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第四章 反抗期の
11 反抗期の (2)
 私を担いだ人物。男なのだろうが、細身で上背もなく、決して恵まれた体格ではないにも関わらず、スピードを緩める事なく街中を走り続けていた。どのくらいの時間がたったのだろうか。ほんの数分のようにも、数十分のようにも感じる。揺さぶられ続けた頭は激しく痛みを訴え、歩を進めるたびに肩が容赦なく腹に食い込み、今にも吐きそうだ。空腹時で心底良かったと思う。目には生理的な涙が溜まり、気が遠くなってきた。いっその事気絶したいよ。
 ふいに周囲の人々のどよめきが大きくなった。人通りの多い道に出たようだ。「誰か、助けて」と大声で叫びたいのに、蚊の泣くような声しか出ない。

「お前!何をしている」

 男と分かる低い怒声が耳に届いたのは、そんな時だったから、まさに天の助けに聞こえた。私を担いでいた人物が急に立ち止まり、弾みで頭をその背中に強かに打ちつける。痛い。もうちょっとそっと止まれ。

「昼日中から誘拐とは、いい度胸だな」

 威勢のいい声が響いた。担がれたままの私には声の主の姿は確認できないが、おそらく誘拐犯の進行方向に立ちふさがっているのであろう。

「たたききら……くそっ」

 何かを言いかけた男は、忌々しげに舌打ちをすると叫んだ。

「誰か!警備兵を呼んでくれ。早く!」

 男の声に、人々の中から呼応する声が聞こえた。良かった助かりそうだ。

「歯を食いしばれ」

 ―――――はい?
 楽観しかけたその時、間近でぼそりと呟く声がした。距離からして私を担いでいる人物以外には考えられない。何故?と思ったのも一瞬の事で、

「ぎゃ~~~」

 放り投げられました。砲丸投げの玉のごとくに。無理無理、受け身なんてとれないし。
 事故に遭うとスローモーションのように全てがゆっくり見えるという話しをよく耳にするが、本当だったのだな。石畳に舞う土ぼこり、口に手を当て目を見開いている女性、守るように子供を抱きかかえた母親、店の窓から顔をだした店主、銀色の仮面をつけた男。視界は目まぐるしく変わっているはずなのに、その一瞬一瞬がはっきりと目に写り、青い空を舞う小鳥が見えた時、一気に時間の流れが元に戻る。背に走る衝撃に息が詰まった。地面に落下したのだと、そう思った。あれ?でも、思ったより痛くない。堅いっちゃ堅いけど石畳の堅さではないような……。

「つぅ……」

 首を捻っていると、頭の直ぐ上で男の呻き声がする。見上げれば、まだ年若い男の顔があった。私は尻餅を着いた男の上に乗っていたのだ。受け止めてくれたのだろうか。誰だか知らないがいい人だ。

「あっ、まて」

 痛みに顔をしかめていた男が、何かに気付いたように顔をあげた。つられて見れば、栗色の髪を揺らして走り去る男の後姿が見えた。慌てて腰を浮かそうとするものの腹の上には私が乗っている。動きが遅れたその間に、栗色の髪の男は雑踏の中へと消えていった。姿が見えなくなるその間際に、此方を振り返った男の顔についた仮面を私は確かに見た。投げられた時に見えた仮面の男。あの仮面は見間違いだと思ったのに。
 間違いない。あれは―――――――昔懐かしい特撮ヒーローのものだった。何故、特撮ヒーロー。仮面というよりお面だな。別世界のファンタジックな町並みを走り抜ける、チープなお面をつけた男。なんてシュールな。

「おい、怪我はないか?」

 今だかつてないほど混乱している私に、頭上から声がかけられる。お面男の追跡を諦めたらしい男が訝しげな表情で私の顔を覗き込んでいた。今の声、さっき啖呵をきってた人か。投げられた私を身を呈して庇ってくれたというよりは、お面男に私を投げつけられたと言った方が正しかったのかもしれない。

「あの、有り難うございます」

 どちらにせよ助けられた事に変わりはない。お礼を言うと男は僅かに頬を染め照れくさそうにソッポを向いた。おや、思ったよりも 若そうだ。そう思って改めて男をみやる。先程のお面男と比べると各段に立派な体躯だが、ユハのように完成されているわけではない。張りのある瑞々しい肌に、澄んだ瞳。何よりその若々しい表情に未だ少年と言える年頃だと気がついた。17、8ぐらいだろうか。
 こちらに顔を戻した少年が私を見て眉を寄せた。しまった。投げられた時にフードが外れてしまっている。しかし見慣れぬ顔立ちだからといって何もそこまで顰めっ面をしなくても。少々凹みながらフードを被ろうとするとその手を止められた。私の動きを止めた少年の手はそのまま首に滑り込み髪を持ち上げる。いきなり何をするのか。お面男から助けられていなければ、少年でなければ、問答無用で振り払っている所だ。

「お前、嫌なものをつけているな」

 そう言うと少年は首の後ろを柔らかく撫でた。

「わわっ」

 少しかさ付いた指先の感触に思わず声が出た。ゾワッとしたぞ。

「これでいい」
「は?」

 満足気に頷く少年。君は良くても私は良くない。今の行動の意味を聞こうと少年を見つめると、少年は視線を外してぶっきらぼうに言う。

「とりあえず、どいてくれ」

 その言葉で、往来の真ん中で座り込んだ少年の上に乗ったままの体制である事を思い出した。逐一見ていたのだろう人は心配げな眼差しを向け、事情を知らぬ通行人は眉を顰めて小声で囁きあっている。

「まぁ、こんなところで、なんて破廉恥な。まだ子供じゃないの」
「本当ですわ、まったく最近の若い者ときたら」

 その囁きが全部聞こえているから、余計に居た堪れない。それにしても最近の若いもの~云々は世界を股に掛けて言われているんだな。
 慌てて少年の上から降りるが、担がれていたせいで受けたダメージはまだ回復していなかった。ふらつく足を必死に踏ん張り、なんとか立ち上がる。

「じきに警備兵が来る。面倒だから俺はもう行くが………お前、どうする?」
「あ、私も行きます」

 警備兵とやらの役割が警察と同じだとしたら、事情聴取になるだろう。ヒーローお面男の事を聞かれて、上手く誤魔化せる自信がなかった。

「おっと」

 フードを被りなおすと、少年の後を付いていこうとしてよろけてしまう。ああ、もうもどかしいな。自由に動かない足に苛立っていると、少年が私の傍までやって来て、やおら手を差し出してきた。えーと。手をひいてくれるって事かな?意味を図りかねて動けない私をみて、少年は雑な仕草で私の手を取ると歩き出した。前を行く少年を見れば、耳の辺りが仄かに色づいている。
 初心でかわいいなぁ。と思って、潰れた会社で私の指導を担当してくれた人を思い出した。年下の男の子を「可愛い」と思ったらそれは、おばさん化の第一歩だと力説していた先輩を。ちなみに次の段階は、便秘だと思っていたポッコリお腹が実は贅肉だと気付いた瞬間。だそうだ。


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