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第六章 後見人
29 後見人 (7)
「エイノ様にそんなご趣味が………だから今まで浮いた話がおありでなかったのね。人はわからないものですわね」

 茫然としてぶつぶつと独り言を呟くトゥーリの背中を押して自室に連れ込むと、昨晩の事を1から10まで微に入り細に入り懇切丁寧にじっくりと説明した。その結果。

「まぁ、そういう事でしたの」

 わかって貰えた。

「でも、本当に何もなかったのですか?」

 ………だろうか。

「エイノ様程魅力的な方はそうはいませんわ。侍女の中にも憧れている者は多いんですのよ。サカキ様はどう思っていらっしゃるんです?」

 どうって………体液が緑っぽいとか、夜中に脱皮してそうだなとか、世界征服を企まない悪の科学者ならぬ神官とか。色々と。

「でも、お歳が離れていらっしゃるし、私はお勧めいたしませんわ」
 
 いや、だから違うって。
 再度見当違いもいいとこだと言い含めると、余計な誤解を招きたくないから内密にと諄いほど念押しをしておいた。でも心配だ。トゥーリだし。

 エイノの屋敷に居を移しても、私の生活に大きな変化はない。
 朝食をとり、散歩をして昼食。2区の散策と読書にごろ寝。夕食後は風呂に入り就寝……とはならず、眠る頃になるとエイノが訪ねてきて部屋へ案内される。それだけが唯一変わった点か。
 エイノの部屋に泊まってしまった翌日の晩、解読の続きをと、部屋を訪ねてきたエイノに渋い顔をしているとこう提案された。

「ユハに働きたいと言っておったそうだな。お前の知識があれば可能だが、異質を嫌う者もおれば過ぎる好奇を持つ者もおろう。私に雇われたと思うてみぬか?無論報酬は払う」

 そういって提示された金額はシルヴァンティエの通貨価値に疎い私からみても破格だと分かるものだった。
 そうとなれば断る理由はない。寧ろ喜んでやらせていただこう。古文書と睨めっこをしているだけで大金を貰える。こんな美味しい仕事はない。欲しいものも気兼ねなく買えるし、将来独立する時の為にも貯蓄は必要だ。
 出来るだけ解読を引き伸ばしてがっぽり稼ごう。そう心に決めた。
 エイノと共に深夜に解読を始めて、報酬の他にもう一つ得るものがあった。知識だ。エイノと私の間にある部屋は書庫らしく膨大な数の蔵書があるようだ。残念ながら私が入る事は禁じられているが、エイノが資料にと持ってくる本から様々な事が分かった。この地にシルヴァンティエが建国される数百年前、ゴルドベルグという国があったらしい。高度な文明をもっていたとされるゴルドベルグは、ある時突如として歴史からその名を消す事となる。その謎の手がかりが記されていると目されていたのが、あの綴りだったというわけだ。どういった経緯からエイノがゴルドベルグの滅亡に興味を持ったのかは知らないが、妄執していると言ってもいいほどの熱の入れようだった。

 眠い。解読の手伝いを始めて4日目、昼食後に襲ってきた眠気に勝てず、昼寝をしようと部屋に戻ると、思いもかけぬ人物が居た。

「イサーク!?びっくりした。何時きたんですか?」
「ああ……ちょっと顔がみたくなって、な。久しぶりだな………」

 私の顔をみるなり目を逸らして、歯切れの悪い口調で言うイサークは、白地に金と銀で刺繍をされた丈の長い豪奢な衣装に身を包んでいた。両肩の飾りからはこれまた純白に白糸で複雑な文様を縫いこまれたマントがさがっている。普段は頬や肩を彩っている金の髪は額から後ろに流して整えられており、すっきりと輪郭を出したその髪形のせいか何時もより大人びて見えた。王子としての正装だろうか?余りに見事な刺繍に惚れ惚れと見入っていると、イサークが歩み寄ってきた。私の前まで来ると真剣な面持ちで見つめられる。

「サカキ、困っている事はないか?………俺に、言いたい事は?」

 ある。私が実は25歳であなたを騙した上に気持ちを知ってもなお利用しようとしている酷い人間だと。言わないけども。

「何もありませんが。どうかしたんですか?」
「いや、ないならいいんだ」

 苦しげに耐えるようなイサークの表情が気にかかった。何事かあったのだろうか?イサークの言わんとしている事を掴もうとして、足りないものに気付く。
 あれ?何か忘れているような……。あ、金魚の糞がいない。
 いつもイサークにくっ付いている近衛達がいないのだ。扉の前にもいなかった。そのうえイサークのこの格好。まさか。

「イサーク、近衛はどうしたんですか?こっそり抜け出してきたんじゃないでしょうね?」
「え?いや………………そうだ」
「また、無茶を。そんな事をしては近衛達に絞られますよ」

 私が。

「ああ、そうだな。そろそろ不味いな」

 焦れるような、もどかしいような、鬱屈とした空気を纏っていたイサークだが、諦めるように頭を一つふると憂いを帯びた青い瞳を細める。

「元気そうで安心した。俺に力になれる事があればいつでも言ってくれ」

 少しも安心していないだろう笑顔を見せるとイサークは部屋を後にした。


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