挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ノブ、ちゃんと考えてよ 作者:奈備 光

8章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

58/61

52 赤い丸印の謎

 翌朝、休暇をとった大矢が生駒の事務所に電話を入れてきた。
「よし! 朝っぱらから飲みにいくか! 本音はそんな気分じゃないけど。で、香坂さんはどうしてる?」
「さっき、現場事務所に電話を入れたら、彼女も休んでいるということでした」
「そうか。呼べる?」
「ええ。携帯の番号を知っています」

 オルカでは、柏原が待ちかねていた。
 生駒と大矢が相次いで店に現れると、おごりだとビールを注ぐと、すぐに話を聞きたがった。
「彼女が来てからだ」
「いえ。連絡が取れないんです。ずっと電源を切ってるみたいで」
「そう。じゃ、仕方ない。始めよう」
 生駒はあっさりそう言い、話しだした。

「初心に戻って推理するべきだったんだ」


 黒井さんの転落事故。
 あれはやはり若槻さん自身が僕に漏らしたように、彼を狙ってのことだった。
 事前に黒井さんが巡回に行くことがわかっていたわけではない。
 交替は直前のことだった。
 なのに僕たちは、個人的な恨みを持つ佐野川さんに目がいってしまって、深く考えようとしなかった。
 情報も少なかったしね。
 それに若槻さんが殺されるまでは、事故について真剣に考えていたわけではなかった。
 告白すると、いわば他人事だったんだな。

 生駒は、柏原に向かって話した。
 大矢には昨夜遅く、すでに話した内容だ。


 そして、若槻さんが殺された。
 あんな残忍な方法で。
 今度はさすがに僕もショックを受けた。
 そこへ大矢さんから聞かされた興味ある情報。
 ここで集まったときのことだ。
 あの日、佐野川犯人説と織田犯人説が提起された。
 どちらかと言うと、織田犯人説の方が有力だった。
 佐野川さんの動機が、どうも希薄なような気がしたんだったよな。


 生駒は大矢に頷いてみせた。

 つまり、キックバックの事実が明らかになって、僕たちはすぐさまそれを事件に結び付けた。
 加えて、加粉派と若槻派との確執。
 正確に言うと、加粉の若槻さんへの強烈な対抗意識。
 これにも目を奪われてしまった。

 一時は、僕もそういったことが事件の背景にあると思ったし、織田犯行説に同調した。
 しかし、完全に納得していたかというと、そうでもなかった。
 すっきりしなかった。
 なぜなら、若槻さんが僕に言った二つのことが引っかかっていたから。

 一つ目は黒井さんの転落事故のときに、自分が狙われて云々という台詞。
 これは今になって考えると、佐野川さんからの脅迫のことを意味していたのかもしれないが、今はもうわからない。
 ただ言えることは、若槻さんにも漠然とした不安みたいなものがあったということだな。
 で、二つ目は彼に郵送されてきた地図。
 その意味がわからなかった。

 生駒は封筒を掲げてみせた。


 僕に見せたかったものがこの地図だと知ったとき、僕は若槻さんが昔話のネタに用意したものかとも思った。
 しかしパーティの夜、彼が僕に言ったことはそうじゃない。
 誰かから郵送されて来たと言った。
 しかも彼は、変なものという表現を使った。
 この地図がなぜ変なものなんだ?
 古い松並町の地図。
 ナチュレガーデンの現場の位置に丸印がついている。

 生駒は封筒をカウンターの上に置いた。


 ちょっとこの地図のことは置いておく。
 僕がもっと気になっていたのは、地図そのものじゃない。
 ずっと違和感を覚えていたのは、なぜ僕に話したのかということなんだ。
 そんなに親しくもない僕に。
 三十数年ぶりに、たまたま出会っただけの僕にだ。

 犯人が佐野川さんであれ織田さんであれ、動機はいわばハルシカ建設内部のことじゃないか。
 僕には関係のないことだし、相談に乗りようもないことだ。
 なのに、若槻さんは僕に自分の不安感を伝えようとした。
 なぜなんだ?
 僕が、事件の真相は別のところにあるんじゃないかと感じ続けていた理由は、そういうことなんだ。


 生駒はビールのお代わりを突き出した。

 で、織田さんの取り調べ。
 車は押収。
 これで一応、幕は降りたか、とは思ったよ。正直に言うとね。
 ところが織田さんは釈放され、夜の内に焼死。
 次は佐野川さんの逮捕だ。
 僕は混乱したね。

 というのは、佐野川にはアリバイがあったんだ。
 彼はパーティの夜、ジムのボクササイズのスタジオに参加していた。
 僕が自分で確かめた。
 うっすらと感じたよ。
 警察は僕たちの推理と同じ方向を向いているとね。
 しかし僕たちが自分達の推理に自信を持っていなかったように、警察の捜査も決め手に欠けているんだという気もした。

 そして僕は、遅ればせながら、この地図にヒントがあるんじゃないかと改めて気がついたんだ。
 三都興産の中田部さんが織田家の次男坊だということを、鈴木さんから聞かされてね。


 昔々の地図。
 地元の人間。
 そこに建つマンション。

 そういったことがキーワードだということに。
 鈴木さんがくれた示唆のおかげでね。


 封筒から地図を出して、カウンターの上に広げた。

「この赤い丸印、これさ、初めはてっきりマンションの位置を示しているんだと考えた。つまり現在位置だとね」
 生駒は、地図の上の小さな赤い丸印を指で押さえた。
 大矢が生駒の指が示しているものを見て、驚いたような表情をみせた。
「松並町の南側を流れている水路上に、丸印がついている」
 生駒は地図を柏原に渡した。

 よく見てくれ。
 丸印のすぐ左、つまり西側に、小さな橋があるのがわかる。
 その脇に石碑の記号。
 橋を通って南北に細い道。
 北に行くと松並町の集落を通り抜け、南に行くと小学校。


 もしかすると若槻さんは、僕がジョークでこの昭和三十年代の地図を送ったと考えたのかもしれない。
 で、逆に僕にそれを見せて、僕のジョークにきれいに引っかかってやろうと思ったのかもしれない。
 しかしこれを送ったのは、僕じゃない。
 この丸印は、マンションの位置を意味しているんじゃないんだよ。
 若槻さんが建友会に寄稿した文章を読み返して、ようやくそのことに気がついた。

 ある人物にとって、とても重要な場所。
 この丸印の場所。
 ここは水路を跨ぐ水道管があった場所なんだ。
 それを渡り損ねたひとりの女の子が死んだ。
 その場所じゃないかっていうことに。


 生駒は小学生の頃の、辛くて情けない思い出を告白した。

 住田隆子という小学一年生の女の子は、若槻さんや僕に無理やり渡らせられて水路に落ちた。
 大怪我をしたのに、見捨てられて死んだんだ。
 この石碑は、その子を供養するために建てられたものなんだ。

 誰が建てたのかは知らない。
 地元の有志か、織田家が建てたんだろう。
 今、この石碑は引き抜かれて現場の裏に放り出されている。雑草に覆われるままになって。

 実は、この石碑をどうするか、僕がアイデアを出さないといけないことになってしまった。
 でも気にはなりながら、どうも気持ちが乗らなくてね。
 取り掛かれなかったんだ。
 正直に言うと、僕の心の中には三十年前の罪の意識があるんだな。
 自分勝手かもしれないけど、できればあの碑についてはタッチしたくない。誰かに代わって欲しい。
 ま、そういうことだから、大矢さん、頼みますよ。

 大矢がニコリとした。


 よかった。
 さて、話を戻そう。
 住田家にはそれからも不幸が続いた。
 火事だ。家の大黒柱が焼け死んだ。
 失火だということになっているが、一部には若槻さんの火遊びが原因だというものもいたらしい。
 残された家族は大変な苦労をしたと思う。
 元々、裕福な家庭ではなかったし。

 ところで、若槻さんは建友会の会報にその水路のことを書いていた。
 昔のよき思い出としてね。
 若槻さんはそれを現場の人達に配った。
 なんの変哲もない文章だったけど、もしその被害者が読めば、忘れかけた悲しみにヤスリを当てられるように感じたことだろう。

 そして、黒井さんの転落事故が起きた。
 作為的な臭いのする事故だった。
 若槻さんは、自分が狙われたのかもしれないと思った。
 加えて、この赤い丸印のついた地図が送りつけられてきた。
 若槻さんは、僕と同じように女の子を見殺しにしたことを思い出したんじゃないかな。
 住田という名前まで覚えていたかどうかわからないけど。
 たぶん、漠然とした不安は感じたんだと思う。

 地図を僕に見せながら、あのときの正確な記憶を思い出したかったのか、あるいは相談したかったんじゃないだろうか。
 地図を送りつけて、若槻さんに恐怖を感じさせることが犯人の意図だったとすれば、それは成功だったんだ。

 もし、あの文章が殺人の発端だったとすると、犯人は当時の被害者である住田だということになる。
 死んだ女の子の兄。
 母親と二人きり、とり残されたおとなしくて無口な少年。
 いじめられっこだった少年。
 髪の毛の色が薄くて、スズメというあだ名で呼ばれていた少年。
 住田靖男。


 そう考えてみた。
 あくまで想像だ。
 今は、五十半ばだろうか。
 しかし僕には手も足も出ない。
 どこにいるのか見当もつかなかった。

 実は、以前の推理会議のときには、まだそんな当てずっぽうの推理さえ浮かんでいなかったんだ。
 むしろ、どうしようもなく疲れていたんだ。
 でも、行武さんから聞いた最新情報。
 それで僕は一気に、今言った仮説を組み立てることができたんだ。
 そしてもうひとつ、その仮説を裏付ける、とんでもない考えも閃いた。

 ちょっと話は脇にそれるけど、織田さんや佐野川さんのことを誰が通報したのか、気にならなかった?


 生駒は一息ついて、ぬるくなりかけたビールを飲んだ。

 若槻さんが殺された後で、織田さんの車を調べろという情報は、あのことを見ていた人間だけが言えること。
 つまり、若槻さんを吊り上げた織田さんの車が、エンストしたようにがくんと止まった、あのときのこと。

 それを見ていた人間とは、僕、藍原さん、田所さん、川上さん、根木さん、大矢さん、香坂さん。
 ま、それと綾ちゃん。

 僕が知っている限りでは、これだけだ。
 通報したのはこのうちの誰か。
 あるいは逃走してしまった犯人か。

 しかし犯人ではない。
 なぜなら、犯人がなんらかの意図で自ら警察に通報するつもりなら、もっと早くにしていただろう。
 警察が織田さんを取り調べたのは事件から何日も経ってからのことだった。
 誰かが後でなにかに気がついて通報した、そんなタイミングだった。

 織田さんのセダンがどうなっていたのか、僕は知らない。
 少なくとも事件の直後には、引きちぎれたロープの端が結わえられたままだったんだろう。
 エンストしたみたいだった、ということだけでは、通報する値打ちがないだろうからね。
 ところがあの時、僕たちは車がロープを引きずっていたことに気がついたか?
 ノーだ。
 それほど明るくはなかったし、遠くて見えなかった。
 なのに通報者はそれを、あるいはその痕跡を指摘したはずなんだ。
 じゃ、誰がそのことに気がついたのか。
cont_access.php?citi_cont_id=157017839&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ