帰りの馬車の中は重苦しい空気に包まれていた。イサークはユハが手配した兵士に回りをびっしりと囲まれた重装備の馬車で一足先に帰城しており、馬車の中は行きと同じメンバーだ。
私はだんまりを決め込み全身で拒絶を示している。エイノは瞑想に耽り、ユハは笑顔を絶やさない。その笑顔がニコニコではなくニヤニヤに見えるのは私の被害妄想だろうか。
いきなり城の真ん中に現れた私が悪いのは解る。厚遇してもらっていると分かっているつもりだ。元より文句を言える立場ではない事も。だからといって、笑って許せるほど広い心の持ち主ではない。子供と思っているとはいえ女に対してとる方法なのか?
エイノは謝罪をするでもなく、悪びれるふうでもなく、いつも通りの態度を貫き通していた。それがまた腹立たしい。せめて、笑い話として振ってくれたら対処の仕様があるものを。
あぁ、そういや、サウルに気付かれなかった事にショックを受けて、バストアップ体操もやったっけな。一昔前に流行ったウォーキング体操もしたはずだ。
この10日間にやった奇行を思い出す度に、槌に打たれた杭のように地面にめり込んでいく気がする。もう、首の下まで土の中だ。
さぞかし変な奴と思われた事だろう。今朝、久方ぶりに会ったエイノの視線の理由が分かった気がした。
城につき馬車から降りようとすると、すかさずユハが手を差し出す。どんな時でも紳士に徹する姿勢はいっそ敬服するが、人にはそっとしておいてほしい時もあるんだよ。溜め息を殺して渋々手を重ね踏み台に足を乗せた。
その手が軽く握られたかと思うと、僅かにユハに引き寄せられた。体が傾ぎユハの胸に額をつく寸前で踏みとどまるが、更に力を込められて、しなだれかかるような体勢になってしまう。
何をするのか。抗議しようと顔をあげると、思っていたよりずっと近くに緑の瞳があった。驚き慌てて俯くと、耳にユハの唇が微かに触れ、息を吹き込むように囁かれる。
「君はエイノに助けられたんだよ」
――――――助けられた?私が、エイノに……?
動けぬまま考えを巡らせていると、ユハは「大丈夫かい?気をつけて」と何事もなかったように振舞う。他の人からはバランスを崩した私をユハが支えたように見えただろう。
意味を聞きたい。視線で問うが、しかしユハは微笑みを返すばかりで語ろうとはしない。説明する気はないという事か。爽やかなお兄さん面をして意地の悪い男だ。
馬車の踏み台が軋む音がして振り返ると、後から出てきた、エイノと目が合ってしまった。
「あの……」
気まずい。ユハに言われた言葉が気になって、声をかけてしまったが、何と続けよう。
助けてくれた?何から?影の映像でどこまで見ていた?仕方がなくした事?少しは疑いが晴れた?お面男の事を尋ねないの?体は大丈夫?聞きたい事は山ほどあったが、思考は空転して言葉になる前に崩れていってしまう。
エイノの感情を読み取ろうと探るように瞳を覗き込んだ。長い金茶色の睫毛に彩られた瞳は複雑な色を宿していて、しかしその全てを強固な意志という盾が覆い隠している。宿で再開した時にうっすらと額に汗が浮いていたのを見た。体調の悪い中、お面男にさらわれた私を探してくれたのだろうか。
顔からも声からも瞳からさえも感情を遠ざけているが、本当は優しい人なのかもしれない。そんな気がした。
心配をかけた事を謝ろう。そして、話し合えばいい。私はエイノに一歩、歩み寄る。
エイノが口の端に薄く笑みを浮かべ真っ直ぐに私を見据えた。美しい光沢を持つ真っ直な長い髪が肩から零れ落ちる。エイノの動きに合わせて滑るようになめらかに動くその髪に触れてみたいと思った。本当に綺麗な人だ。
形のいい艶やかな桜色の唇が優美に動き言葉を紡ぐ。
「詫びる気はない」
それはそれはそれは冷ややかに言い放つと、話は済んだとばかりにエイノはユハと共に城の中へと消えていった。
うおおおおおおぉー。やっぱりムカつく。話し合えば分かり合えるなんて幻想だ。錯覚だ。奇麗事だ!冷たくみえて実は優しいだなんて一瞬でも思った自分の馬鹿さ加減に呆れるわ。血の色緑の蜥蜴男に感情なんかあるもんか。
いつの間にか馬車も去り、残されたのは私と私につけられた監視の兵のみとなっていた。
怒りに震える拳にそっと手が添えられる。ぎょっとして見れば、お髭がダンディーなおじ様兵が私の手を取り、何かを握らせた。そっと開いてみるとどどめ色の飴玉が一つ。おじ様兵士は哀れむような目をして、頭を軽く叩いた。
慰められたみたい………。子供仕様だけど、ジーンときたよ。
※※余話※※
精神的にも肉体的にも限界を感じる一日だった。
城の中の与えられた部屋で、椅子に座ってだらしなく頬杖を付き、てきぱきと食事の仕度を整えていくアイラを何とはなしに眺めていると、トゥーリが部屋へと入ってきた。
「あら、トゥーリ。どうしたの?今日はもうあがりでしょう?」
アイラが驚いた声で尋ねる。
「ちょっとね。それよりサカキ様。今日は街で大変な目に遭われたと聞きましたわ。お怪我はございませんの?」
「大丈夫です。怪我はしていませんから。……トゥーリさん、情報速いですね」
この城の侍女の情報網は一体どうなっているのか。帰ってきてからまだ一時間と経ってないんだけど。
「どこから仕入れてくるんですか?」
「サウル様からですわ」
サウル?イサークが治療を受けたはずだから事情は知っているだろうが、サウルが侍女さん達と無駄口を叩くとは思えないのだが。
「トゥーリとサウル様は、恋人同士なのですよ」
不思議に思っていると、アイラが笑いながら教えてくれる。
へぇ、トゥーリとサウルが。って、ええ!?トゥーリとサウルが恋人!?
パンツとペチコートを間違えて用意したり、保湿用の香油を芳香剤と勘違いして振り撒いちゃう天然のトゥーリと、冷静沈着を絵に描いたようなサウルが………。歳だってかなり離れているよなぁ。
「それにしても恐ろしい賊がいたものですわね。殿下にお怪我を負わせるなんて。許せませんわ!」
怒りも顕にまくし立てるトゥーリ。
あー、そういう事になってるんだ。ユハがお咎めを受けないようにとの配慮かな?
「あの、王子様の様子はどうですか?」
「ええ、治療を受けられてもうすっかりいいみたいですわよ」
そうか、良かった。私はトゥーリの言葉に胸を撫で下ろした。
しっかし、トゥーリとサウルがねぇ。どんな会話をするんだろうか。想像できん。愛を囁く時も無表情そうで怖いな。ベッドの中でも……いや、止めとこう。
―――――男女の仲って奥が深い。今日一番の謎だ。
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