レーヴィは第一印象通りの人物だった。優しく小心でどこか抜けている。鮮烈な緑の瞳も、深く艶やかな声も、心を揺さぶる激情もない。身構えず、意識せず、罪悪感も覚えず、レーヴィと接する時は気を抜く事が出来た。他人に言わせれば私のこの感情は恋ではないかもしれない。けれど私にはこのぐらいの気持ちが丁度良い。身を焦がす恋より、穏やかな日常!ビバ平凡!
「西にリザラス、東にザナルデッリ、北にキュイ、南にツィメン。この4国が主にシルヴァンティエと国境を接している国だね。今現在はどの国とも友好関係を保ってはいるが、二十数年前まではキュイとの紛争が度々あったんだ。その殆どは小競り合い程度で収まっていたようだけれど。今この国にとって一番重要なのは南のツィメン。4国の中では最も小さな国だけど更に南のジャスラという国でとれる良質の鉱石を加工する技術が確立されていて豊かな国だ。ちなみにジャスラの南にはドレジャー山脈があって、それを超えると騎士の国として名高いバジェドールがある。バジェドールの鬼神の話を聞いた事はない?不敗の騎士団を率いる一騎当千の猛者で、黒鬼と呼ばれる事もあるらしいね。剣の道を志す者には生ける伝説とも言える存在だそうだよ。僕も昔憧れた時があってね……」
昼前の暖かな光の降り注ぐ部屋の中、机を挟んだ向かいの席で広げられた紙に簡単な地図を書きながらレーヴィは穏やかな声で説く。
その声を聞いていると―――眠くなる。それはもう猛烈に。緊張を強いられない相手ってなんて素敵。私は欠伸をかみ殺しうっとりとレーヴィを見つめた。野暮ったい服に冴えない眼鏡が良く似合う。適当にひっつめただけの髪が母性本能をくすぐった。
イサークは次の予定の為に退席し、今はレーヴィと2人だけの言わば居残り授業中だった。いや、何故かライアンが部屋の片隅に立っているから厳密には3人だけれど。イサークがいる間は部屋の外で待っているライアンら護衛兼監視の兵士達だが、イサークがいなくなると共に部屋の中へと場所を移す。なんだろうな。2人きりにさせない配慮か?
邪魔者が一名いるとはいえ、この時間は貴重な勝負時だ。さり気なくレーヴィの事を聞き出し、己をアピールする。13歳と思われている事は大きな障害だが、レーヴィを兄のように慕っている素振りを醸し、情を得ようと目論んでいた。今すぐ恋愛対象にはならないだろうが、紫の上いりませんか?作戦を決行中だ。
この数日で得た情報によると、レーヴィは23歳。独り身で恋人もいない(ここが重要だ)。地方出身の貧乏男爵家の三男坊で、貴族の子弟の家庭教師をしていたところ、今回イサークの教師にと白羽の矢がたったらしい。思わぬ大抜擢に本人も周囲の人々も驚嘆したというが、野心の欠片も持たぬ質朴なレーヴィの人柄が買われたのだろう。しかし臨時の為、イサークが学院に戻る時には御役御免になるそうだ。限られた時間の中でレーヴィの心を掴むのは至難のわざだが、このさい同情でも何でもいい、その時にどうにかして私も連れて行って貰えないだろうか。授業内容を脱線し、楽しそうにバジェドールの騎士について話すレーヴィに相槌をうちながら、考えをめぐらせていた。
「あ、あれ。すみません、話が逸れましたね。今日はこのぐらいにしておきましょうか。お腹もすいたし」
自分の話に熱中してしまった照れくささを隠すように頭を撫でながらレーヴィは授業の終了を告げる。
「ありがとうございました」
「それじゃあ、また明日。よろしくお願いします」
身元の不明瞭な生徒である私にもレーヴィは腰が低い。教材を纏めると深々と礼を取った。その謙虚さがまたいいんだ。
「レーヴィさん。お昼ご飯一緒に食べませんか?」
部屋を後にしようとするレーヴィを追いかけ声をかけた。
「サカキ様。エイノ様がお話があるそうですわ。急ぎ屋敷に戻られませんと」
どこから沸いて出たトゥーリ。突然かけられた声に私はまたかとため息をついた。何故かレーヴィに近づこうとすると、何かしら邪魔が入るのだ。ええい、時間がないっていうのに。
「残念ですね。また今度ご一緒しましょう」
人の良い笑顔を浮かべて去っていくレーヴィを涙を呑んで見送った。
エイノめ。くだらん話だったら覚えてろよ。
※※
「今宵は城詰めとなり帰れぬ。屋敷には術をかけていくゆえ、以前のように囚われたくなければ出歩くな」
昼食をとりつつ書類に目を通していたエイノは一度顔をあげるとそう言ったきり、また書類へと意識を戻す。
「えーと、用件はそれだけですか?」
急いで戻った為ぜいぜいと肩で息をしながら確認する。だったら誰かに伝えてくれたら済む話じゃないか。私の不機嫌さが伝わったのだろうか、エイノは再び顔をあげると方眉を上げた。
「そうだ。そう急ぎ戻らずとも良かったが?トゥーリには言伝を頼んだはずだ」
とぅ~~~~~り~~~~~。お前の仕業か。いつもの天然なのか?それともわざと?どうもトゥーリ達侍女3人衆はレーヴィの事を快く思っていない節があるからな。
「術にかかっても直ぐには屋敷に戻れぬかもしれぬ。気をつけよ」
「わかりました」
私はため息をつきながら返事を返した。ごめん、エイノ。八つ当たりだ。
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