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ノブ、ちゃんと考えてよ 作者:奈備 光

1章

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2 再会

 ゼネコン事務所に移動した生駒に、香坂が駆け寄ってきた。
「先生! お久しぶりです!」
 周りの空気が動いて、いい香りがした。
 ゼネコン事務所の職員達が何事かと顔を向けた。

「やあ、元気そうだね」
「はい!」
「この現場に残ることになったそうだね。さっき、定例会議で聞いたよ」
「ええ」
 顔を合わせるのは久しぶりだ。
「お知り合い?」
 近くに座っていた若い職員が香坂に声を掛けた。
「ええ。専門学校で教えていただいた生駒先生」
「へえ」
「うっれしい!」
「何年ぶり?」
「二年半ぶりかな。卒業以来」
「感動の再会か。あっ、それで今日は、いつもよりぐっとめかしこんでいるんだな」
「ばかなこと言わないでください。セクハラですよ!」
 そう言いながら、うれしくてたまらないというように、男の肩を軽く叩いた。

 さっき紹介された黒井というその二十代後半の職員は、艶やかな髪を無造作に中央で分け、精悍で迷いのない顔をしている好男子だ。
「香坂さんはなかなか優秀な生徒でしてね。僕が講師を辞めてからも、メールで質問してくるんですよ」
「へえ! さゆりさんがそんなに勉強熱心だったとは知らなかったな」
「ご迷惑かなとは思うんですが、時々わからないことをメールで聞いてるんです。ま、最近は質問というより、近況報告ばかりですけどね」
「仕事にかける意気込みとか?」
「まあね。でもご本人を前にすると、これまでメールで言ったことが、なんだか恥ずかしいわ」
 黒井は香坂の大げさな反応がおかしかったのか、声を出して笑った。

「あんまり変わってないね」
 微笑むとえくぼができる。
 学生の頃はかなり化粧が濃い方だったが、まだその名残はある。アイラインが太く、濃い。
 最近の娘らしく、口紅やチークは目立たないが、目の周りは頑張っていますというパターンだ。
 髪はそれほど長くはないし、茶色くもないが、いわゆるお嬢様のようにロールしている。
「変わりませんよ。どこか、変わって欲しかったですか?」
「勤め始めたら、もう少し落ち着いた感じになるかと思ってたけど」
「そうですか? 仕事の苦労も人並みに経験して、自分ではちょっとは大人になったかな、と思っているんですよ」
 香坂は、髪の乱れを直すかのようにいじりながら、黒井に同意を求めた。
「ね」
「さあ。君のことはまだあまり知らないからな」

「おっ、なんだか賑やかじゃないか」
 会議室に通じるドアから、鈴木副所長が入ってきた。
 急ぎ足で自分の椅子に座ると、保留になっていた電話に出た。
「もしもし、お待たせしました。どちらさまですか?」
 黒井が香坂の出身高校や専門学校がどこかと聞いていた。
 生駒はふたりのやり取りを聞きながら、鈴木の顔が曇っていくのに気がついた。

 鈴木が急に声を荒げた。
「おたく、どういうつもりでそういうことをおっしゃってるんですか! 変なことを言わないでください!」
 香坂がびっくりして振り返った。
 他の職員も不安そうに鈴木を見た。
「お断りします! 私はなにも知りませんし、知りたいとも思いません! 切らせてもらいます!」
 受話器を置いた鈴木は顔を紅潮させて、一瞬遠くを見るような目をした。そして、大きくため息をついて立ち上がった。

 根木が声を掛けた。
「なにかの勧誘ですか?」
「えっ? そうだ。本当にしつこいよ。今度かかってきたら、いないと言ってくれ」
 鈴木は、電話を繋いだ女性事務員にやさしく言ったが、まだ声が少し上ずっていた。
 事務員が申し訳なさそうに頷いた。
「すみません。でも、どなたか名乗られなかったものですから、てっきりお知り合いの方かと……」
 それには応えず、会議室に戻っていった。事務所中の視線が、鈴木の背中に集中していた。
 黒井がその後ろ姿を睨みながら、ふんっ、と笑ったように見えた。

 翌週の定例会議では、生駒に出番が回って来た。
 当初の予想通り、住戸内装の設計変更が頻繁に起こっているのを、ゼネコン側が問題にしたのだ。

 根木が、さも困り果てているといった様子で発言した。
「ご承知のように、木製建具や収納扉はワンロットいくらでメーカーに発注しています。違うものに変更するといっても、一つ二つならなんとか話をつけることもできるでしょうが、こんなに大量に変わってしまったら困るんです。今朝の時点で、全体百十三戸の内、変更指示がすでに二十五戸もきています。最終的には、いったいどういうことになるんでしょうか」
 羽古崎が、さらりと応えた。
「それは、御社に工事を発注するときの条件です。変更があるのは織り込み済みでしょう」
「おっしゃるとおりですが、一から施工図を書き直して、各種の建具や住設機器を発注し直すというのは、ものすごく手間もかかるし、間違いの元なんです。もちろん費用も余計にかかります。私共としては、全体像を知りたいんです。これから先、まだまだ変更があるのかどうか。どうなんですか?」
 根木は最後の言葉を、生駒に向かって投げかけた。

 生駒は応え方に迷った。
 すでに変更指示としてハルシカ建設に伝えてあるのは二十五戸分だが、実際には現時点で五十戸ほどの変更設計が進み始めている。
 残りの二十数戸は、マンション購入者の要望がまだはっきりとは決まっていないか、あるいは生駒の作業が追いついていないのだ。
 現時点で五十戸程度の変更予定があって、最終的にはもっと増えることはまちがいないと言えば、ゼネコンはどういう態度に出るだろうか。まちがいなく追加工事費は要求するだろう。
 生駒は、ゼネコンも納得せざるをえない提案をすることにした。

「最終的にどれくらいの戸数が変更になるのか、私にもわかりません。ただ、現場のスケジュールとの絡みはあるわけですから、どこかで線を引くことは必要でしょう。例えば、階数別に住戸の変更指示の期限を決めるとか、変更するとしてもこの程度までならオーケーで住設機器の変更はしないとか。つまり変更のボリュームと程度ですね。そういったルールを、そろそろ決める時期に来ているとは思います」
 若槻が、我が意を得たりというように頷いた。

 生駒としても、ルールなしにやみくもに設計変更作業をして、ゼネコンとクライアントの間の綱引きに振り回されて右往左往することは避けたい、という思いがあった。
 羽古崎があわてて言った。
「すでに変更の話を詰めているお客さんもあるわけです。いまさら、現場の都合でそれはできませんでした、とは言えません」
「ええ、わかっています。私が申し上げたのは、二期及び三期販売分における変更ルールということです」
 生駒はそう言いながら、ゼネコンに対してまだ変更指示を出していない住戸が大量にあるということを、どのタイミングで言おうかと考えた。

 確かに、このマンションの設計には変更が多すぎる。
 自分の守備範囲はインテリア設計だけなので、基本的な住戸プランが完成してからが出番となる。
 ところが、住戸の基本プランに再々変更が加えられ、生駒の内装デザインの作業が無駄になることが度々あったし、結果として作業にかける時間が短くなってしまうということもあった。
 マンションの販売が始まった今は、三都興産が購入者の意向をできるだけ聞こうとしていることから、以前にも増して大きな変更が続いているのだ。
 最上階までコンクリート打ちがほぼ終わり、そろそろ住戸の内装工事が始まろうとしている今に至って、キッチンの位置まで変えようというのだから、ゼネコンが根をあげたくなる気持ちは十分に理解できた。

 設計事務所の下請けという立場であることから、生駒自身がお客と面談してインテリア設計を行うという仕組みではない。
 日晃設計の担当者が三都興産の担当者とともに客と面談し、その結果が生駒に検討依頼として流れてくることになっていた。つまり、間取りの変更などは日晃設計の作業範囲である。
 しかし、時間が押し詰まってきたことから、最近では生駒が間取り変更も含めた新しい図面を書くことが多くなっていた。
 客との折衝においても、大掛かりな変更を要するものについては、生駒が参加するケースもあった。
 その方が全体としての作業効率がよかったからだし、生駒にとっても効率的だったからである。

 若槻や根木も、その事情は理解している。住戸設計については、生駒がキーマンになりつつあることがわかっているようだった。
 根木が若槻と眼を合わせてから、口を開いた。
「そうしていただくとありがたいですね。それなら一応、先が読めると思いますし、手戻りをいくらか抑えることができますから」
 羽古崎が口を開きかけたが、それより先に、若槻が念を押すように畳み掛けた。
「では、それでお願いできますか。変更のルールや変更図面の承認方法などは後ほどよく考えるとして、まずはきちんとこの件についての担当者を決めないといけませんな。時間のない中でのやり取りですから、図面の行き違いや指示ミスがあってはいけません。私共は田所をヘッドにして、大矢を窓口にします。大矢はまだ現場に参加していませんので、当面はCADオペレーターの香坂という女性を窓口にします。設計事務所さんの方は、どなたが窓口として動いていただけますか。住戸内部の変更についての、すべての図面や指示の窓口として」

 羽古崎はなにも言わなかった。了解したようだ。
 それを察して、藍原が生駒に声を掛けた。
「引き受けてもらえますか」
「わかりました」
 生駒の即答に、若槻は気をよくしたようだ。目の下をひくつかせながら微笑んだ。
「では生駒先生、よろしくお願いします。香坂は後日、紹介させていただきますので、打ち合わせをしてください」
 香坂が、ここ数日は休暇をとっているということだったので、出社して来しだい打ち合わせを始めることになった。

 生駒は藍原に言った。
「ただ、確認しておきたいことがあります。窓口として動くということは、私とハルシカ建設さんで動かしていくということでいいんでしょうね。もちろん、藍原さんにご相談して指示を仰ぐべきことはしますし、羽古崎さんにご報告するべきことはします。しかし、私の責任で動かしていくということでないと、結局はスムースに進みませんから」
 藍原が隣に座っている羽古崎に顔を向けた。
「羽古崎課長、よろしいでしょう? 既に新しい住戸プランは、生駒さんにほとんど描いてもらっている状況ですし」
「こういうことですね。建築本体設計の部分は従来どおり日晃設計さんが行う。住戸プランとインテリアはモノ・ファクトリーの生駒さん。販売パンフレットで表現しているクレジットとは少し違いますが、まあ、それはいいでしょう。ただお二方の間で、フィーの問題は処理してください。それから著作権の問題なども話し合って合意しておいてください。で、それが決まりましたら私の耳にも入れてください」
 生駒が提案した住戸変更のルールは、業務の中心的役割を果たすことになる生駒が案を作り、羽古崎や藍原に諮ってから次回の定例会議で報告することになった。
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