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ノブ、ちゃんと考えてよ 作者:奈備 光

4章

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23 すずめやすずめ

 綾が暗闇を怖がることはない。
 そこが夜の神社であろうが、山奥のうっそうとした沢であろうが、村はずれの墓地であろうが。

 怖いのはそこに潜む悪意を持った人間であって、闇に満ちている様々な生き物や、霊気が恐ろしいのではない。それらの中にも人に対して悪意を持っているものもいるだろうが、それは稀な存在であって、たいていは人などには無頓着なものだ。
 私は、彼らの声を少しだけ盗み聞きしてみる、それだけのこと。と、綾が説明してくれたことを覚えている。

 山奥の村で殺人事件に巻き込まれ、大きなお屋敷の座敷で生駒、綾、優と、三人で川の字になって寝た夜のことだった。
 あの夜、綾が見せてくれた瞳の黒く透明な深さに、生駒は魅入られてしまったのである。
 そして、自分の娘でもない綾に、自分の子であるかのような愛情を感じてしまったのである。
 初めて知った感情だった。子供をいとおしく思うとは、こういうことかもしれない、と感じたのだった。

 その後、聞き耳頭巾の霊験の新たかさは、生駒も身に染みることになったのだが、綾とはそのことで話をしたことはない。
 腕を磨くというのもニュアンスが異なるが、綾の聞き耳頭巾の使い手としての腕前はぐんぐん上達しているようだったし、よく知りもしない自分が不要な意見を言って、綾の修練に悪い影響があってはいけないと思うからだった。
 それしきのことで綾にどれほどの影響も与えることはないとは知りつつも、万一ということもあると思うのだった。
 だから、夜に、しかも草木も寝静まるような時間に、綾がマンションから出て行っても、後ろからそっと付いていくだけだった。

 修練といっても、大げさなことはなにもない。聞き耳頭巾をかぶって心を澄ますだけ。
 そのときばかりは、綾の顔からすべての表情が消えるが、行くときも帰るときも、あっけらかんとした天真爛漫な少女なのだ。

「おっ、ここね」
 神社は湿った空気を纏って静まり返っていた。
「まだ、時間が早いんじゃないか?」
「いいの」
 なんとなく綾が胸を張ったように見えた。
 生駒は綾が修練を積んで、深夜でなくても木々の声を聞けるようになったのか、と思って綾のしたいようにさせた。
 曇っているせいで星明りはないが、木々の間から街の明かりが見えて、思っていたよりも明るい。
「こっちかな」
 などといいながら、綾は拝殿の裏手に回った。

 工事中のマンションがすぐ右手に黒々とそびえていて、どことなくサイバー都市のエアポケットのような雰囲気だ。
「おっ、お墓もある」
 綾が墓地の入り口まで行ってから、引き返してきた。
「お墓の中の木より、お宮さんの木の方がいいみたい」
 と、もっとも大きなイチョウの木を見上げた。
「イチョウの声は聞いたことないのよね」
 独り言のように呟いて、木に触れないように、張り出した根を踏まないように寄り添って立った。

 太い枝が踊るように四方に伸びていた。
 風はなく、葉やそよりとも動かない。
 昼間は工事中のマンションのロビーに緑のシャワーを降り注いでくれている巨木だが、今は彫像のように、傍若無人な建物とかたくなに対峙しているようだった。

 これは神木だ、と言いかけてやめた。
 たとえ相手が神木だろうが、呪いのかけられた巨岩であろうが、妖怪をかたどった苔むした石だろうが、綾はお構いなしなのだ。

 生駒は辺りを見回した。
 この神木はこの位置にあった記憶がある。
 ただ、注連縄を張られて、石の柵に囲まれていたはずだ。
 そして、この神木を境に、奥は神域として塀で囲まれていたはずだ。今のように、あっさりと裏の墓地に抜けては行けなかった。
 そもそも、神のおわします本殿はどこにあるのだろう。塀に囲まれた神域にあるはずだが、どの範囲が神域であったかさえ記憶にない。

 綾がポーチから見覚えのある布切れを取り出した。
 聞き耳頭巾である。
 静かにそれをかぶると、ゆっくりと耳を木の幹に近づけていく。
 顔を生駒に向けていたが、何も見てはいないのだろう。
 耳が木の幹に触れるかどうかというところで綾は目をつぶった。

 数年前、山の村の神社で綾がこうしてクスノキの声を聞いたとき、傍らにいた生駒と優は、これ以上はないと思うほどに神妙な気分になったものだ。
 今にもとんでもない言葉が、綾のかわいい小さな口から発せられるような気がして。
 そのときは、自分の手も見えないほどの暗闇の中だった。
 しかし、今は綾の胸の動きさえも見えるほどに明るい。車の音が間近に聞こえるし、遠くに近鉄電車の音さえ聞こえるのだ。

 宮の夏祭りの時には、この木の下にはいつもお化け屋敷の小屋が建っていたものである。
 小屋の女将さんが、威勢のいい、人を引きつけずにはおかない口上をマイクで叫んでいたものだ。お化け屋敷の中の狭い通路から、思わせぶりな青い光が暖簾の下から漏れていたものだ。
 生駒はそんなことを思い出しながら、綾を見つめていた。


すずめやすずめ、こすずめや。
あそべやうたえ。
なくまいぞ、なくまいぞ。
はかのからすがこわいのか。
それならおってやろうぞ、たいじしてやろうぞ。
のどがかわくか、ひもじいか。
それならしねをまいてやろうぞ、ひえもやろうぞ。
さみしかろうて、くやしかろうて。
それならこがねのかかじゃ。
すずめやすずめ、こすずめや。
あそべやうたえ。

 駅への道を歩きながら、綾が教えてくれた言葉である。
 イチョウはそんな言葉を、喉から搾り出すように歌っていたというのであった。
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