくなる目を見開いて精一杯の虚勢をはった。笑みをかたどった唇とは対照的な全く笑っていない緑の瞳を見つめ返す。どうすれば何を言えば分かってもらえるのだろうか。唇に当たる指から伝わる熱にもどかしさが募る。
コホンッ
ユハと私の間にあった緊張を破るように咳払いが聞こえた。
うん、ごめん。また忘れてた。ずっといますよね。本当にすみません。
頬を染めて軽蔑しきった目でユハを見つめるライアンに心の中で侘びを入れつつ、なるべくユハを視界に入れないようにして布団に横になると狸寝入りを決め込んだ。恥ずかしすぎる。
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