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ノブ、ちゃんと考えてよ 作者:奈備 光

6章

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33 真新しい赤いランドセル

 生駒は工事現場を後にすると、改めて目の前の道路を見渡した。
 現場に足を運ぶたびに何度となくこの道を歩いているが、常に違和感があった。
 子供の頃には神社から南には、草むらの中の細い小道と水路を隔てて、見渡す限りの農地が広がっていたものだった。
 おぼろな記憶では、農地の中に数軒の民家。その先に小学校の校舎。そして小さな雑木林や古い農具小屋が散らばっているだけ。
そんなのどかな風景だったのだ。

 今は、高層の建物はないものの、隙間なくなんらかの建築物が建ち並び、派手な看板が目についた。
 歩道を歩く。
 自分の足元がかつての水路の上なのか、水路沿いの草に覆われた小道なのか、はたまた田んぼの中なのか。
 それを知るどんな手がかりもなかった。

 小学校に通い始める頃、石積みだった水路の土手がコンクリートの護岸に変わった。
 それでも、周りの小道には相変わらず草が生い茂っていて、時にはアオダイショウがとぐろを巻いて子供たちの行く先を阻んでいたりしたものだ。
 今は国道の抜け道として、やたらと通過交通が多い道路に姿を変え、沿道に住む人にストレスを与え続けているだけだ。

 生駒は工事現場に沿って西に向かった。
 現場の仮囲いが途切れるところは、十字路になっていて信号機がついている。
 前の広い道路を、赤い看板をでかでかと掲げた焼鳥屋の方に渡ってしばらく行くと、今でも小学校があるはずだ。
 松並小学校。生駒が三年生になるまで通った学校。

 生駒ははるか昔に何度となく行き来した道を見通した。
 記憶にあるよりもはるかに細い道が、狭小建て売り住宅の群れの中に消えていく。
 田んぼの上を渡ってくる、のどかな風を感じながら通った記憶の痕跡さえ、見つけることはできそうになかった。

 生駒は信号が青になっても渡ろうとはせず、仮囲いに沿って北に折れ、さびれきった商店街に入っていった。
 現場の仮囲いが神社の石柵に変わるところで立ち止まった。
 石柵はほぼ高さ一メートル。
 一辺が十五センチほどの正方形の断面をした白い御影石の柱が、五十センチほどの間隔をあけて立ち並べられ、鉄の棒が上下二段に渡されている。
 石柱は汚れて磨耗し、よほどその気にならないと刻み込まれた奉納者の名前を読み取ることはできない。
 鉄の棒も錆びて黒ずみ、ところどころ留め金がはずれて失われ、ぶざまに垂れ下がっている。
 神社の石柵の古色と比して、仮囲いの均一な白さが眩しいくらいに際立っていた。

 仮囲いと石柵のわずかな隙間に眼をやった。
 そこには二メートルばかりの茶色の石柱が、打ち捨てられたかのように無造作に横たわっていた。
 若槻から、どうしたらいいか、再整備のプランを考えてくれと頼まれていた石碑。

 竹の子のように根元がまだ白く、土がこびりついている。
 引き抜かれてから、それほど長くこの状態だったのではないことがわかる。石碑の上に空になった清涼飲料水のペットボトルが転がっていた。
 生駒はしゃがみこみ、石碑の表面に刻まれた文字を読んだ。
 南無妙法蓮華経。
 深く刻まれた文字は、その筆遣いまでもまだ明確だ。ただ、裏面に刻まれた文字は、地面に接していて読むことはできなかった。

 まっすぐ伸びている白い仮囲い。
 マンションの建物の位置……。
 神社の鳥居や社。
 石畳や灯篭。神木のイチョウ……。
 生駒は倒れた石柵のひとつに腰掛けて、若槻が見せてくれようとしていた古い地図を取り出した。

 何を確かめようとしているのでもなかった。
 強いて言うなら、今自分たちが関わっている建物が、自分の記憶にある風景の中の、どの位置に建ったものなのかを知っておきたかった。
 水路や草むらや小道と、今目の前にある仮囲いや立体駐車場やマンションの建物。
 それを脳裏にオーバーラップさせてみたかった。

 地図は縮尺が大きすぎて、そんなささやかなエリアの詳細は分かりはしない。それでも生駒は、少しずつここがかつてなんであったかを思い出し始めていた。

 夏祭りの宵……。
 この石灯篭より、かなり控えた位置に夜店が並んでいたはずだ……。
 確か、神社の南側には板塀が続いていた。その外側には草地が……。
 いや、待て。
 草地は水路に面していたのではない。
 小さな工場が何件か並んでいたように思う。
 その中にガラスの工場があって、丸いガラスの粒をたくさん拾っては集めていた……。
 その工場の向こう側が、小道と水路だったはず……。
 神社の塀と工場の塀に挟まれた草地はいつも湿っていて、奥にいくと沼地があって……。
 食用ガエルの……。
 そうだ、白い大蛇が住んでいて、イチョウのご神木に登っていくのを見たという人がいた……。
 草地に大蛇が通った跡があるというので、朝早く、見に行ってみたこともあった……。

 綾が聞いたのは、木の声だろうか。
 まさか大蛇の……。
 そんなはずはない……。
 生駒はかすかに身震いがした。

 記憶の引き出しが少しずつ開いていった。
 マンションの建物は、ちょうど水路を跨ぐ格好で建てられているのだ……。
 ロビーのあたりには、水路を跨ぐ水道管が……。
 そして、この石碑の裏側には……。
 そう、住田何某と刻んであるはずだ。


 水路の名は、樋口水路。
 田畑の中を縫う他のもっと細い水路では、まだドジョウを掬うこともできたが、樋口水路は家庭の排水が流れ込んでいるおかげで、ドブ川になる一歩手前の状態だった。
 かろうじて、たまにカダヤシや弱ったクサガメを見かけるだけだった。
 そんな水路に、不要になったさまざまなものを捨てられていた。川に物を捨てることに、なんら罪の意識を持たない人も多かった。

 生駒がまだ小さかった頃には、そんな水路でも筏を作って遊んだものだ。
 土手は石垣の部分もあったし、土の部分は草で覆われていた。水路も、ガラモをなびかせながらそれなりの水量があった。

 しかし、年を追うごとに樋口水路は汚くなっていった。
 いつしか、もう誰も水路に入ろうとする子供はいなくなっていた。
 大雨の後に大量に流されてくるフナを掬いに、あるいは飼っている魚のためのイトミミズを捕りに行くくらいのもので、黒ずんで油の浮いた水は淀み、底に溜まった泥が悪臭を放ち始めていた。

 三十数年前。
 ある日の夕方。
 生駒が松並小学校の三年生のときのことだった。

 水路には水道管やガス管などが掛け渡されていたし、水門もあった。そういう構築物は、子供達の遊びの拠点になりやすい。
 学校の帰り、田んぼの畦を縫って歩いてきた子供達は、水道管を渡って、工場のはずれから草地に入り、沼の脇を通って神社の境内、笹に覆われた社の裏側に抜けていくのが一般的な寄り道コースだった。
 その途中の最大の難関は、子供によって違う。

 細い水道管をバランスを取りながら渡るのがなかなかできない子もいたし、板塀に囲まれ、陰気で草ぼうぼうの沼地を怖がる子もいた。沼地からは先の尖った墓石が何本も見え、草むらを進めば墓地にも抜けて行けるのだ。
 神社に入れば、そこは人の手によって整備されたエリアではあるものの、背より高い笹が生い茂り、夕方になるとコウモリが飛び回る。一気に異世界のムードが漂い始めるのだ。
 板塀の隙間から真っ暗な神域が垣間見えて、どんな子供でも怖気づくのだった。

 子供達は大人達に叱られながらも、そんな小さな冒険を重ねながら放課後をタップリと使って、帰宅していたのだ。
 春には亀の卵を家へ持ち帰り、夏には身の丈より高い草に隠れながらバッタやドンコを捕り、秋には木の実を拾いながら。

 ある日、ひとりの少女が樋口水路に落ちた。
 新一年生数人を引き連れた若槻が、水道管の試練をけしかけたのだ。
 生駒はその子が落ちたとき、目の前にいた。
 しかし、水路の水深は膝くらいまでしかなかったし、わずか数メートル下流には道に上がるための階段もあった。自分たちも雪に足を滑らせて誤って落ちることもままあることだった。
 結局、すでに渡り終えていた若槻や生駒や他の新一年生達は、ドジ! と囃すだけで助けようとはせず、そのまま帰ってしまった。

 しかし子供達の知らないうちに、そこには板金工場の使い古された機械が捨てられ、ぬるぬるした泥に埋もれていたのだった。
 少女は足に大けがをした。
 通りかかった人が何気なく水路を覗いたとき、少女の小さな体は大きな赤い真新しいランドセルを背負ったままの姿で、汚れた水の中に横ざまになってぐったりとしていた。
 そして少女は、その夜の内に息を引き取った。

 石碑は、少女の死を悼んだ地元の有志が建てたものだったのである。
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