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ノブ、ちゃんと考えてよ 作者:奈備 光

6章

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38 月極の大型セダン

 佐久間はなにを知りたいというのだろう。
 なにかを期待しているのだろうか。
 生駒は少し緊張して、あえて聞き返した。
「あの夜?」
 グラスを磨いている柏原の手元を見やりながら、佐久間は小さな声で付け加えた。
「パーティの夜」
「さあ」
 織田の悪口を言いつのる行武の声を、まざまざと思い出した。
 しかし、それを話す気はなかった。佐久間の織田家批判をエスカレートさせることはない。

「どんな様子といっても……。パーティの料理や飲み物がうまく捌けているので、満足げでしたが」
 この返答に、佐久間はやはり不満だったようだ。
 聞き直してきた。
「あいつは会場に最後までいたんだろう? 後片付けやなんかがあったと思うんだ。当然、引き上げるときには現場所長にお礼のご挨拶をしようと思ったはずだし」
「はあ」
「もしかすると、最後に若槻さんに会ったのは、行武かもしれないなと……。だからどうっていうことはないんだが……。少し気になってね。警察がどう捜査をしているのか知らないが、生駒さんなら、そういったことが耳に入っているんじゃないかと思ってね」

「行武さんが、なにかを知っていると思ってられるんですか?」
 まさか犯人だと思っているんですか、と声に出かかったが、かろうじてその言葉は呑みこんだ。
「彼が犯人だとは言ってないよ。勘違いしないで欲しい」
 佐久間が自分からそう応えた。
 生駒は驚いた。
 それなら、なんだというのだ。詰問調になった。
「なにを言いたいんです?」
 佐久間は少し体を引き、言い訳を口にした。
「いや、特に意味はないんだ。犯人がまだ捕まっていないようなので、少し気になっているだけ。というより、あいつがこの事件に、なにも関係していないということであればいいんだ」
 町内会の副会長として、ことなく任期を終えたいと言っているようにも聞こえた。

 生駒は急に疲れを感じた。
 これ以上、佐久間と話すことはないように思った。
 柏原が生駒の気分を察して、そろそろ閉店だと言った。

「生駒さん、今日は本当につまらない話ばかり聞かせてしまって、すまなかった。次回はもっと楽しい会にしよう。一度、席を設けるよ。若槻さんが殺されたことで、いろいろ考えすぎてしまって。年寄りは一度考え始めると、なかなかその思いが頭から抜けなくてね。申し訳ない」
 佐久間はそう詫びて帰っていった。

「今晩のおまえは散々やな」
 柏原が、飲み直していけ、と新しいジントニックを作り始めた。
「おごりだ」
「サンキュ。やれやれだ」
「人が殺されたんだから、楽しい夜を過ごそうというのが、虫が良すぎるんやな」
「そりゃそうだ。そんな都合のいいことは思っていない。ただ、なんともつまらない。死んだ人を追悼して飲んでいるわけじゃないんだから。もっと別の話題がないかな」
「そりゃ、無理。誰もおまえみたいに、冷血やないからな」
「冷血じゃない。飲みながらああいうことを言い合うのが、性に合わない」
「そうか? じゃ、若槻殺しの犯人探しは警察に任せておいて、ええんやな?」
「当たり前だ。彼らの仕事だろ」

 そうは言ったものの、生駒は心にうずくものがあることに気づいていた。
 大矢が案内してくれた犯行現場の様子が脳裏に浮かぶ。
 見たわけではないが、チョークでマーキングされた現場検証の痕跡が、想像力をかきたてていた。

 柏原が追い討ちをかけてきた。
「警察は若槻の出身地は調べていたし、社内に敵が多かったことも掴んでいるやろう。加粉とかいったよな。黒井の転落事故の件はどや? これも一応は関連付けて考えてるやろう」
 柏原が、いつもの饒舌モードに切り替わっている。
「現場の規律の乱れもある」
 サラミまで滑らせてきた。
「これもおごりか?」
 それには応えず、柏原は立て続けに言葉を発している。
「生駒宛の封筒の中身は? あの地図の印は何を示している? 情報はいろいろと揃ってきてるやないか」
「はあ」

「警察はそれなりに捜査を進めているやろう。が、若槻がおまえに言った、見て欲しいものがあるという言葉の意味。これはどうや? 警察に教えたか?」
「いいや」
「そうやろ。どうせ、おまえのことや」
 柏原がサラミを摘まんで、ビールを口にした。
「高飛車に来られて、だんまりを決め込んだんやろな。事件には関係ないとかなんとか、自分勝手な理由をつけて」
「ふん。よくわかるな」
「当たり前や。何年来の付き合いや。それに職業柄やな」

 柏原がこういうときに職業柄と言うのは口癖だ。
 元は弁護士、今はバーのマスターという、人の心を掴んだり把握したり動かしたりすることに長けた者にふさわしい職業だ、と言うのだ。
「警察に協力する気がないなら、自分でも事件を解決する気にならんとあかんな」
「ふう!」
 生駒は大きく息を吐き出した。
 自分がすでにそういう気持ちになりかかっていることは実感していた。
 今までと同じように、昼はあの現場で仕事をして夜はオルカで飲んでいても、煮え切らない思いが残ることも想像できた。

 しかも、大矢と香坂とここで会うことを約束している。
 話題はもちろん、若槻事件の真相に近づくこと。
 香坂の思いつめたような目。
 大矢の真剣な口ぶり。
 彼らを欺き続けることはできなかった。それこそ偽善だ。

 生駒は、自分の煮え切らない気持ちがもどかしかった。
 だからこそ柏原に、自分が知っていることをすべて話していた。
 そうすることによって、自分を追い込もうとしているともいえた。
「もう少し、事件解決に繋がるきっかけみたいなものがあればなあ」
 と、生駒はつぶやいた。


 若槻の葬儀は、奈良市内にある大きな寺院で行われた。
 生駒が式場に着くと、大勢の黒い集団が暑さを避けて、あちこちの木陰に群れていた。
 ゼネコンの社員を筆頭に、参集した大勢の人。
 生駒は受付に名刺を出し、藍原を見つけてその集団の中に入っていった。

 きょろきょろと知った顔を探すようなことはしない。藍原と鈴木に簡単な会釈で挨拶を済ませると、祭壇に向かって立った。
 そこからは若槻の遺影を拝むことはできなかった。
 時間がたつにつれて、足元の砂利の感触が靴底を通して伝わってきた。

 マイクを通した僧侶の読経を聞きながら、生駒は切れ切れの思い出の中に意識を浮遊させていた。
 若槻なりにあの現場に思い入れはあっただろう。
 故郷だから、ということをあえて意識はしないでも、力が入っていたはずだ。
 日常の言動を見ていても、それは感じることができた。建友会の会報への寄稿を読んでもわかる。
 しかし若槻は、その現場で殺された。

 生駒は心の中に生まれた熱いものをもてあましていた。
「こんにちは」
 いつのまにか、行武が横に立っていた。
「ご苦労さまです」
 一般参列者の焼香が始まり、人並みが動いた。
 生駒はようやく周りに立っている人に関心を向けた。
 羽古崎がいた。大矢がいた。香坂や佐野川もいた。少し離れたところには、織田や坂本や石上の姿も見えた。パーティのときに顔を見かけた下請け業者の幹部連中もいた。
 誰もが黙ったまま、神妙な顔をして暑さをこらえていた。

 焼香を終えると、後に続いていた行武が声を掛けてきた。
「あの夜、俺がまだ現場にいてる間に若槻さんが殺された。なんとも言えない気持ちだ」
「ああ」
「いまから、どうする? なにか予定がある?」
 生駒は葬儀が終わってから冷たいものでも飲みに行かないかと誘った。行武がそれもいいな、と言ってため息をついた。
「顔色がよくないね」
「ああ。地元民はこういうとき、大変や」
「噂話の矢面に立たされて?」
「ん? まあ、そういうこと」
 行武は疲れているようだった。

 寺院の近くのファミリーレストランに入って開口一番、行武が、最近は弁当の配達をアルバイトに任せることにした、と照れ笑いをした。
「お客さんに顔を合わせるのが客商売の基本やと、かねがね言ってたんやけどね。さすがにそうもいかなくなって」
「商売繁盛で、いいじゃないか」
「いやいや。効率が悪いんで、さっぱり儲からん」
 そう言って行武は、お絞りで顔を拭き始めた。
 額から口元へとまんべんなく拭ってから、首筋、腕、最後は手の平へ。

 生駒は、行武がお絞りをしきりに動かすのを見ながら、行武食堂が納品業者からはずされたことを考えた。
 行武食堂のサービス向上を促すため、一旦他の業者にワンポイントで変更ということかもしれないが、元々、地元業者だからということで、義理で注文されていただけなのかもしれないのだ。
 現場の実権が鈴木に移った今となっては、地元への義理は果たしたと考えてもおかしくはない。
 行武食堂が返り咲くことは、むつかしいかもしれない。
 生駒は、鈴木にどんな営業活動をしているのかと聞きかけたが、行武の疲れたような顔を見て思いとどまった。

 お絞りをテーブルに放り出した行武が、フゥッと息を吐いて、水のグラスに手を伸ばした。
 むつかしい顔をしていた。
「地元では織田の話で、もちきりや」
 いやな予感が的中した。
 また織田の話だ。
 思わず脱力してしまったが、行武の話は違った。

「ついに逮捕かってね」
「えっ、逮捕?」
 思わず大声をあげた。
 アイスコーヒーを持ってきたウェートレスが、何事かとこちらを見た。
 行武があわてて解説を付け加えた。
「あ、いや、警察が織田のことを調べてるっていうもんやから」
 生駒は思わず息を吐き出した。
「事情聴取?」
「うん、それ」
 そんなことなら驚かない。
 自分も経験済みだし、行武自身もそうだろう。
 パーティ会場にいたわけだから。

「俺もあれこれ聞かれた。話すことなんかなにもなかったけどな。でも、織田が事情聴取を受けたのは、そんなことやない。つい昨日のことや」
「ん?」
「織田の車を、警察が持っていった」
 新しい情報だった。それもかなり重要そうな。
 生駒は、前のめりになって行武に話の続きを促した。
「どういうこと?」
「さあ。なぜ警察が織田の車に関心を持ったのかは知らん」
 情報はあいまいなものらしい。

「もちろん、若槻さんの事件に関してのことやろ?」
「そりゃそうやろ」
「車って?」
「織田の屋敷の裏にある月極駐車場に、いつも停めてある高級車。車に詳しくないんで車種は知らんけど、トヨタの大型セダン」
「そんな車を、月極駐車場に?」
「そう。あいつ、何台も持ってるからな。外国の超のつく高級車は自宅のカーポートに入れて、通勤用の車なんかは、家が経営している月極駐車場に、自分だけ屋根をつけて置いてるんや」
「ふーん。で、もちきりの話っていうのは?」
「こうなってくると、いろいろと悪口を言う人が出てくる」
「織田さん個人のこと? 織田家のこと?」
「両方。元々は織田家への不満やったものが、最近は孝個人への攻撃になっている」
「歓迎している?」
「逮捕を? いや、事情聴取か。ま、どっちでもええ。前にも言ったやろ。あいつの放蕩ぶり。君も知ってるとおり、織田家には恩がある人が多い。多くの土地やアパートを所有しているし、かつては織田家の奉公人であり、いまだに織田家の賃借人である人も多い。だから表立っては悪口なんか言わないし、言えない。しかし、跡取りの孝にはつくづく嫌気がさしている。そういう人が多い」

 行武は織田家の内情について、話し始めた。
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