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プロローグ
01 プロローグ
 やわらかな線を描く噴水の飛沫は銀に染まり、寸分の狂いなく整えられた植え込みの頂きからのぞくギリシャ神話の神々を模したかのような彫像は、そのあまりの繊細な表情に、吐息に触れられるのではと錯覚を起こさせる。加えて、夜の帷が降りて尚、芳しい香を放つ色とりどりの花々。優しい月の光に包まれた庭園は、文句なしに美しい。こんな時でなければ、カメラ片手にゆっくり散策したいものだ。そう、こんな時でさえなければ…・・・・・・。

 今、私は追われていた。鈍く銀の光を放つ、西洋風の鎧に身を包んだ一団に。
 一度発見されたのち、庭園内を闇雲に走り回り、鎧集団の目から逃れた一瞬の間に、植木の陰にとかくれた。それからただただ身を丸め息を潜めている。
 ふと、幼い頃にした隠れんぼを思い出すが、これはそんな牧歌的なものではない。爽やかな夜風に乗って、殺気立った怒号と、腰に吊るされた剣が鎧にこすれる重く鋭い音が届く。視界の悪い中、木々の間を走り回ったせいで出来た無数の傷がひりひりと痛んだ。
 ―――――まずいよねぇ。
逃げ回る最中に、チラリと見えた白亜の建物は、お城としか形容のしようがないもので、当然ながら住人はやんごとなき身分の人々だろう。鎧集団は城を守る警備兵といった所か。
 不法侵入で逮捕、裁判の後初犯で執行猶予。なんて展開にならないであろう事は、半ば思考を拒否した頭でも容易に想像がつく。よくて切り捨て御免、悪けりゃ拷問後処刑、なんて事もあり得そうだ。
―――――あの馬鹿賢者。いや、自称賢者の薄情者め! よりによってなんて所に放置するんだ!
 私がこの事態を引き起こした男に胸中で悪態をついていると、耳障りな足音と共に幾つかの明かりが近づき、私の潜む植え込みの手前で止まった。

「くそっ、見つからんな。いったい何処に逃げたんだ………」
「さあな、だがそう遠くにはいっておるまい」

 野太い男の声がすぐ側で聞こえる。
 あぁ、神様、仏様、ご先祖様、雷様、この際なんでもいいからお助け下さい。
 少しでも動けば衣擦れの音で気付かれるだろう、逃げ出そうとする足を必死に留め、兵士達が去るよう一心不乱に祈ってはみたものの、信心のない願いが届くはずもなく、兵士達は一向に立ち去る気配を見せない。

「なぁ、侵入者は例の呪術師だと思うか?」
「呪術師? ああ、殿下を狙っているというフォルセルの呪術師か」

 ばかりか、悠長に立ち話を始めた。その内容に冷たい汗が背中を滑り落ちる。彼らの言う、侵入者とはまず間違いなく私の事だろう。しかし、呪術師って何? 殿下を狙うってどういうこと? 全くかすりもしていない兵士達の憶測に腹の奥がきゅっと縮んだ気がした。もし、もしも、そんな危険人物と間違われたりなんかしたら………拷問コース行きは免れそうにない。
 どうしよう。どうしたらここから逃げ出せる? 恐怖に目をつぶり、それでも必死に頭を働かせようと試みるが、地理も何も分からないこの場所から、退路など見出せるはずもない。駄目だ。逃げられる気がしない。せめて、その呪術師とやらが私と似ても似つかぬ手合いだったらいいのに。

「どうだかな。………知っているか? その呪術師だが若い女らしいな」
「その話なら俺も聞いた事があるぞ。なんでも20半ばの黒髪の女だとか」
「ほう、黒髪とは珍しい」

 ふざけんなっ!
 そう、思わず突っ込みそうになったのをぐっと堪えた。外見上の条件がぴったりだなんていくら何でも拙過ぎる。

「おいおい、本当か? どこからの情報なんだ?」
「出所は知らんが、侍女達が喋っていてな」
「は? なんで侍女共がそんな事を知っているんだよ」

 そうだ! 城を守護する兵士を差し置いて、なんで侍女がそんな事を知っているんだ!

「おまえ知らんのか? 侍女達の情報網は馬鹿にならんのだぞ。先日のベルイマン卿失脚も元はといえば侍女達の噂話がきっかけだそうだ」

 発言を諌められ、侍女を軽んじていた風な兵士は絶句した後、呆然と呟いた。

「………敵にまわしたくない相手だな」
「違いない」

 おい、女の噂を信じるな。違う。違うよ。ベルイマン卿は知らんが少なくとも私は違うぞ。なんて迷惑な噂話をするんだ! というか、侍女の教育なってないわ。上の身分の人間をつかまえて噂話にしちゃうってどうなのよ。
 頭をかきむしりたくなる衝動に耐えつつ耳を澄ましていると、新たに下草を踏みしめる気配があった。

「見つからぬようだな」

 低い、低い声だった。しかし、素晴らしく艶やかで品がある。男は明かりも持たずに、流れるような足取りで近づいた。

「ここはもうよい。他の捜索に当たれ」

 なんて良い声だろう。状況も忘れて思わず聞き入ったその時、背後から伸びた腕に胸倉を掴まれた。かと思うと、あっという間にうつ伏せに引きずり倒される。

「うぐっ」

 余りの素早さ、意外な方向からの力の作用に、心の準備をする間もなく強かに地面に打ち付けられる。呼吸が止まり、瞼の裏に白い星が飛んだ。左肩を手で地に縫いつけられ、背中には恐らく膝を衝かれているのだろう、全く持って身動き出来ない上に、さらにご丁寧にも首に冷たい物が押し当てられる。

「動くなよ」

 私の背に跨る人物は、ぞっとするような冷たい声でそう告げた。

 いやいや、動きたくても動けませんってば。


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