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第七章 無口
38 無口 (7)
 はあ………………。
 イサークが部屋を出ると私は思わず大きく息を吐いた。

「お疲れですか?サカキさん」
「え、ええ」

 もの凄く気疲れしました。

「今日はこれで終わりにしましょうか。疲れている時は頭に入りませんしね」

 そう言って教材を片付け始めるレーヴィを恨めしく思う。イサークとの関係を突っ込んでくれたらいいのに。そうしたらやんわりと否定出来るんだが。自分から言い出したんじゃ不自然だしなあ。しかし、レーヴィにそんな気はなさそうだ。そりゃそうだよね。好き好んで王子の恋愛事情に首を突っ込みたがるのは権力欲に塗れた貴族と侍女さん達ぐらいだろう。
 さて、どうやって巻き返したものか。対策を練りつつ自分の荷物をまとめ終えると、イサークが開けた窓を閉める為に席を立った。今日も本当にいい天気だ。雨が少ないように思うが、水不足にはならないのだろうか。
 両手を窓枠にかけて力を込めて引こうとすると、遠くの木の上で何かが光った。日の光を反射したのかな。けどあんなところで何が?不思議に思って目を凝らした瞬間。トスッ。背後の机の上に置かれた本が奇妙な音を立てる。
 えーと。今のって。何?
 振り返れば本の上に長い一本の棒が突き刺さっていた。これは、あれだな。正月によく見かけるやつ。それの実用的なもの。
 つまり、矢。
 それが窓の外から私のすぐ横を通って背後の本に刺さったわけで。

「伏せて!」

 思考が追いつくより先に、声が飛んだかと思うと机を飛び越えたレーヴィに腕を捕まれ床に引き摺り倒される。腕にレーヴィの指が食い込んだ。痛みに思わず身じろぐと頭を肩と肘で強引に押さえつけられる。額をついた胸は規則正しい鼓動を刻んでいて、いつもより低い落ち着いた声が聞こえた。

「大丈夫。じっとして」

 これって、所謂初スキンシップ!?やったー。と思える超ポジティブ思考が欲しい。
 これって、所謂暗殺未遂ってやつですか?自覚した途端に全身に嫌な汗が噴き出し心臓が猛スピードで動き出した。
 内部の異常に気付いた扉の外の兵が部屋へと入って来たが、「止まって!」というレーヴィの警告に足を止め、本に刺さる矢を見つけ顔色を変えるとすぐさま他の兵に緊急事態を告げる。一気に外が慌しくなるのが分かった。この場所に来たあの夜のように重い金属音が響き緊迫した声が飛び交う。
 私はレーヴィの腕の中で襲い来る恐怖に耐えていた。ほんの少し立っていた位置がずれていたら。そう思うと頭にすべての血が集まったかのように熱が昇り圧迫されて痛みを覚えた。反対に体は冷え切って寒気が走り肩が震えるのを止める事が出来なかった。レーヴィはそんな私の腕を変わらぬ痛いまでの力で掴み、覆いかぶさるように抱え込んだまま微動だにしない。
 目をつむると気を失えるのではないかと思う。だから何も見たくはなかったが目を開けていた。暗闇に囚われている内に事が進んでしまうのが怖かったから。
 やがて腕をつかむ力が弱まっていき、気付けば周囲を大勢の兵が取り囲んでいた。その中の一人が進み出ると膝をついて私と顔を合わせる。ライアン………見知った顔に泣きたくなった。ライアンは厳しい顔でレーヴィから私の腕を受け取ると脇の下から支えて立たせてくれる。寄りかかったままよろよろと進み部屋を出ると、丁度ユハが駆けてきた所だった。今度はライアンからユハの手に渡され、抱き上げられた。ああ、これもあの夜と同じだ。

「怪我は?」

 問いに頭を振って答えると、「良かった」と、優しく微笑み歩き出す。
 笑みを崩さぬユハに壊れ物を扱うように優しく腕の中に納められてはいるが、全身から発せられる興奮と威圧感が触れ合った体から服越しにも突き刺すように伝わった。固い胸板、太い腕、乱れぬ呼吸。緑の瞳は苛烈で冷徹な光を宿らせ時折向けられる視線に怯えた。守られている相手にさえ恐怖を感じるのは、命の危険に晒されたショック故か、それとも単純にユハという男に対して抱いているものなのか。
 数度掌を握っては開くといった動作を繰り返し、つま先の感触を確かめ力が入るのを確認してからユハに訴えた。

「降ろしてください。自分で歩きます」

 周囲の様子から襲撃者はまだ捕まっていないと推測した。今、再度襲われたら、ユハの両手を塞いでいるこの格好はまずい。そう思った。痛みは苦手だし自分の身は可愛い。いざという時にユハの枷になっては守れるものも守れぬだろうという至極利己的な理由なのだが。

「だめだよ」

 ユハは私の言葉をどう受け止めたのか優しく拒否する。駄目ですか。

「お願いします。降ろしてください」

 再度の訴えは笑顔だけで黙殺された。
 懇願した所でユハが願いを聞き入れてくれない事などよく分かっている。分かっているけど言わずにはおれなかった。妨げにならぬように、それになにより……………緑の瞳から少しでも距離を置けるように、ユハの体に触れずにすむようにしたかった。

 けれど結局、抱きかかえられたまま城の中の一室に運ばれると、ベッドに降ろされる。ユハはベッドの縁に腰掛けた私の前にかがみ込むと、靴に手をかけた。
 ぎゃー。何をする!慌てて足を引っ込めようとする私の足首を素早く掴むとユハは難なく靴を脱がせた。なんというか、本当に色々と手馴れてらっしゃる。抵抗を諦めた私のもう片方の靴も脱がせると、膝をついた姿勢のまま下から見上げられた。

「少し横になったほうがいいよ。すぐに侍女がやってくるからね。目を閉じて、休んで」

 拒否を許さぬ優しい口調に馬鹿みたいに素直に頷いた。だって怖いんだもんな。

「いい子だね」

 髪を撫でるとユハは窓の側に立った。
 そしてライアンが扉の前に立つ。……………うん、ずっといたんだね。ライアン。忘れていたよ。髭のおじ様兵士ライアンはほんのりと頬を染めて呆れたような眼差しをユハに送っている。
 いい年なんだから照れないでくれ。赤面したいのはこっちだよ!


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