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第四章 反抗期の
13 反抗期の (4)
 人通りの多い道から逸れて路地裏に入り、私はイサークと先ほど買った飲み物を飲みながら歩いていた。とりあえずエイノ達と別れた場所まで行ってみようという事になったのだ。とはいえお面男に担がれての移動だったから、さっぱり道を覚えていないし、辿り着けるか疑問だけど。
 口の狭い袋状になった植物の葉だという容器に、ストローのように中が空洞の茎をさして飲むジュースは、シルヴァンティエでポピュラーなものなのだそうだ。幾つかある種類の中から、イサークはさっぱりとした味のものを、私は桃のような甘い香りのするものを選んだ。容器に移す際にちらりと見えたジュースの色は、想像を絶するものだったけれども見なかった事にしよう。

「随分と甘い匂いだな。そんな甘ったるいモノよく飲めるな」

 酸味のあるものが好きだというイサークは、飲んだ事がないらしい。

「匂いほど甘くないですよ。後味はさっぱりしていて飲みやすいです。飲んでみますか?」

 イサークに飲み口を向けながら尋ねる。

「えっ…………」

 あ、固まった。
 ひょっとして回し飲みはタブーな文化なのだろうか、失敗した。

「えーと、すみません。冗談です」
「いや、……はは、そうだよな」

 拍子抜けしたような、ホッとしたような、なんとも言えない表情のイサーク。気をつけねば。

 どこか上の空なイサークに街の事等を訪ねながら歩いていると、少し離れた建物の陰に揃いの服を着た数人の男達がたむろしているのが見えた。男達は輪を作るように立ち、何かを取り囲んでいるようだ。何をしているのかと覗き込む。

「いやっ」

 短い女性の悲鳴が聞こえた。男達の隙間から茶色い外套を着た人物が見える。その人物が上げた声なのだろう。
 1人の女性を数人の男が取り囲む。なんとも嫌な構図だ。男の1人が乱暴に女性のフードを剥ぎ、頤に手をかけ顔を上向かせる。不埒な行動をとるのではと危惧したが、男は舌打ちを一つすると直ぐに女性の顔から手を放した。

「いくぞ」

 仲間の男達に言い。歩き出す。
 げげ、こっちに来るよ。絡まれたら嫌だな。顔を顰めていると、イサークが素早く動き、私を近くの建物の壁に押し付ける。私の顔の横に肘から手首までを付き、そっと体を寄り添わせた。私が彼らの死角になるように。じっと彼らが通り過ぎるのを待つ。幸いにも彼らは一つ手前の角を曲がっていく。
 安堵の息を吐くイサーク。緩やかなカーブを描く金色の髪が頬をくすぐった。精悍な顔立ちをしているが、間近でみると僅かに幼さが残っていて、なるほど15歳なのだと実感する。10年もすればさぞや男前になるのだろう。こんな弟がいたら愉しいだろうな。しげしげと見ていると、イサークがうろたえた様子で離れた。

「こ、これは。違うからな」

 何が違うのか。首を捻っている私を置いて、イサークは顔を背けて早足で歩き出した。慌てて後を追いかける。

「今の人たちはなんだったんでしょう?制服みたいなのを着ていたけど」
「もう少しこの国の事を知った方がいいぞ。あいつらは兵士だよ」

 呆れたようにいうイサーク。たしかに、この国で暮らす上での超基本知識だな。

「兵士ですか。随分と偉そうでしたね」
「袖口に赤いラインが入っていた奴がいただろ。あいつは貴族だ。下級だけどな。貴族社会で肩身が狭い思いをしている分、自分より下と思った奴には威張り散らす。嫌な奴らだ。
 いや、あいつらだけじゃないな。貴族なんて皆ろくなものじゃない。偉そうにふんぞり返って民から金を巻き上げるのが仕事なのだからな」

 急に饒舌になったイサークに戸惑う。貴族に恨みでもあるのだろうか。地面を睨みつけていたイサークがふと思いついたように、顔をあげ私を見た。

「お前、この国の王子を知っているか?賢君と名高い現王の息子でありながら、凡庸な才しか持たない腑抜けだ。そんな奴でも王子ってだけで、いい服を着て上手い飯を食って、毎日贅沢三昧だ。まったく羨ましいご身分だぜ」

 イサークの目に宿った暗い影に目を見張る。吐き捨てるように言うその声に自嘲めいたモノが混じっているのは気のせいだろうか。先程までの快活な様はどこへいったのか。余程王侯貴族が嫌いなのか。この先物騒な考えを持たなければいいが。それに侍女さん達は武芸に秀でた王子だと褒めていたけどな。ああ、ひょっとして筋肉バカなのか?
それはさて置き、私の所思はイサークとは違った。

「私は羨ましいとは思いませんけど」

 言うと、イサークが不思議なものでも見るような顔つきで私を見る。

「産まれた時から将来を決められて、お城で堅苦しい生活をしなければならないなんて息が詰まりそうです。そりゃ、庶民に比べれば贅沢はできるかもしれませんが、誰よりも重い責任を負わなければいけない訳ですし。凡庸なら尚更辛いでしょうね」

 優秀な過去の王と比べられ、美辞麗句を並べ立てた家臣は、その腹の内で嘲笑を向けていたりするんじゃなかろうか。私ならまず耐えられん。

「そう……か」
「しかも毒殺とか暗殺の危険に日々晒されて、跡継ぎを成す為に、何人もの女性を相手にしなけりゃならなかったり、寵姫同士の諍いに板挟みになったり。しかもしかもクーデターや革命なんて起こった日にはギロチンで首と体がおさらばですよ!挙げ句の果てには類い希な馬鹿として歴史に名が残って、名前が長かったりしたら、覚えにくいんだよ。バーカって、後生の子ども達に恨まれて……」

 ああ、想像するだに恐ろしい。

「いや、そこまで酷くないと思うのだが。まだ若いし、これから周りの評価も変わるかもしれんし……。」

 顔を引きつらせるイサーク。なんだ、貶めたかと思えば庇うのか。一体どっちなんだ。
 その後「それに名前も長くないし」だのと呟いていたイサークだが、少しの沈黙の後、伸びをすると晴れやかな笑顔を見せた。

「まぁいいか。お前、面白い奴だな」

 おお、元のイサークだ。いいね、その笑顔。うんうん、子供が深く考える事じゃない。
 今から悩みすぎては二十年後の毛根が心配だ。


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