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第六章 後見人
24 後見人 (2)
「それは誤解です」

 はぁ~。どうしてそうなるんだ。彼らがもう私の部屋を訪れていないのを知らないのだろうか。宣伝が過ぎたのかもしれないな。

「私とてイサークがお前のような卑しき者にうつつを抜かすとは信じられなかったが、この目で確かめてきたのだ」

 確かめた?

「お前、何も知らないのか?………ついて来い」

 首を捻る私に青年は不愉快そうに眉を潜めた。
 青年とは関わり合いになりたくはないし、ユハからは全力逃亡と決めたばかりだが、恩人であるイサークに迷惑をかけて知らん顔は出来ない。それにどういう事か気になるしな。目で確かめるってなに?決闘でもしてるっていうのか?まさかねぇ。ないない。イサークはともかくユハに限ってそれはない。とは思うが百聞は一見にしかずというし、結局この嫌味な青年に大人しく従う事にした。

「ついたぞ」
「ここは………」

 そこは以前側を通りかかった兵士達の訓練所だった。土ぼこりの舞う中、各々手に手に槍や剣を持ち訓練に励む兵士達。手の中の武器を交わす度に硬質な音が鳴り響く。汗で濡れた髪。低い掛声。鍛えられた肉体。
 ああ、なんて―――むさ苦しい。筋肉質な体を眺めるのは好きだが、これだけ大量にいるとその一言に尽きる。

「あそこだ」

 青年が指差した方を見やれば、訓練所の片隅に人の輪が出来ていた。近づくが筋肉の壁に阻まれて見えない。

「どけ」

 苛立った青年の声に、前に立っていた兵士が泣く子も黙る形相で振り返る。しかし、青年を認めるなり慌てて脇に避けた。名のある貴族なのかね。それにしても嫌な奴だ。
 避けてくれた兵士に目礼すると、輪の中を覗いて、目にした光景に愕然とする。
 本当にしてるよ。決闘。
 輪の中にはイサークとユハがいた。それぞれ手に重量感のある剣を構え向き合っている。肩で息をする苦しげな顔のイサークに対しユハは余裕の表情だ。

「なんで……」

 と思って、よくよく見れば剣の刃は潰されているし、二人とも簡単な鎧を身につけている。決闘というか、訓練だな。でも何故ユハと?ユハはエイノの近衛だろうに。

「十日ほど前、イサークが突然剣の稽古の相手にあの近衛を指名したのだ。以来毎日この調子だ」

 十日ほど前といえば丁度イサークとユハが来なくなった頃だ。

「あの近衛は稽古の相手には適さない。剣の型が変則すぎるからな。たとえ刃を潰した剣でもまともに入れば無事では済まないとわかっていながら、イサークはあの者に固執している」

 確かに、ユハは丁寧に剣を教えるようなタイプではないだろう。しかしだからと言って、それが私の取り合いにどう繋がるのか。飛躍しすぎだと思うのだが。

「あの近衛、お前の元に足繁く通っていたらしいな。その時間を潰すためにイサークが兵士の訓練場に自ら足を運び指名しているのではないのかと噂されているのだ」

 ―――――え?ハッとして青年の顔を見たとき、周りの兵士が一斉に歓声をあげた。どちらを応援しているともつかないその咆えるような声に視線を輪の中に戻せば、手にした剣を振り上げユハに斬りかかるイサークが見えた。ユハはイサークの剣を鮮やかに受け流しつつ足をかけ体勢を崩した上で背を柄で打ち付ける。イサークは地に倒れながらも体を回転させ素早く起き上がり再び剣を構えた。荒い呼吸を繰り返しユハを睨み据える。

 ユハを見るイサークの瞳にうつる感情は何だろうか。
 焦り?憎しみ?それとも―――――嫉妬?

 なんて事だ。やはりイサークはあの場面を見ていたのだ。髪に口付けるユハを。それを拒まぬ私を。

「見ろ、誇り高きシルヴァンティエの王となる方があのように土にまみれて」

 冷や水を被せられた気分だ。それもダムいっぱいの。
 まずい。まずいまずいまずい。ユハの事をドン引きだなんて言えないぞ。
 そうと知って思い返せば、気付かされる。自分に向けられた眼差しに潜む熱を、声に隠された甘い響きを、何故今まで見落としていたのか。
 ああ、そうか。15歳の少年にとって25歳の女などおばさんだと、恋情の相手になるわけがないと、思い込んでいたんだ。イサークにとっては13歳の少女だったというのに。最低じゃないか、私。

「お前のような身元も不確かな下賎の輩が気を掛けていただける存在じゃないのだぞ」

 いや、でもあの年頃の子の気持ちなど移ろいやすいものだ。一時的な気の迷いかもしれない。ああ、それにしても15歳ってどうだろ。青少年保護育成なんとかの範疇だっけ?日本ではないのに、日本の法律が頭を過る。いやいや法律がなくても駄目でしょ。倫理的に。

「間違ってもイサークとの未来など夢見ぬ事だな。おい、聞いているのか?」

 ああ、もう煩いな。人が考え事をしているというのに、耳元でブチブチと。お前は夏の夜の蚊か何かか?そういや名前なんだっけ?聞いてないな。もうモスキートでいいか。ぴったりだ。連れのダニーがいないのが惜しいが。
 とりあえず、この場はイサークに気付かれぬうちに撤退したほうがいいだろう。打ち負かされている姿を見られたと気付かれたら傷つけてしまうかもしれない。モスキートに目で合図を送ると私はそっと輪から離れた。


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