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副題と関係ない話に……
第五章 ユハという男
17 ユハという男
 街での騒動から3日が経っていた。私は相も変らぬ退屈な日々を過ごして………はいなかった。

「サカキー。遊びに来てやったぞ」

 元気いっぱいに声を張り上げて部屋にやって来たのは、この国シルヴァンティエの王太子こと、イサークだ。街で会った時とは違い、上品で質の良い衣服に身を包んでいる。緩やかなカーブを描く金の髪が、青を基調とした襟首の詰まった服の肩で散り、白い布帯の上には宝石の埋め込まれた飾り帯が巻かれている。濃いブラウンの長靴ちょうかは手入れが行き届いており、もちろん磨り減ってなどいない。腰には飾り帯の他に頑丈そうな皮のベルトも巻かれ、見栄えよりも実用性を重視した飾り気のない長剣が吊られていた。これで赤いマントでもはためかせたら絵本に出てくる王子様そのものだ。
 イサークに続いて二人の近衛も部屋へと入ってくる。私につけられた監視の兵は扉の外に立ち、部屋に立ち入る事はなかったが、この近衛たちは常にイサークの3歩後ろに影のように従っていた。口を開く事は一切ないが、こいつらが曲者なんだよ。

「土産だ。お前が煩く注文をつけるから迷った」
「ありがとうございます」

 素っ気無い仕草で手のひらサイズの包みを手渡される。ピンク色の柔らかな紙を伝わって丸く小さな物が中で転がる感触がした。お菓子だろうか?勧められる前にさっさとソファーに座り、自室のように寛ぐイサークに礼を言い、向かいの席へ腰を下ろす。
 包みをテーブルの上で広げると、中から甘い香りのする小石程の茶色い物体が転がり出た。

「これって……」
「最近、城下で流行っている菓子だそうだ。変な色だが味はいいぞ」

 菓子を一粒つまみ顔の前へともってくる。この匂い。この色。口の中へいれて驚いた。

「チョコレートだ」

 この国に来て色々な菓子を出された。プリンやモンブラン、チーズケーキやバニラに似た味の菓子はあったが、チョコレートは初めてだ。しかも、色がまとも。

「ちょこれいと?お前の国ではそう言うのか?」
「ええ、私の知っているチョコレートという菓子と全く同じ味がします」

 色がね。同じだよ。色が。

「これは、カッオという菓子だそうだ」
「カッオっていうんですか。本当にチョコレートと似ていて、懐かしい味です。ありがとう。イサーク」

 色がね。懐かしいよ。色が。

「気に入ったのなら、また持ってこよう」

 嬉しそうに笑顔を見せるイサーク。街の宿屋でエイノと対峙していた時の恐ろしいまでの覇気はどこへやら。あの時は確かに勇猛な狼に見えたのに、こうして見るとワンコだな。
 しかし、この2日間イサークのおかげで疲れた。
 1日目、つまり街で会った翌日にやって来たイサークは、前日にサウルに術をかけられた影響で倦怠感があるはずなのだが、全くそんな素振りはなく元気そのものだった。これが若さというやつか。と驚いたが、さらに土産に持ってきた品に驚嘆した。精巧な細工の施された腕輪は大小様々な宝石が散りばめられており、街で貰った首飾りとは比べ物にならない程の一品だったのだ。首飾りでさえ手に余っているというのに。なんて面倒なものを。
 こんな高価な物は受け取れないと何度も丁重にお断りして返す事に成功すると、次は王子様ではなくイサークと呼べとのたまう。すると、それを聞いた近衛達がものすごい視線を向けてくるのだ。

「ならん。殿下に対してその様な無礼。お前のような何処の馬の骨とも分からぬ奴が殿下の御名をみだりに口にするなど以ての外!」

 近衛たちの目は間違いなくそう語っていた。押し問答の末に、2人きり(とはいえ近衛がいるから実質4人だけど)の時は、イサーク。それ以外の時は王子様もしくは殿下と呼ぶことになった。近衛達は思いっきり不服そうだったけどな。
 帰りがけにどんな土産ならいいのかと問われ、無難に「花なら」と答えたのだが、説明が足りなかった。次の日、抱えきれないほど大きな花束を携えてやってきたイサークを見て頭を抱えたくなった。しかし生花をつき返すわけにもいかず、侍女さん達が大慌てで馬鹿でかい花瓶を持ってきて活けてくれたのだが、テーブルの上を陣取ってしまい邪魔な事この上なかったのだ。
 床に花瓶を置いてはどうかと指摘したら、「殿下に頂いた花を、とんでもない」と一蹴された。その時の近衛たちときたら、視線だけで人が殺せたら私はもうこの世にはいないだろうな。
 一室に飾るには大層な花束。それがテーブルの上にドドンと飾られた様はまるでホテルのロビーのようだった。
 アイラが機転を利かせて、小さい、といっても普通サイズの花瓶を大量に用意し小分けにして花を飾ってくれ、テーブルを占領される事態からは脱したが、部屋中に飾られた花に、「どこの結婚式会場だよ」と独りこっそりと突っ込みをいれていた。
 そんな訳でイサークの来訪は、ありがた迷惑だったりする。本人に悪気が無いのがまた困るのだ。歳の近い暇つぶし相手が城内にいて嬉しかったのだろうが。
 そりゃぁ、嫌われるよりは好意を持たれる事は喜ばしい事だが、その示し方が………さすが純粋培養の王子様。ちょっと感覚がずれている。いや王宮内では当たり前の感覚で、私の方が彼らからずれているのかもしれないが。とにかく私とはかなりずれているのだ。
 小ぶりで!値のはらないものを!としつこく念押しして、今日のカッオとなった。やれやれと息をついたのもつかの間で。

「今度俺の部屋に来ないか?」

 さらりと爆弾発言をかましてくれる。やめてくれ。私の平穏の為にやめてくれ。
 近衛兵達に、「今すぐ断れ。失礼のないようにな!」と目で脅されておずおずと口を開いた。

「いやいや、そんな滅相もない」
「なんでだ?」

 ムッとして言い返されて、言葉に窮する。答えは至って簡単「あなたが王子様で私は厄介ごとには巻き込まれたくないから」なのだが、イサークは飽く迄友人として対等に接しようとしてくれているのだ、そしてそれを私にも望んでいる。それがわかっていながら、そんな心無い台詞は言えない。

「えーと、それはですね、私の国では結婚前の女性が男性の部屋を訪れてはいけない事になっているからです」
「結婚前……って、お前まだ13だろうが。なら最低でもあと5年は男の部屋に入ってはいかんのか?」
「いえ、私の国では女性は16歳から婚姻が可能ですから、あと3年ですね」
「ふぅん。なら仕方ないな。じゃぁ、庭で飯でも食わないか?西の庭の花が見頃だったはずだ」

 王子の言葉に衛兵達を伺うと、不本意そうながらもかすかに首を縦にふる。OKが出たようだ。

「それなら、喜んで」
「よしっ、じゃ明日昼前に来るからな」

 そいうとイサークは晴れやかな笑顔を見せた。
 かわいいな。気骨が折れるがイサークの笑顔には癒される。その笑顔に反比例する後ろの近衛ズのしかめっ面がなければいいのだが。


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