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第六章 後見人
27 後見人 (5)
 ――――――――眠ってしまった。
 ノックの音に重い瞼をあげれば、部屋の中は西に傾いた日に赤く染められていた。寝すぎだろ。昨晩夜更けまで未だ慣れぬ字を追っていた目を休めようと、少しの間だけ横になったつもりだったのに。
 おかしな時間に眠ったせいか体はだるく、鈍い痛みが頭を覆っていた。

「サカキ様。食事の仕度が出来ておりますが」

 扉の外からの呼びかけに応えてでると、初老の男性が立っていた。エイノに部屋に案内された折にお茶を運んできてくれた人だ。いかにも執事然とした佇まいに迷うことなくセバスチャンと名付けた。この屋敷に来てから、エイノと彼しか見ていないのだが、まさか1人で全て賄っているんじゃあるまいな。

「明日からは城から侍女が参りますが本日は私がお世話を努めさせて頂きます」
「どうも、お世話になります」

 お互いに軽く頭を下げ挨拶を交わす。
 案内された食堂には誰もいなかった。てっきりエイノと同席すると思っていたのだが。聞けばエイノはここの所帰りが遅く、暫くは1人での食事になるとの事だ。正直ホッとして、そんな自分にため息が出た。一緒に食卓を囲むという親しくなる絶好の機会を失して喜んでどうする。お近づきになろう計画は早くも頓挫の兆しをみせていた。
 セバスチャンは寡黙な人物だ。食堂に案内され、食事が終わり部屋に戻るまで、此方からの要望や質問に応える以外に口を開く事はなかった。お喋りが好きな訳ではないが、余りに一日中言葉を口にしないと早く呆けてしまいそうで心配だ。早く明日にならないかな。アイラ達の姦しさが妙に恋しかった。

 眠れない。何十回目かの寝返りを打ってとうとう私は寝る事を放棄した。昼間にあれだけ寝たら当然か。十代の頃は幾らでも眠れたのにな。こんな所でも歳を実感する。
 ベッドから降りると、月明かりを頼りにランタンに火を灯し昨晩の続きを読み始めた。しかし幾らかも読み進まない内に、体の冷えに気付く。昼間は暖かいとはいえ夜はさすがに少々肌寒い。熱いものが飲みたいけど、どうしたものか。暫く思案した後そっと廊下に出た。炊事場にいけばお茶ぐらい沸かせるかもしれない。
 部屋よりも数度気温の低い廊下を手で体を擦りながら進む。2部屋目を通りすぎた所で前方の部屋から明かりが漏れている事に気が付いた。エイノの部屋だ。まだ起きているのだろうか?足音を殺してそっと部屋の前を通り過ぎようとした時、軽い軋み音をたてて扉が開いた。

「どこへ行く」

 寝巻きの上にローブを羽織ったエイノが顔をだす。
 ……………私が通れば分かる様にセンサーでも仕掛けているんじゃないだろうな。充分ありえるぞ。

「ちょっと眠れなくて、お茶でも飲もうかと………」
「部屋へ入れ。私が用意しよう」

 何故か部屋へ通されました。エイノの。いえいえ、そんな結構ですと、断ったのだが、こちらの話を聞かずさっさと部屋を後にするエイノに仕方なく部屋のソファに腰掛けて帰りを待つ。エイノが帰ってきたら即効でお茶を飲み干して退散しよう。
 部屋は本に支配されていた。壁一面を書棚が占め、テーブルや執務机、ベッドのサイドデーブルといったありとあらゆる場所に本や書類が置かれている。不思議なのは部屋を照らす明かりだ。揺らぎのないその光は城の廊下で見たものと同じで明らかに火ではない。これも魔法なのだろうか。明るくていいな。私の部屋にもつけて貰えないだろうか。
 ボーっと辺りを観察していると、カップを二つ盆に載せたエイノが帰ってきた。盆をテーブルに置くと私の横に腰を降ろす。向かいのソファは本に占領されていたから横に座る事になったようだが、微妙な距離に身を固くした。エイノは子供だと思って気にも留めていないのだろうが、こちらとしては深夜に男性の部屋で2人きりという認識の上に、この距離は辛いものがある。

「サルミにパロを入れたものだ。気を安らげよう」

 サルミは乳製品っぽい飲み物で何度か飲んだ事があるが、パロとは何だろう?勧められたカップを手にとり匂いを嗅げば、微かに甘い香りがした。

「いただきます」

 口に含むとパロが何なのか気付く。酒だ。私、下戸なんだけど………。しかし滅多にない好意を無碍にするのも気が引けて飲む事にした。アルコール度が高くないことを祈ろう。
 エイノが持つカップからはパロがかなり強く香っている。顔に似合わず飲兵衛なのかもしれないな。
 静かな部屋に茶を飲み、息を吐く音だけが重なる。早く飲み終えてしまいたかったが、熱々に温められたサルミは冷めにくく飲むのに時間がかかる。
 苦戦しつつも半分程飲み終えた所で、ふとテーブルの端に置かれた一冊の古びた綴りに目が止まる。
 ――――――違和感があった。
 紙ではない何かで出来たそれの最初の文を何とはなしに読み上げる。

「我…ここ…警告、す?」

 汚れや滲みで読めない箇所があるが、どうやら何かの警告文らしい。更に読み進めようとした時、エイノが性急な動作でカップをテーブルに置いた。衝撃で中身の液体が飛び跳ねテーブルに滴を落とす。 

「これが読めるのか!?」

 初めてエイノが声を荒げるところを聞いた。
 綴りに目を戻し、臍を噛む。字が違ったのだ。シルヴァンティエで使われているものと。
 先ほど感じた違和感の正体はそれか。自分の迂闊さを呪った。
余談ですが、シルヴァンティエ独特の固有名詞は人名辞典から拝借しています。
なので「サルミにパロを入れたものだ」といった文は「鈴木に田中を入れたものだ」みたいな事になっているのではないかと、想像して笑ってみたり……。


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