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平日、早朝、午前4時

作者: 三角 仁

 早朝4時。

 目を覚ました僕は準備を始める。

 隣の部屋からは両親の寝息が聞こえる。

 起こさないようにして、僕はジャージに着替えた。

 こっそりと家を出る。

 別に家出をするわけではない。こっそりと出るのは単純に気遣いだ。両親ともに僕がこの時間に外に出ていることは知っている。

 母には6か月前にトレーニングのためにランニングを始めると伝えてある。初めは訝しんだ母だが、6か月前から今日まで欠かさずに走る息子を見て、今では怪しむこともなく、見送りも出迎えもしなくなった。

 中学校の野球部では4番に座る僕の欠点は豊かな体格が原因の走力不足だった。それを補うためにもと、母とは話した。初めは6時頃から走った。走る時間はどんどんと伸びて、今では4時から走っている。

 6か月も部活とは別の練習をすれば、体つきも変わってくる。今では試合のときに監督から盗塁のサインを出されることも度々だ。

 家の外に出ると、まだ月も星も出ていた。夜と変わらない暗さ。でも、今日の満月のおかげで、まわりは明るかった。

 この時間帯の空気が好きだ。冷えた空気は澄んでいる気がして気持ちがいい。

 世界に僕しかいないような感覚。道路にいるのは僕だけで、めったに車も通らない。そんな静寂の中にいるのが好きだった。

 しばらくは歩いていた。肩をぐるぐると回したり、手をぶらぶらとさせて準備運動をした。走りはじめる場所はいつも同じだ。「300m先 中丸歯科病院」なんて看板がくっついた電柱がスタート地点。

 電柱の横まで来た。僕は走りはじめる。特にスピードを出したりはしない。あくまでマイペースに、呼吸を乱さないように走る。

 上を見上げると今日は特別、星がきれいだった。冷えた空気のせいだろうか。満点の星空と言える状態のそらを見ながら走る。

 やっぱり早朝はいい。この時間に表に出ている人間なんてほとんどいないから、星空を見上げたままで走ることができる。

 ずっと見続けていると、きらりと、星が光った。流れ星だった。

 願い事を考え損ねたなと、思いながら星の跡を見ていると、もう一つ軌跡が走った。さらに続いてもう一つ。

 流れた星はぽんっと音がしそうな強い輝きを残して消えた。

 流星群か何かだったのだろうか。あんなに連続して星が流れるなんて。ニュースでは何も言ってなかったと思ったんだけど。

 でも、いいものを見たなと、思った。

 早起きは三文の得だなんて言うけれど、小さい幸せが僕の心を温めた。今日は特別な日だ。いいことがありそうな気がする。

 冷たい外気に晒されながら、走り進めていくと、見慣れた公園までたどり着いた。学校のみんなが「ねずみ公園」と呼ぶこの公園の正しい名前を僕は知らない。ただ、名前の通りにねずみがピーナッツをかじっているように見える小さめのすべり台がある。

 そのねずみの横を今日はまっすぐ通り抜ける。

 いつもは曲がって、折り返し地点にしているねずみの横を通り過ぎたのには訳がある。


 今日は特別な日なのだ。

 6か月前から走り続けてきたのも今日のため。


 僕はジャージのポケットの中のものが落ちていないか、走りながら確かめた。

 最初は6時から走っていた時間を4時から走るように少しづつ変えたのも今日のため。


 目的が見えてきて、僕は走っているためだけではなくドキドキした。

 両親にトレーニングを理由に走っていると信じさせてきたのも今日のため。


 目的の場所に着いた。

 そこはトタンでできた小さな小屋。

 僕は周りに誰もいないのをしつこいくらいに確認してから、その場所に足を踏み入れた。

 「ブンッ……」と、鈍い音をたてながら自動的にライトがついた。

 僕はポケットの中から、正月には使わなかったお年玉を取り出す。


 ここは無人販売所。


 平日、早朝、午前4時。


 そんな思春期のある日。


男の子なら誰にでもあったことではないでしょうか。あの頃の僕たちはどうやって「エロ」を手に入れるか。そんなことで必死になったものではないでしょうか。そんな甘酸っぱい思い出が浮かんできたならば、嬉しいことです。

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