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第六章 後見人
30 後見人 (8)
「やあ、サカキちゃん。変わりはないかい?会えて嬉しいよ」
「こんにちは、ユハさん」

 今朝、唐突に昼食を一緒にとるとエイノに宣言され、食堂に来てみればユハの姿があった。ユハに会うのも久しぶりだな。エイノを迎えに来る所を見た事は何度かあったが、遠目で挨拶を交わす事もなかった。

「ユハ、昼食まで間がある。先に資料を揃えよ」
「はいはい。人使いが荒いね」

 それって近衛の仕事なのか?
 ユハは茶化すように文句をいいながらも、部屋を出て行く。あの書庫にいくのだろうか?私には立ち入りを許されぬ場所だ。嫌そうにしながらもユハを信用しているのだろうな。
 なんとはなしにユハの出て行った扉を眺めていると、書類に視線を落としたままエイノが口を開いた。

「サカキ。今夜は帰りが遅くなる。私の部屋でまっておれ」
「………分かりました」

 今夜もか。何時も遅いのに、更に遅くなるって何時になるのだろうか。この頃お肌の調子が気になるんだけどな。美味しい仕事だけど毎晩はちょっと辛い。座りっぱなしで腰が痛いし。

「寝入らぬようにな。お前に眠られては何も出来ぬ」

 エイノは顔を上げると僅かに口の端を歪めて皮肉げに笑う。
 もうパロは飲まないし、言われなくても寝ませんよ。あのパロ、あとからトゥーリに聞いたところによるとかなりアルコール度数の高いものだそうだ。食前酒が供される事もあったから飲酒については緩い国だと思ってはいたが未成年者にきつい酒入り乳飲料を勧めるな。
 それにしても、腰が痛い。ああ、マッサージ機が欲しい。握り拳をつくって腰を軽く叩くが効果はなかった。

「痛むのか?」
「ええ、ちょっと腰がだるくて」
「そうか………なら今日はよい。あの日から毎晩だったな。無理をさせたようだ」
「いえ、私は昼に休んでいますから。エイノさんこそ大丈夫なんですか?」

 昼間は神官職をこなし、夜には古書の解読だ。相当疲れも溜まっているはずだ。本来ならばとっくに終わっている作業を引き伸ばしまくっている私としては非常に後ろめたい。

「私の身を案じる必要はない。自分の意思でやっている事だ。気の進まぬお前に無理を強いた上に体調を崩されては後見人として」

 その時、エイノの言葉を唐突に轟音が遮った。部屋全体を振動させているのではないかというほどの音を立てて扉が開いたのだ。驚き見れば、壁にぶつかり激しく揺れている扉の奥に、片足を上げたイサークが立っていた。足で扉を蹴破ったのだろうか?作り物のように無表情でありながら目には狂暴な怒気が宿っており、その異様さに戦慄が走った。

「イサーク?」

 こぼれ出た私の声に弾かれた様に、イサークは部屋へと飛び込むと腰から剣を引き抜きざまにエイノに駆け寄る。流れるような隙の無い動作で切先をエイノの首に突きつけた。

「エイノ。どういうことだ。俺はお前にこんなまねをさせる為にサカキの後見に推したわけではない!」
「仰る意味がわかりませぬな」

 剣を突きつけられても、エイノの表情は変わらない。
 その場しのぎにでも、ちょっとは下手に出ようよ。
 
「黙れ!白を切るか。話は全て聞いた。首を落とされたくなければ、今すぐにこの国から消えうせろ」

 激昂したイサークの剣を持つ手に力が入るのがわかった。脅しではなく、本当に斬り捨てるつもりなのか。

「イサーク。どうしたっていうんですか。落ち着いてください」

 エイノが斬られる所も、人を斬るイサークも見たくはない。

「これが、落ち着いていられるか!………っくそっ。サカキ。来い」
「へ?ちょっと、まって」

 イサークの剣幕に戸惑っていると、方手に剣を提げたままのイサークの腕が腰に回され小脇に抱えられる。私は宅配物か。抗議の声を上げたかったが、鋭い光を放つ剣が気になって何も言えない。
 イサークは私を抱えたまま、廊下に出ると外に通じる扉へと歩きかけ、しかし2、3度たたらを踏むと思いとどまったのか、進路を変えた。
 なすがままだった私は何処へ行く気なのかと顔をあげ、柱の影に隠れる人影に気付いた。薄く笑みをうかべ此方を伺っている男。
 ユハめ~~~~~~。お前近衛だろうが!何で隠れてるんだ!
 睨みつけるがユハが出てくる気配はなく、その間にもイサークは足早に歩き私の部屋の前に立った。
 中に入り、後ろ手に乱暴に扉を閉めると、べッドの上に私を放り投げる。肌触りのいいシーツの上で幾度か跳ねた後、ようやく揺れがおさまった。床じゃなくて良かった。
 イサークは剣を傍らに投げ捨て、崩れるように床に膝をついた。
 一体全体どうしたっていうんだ。ご乱心か!?

「すまん。俺が守ると大口を叩いておきながら、お前をこんな目に……」

 俯き怒りに肩を震わせて、苦しげに吐き出すイサークを見ていられず、ベッドから降りるとそっと肩に手を置く。念のため、さりげなく剣を遠ざける事は忘れない。

「イサーク、落ち着いてください。私なら大丈夫ですから」
「俺の前で強がるな!」

 顔をあげたイサークに強い口調とは裏腹に、すがる様な目で見つめられる。青い瞳が不安げに揺れ、捨てられた子犬を彷彿とさせた。
 うっ、かわいい。その柔らかな金色の髪をワシワシと撫で回したい衝動に駆られた。
 待て待て、今はそんな場合じゃない。何か誤解があるとしか思えなかった。こんな短絡的な行動はイサークらしくない。

「強がるも何も、本当に大丈夫ですから」
「何故だ!?合意の上だったとでもいうのか?」

 合意?何の話なのかさっぱり分からん。話を聞いたって言っていたな。扉の外でエイノとの会話を聞いていたのだろうか。そして怒った、と。何に?直前の会話を思い出す。
 ――――――あ!
 そうか、イサークは私がただ働きでこき使われていると思っているのだな。これは誤解を解かねば。それにしてもちょっと怒りすぎじゃないか?

「イサーク、誤解ですよ。エイノさんはちゃんと報酬を払ってくれています」
「サ、カキ………………」

 イサークの顔は目に見えて青ざめて、私の名前を呟いたかと思うと乱暴に抱きしめられた。容赦のない力に息が詰まる。

「い、さーく。くるし」
「………こんな事になると分かっていたら、いっその事、俺が!」

 イサークが?

「俺が………お前を……」

 私を?
 イサークが言葉を続けようと唇を動かしかけたとき、扉が開いた。
イサークは隠れS。
続きも一気に上げたかったのですが、改稿していたら力尽きました。おやすみなさい。


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