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第六章 後見人
28 後見人 (6)
「続きは?何と書いてあるのだ?」

 興奮したエイノに両肩を掴まれる。痛いんですけど。
 未解読の古文書のようなものなのだろうか?そういえば無責任男は自分の知識を元に言語を与えたと言っていたな。馬鹿だ阿呆だと思っていたが、一応賢者らしき知識もあったのか。
 言語能力を活かしたいとは考えていたが、

「何でも読めましてよ。なにせ賢者の知識がありますもの。崇め奉りなさい。オーッホッホッ」

 などとふんぞり返る気はなく、近隣諸国との交易における通訳等で細々と暮らしていきたいのだが………。夢見ている平穏な一般庶民の生活が、また少し遠ざかってしまった気がする。
 取り敢えず手を離せ。

「エイノさん、痛いです」
 
 今にも肩を揺すりだしそうな勢いのエイノにか細く訴えた。

「すまぬ。続きは?分かるのか?」
「父の書斎で似た文字を見たことがあって、その一文を覚えていただけなんです。合っているかどうかも分かりませんよ………」
「似た文字………ヴィルヤか?いや、ヒルヴォネンかもしれぬな。待っておれ」

 人の話を聞いているのか?エイノは居ても立ってもおられぬ様子で素早く立ち上がり、部屋を出て行く。隣の部屋から何やら物色しているらしき音が聞こえてきた。
 うーん参ったな。今更、後は分かりません。と言っても解放してくれそうにないな。あの様子じゃ。とはいえ、安易に全て解読してしまうのは危険だろう。またおかしな疑いをかけられては困る。頻繁に使われている単語を2つ3つ拾って翻訳し、後はわからぬフリをしようか。
 私は綴りを手に取り簡単に目を通した。

『我…此処…警告す…歴……闇に身を………魔……り…ゴルドベル…暦4…6年。…物は白髪の…者………………フォル…ルの従………て姿を現………幾年……月を経……その容………る事なく、人な………強……力を……い、神をも恐れ……行の末に繁……極みに……た我が祖国を滅亡……追いや…た』

 傷みが激しく解読不可能な部分が多い。しかし分かる単語から推察するにどうやらある国の終焉についての記述のようだ。次のページには如何にして祖国が滅んでいったのかが書かれているようだが、これもまた読める部分の方が少ない為憶測の域を出ない。
 冒頭のくだりを幾度か読み返していると気にかかる所を見つけた。フォル…ル。一字分からない箇所があるが、聞覚えのある響きだ。
 分からぬ場所に当てはまる字はセではないのか。

 ――――――フォルセル

 此方に来てから呪われたように、その名がついてまわる。
 フォルセルの呪術師とはどういった存在なのだろうか。これが書かれたのが何年前なのか分からないが、随分と古くからフォルセルの名は存在しているらしい。地名や国名を指していると思っていたがどうも違うようだ。何らかの組織名だろうか?
 考え込んでいるとエイノが腕の中に本を積み上げて戻ってきた。

「参考になり得る文献だ。足りねばいくらでも持ってこよう」

寒さぐらい耐えて部屋に篭っていればよかった………。

 分かる文字を分からぬフリをして、資料と照らし合わせ解読しているように見せかける。といのは面倒で退屈な作業だ。自然と瞼が下がる。パロの影響もあるのだろう。体が重く本を持つ手に力が入らない。眠りへと引きずり込まれる意識の中で、体が宙に浮くのを感じた。頬にあたる暖かな感触と、耳の側で刻まれる心地よいリズムにひどく安心して、私は闇色の繭の中へ沈んでいった。

 顔に当たる朝日の眩しさに目を覚ました。ベッドの上に身を起こし、しばし固まる。
 ここ、どこだ?ああ、そっかエイノの屋敷に引越したんだっけ……………って、やっぱりここどこだ!?割り当てられた自分の部屋じゃない!
 見渡す限りの、本、本、本。
 嘘でしょ。エイノの部屋じゃないか!なんたる不覚。
 衣服に乱れは?ない。体に変調は?ない。ベッドに染みは?ない。
 はぁ、心臓に悪い。慌てふためき貞操の無事を確認してからエイノの姿が見当たらないのに気が付いた。どこだろうか?眠ってしまった私にこの部屋を明け渡して他の部屋で休んでいるのだろか?気が利かないようにみえて、紳士じゃないか。
 自分の部屋へ戻ろうとベッドを降りて、ソファに見えた茶色い物体に足が止まる。肘掛に寄りかかりエイノが眠っていた。居たのか……………。
 他の部屋で眠るなり、私を起こすなりしてくれればいいものを。寝入ってしまった自分を棚にあげて、安らかな寝顔を見せるエイノに文句を垂れる。
 しかし、ベッドを占領して風邪をひかれては寝覚めが悪い。私は毛布を手に取ると、エイノを起こさぬようにそっと体にかけた。
 長い睫が白磁の肌に影を落とし、絹糸のような髪が朝日を受けて金に輝いていた。眠っていると冷たい印象もいくらか薄らぎ美しさが増す。傾国の美女だな。男だけど。声を出さなければ美女で充分通るだろう。
 声は好きなんだけどなぁ。カラオケに行ったらヤ〇トをリクエストしたくなるほどの低音なのに。

「顔がなぁ。これじゃなければ………本当に奇麗。見れば見るほど腹が立つわ」

 無駄な美貌だ。顔の良さを利用する気もないようだし。そこいらの美女より美人な男に何の需要があるのか。

「随分な言われようだな」

 独り言に言葉を返され愕然とする。眠っているとばかり思っていたのに。目をむいて凍りつく私にエイノは身を起こすと人の悪い笑みを浮かべた。

「くくっ、この顔を褒める言葉は飽きる程聞いてきたが、そのように言われたのは初めてだ」
 
 えーと、怒ってらっしゃる?

「お前とは気が合うやもしれぬな。私もこの顔には嫌気がさしておるのだ」

 いや、合わないと思います。

「なるほど、ユハの言うとおりお前は興味深い」

 新種を発見した(悪の)科学者のような目でこっちを見ないで下さい。どうやって逃げようかとまごついていると、けたたましいノックの音と同時に取り乱したトゥーリの声が聞こえた。

「エイノ様!エイノ様!起きていらっしゃいますか?大変でございます。サカキ様のお姿が見当たりません!」

 え。

「問題ない。ここにおる」

 ぎゃー。何を言うんだ。少しは考えろ。
 立ち上がったエイノが扉をあけた。部屋の中にいる私を見て顔を真っ青にするトゥーリ。
 誤解してるよね。その顔は。


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