初めて見た頃と変わらぬユハの笑顔が、今は全く違って見える。
―――――この腹黒。
無いと思っているんだろうな。自分の利益なんて。取引出来る材料も持たない小娘と侮りやがって。
「黙っています」
「何を?」
挑むように睨みつけるとユハは面白そうに聞き返す。
「あの時、ユハさんがイサークの肩を外した時。――――気付いていましたよね?王太子殿下だと」
ユハが私を見つけた時には、イサークは私の背に立ち首飾りの留め具をつける為に屈んでおり、ユハからイサークの顔は見えなかっただろう。しかし腕を取り、地面に押さえつける前には確認出来たはずだ。
必死だったから、咄嗟の事で気付かなかった。なんて言い訳は聞く気はないぞ。
肩を外す前に見せたユハのあのゾッとする笑顔には少しの苛立ちと嘲り、隠しようの無い好奇が見えた。それに「自分の力を図り間違えるな」という台詞。あれはユハとイサークの力の差を示し抵抗しても無駄だという意味の他に、自分の身を守りきれなかったイサークに、1人で街に出る資格は無いという皮肉が込められていたのではないか。
さて、どうでるか。ユハの様子を伺っていると。
「………くっくっ…あっははははははっ」
ユハは堪え切れないといった呈で大声を上げて笑い出した。
「君は頭の良い子だね。それに勘もいい」
あっさり認めちゃったよ。いいのか。それで。
「俺の負けだ。殿下の心を掴んでいる君と、一介の近衛に過ぎない俺とじゃ、俺に勝ち目はないだろうね」
本当にそう思っているのか?なんなんだその余裕は。どうにも居心地が悪い。難物相手に喧嘩を売ってしまった気がするがあとの祭りだ。
「さて、君に掛かっている容疑だが。殿下から何か聞いていないかな?」
「イサークを狙っている者がいる、という噂があると聞いた事があります」
「そう。サカキちゃんはその容疑者の1人に上がっているんだ。なにせ時期が時期だったからね。実しやかに黒髪の女呪術師が殿下を狙っていると噂が広がって程なくして君が城の庭園に突如として現れた。それまで噂を信じていなかった者も君に懸念を抱かずには居られなかったのだろうね。牢に入れて拷問に掛けよと言う者もいたようだ」
うわぁ、やっぱり。いきなり自白強要とかどこの馬鹿だよ。せめて調べてからにして欲しい。
「勿論、君のような少女にそんな大それた事が出来るはずがない、という者も多くいてね。その筆頭がエイノさ。尤もエイノの場合は少々見識が違うが」
どう違うというのだろうか?
「以前に術式面での警備統括者だという話しをしただろう?城の周囲には常時16名の術士が術を張っているんだ。君を見つけた当初はエイノも君が噂の呪術師である可能性を考慮してサリの術をかけたようだが、後から術を見直しても何処にも侵入の痕跡が認められなかった。術に綻びも齎さずに、人為的に突破するのは不可能だ。というのがエイノの言い分だ。そして、そんな事を遣って退ける力のある人間が、いとも感単に警備兵に見つかる筈がない、とね」
私を信じているのではなく、自分を信じているんだな。物凄く納得だ。
「この見解には説得力があり、殆どの者がエイノに賛同した。しかし、強力な協力者がいるに違いないと譲らない者もいて、サリの術を継続する事を条件に君に一定の自由を与えよう。という事になったんだよ」
「では、サリの術を継続したのはエイノさんの意思じゃなかったんですね?」
うーん、エイノって悪い人じゃないのだろうか。どうも掴めないわ。
「それはどうかな。エイノも術の継続には諸手を揚げて賛成していたからね」
「どうしてですか?」
やっぱりロリコン覗き魔どS神官なのか?
「純粋な好奇心だろうね。エイノはサカキちゃんがまた突発的にどこかに移動する可能性があると思っているんだよ。瞬間移動の謎を解明したいんじゃないかな」
………マッドサイエンティストタイプだったのか。エイノの立ち位置はよく分かったが。
「ユハさんは?私がイサークの命を狙う呪術師だと思っていますか?」
「いや、9割方思っていないよ。殿下を狙うなら街でいくらでも機会があった筈だろう?まさか標的の顔も知らない間抜けな暗殺者がいるとは思いたくないからね」
おーい、あとの一割は何なんだ?ここって突っ込むべきなのか………。
「サカキちゃんの今後の扱いだが、今のところ心配はいらない。君に手出しをするのは殿下がお許しにならないだろう」
だから、今のところって何なんだ。スッキリしない言い方だな。
「心強い味方を得たものだ。これが全て計算の上でなら……面白いのだけどね」
ユハはお得意の爽やかな笑みを浮かべるがその瞳は笑っていなかった。不穏な緑の瞳に射竦められて言葉が出ない。怖いよ、ユハ。
「さて、そろそろ戻ろうか。余り遅くなるとあらぬ疑いをかけられかねない」
蛇に睨まれた蛙の如く身動き出来ない私の手を取ってユハは帰路を促す。
無言で下草を踏み分けて歩き、ライアン達の姿が遠くに見えた頃、私はふと、さっき見たクリスタの胸元を思い出して口を開いた。気を呑まれたままだと思われたくなかったのかもしれない。
「クリスタさんは止めたほうがいいですよ」
「おや、どうしてだい?」
意外な内容だったのかユハは興味を引かれたように私を見る。
「彼女、夫がいるんじゃないですか?」
「ああ、いるかもしれないな」
あっさり返されたよ。いてもいいのか。でも。
「子供もいますよ。それも赤ん坊が」
その言葉にユハは虚を突かれた顔をする。そういう顔初めてみたな。
「――――それは、いただけないね」
ユハの低い声を聞いた時、こちらに気付いたライアン達が駆け寄ってきた。相当心配していたみたいだな。
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