流血はしませんが、一部暴力表現があります。苦手な方はご注意下さい。
調子を取り戻したイサークと談笑しつつ路地を進む。一時は途絶えていた人通りが再び増え始めた。だが先ほど出店の並ぶ通りで見た人々とは少々様子が違う。ふんだんに布を使った衣装に身を包み、一人静かに、或いは恋人と思しき人物と肩を並べて歩いていた。
よくよく見れば、ちらほらと商店があるのだが、どの店も看板も掲げずひっそりと営業しており、商売けが見られない。興味をそそられて窓際に飾られた商品を除き見れば、大粒の宝石をあしらった装飾品が並んでいた。―――――高そうだ。
富裕層向けの宝石店か。どおりで。
「何を見ているんだ?」
1人納得していると、私の視線の先に気付いたイサークが窓から店の中を覗き込んだ。あぁ、と悪戯っぽい顔を浮かべる。
「好きだよなぁ。女はこういうの」
好きか嫌いかと言われれば好きだが、身に着けると何だか違和感がして、結局仕舞い込む事が多いんだよなぁ。見るのは好きだけど。眼福。眼福。あ、あの琥珀色の石のついた首飾りなんか可愛いな。トゥーリに似合いそうだ。
「あれが気に入ったのか?ここで待っていろ」
「へ?あの、ちょっと……」
言うなり、引き止めるまもなくイサークは扉の中へと入っていく。
私は呆気に気に取られてしまっていた。もしや、買いにいったんじゃあるまいな。この店は高いぞ。まさか、ね……と思い窓から覗くと、私が見ていた首飾りを店の人らしき、美しく着飾った女性が持って行くのがみえた。マジで?
店から出てきたイサークの手には包装も何もされていない先程の首飾りがあった。
「やるよ。今日の礼だ」
お礼をしなくてはいけないのはこっちなのだけど。と戸惑う。しかし問題なのはそこではない。首飾りは15才の少年がポンっと買える値段ではなかったはずだ。
金持ちのボンボンなのか?いや、違う。と私の直感が告げていた。改めてイサークを眺め回し、その手に目が止まった。質素な服に擦り切れた靴。整えられていないラフな髪型。飾り気のない笑顔。至って普通の街の少年だ。
だが、その手についた堅い皮膚の膨らみは何なのか。それと同じものをつけた人物を知っている。最後に見た彼の姿は暴れ狂う馬を押さえ込むところだった。そう、ユハだ。ユハの手についた堅い皮膚。あれは剣胼胝だったのではないか?近衛兵として厳しい訓練を絶やさないと言っていたユハ。そのユハに負けぬ胼胝を手にもつ、この少年は一体、誰だ?
言いようのない気持ち悪さが足元から這い上がってくる。
紙切れに書かれた日本語の文字。覆面の誘拐犯。都合よく現れたイサーク。わからない。わからない。この世界に来てから何度となく繰り返した言葉が、頭の中で渦巻いていた。
「つけてやるよ」
イサークの手に導かれてクルリと回転させられる。私は人形のようにそれに従っていた。
首飾りが背後に立つイサークの手によって首に巻かれ、彼がその留め具を付けるべく私の髪を左右によけた。首筋に私のものではない髪がかかる。イサークの柔らかな髪の感触。その感触に身震いする。
その時、見知った人影が視界の端に入った。私をみて、安堵の表情を浮かべたユハがそこにいた。私はこの時どんな顔をしていたのだろうか。この後にユハがとった行動は私のせいだ。
微笑みかけたユハは直ぐに表情を消すと、人間がこれほどの速さで動けるのかと驚嘆する素早さで此方に走り寄り、私には目もくれずに背後にいたイサークの腕を掴む。振り返った時には、イサークはユハによって、肩を押さえ付け腕を捻りあげられ地面に倒されていた。
ユハが口の端を僅かに上げる。その酷薄な表情におののいた。夜の庭園で私を押さえつけた時もこんな表情を浮かべていたのだろうか。
「ユハさん、待って!」
悲鳴に似た声が喉をつく。
『こりゅ』
音が聞こえた。
実際にはそんな音などしなかったかもしれないし、したとしても小さな音で私には届かないものだったかもしれない。しかし私の耳には確かに聞こえたのだ。人体を破壊する禍々しいその音が。
「うわぁぁぁぁ」
イサークの声がこだました。体を丸めて痛みに耐えるイサーク。その傍らに立つユハには何の感情も見られなかった。呻くイサークを眺めた後、ゆっくりとした動作で懐に手を入れ、何かを取り出す。それが短剣だと直ぐに気づいた。止めなければと思うものの、体は動かず、声もでない。
「さて……」
これから、ユハが何をするのか、考えたくもない。
ユハはイサークの耳の横にそれを突き立てると、髪を掴み顔を上げさせた。そこで初めて何故彼が耳の横に剣を突き立てたのか理解した。イサークがそれを目で認められる場所だったのだ。
「自分の力を計り間違えるなよ」
冷ややかな声で告げるとユハは髪を離し立ち上がる。次いでイサークも肩を押さえて起き上がり、ユハを睨みつけた。
「あの、ユハさん。彼は私を助けてくれた人で……」
ひっかかる所はあるが、助けてもらったのは事実だ。恐怖に縮む喉を叱咤し、ユハの誤解を解こうと進み出る。が、次に彼のとった行動に唖然とした。
ユハは片膝をつくと、恭しく首部を垂れた。イサークに向かって。
「御無礼を致しました。気付かずした事とはいえ許される事ではございません。処分は如何様にもお受けする所存にございます。殿下」
殿下、殿下、殿下――――皇太子・皇族などの敬称。思わず言葉を繰り返し、意味を考えてしまう。
王子様、か。そりゃ、この首飾りぐらい買えるな。そっと首に揺れる宝石に手をやる。純粋な好意であったものを勘ぐってしまった。
「お前………神官長付きの近衛の者か。よい。事情は分からぬが、この者に危機が及ぶと考えての事であろう。立て。人目がある」
痛みのためか、眉をしかめ、冷や汗を流すイサークに言われてユハはやっと顔をあげ立ち上がった。
「触れる事をお許し頂けましたら、肩をはめさせて頂きますが」
「……許す」
ユハはイサークのそばに移動すると「失礼いたします」と肩に手をかけた。その間イサークは歯を食いしばり、一言も声を漏らさなかった。見ていただけの私が呻いちゃったけどな。
脱臼って痛いですかね?子供の頃に何度かした時は泣くほど痛かったですが。自分で肩を外しちゃう人もいますよね……。イサークが此処まで痛がっているのは手荒に外されて痛めてしまったという事で。
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