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ノブ、ちゃんと考えてよ 作者:奈備 光

2章

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9 孫請け

 一階住戸の内装工事が始まり、生駒は忙しくなりつつあった。
 変更に伴う設計担当にもなったことで、業務範囲が格段に広がっていた。ゼネコンとの打ち合わせ回数も時間も、増えはじめていた。
 インテリアデザインだけの業務なら、一週間に一度の定例会議のときに合わせ、現場を見に来る重点監理で十分だと考えていたが、このままでは週の内半分は現場に来ることになりそうだ。
 現に、これまでは定例会議後にはたいした打ち合わせもなく、いくつかの住戸を見て回るだけでよかったものが、最近では必ず田所や香坂らが参加する長時間の打ち合わせが待っていた。

 打ち合わせが終わって生駒が解放されたのは、夕方になってからだった。
 議題に上がった住戸を見ておこうと思った。
 事務所を出ると、現場事務所の下に、たまたま石上がいた。
 声を掛けると、いつものように丁寧に頭を下げた。
 生駒が降りていくと、石上は待っていたかのように、まだそこに立っていた。

「このたびはお母様がお亡くなりになられたということで、ご愁傷さまです。どうかお力を落とされずに。お悔やみを申し上げるのがたいへん遅くなってしまって、失礼しました」
 石上がかしこまって、また深々と頭を下げた。
「どうも……。現場のほうにも生駒先生にも、大変ご迷惑をおかけしまして」
「いえいえ、とんでもない。大変でしたでしょう。もっとゆっくり休まれたらよろしかったのに」
「いやぁ、そうもいきません。あれやこれやで、ま、なにしろ……。四日も休ませてもらいました。厳しい世界ですから、それ以上休むと、仕事がなくなってしまいます。そうなったら、それこそ困りますから」
 と、にっと笑った。
 生駒は、石上が言葉の途中で言いよどんだように感じた。
 母親が自殺したというのは本当のことだったのかと思ったが、興味半分で聞くことではない。

「お母様はおいくつだったんですか」
「七十二でした」
「まだまだお若いのに。お父様は?」
「もうとっくに死んでしまって、おりません。これで天涯孤独ってやつですなぁ」
「……」
「兄もふたりおるんですが、ひとりは死に、もうひとりは中学を出ると家に寄りつかなくなりまして。私とは、もうまったく」
「そうなんですか……」
 哀愁を帯びた話題は誰でも苦手だが、事の成り行きで、
「ご家族は?」
と、水を向けると、石上は自嘲気味に笑った。
「ハハ。妻には結婚数年であっさり出て行かれてしまい、子もおるにはおるんですが」
「……。息子さん?」
「はあ。まあ、娘ですが。妻の方に親権があったということで……」
 生駒は余計なことを聞いてしまったことを後悔した。
「それはどうも……」

 言葉に詰まったからといって、じゃ、と立ち去るわけにはいかない。
 まさか、頑張ってくださいとは言えないし、気の毒がるのも日の浅い付き合いでは差し出がましい。
 掛ける言葉を捜しているうちに、石上が自分からジ・エンドの言葉を言ってくれた。

「どちらにしても、私らみたいに能のないもんは、一生懸命に体を使って働くだけのことですな。自分のできることをして、精一杯生きていくということですわ」
 大げさな表現をしたことが恥ずかしかったのか、石上は顔を両手で強く擦って、笑い顔を作った。
 陽に焼けた健康そうな顔が夕日に照らされ、汗が光っていた。
 太い指が、作業服のポケットからタバコの箱をつまみ出した。
「最近、本数が多くなりましてなぁ。あきませんわ」
「珍しいですね。ハイライト」
「昔からずっとこれです。変える理由もありませんし。つまらんこだわりというもんですな」

 織田が通りかかった。
 気づかないはずはないのに、まるで無視してサブコンの事務所に入っていった。
 生駒はこの男を付き合いにくい奴だと感じていた。
 それが態度にも出ていたのかもしれない。織田の方からも、必要なとき以外、声を掛けられることはなかった。
 石上もそのことに気がついていたのだろう。生駒の肩を持つようにぽつりと言った。
「昔からあの調子や」

 生駒は、ふと今のシチュエーションが気になった。
 自分を差し置いて、孫請けである石上と仕事上のやり取りをしている、と織田には見えたのかもしれなかった。
 仕事上の本来の指示系統は、ゼネコンから下請けである織田工務店、その下の中桜工業へと流れていく。厳密に言えば、生駒は、そのルールを破っている。石上と世間話や施工上の一般論を話すだけでなく、作業上の指示をすることもあったからだ。
 本来は、生駒はゼネコンに指示をすればよい。ここではハルシカ建設だ。
 それを、ゼネコンはおろか下請け業者も飛ばして、孫請けの担当者に直接話をしていることになる。
 ゼネコンの職員とは、阿吽の呼吸がある。ある程度は、設計者が下請け業者に直接指示を出すこともある。
 しかし、石上は下請けの職員ではなく、孫請けの職員なのだ。

 織田にすれば、自分がないがしろにされていると感じているのかもしれない。
 しかし、生駒は石上と話をするのが楽しかった。
 いや、正確に言うと、織田より石上の方が話しやすかったし、実際、手っ取り早かったからだ。トラブルになるかもしれないようなことは、必ずハルシカ建設と協議していたので、高をくくっていたともいえる。

「ところで、定例の後に打ち合わせが入ることが多くなりましてね。今日もたった今までそうでした。現場を見に行く時間がなかなか取れなくて。工事時間は夕方五時までですよね」
「ええ、一応は。ですけど、内装工事は日によって七時や八時ごろまでやってます。いよいよ切羽詰まってきたらもっと遅くまでやることになるんでしょうが、今のところはまだ通常ペースという感じです」
 近隣住民との取り決めで、この現場は基本的に五時には作業を終える。しかし、周辺への影響が少ない内装工事は、延長して作業が行われることもよくあることだ。
「今日は?」
「たぶん、六時には終わるでしょうな。今から行かれるのでしたら、ご一緒しましょか?」
 こんな時間から生駒に同行することなど、石上にとってうれしいことではないはずだ。
 生駒はその申し出を断った。
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