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第四章 反抗期の
15 反抗期の (6)
 ユハに連れられて街中の宿の一室に移動する事となった。宿の中でも上の上ランクだろう。城と違わぬほどの豪華さだ。泊まるわけでもないのに、勿体無い。まぁ、仮にも王子を場末の安宿には案内できないのだろうが。
 ユハはエイノや城の兵に連絡を取るために部屋を出ており、今はイサークと2人きりだ。
 私は、柔らかいソファーに身を沈めて呟いた。

「王子様だったんですね」
「悪かったな。黙っていて」

 向かいに座ったイサークは。ばつが悪そうに顔を背け、目を合わせようとしない。白い布で吊られた腕が痛々しかった。肩は、はめなおしはしたものの筋を痛めたらしい。城に戻ってサウラの治療を受けることになるそうだ。
 ふと暗い目をして語るイサークの姿を思い出した。ああ、あれは自分の事だったんだな。

「いえ。それより聞いたのと違いますよ」
「何がだ?」
「王子様の事です。全然、凡庸で腑抜けで後生に渡って語り継がれる筋肉馬鹿じゃないじゃないですか」
「俺はそこまでいっていないぞ」

あれ?そうだったっけ?

「まぁまぁ、それは置いといて」

不服そうに睨まれたが無視して話を続ける。

「さっきは、申し訳ありませんでした」
「何を謝る事があるんだ?」
「私と一緒にいた為に怪我をさせて。……ユハさんを、止められなくて」

ずっと気になっていたのだ。ユハに気圧されて一歩も動けなかった事を。

「ああ、気にするな。あいつが女子供に止められる奴にみえるか?そういや、ユハとはどういう関係なんだ?何故神官長の近衛がお前をさがしていた?」
「ちょっと、壮大な迷子になりまして、ユハさん達に保護されたというか、なんというか」
「は?なんだそりゃ」
「まぁ、色々と事情があるんです」
「ふぅん」

イサークは納得がいかないといった顔をしていたが、私が強引に話を打ち切ると、追求してくる事はしなかった。

「ユハ、か。噂に聞いた事はあったが、噂通りの奴だな。賊と間違えたとはいえ、躊躇なく肩をはずしやがって」
「……………。噂って、どんな噂なんですか?」
「お前、ユハとこれからも付き合いがあるのだろう?なら、聞かんほうがいいぞ」
「聞かない事にします」

精神衛生上よろしくない事は聞かないに限る。世の中知らない方が幸せな事っていっぱいあるよね。

「ところで、王子様は何故、1人で街にいたんですか?」
「うっ、それは、その。あれだ!市井の生活を知り見聞を広めるのも王太子としての重要な勤めでだな」

しどろもどろに言い募るイサークに冷たい視線を送る。

「家出ですか」
「違うぞ!」

むきになって否定するところが怪しい。
イサークはため息を一つ落とすと観念したように話し出した。

「最近、俺の事を狙っている奴がいるという噂がたってな。安全の為にと、城で軟禁生活になった」

フォルセルの女呪術師か。そいつのせいで私はこんなロリ服を着なければいけなくなったのだ。

「唯一同年代の友人と会える学院にも出席出来なくなって、鬱憤がたまっていたんだ。それで、ちょっと、息抜きに忍びで街に出たら、奇怪な面をした怪しい奴に担がれているお前に会ったというわけだ」

息抜きねぇ。どうみても常習犯だが。私はイサークの堂に入った姿を見て思っていた。

 しばらく後、ユハがエイノと数人の兵士と共に戻ってきた。兵士達は中に入る事はなく、扉の外で見張りを務めている。
 エイノの顔は未だどこか精彩を欠いており、お面男にさらわれた時に見た苦しげな表情を思い出す。やはり体調がよくなかったのだ。そんな中、私を探してくれていたのだと思うと申し訳ない気持ちになる。
 イサークの前にくると2人は跪いた。

「この度はユハが御無礼を働き、誠に申し訳ございません」
「良いと言ったはずだ」

エイノの言葉に面倒そうに答えていたイサークだったが、ふいにその目が鋭く細められる。

「エイノ、サカキに術をかけたのはお前か?」
「はい」
「神官長ともあろう者が何故あのような術をかけた。あれは外術ぞ!」

 恫喝するイサークは、覇気に溢れた王者の風格を漂わせていた。その眼光は対峙する者に畏怖を覚えさせる。質素な服を纏ってなお、溢れる気品と威厳。
 なんだ、本当に聞いたのと全く違うじゃないか。誰が腑抜けだって?イサークの豹変ぶりに、正直驚いた。とてもまだ15才の少年には見えない。人懐っこい犬と思っていたら狼の子供だったのだな。安心した半面、おねーさんはちょっと寂しいよ。

「お言葉にございますが、必要とあらばどの様な術でもかけましょう」
「必要だと?サカキにそんな必要があるとは思えんな」
「この者は先日、王宮の庭に突如現れた者にございます。例えどれほど非力な存在であったとしましても、疑わしき点がある限り見逃す事は出来ませぬ。王家の御為、ひいては国の為に、万難を排する事が私共の務めかと」

 恭しくも飄々と返すエイノ。まぁ、このくらいで動揺するタイプじゃないか。

「あの~、術って何の事ですか?」

こんな場面に割り込むのは勇気がいるね。置物よろしく黙って傍観していたかったが、穏やかじゃない話の内容が私に関係するものだと思うと口を挟まずにはいられなかった。
 問うとイサークに気遣わしげな視線を返される。目の前で話しておいて、それはない。気になって夜も眠れなくなりそうだ。

「教えて下さい」
「………サリの術だ。お前の首の後ろに術印があった」
「あっ」

 私は思わず声をあげていた。お面男から助けられた直後にイサークに撫でられた所だ。そして庭園でユハに取り押さえられた時に僅かな痛みを感じた場所でもある。あの時に、何かされていたのだな。

「それで、一体どういった術なんですか?」
「サリの術は、対象者の監視を目的としたものだ。対象と離れて監視をする場合に使う。大凡の位置と………行動が分かる。俺は使った事がないので詳しくは分からんが、対象者の動きが地に落ちる影の如くに見えるらしい」

 なんだって?

「昔は貴族間で腹の探り合いをするのに使われたようだが、様々な諍い事を引き起こしたうえに、術の悪質性が強い事から禁じられた。その後使用は一部の罪人に限られる事になったのだが、術者と対象が離れては精度が落ちるため一定の距離を保たなければならないのと、術者の負担が大きく、継続して術をかけると3日と保たなかったので今では廃れている術だ」

 イサークの説明を私は半分しか聞いていなかった。
 影で見えるだと?それは、なにか?便秘でトイレに籠もっていた事や、賢者を思い出しては枕をサンドバッグにしていた事や、風呂でドリフを振り付で熱唱していた事や、慣れぬ器具を使ってのムダ毛の処理まで、影とはいえすべて見られていたという事か!?その術で見られる影の映像の精度が知りたい。どこまで分かるんだ……。
 エイノの顔色を窺うが、その顔にはいささかのうしろめたさも悔恨の情も見られない。

「この、変態、ムッツリ、悪魔、ロリコン、覗き魔、二度と私に顔を見せるな!ドS神官」

 と罵れたらどんなにすっきりする事か。しかし、それが出来る程子供ではない。今すぐエイノの前から逃げ出したかった。というかお前が姿を消せ。

「へぇ、そうなんですか、それを十日以上も……それはそれはお疲れ様です」

 眩暈を起こしそうな憤りを押し殺し、絞り出すように呟いて口を閉じた。口を開いたら何を言ってしまうか分からなかったから。
 本当に知らない方が幸せな事は多い。


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