「綺麗な方ですね。彼女ですか?」
悩ましげに尻をくねらせ歩き去るクリスタを見送りながら聞く。
「昔のね」
昔?今現在の彼女は別にいるって事か?ああん?
剣呑な私の雰囲気に、ユハは肩をすくめておどけてみせた。
「そんな顔をしないでくれないかな?今は恋人はいないよ。クリスタは以前王宮に勤めていたんだが、暫く王都を離れていてね。先日戻って来たばかりなんだよ。その挨拶をしに来てくれただけさ」
へぇ。久しぶりの再開に盛り上がってああなった、と。元カノとよりを戻すつもりなのかね。マリヤッタが泣くな。彼女、ユハに思いを寄せているようだからなぁ。こんな軽佻浮薄な男、苦労するのが目に見えているのに。
「それはそうと、サカキちゃん。随分と殿下に気に入られたようだね」
「はぁ。まあ……そうなんですかね」
気に入られたというか、懐かれたというか、遊び相手にロックオンされたというか。
「女性にはさして興味のない御方だったのに、3日も続けて通われるとは随分な入れ込みようだ。諸侯のご令嬢方はさぞかし羨んでいる事だろうね」
軽く笑って言われるが、それこそ私が危惧している事だ。次期国王である王太子殿下に近づく身元不明の女なんて、権力争いに携わる者達には邪魔なだけの存在だろう。後ろ盾も何もない私がそんな連中に睨まれて無事でいられるだろうか。私の胸中を知ってか知らずかユハは爽やかな笑みを浮かべている。その笑顔に裏があるのではと感じるようになったのは何時からだったか。面白い事になったとでも思っているのではなかろうか。
しかし、ここでユハに会えたのは幸運だったかもしれない。どうしても確かめたい事があったのだ。イサークの訪問が今後も続くとなると、今度はいつユハと話せるか分からないしな。
「ユハさん2人だけで話がしたいのですが……」
ライアンとクリフトを気にする素振りを見せるとユハは片眉を上げて笑みを深めた。
「おや、内緒話かい?いいね。向こうに打って付けの所があるから其処で話そうか。君達はここで待っていてくれ。大丈夫だ。俺が責任をもってお守りするよ」
責任をもって監視するの間違いだろ。
「ついておいで」
「すみません、すぐに戻りますから」
無言のまま心配そうな表情で私を見つめるライアンに言いおくと、私はユハについて歩き出した。ユハ信用ないな。あの場面を見た後じゃ尚更か。
前を行くユハの背中は広い。訓練を抜け出してきたのか何時もの近衛の服ではなく、訓練場にいた兵士達が着ていたものと同じ細身のシャツとズボンを身につけており、鍛え上げられた肉体が服の上からでも見て取れた。見上げる程の長身に、精悍な顔立ち、背筋をスッと伸ばし颯爽と歩く姿は確かに格好良い。引き締まったお尻の線は見ていて惚れ惚れする程だ。マリヤッタ達の気持ちも分からなくはないが……。しかし引退して体を動かさなくなれば、素晴らしい筋肉は贅肉に変わり、立派なメタボになりそうだ。歳を取って介護が必要になったりしたら高すぎる身長も厄介だろうしなぁ。ああ、でもあの太い首も好きだな。腹筋なんか余裕で割れているんだろうな。一度こっそり裸体を見てみたいものだ。
後ろにいるのを良い事に無遠慮に体を観察しているとユハが苦笑し振り返る。
「なんだか熱い視線を感じるね。可愛い娘に見つめられるのは嫌いじゃないが。残念な事に目的地についてしまったよ」
連れられてきたそこは、東屋というのも烏滸がましい小さな休憩所があった。周囲に木々はなく、僅かな下草が生えているのみ。身を潜められるような物陰が無い為、人に聞かれたくない話をするには持ってこいだ。
石のベンチに座ろうとするとユハが素早くハンカチを敷く。……こういう事する人本当にいるんだ。
「どうぞ、お姫さま」
「はは。ありがとうございます」
思わず引きつった笑いが漏れてしまう。薄い青色の上等そうなそのハンカチを汚さないか気になって座り心地が悪いんですけど。
「さて、どんな秘密の話をしてくれるのかな?」
まるで子供のような好奇心を含んだ目をして、それはもう楽しげな笑顔を向けられた。
「このあいだ、馬車から降りる時に言われた言葉を自分なりに考えてみました。私の考えを聞いてもらいたいんです」
「いいよ。聞こう」
長い足をゆっくりと組み、笑みを浮かべたまま私を見つめる。
「私はエイノさんに助けられた。それはサリの術をかける事によって助けられた。そういう事ですよね?」
「そうだね」
「宿で殿下は言っていました。サリの術の使用は一部の罪人に限られていた、と。一部の罪人とは単独犯ではなく複数犯………例えば組織立った強盗団などの罪人ではないかと思ったんです」
「続けて」
「ずっと不思議だったんです。城という侵入者があってはならない場所に侵入した私を、何故牢に入れないのかと。私が子供だから温情をかけたというのもあるかもしれませんが、
一番の理由は私を泳がせて仲間を見つけ出す事にあったんじゃないですか?サリの術とは、見つけ出した罪人を囮に、背後に控える者達を一網打尽にする為に使われていた術。違いますか?」
「さぁ、どうだろうね。仮にそうだとして、どうしてそれが君を助けた事に繋がると思うんだい?」
「街で、仮面の男に攫われた時に、一時私はあなた方の目の届かない所にいた。実際は違ったけど、私はそう思っていた。その時の行動をエイノさんが術を使って見ていたから、私への疑いが薄れた」
「なるほど、筋は通っているね。全て君の仮説が正しかったとしよう。それで君はどうしてその話を俺にしたのかな。俺に何を望んでいる?」
「教えて欲しいんです。私が今現在、何をどの程度疑われているのか。これから、どういう扱いを受ける可能性があるのか」
何が可笑しいのかユハは小さく声を上げて笑った。
「俺に内部事情をばらせというわけか」
「お願いです。教えてください!」
大げさでなく命がかかっているかもしれないのだ。必死に言い募る私にユハは残酷な笑みを見せる。
「それで俺にどんなメリットがあるっていうのかな?」
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