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第六章 後見人
31 後見人 (9)
 扉の影からユハが顔をのぞかせる。私と目が合うとニヤリと笑んだ。

「失礼、ノックはしたのだけどね」

 その声に振り返ったイサークは、剣をとろうとして床に手を這わせた。だが剣は私が遠ざけておりとどかない。その隙に、ユハは滑るようにイサークに近寄ると背後から腕を絡めて首を締め上げた。
 仮にも王子に。いいのか、そんな事して。

「離せ!ぶ……れい…もの」
「サカキちゃんは、ここにいてくれ」

 がっちりと首を押さえ込んだまま、ユハは暴れるイサークを部屋の隅へと引きずっていく。足が時々宙に浮いているんだけど。呼吸は出来ているのだろうか……。
 イサークの耳にユハが小声で何やら吹き込むと、宙吊りになってなお抵抗を続けていたイサークが、ピタリと動きを止めた。力を漲らせ強張っていた体が見る間に緊張を解く。次いで、顔を真っ赤に染め、一瞬私を見たかと思うと、すごい勢いで顔を背けた。
 なんだ、その反応は。何か私が悪い事をしたみたいじゃないか。
 ユハに腕をとかれたイサークは、暗い声音で、「エイノに詫びにいく」というと私の近くへ歩み寄る。

「悪い」

 目を合わせぬままボソリと呟き、側に落ちていた剣を手にとり扉へと向かった。ノブに手をかけると険しいがどこか疲れた表情でユハを振り返る。

「二度と戻れぬ僻地に送られたくなければ、余計な事は言うな」

 そういい残し部屋を後にした。
 廊下を行く足音が遠ざかったのを確認してから、私は口を開いた。

「ユハさん、どういうことですか?説明して下さい」
「殿下の言葉を聞いていなかったのかい?飛ばされたくはないのだが。まぁ、大人になればわかるよ」

 大人?何だそのピンクな表現は。ん?ピンク?アダルト?…毎晩…腰…無理を強いる…。

「は~~~~~~~」

 私は顔を抑えて長い長いため息を吐いた。そういう事か。そりゃ、報酬を払っているなんて言葉は逆効果だよな。しかし、そっちの方向に間違えるかね。どういう思考回路でそうなったんだ。恋する少年を甘く見ていた。

「おや、わかったようだね」

 意外そうに片眉を上げるユハに、再度小さくため息を吐いた。13歳なら分かるでしょ。いや分からんか?あぁもう、面倒だ。

「そのぐらい分かります!子供扱いしないでください。私、もう子供じゃありません」

 どうだ。絶対に子供しか吐かない取って置きの台詞だ。それにしても。

「ユハさん、さっき柱の後ろに隠れていましたよね?なぜすぐに出てこなかったんですか?」

 助けてと目で訴えたというのに、無視したね?

「殿下の弱みを握っておくというのは、俺のようなしがない近衛にとっては魅力的な事だと思わないかい?」

 ユハは爽やかに笑んで言う。その微笑と言葉の内容が合ってないぞ。

「さて、そろそろ食堂に戻ろうか。あちらの話も済んだだろう」

 済んだかもしれないが、今私と顔を合わすのは嫌なんじゃなかろうか。戸惑い俯く私の頬にユハは手を添え上向かせる。稚気と老猾さの混じった緑の瞳が間近にあった。

「こういう時はね時間を空けるものじゃない。時が経てば経つほど羞恥と後悔が襲ってくるだろうからね」

 それは一理ある。けど本当にそう思って言っているのだろうか?ただ単に高みの見物をしたいだけなんじゃないのか?ユハを相手にすると穿った見方をしてしまうのは私の責ではないだろう。しかし早くこの状況から脱したかった私はユハと共に食堂に戻る事にした。

 食堂の中は静まり返っていた。変わらぬ様子で書類に目を通すエイノと、青い顔で肩を落として項垂れるイサーク。
 イサークは私の顔をみると、その顔を瞬時に赤く変える。何かを言おうとして、唇を噛み視線を外した。ちょっと面白いかも。慌てふためくイサークを可愛いと思ってしまう。本当に悪女になりそうだ。

「イサーク。すみませんでした。無理やり解読の手伝いをさせられていると勘違いさせたみたいで。でも、私の意志でもありますから、心配しないでくださいね」

 そういう事にしておこう。私の言葉にイサークは顔を上げて無理矢理作った笑みで応えた。

「え。いや、そう。そうだったのか。悪かったな。くだらん事で要らぬ真似をして」
「いえ、心配して頂いてありがとうございます」

 これで丸く収まる。ところがそうは問屋が卸さなかった。イサークは思い出したように眉を顰める。

「だがサカキ、よかったのか?男の部屋には入れないと言っていただろう?」

 忘れていた。言いましたね。確かに言いました。言いましたとも。なんて事を言ったんだ。どうするよ。
人間焦ると碌な言い訳を思いつかない。苦し紛れに思わず放った一言は、

「そのっ、エイノさんは、もうおじさんだから!」

 だった。もうちょっとマシな言い訳があっただろうに。おじさんだから何だっていうんだ。鏡の前に座って一晩中自分に説教をしたい。
 自分の馬鹿さ加減にげんなりしていると、パサリと乾いた軽い音が聞こえた。見ればエイノがテーブルに落としたらしい書類を何気ない動作で手に取る所だった。能面を保ってはいるが、その姿には哀愁が滲んでいる。しまった微妙な年齢だったんだな。

「そ、そうか」

 イサークは気遣わしげな目をしてエイノを見るが、口元は緩んでいた。
 納得、してくれた………のか?

追記
マリヤッタがメイド仲間から聞いた話によれば、その晩ユハの部屋からは押し殺した笑い声が延々と聞こえていたらしい。
後見人終了です。次話は第4の男が登場する予定です。また少しお時間を頂きます。


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