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第七章 無口
36 無口 (5)
「術が解かれたので様子を見に来たのだが、やはり殿下であられたか……来い。熱いものでもいれよう」

 何を思っているのか。感情の読めぬエイノに促され彼の部屋へと通される。ユハと私を残してエイノは炊事場へと向かった。
 ユハはソファーの上を占領している本を無造作に拾い上げ腕に積み重ねては、執務机へと乱雑に移動させる。そんな適当に置いて後でエイノが怒らないだろうか。うわ、雪崩がおきそうだ。倒れそうで倒れない絶妙なバランスで積み上げられた本に眉を顰めていると、濡れた髪のせいなのか、クシャミが出た。ちと寒い。部屋に戻って何か上着をとってこようかな。迷う私にユハは素早く自身の帯を解くと上着を脱いで被せた。

「そのままでは風邪をひくね。これを着て」

 肩にかけられた近衛の制服はぶかぶかで、袖を通さずに中から胸元を合わせて前を閉じた。暖かい。

「ありがとうございます」

 上着からは微かに男の匂いがした。今日は甘い匂いじゃないんだな。勤務中だったようだから当然といえば当然なのだろうが女の存在を感じさせない時もあるのだと、ちらりとユハを見れば長袖のシャツから鎖骨が覗いて……小さな赤い印しが見えた。前言撤回だ。そんな目立つ所につけさせるな。上着を着ていれば見えない位置なのだろうが、訓練中の薄着時だと丸見えじゃないのか。
 半眼で首下を眺める視線に気付いたユハが私を見据えて、わざとらしい程にゆっくりと目を細め口角を上げる。うっ、何故私の方がうろたえて顔を逸らせないといけないのか。上着を付き返して部屋から出ていきたい。視線を戻せず明後日の方を見続けていると、小さく笑う声が聞こえた。

「男の部屋に入ってはいけないのだったよね。人の部屋とはいえ夜更けに男と二人きり、という状況はいいのかな?」

 からかい混じりに言われてぷちんときた。

「若い男の人とはいけないと言われていますが………。ですから、ユハさんは大丈夫だと思います」

 ふん、13歳からみればあと数年もたてば起床時に加齢臭のしそうな20台後半の男などオヤジだオヤジ。自分は例外だと思うなよ。まぁ、私もおばさんになるのだけど。自分で言った言葉に自分でダメージを受けたぞ。

「言ってくれるね。俺もおじさんの部類に入るのかい?」

 ユハは肩をすくめて苦笑してから、己の首に手を這わせ情交の跡を誇示するように撫でた。

「けれど、青臭い男よりも経験を積んだ男の方が危険を伴う事もあるよ」

 微笑むユハの緑の瞳にのせられた挑発的な色を見て、私は今回も惨敗した事を悟った。むきー。腹が立つ。一回刺されたらいいと思うんだ。袖にした女の人に。心の中で地団駄を踏みながらエイノが早く戻るように祈り扉を見つめた。
 ほどなく盆にカップを3つ載せたエイノが戻り安堵する。私には暖めたサルミを、自身とユハに琥珀色の液体の入ったカップを置き、エイノはソファに座る。その際執務机を見て眉を顰めたが何も言うことはなかった。
 冷えた体に熱いサルミが沁みる。プライドが高く人に無関心そうでありながらエイノは意外と家庭的だ。よく分からない人だな。

「厄介な事だ。もう少しご自分の立場を心得ておられるかと思ったが」

 唐突に口火を切ったエイノは浅くため息を吐いた。

「何か、あったんですか?」
「妃候補を定めるよう強く進言されておられる。近く大礼がある故な」
「大礼?」

 ってなに?

「四年に一度行われる儀だ。聖獣に国の繁栄を祈願するのだが、その際に聖獣の世話役となる女性達の中から正室や側室がたつ事が多いのだ」

 四年に一度ってオリンピックみたいだな。というか聖獣ってなに?玄武とか白虎とか龍とか麒麟とかが実在しちゃうんだろうか。

「殿下はじきに16歳になられる。四年後の大礼時にはご正室を迎えられている可能性も高いのでな、此度の儀に皆目を血走らせておる。それに辟易されている事はわかっていたが、このような行動に出られるとはな」

 結婚相手を絞るように迫られて苛立っているって事か。

「俺は、いい傾向だと思うけどね」

 呆れを滲ませたエイノに、ユハが口を開いた。ユハの口からイサークを庇う言葉が出るとは驚きだ。

「殿下は今まで欲が無さ過ぎたのさ。王たる者、私欲を抑え清廉であれと言うが果たして本当にそうかな。欲のない人間など空虚な人形に過ぎない。我を通して欲する事も知らぬ者が国を掌握出来るとは思えないな。以前の殿下なら言われるままに波風の立たぬ無難な相手を選んだだろう。だが今は違う。サカキちゃんを手に入れたいともがいているんだ。随分と面白みのある方になったじゃないか」
「理解できぬな。妃は後ろ盾のある者を選ぶべきであろう。その地位にないものを強引に取り立てても軋轢をうむだけだ」
「正室は無理でもバリス候辺りの養女に入れば側室にはなれるし後ろ盾もつく。殿下がそれを望んで諸侯を押さえつけられればね」
「だが、殿下はまだ15歳だ。心が変わらぬわけがなかろう。若さゆえに盲目的な想いに囚われてそれがわかっておられぬ。成人された後にも変わらぬ想いを寄せる者がいるならその時に愛妾として迎えればよいではないか」

 二人の言葉に眩暈がした。あの~。私の意志はどうなってるんでしょうかね。付き合ってられんわ。討論を続けるエイノとユハに就寝の挨拶をするとさっさと自室へと戻った。何としてでもレーヴィの心をつかんで城を出ようと決意を新たにベッドに潜り込んだ。


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