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第2章 第4話 View from opposite shore◆

 愛想よく降伏し鎖でこれでもかときつく全身を縛られながら、少しずつ兵士の心を読んだおかげで、彼がこの地で憎まれている理由を推察することができた。

 彼は第一区画の民にとって凶悪な邪神とされているのだった。

 何かの新興宗教なのだろうか、と赤井は首をかしげる。

 城塞都市グランダには既に統治者がいて、邪神信仰を悪い意味でうまく利用していた。

 統治者が巫力で邪神を退けてるからグランダは平和だ、という具合の恐怖政治をやらかしているのだ。

 彼らのいう邪神の特徴はまさしく赤井の姿そのもの、業火のような緋色の髪と真紅の瞳……人々の血を啜り朱に染まった。

 それを統治者の一族が退けてきた、という神話がある。


”このルックスは現実世界での目出し帽の色が由来なんだって……”


 などと間抜けなことを言える道理もなく。

 そんな伝説の邪神がグランダに乗り込んで来たとあらば、グランダ民が戦々恐々とする気持ちはわかる。彼は単にのほほんと和睦を申し出にきただけなのだが。

 兵士に乱暴に引っ立てられながら、背中ごしに彼らに読心術をかけ続ける。

 統治者のスオウは女王だという。

 何故邪神に仕立て上げられなければならないのか、理由が知りたいところだ。


”話せばわかるよねスオウさん”

 

 そう考えていた赤井だが、彼らが邪神は悪だと信じ込んでいるため話は通じそうにない。

 結局赤井は兵士二人組に連れられ、女王の間へ。

 背を蹴られ乱暴に突きだされる。

 鎖で縛られたまま女王の前に組み伏せられた。

 石造りの部屋には燭台が無数にあり、占いの館のような趣向だ。

 呪術的な祭壇の上に動物の生贄も供えてある。

 いかにも古代の祭祀を行っているという風情である。

 室内は暗いが、赤井は照明としても便利な神であり、赤井が部屋に入ると部屋は明かりいらずだ。

 そんな赤井の目の前にはフードをかぶった女王がいる。

 よく見ると彼女の肩は小刻みに震えていた。

 そんなに怯えなくても、と閉口する。


”私の顔、別に鬼みたいな怖い顔してない……してたりして”


 彼はその気になれば力づくで解決できるが、一旦様子見が賢明だと判断する。


「汝が邪神か」


 聞き慣れない二人称に赤井は戸惑う。

 「わらわ」「拙者」「余」「麻呂」や語尾が「にゃん」「ぴょん」……そんな一人称、二人称も語尾も一周回って今更なのかもしれないが、敵意丸出しで怖かった。

 彼女の声にはスオウという女王が震えていたのは恐怖に震えていたのではく、赤井への憎しみが滾っている。

 女王は黒いフードを目深にかぶり口元しか見えず、威圧感がある。

 油断すべきではない、赤井は察知した。

 彼らは赤井の民とは違う、その性質も何もかも未知なのだ。

 巫女王の纏う雰囲気は冷たく、憎しみが伝わってくる。


 しかし怯まず交渉だ。

 憎まれている原因は何となく理解できないでもないが、邪神ではないこと、グランダと事を構えるつもりはないと理解して貰う必要がある。


『違います。過去に邪神と名乗った覚えもなければ、またそう評される行為をした覚えもありません』

「わざわざ何をしにきた、災厄をもたらしに来たというのか」


 説得は無理かもしれないと赤井は気取った。

 赤井は伝説の邪神と同じ姿をしているうえ、相手は思い込みの激しい集団だ。


『私は邪神ではありません。括目してよく見てください』

「余を愚弄する気か!」


 彼女が合図をすると、臣下が剣を抜きおどり掛かる。

 彼女の合図とともに、赤井は指一本動かさず眼力だけで強力な結界を張った。

 オーロラのような境界面が同心円状に二層、赤井の周囲に展開される。

 外側の赤い結界は心理結界、内側の白いものは物理結界だ。


 これらの結界に、素民は敵意。

 外側のものは戦意喪失をする程度で済む、しかし内側のものは素民は無事ではすまないだろう。彼らは赤井に斬りかかろうとしては結界にトラップされ、一歩も踏み込めなった。

 心理結界に踏み込むと動けなくなるのだ。


 赤井はまだ鎖も破壊していない。

 後ろ手にされ縛り上げられたままだ。煌々とした輝きは、アガルタの神たる風格を見せつける。彼も伊達に八年も神様役を務めているわけではなかった。ただの素民相手になら指先一本もいらない。

 襲い掛かってはならない相手だと、分かってくれただろうか。

 ……ロイにありったけの神通力を授けて力衰えても、まだこの程度はわけもないのだ。鎖を千切らないまま、素民を傷つけず動きを止め続けることはできる。


『話し合いをしましょう』

「正体見せたな、邪神めが!」


 邪神の本領発揮、そんな風に見えているのか。

 俯き加減に、優しく厳かに諭す。


『私は争いを望まず、あなたがたを傷つけません。拳を交えることなく、話し合えばわかりあえます。ですから』


 極限にまで緊張した彼らを赤井は金縛りから解放し、真っ直ぐな視線で彼女、スオウを見据えた。兵士たちは戦意喪失しその場に崩れ落ち、ガタガタと歯の音があわず腰が抜けている。

 皆で仲良くしよう、そのために暴力にうったえず話し合いをしようと訴えかけた。だが


「滅びよ邪神!」


 口元をひきつらせたスオウが掌底を繰り出したとき。赤井は全身で弾き飛ばされていた。

 危険を察知した彼は空中で瞳を見開き鎖を一気に破壊すると、白衣の裾をさばいて天井に足場を取る。

 鎖は木端微塵に千切れ、床に煩わしい音を立ててぶちまけられた。


”今のは何だ……?”


 フードの下、その細い右腕に、彼女は橙色の炎をまとわりつかせている。

 彼女が宙を薙ぐと熱風が吹きすさぶ。

 彼女は人間ではないのか。これが巫女王の巫力というものなのか、と赤井は肌で感じ取る。


 彼女は顔を覆っていたフードを取り払い、遂にその姿を顕にした。

 流れるような長い金髪をはらりと散らせ、凛とした青い瞳の少女……彼女はメグと同じ年頃のようだった。

 

 その美しさと凛々しさに赤井が魅入ってしまったとき、彼女は床を強く蹴り跳び上がると、恐れもせず間合いに飛び込んできた。

 物理結界で吹き飛ぶ、そう思った赤井は彼女を庇おうとしたがその必要はなく、彼女は赤井の二層の結界をすり抜け……燃え盛るその拳によって赤井はしたたかに腹部を殴られ床へと堕とされ、彼女が放った四本の鉄杭で四肢を石畳に縫い付けられた。


『な……!』


 この世界に入って初めて、彼が身の危険を察した時。

 彼女に腹部を力任せに蹴りつけ、踏み躙られた。身を起こそうとするも不可能だった。


”何で力が入らない”


 神の腕力をもってして、手首に穿たれた鉄杭が抜けない。


”まさか……神封じの杭、とか……”

「口ほどにもなかったな、邪神めが」


 彼女は赤井の頬に唾を吐きかけると、部下に命じ取り寄せた伝説の宝剣を抜き躊躇なく赤井の腹部に突き立てた。

 驚愕すらも置き去りにされ、彼は瞳を見開く。

 何が起こっているのだ?


『ぐ……!?』


 スオウ、彼女は一体何者だ……人間ではない。

 邪神と対峙するこの黒衣の少女は何者だ?!

 疑問と共に、赤井の意識は消失した。


 ……という経緯で。

 彼は気づけばこうなっていたのだ。


”私としたことが”


 城壁に両手足を縫い付けられ、腹部にはとどめのように剛剣を穿ちこまれている。

 高い城壁の門に文字通り磔にされている。

 神は死なないので牢に入れても無意味とあれば、素民の見えるところに吊るすのが一番だ。

 スオウの手腕に感心する。

 インフォメーションボードも呼び出せない。

 永遠にここから降りられない可能性もあるのだろうか。


 手首に神通力を奪う杭を打たれてるので行動不可だ。

 脚にも遠慮なく何本か鉄杭が穿たれている。

 コンストラクトも使えない。

 助けはこない。西園担当官は監視をしているだけで、この世界に介入できない。

 ハイパーコンストラクトは仮想空間中で手を使わず誰にも邪魔されず構築ができるが、今は赤井の緊急事態ではあって民の緊急事態ではない。

 構築士としての能力も完全に封じられていた。

 高い城壁に邪神をさらしものにした、少女の姿の残虐な巫女王。

 この地に伝わる邪神伝説は本物なのかもしれない、それで代々の王たちは邪神を滅ぼすために己を鍛え巫力を磨き上げてきたのだ……。

 呪力に長けた代々の王たちのことも、赤井は不憫に思う。

 いもしない邪神の為に苦痛を強いられているとは。


”でも巫女王の彼女的にはやっと報われたのかな? 見事伝説の邪神をやっつけたんだから積年の重圧からも解放されてる頃だ、英雄ってか聖女だよメグと殆ど年が変わらないっぽいのに”


 その日は、祭りの太鼓の音が聞こえてきた。


”宴でもしていたのかな。彼女にはよかったけど”


 ここは彼女の支配地……赤井の民からの信頼の力は流れてこない。

 呪いのせいか、声もかすれ声程度にしか出ない。

 力を失った。

 死なないということ以外、今はただの人間と変わらないのだ。


 雨晒しや日干しになるうち、容赦なく嵐が神体を打ちつけ体力を奪ってゆく。

 敵国という、隔絶された環境。

 たっぷりと蓄えていた神通力も徐々に失い……その身は遂に人間と変わらなくなった。

 傷口から少しずつ血も流れてゆき、城壁に赤黒い染みをつくっている。

 神通力を鉄杭に奪われ動けなくても、それでも彼は不死身だった。


”辛くて痛くても絶対に死ねないんだ。我慢しないと”


 まだ一か月。泣き言を吐いてはいけない。


”キリスト先輩、お元気ですか? どうやら最初の受難に遭遇しました”


 彼はとうとうそんなことを思う。


”私も徐々に経験詰んでいこうと思いますよ……でも最初は辛い。最大負荷は知ってるけどここまで持続的だとさすがに辛い。こんな筈じゃなかった。……苦しい……でもだめだ、辛い顔はできない”


 グランダの民が、城壁を見上げては暴言を吐く。

 民たちと会話をしよう思っても、彼らは耳を塞いで通り過ぎる。


”これ、本当に仕事なんだろうか。この世界はヴァーチャルで、本当にこれは構築士の仕事? ただの悪夢だ……”

”私の見通しが甘くて、民が戦える状態なんかじゃなかった”


 手足に腹、何も局所だけが痛むわけではない。

 磔は呼吸困難になるのだ。

 両腕をぴんと張り磔の状態になると、横隔膜が動かせない。

 呼吸が浅くなる。神通力を失うまではそれでも何とかなったが。

 やがて彼の身には素民からの憎悪だけが集められる。

 彼は「信頼の力」で神通力を行使する神だ、「憎しみの力」は彼を痛めつけ消耗させる。


”ロイ、メグ……今どうしている?”


”黙って君たちのもとを去った私のことなどもう忘れて、正気に戻った素民たちと穏やかに暮らしているのかな。それが賢明かもしれない”


”そういえばケンタに妹ができるんだったな、もう生まれてる頃”


”ヤスさん、前に腰が痛いって言ってたけど悪化してないか。長い間癒してあげられてないから心配だ”


”カイは彼氏、できたのかな。いつも相談に乗ってあげてたけど、そろそろできてるといいね。ロイはうまく皆をまとめているだろうか。メグ、シクロ菜の収穫の時期だ、今年はどんな感じになったんだろう”


 辛くなるたび、彼らと過ごした八年間の思い出で耐え忍ぶ。

 強がってはみても、本当は苦しいのだ。


”でも君たちは私を捜さないでくれ。ここに来てはだめだ。彼らの憎しみは未だに私に向けられ続けている。私がここにいる限り、戦争は起こるまい。私がどうなっているのか君たちは知らないだろうけど、知ったとしても賢い君たちなら分かる筈だ。何事もなかったかのように暮らしてくれ”


”私の居場所を知っても、動いてはいけない。

 ロイ、今はぐっとこらえるんだ。間違っても頭に血が上って私が与えた神通力を無駄撃ちなんかするんじゃない。数年ももたず消費してしまう。その拳をふりあげてはだめだ。


 私は何年でも待っていられるから。暫くは耐えられるから、その機を待つんだ。そして君は民を率い歴史の歩みを進め、豊かで強い集落を造り上げなければならない。


 その拳を振り上げてはだめだ。


 ――ああ、そういえば一つだけいいことがある。


 ここはとても見晴らしがいいんだ。

 だから君たちの集落が遠くに見える。

 私はここからずっと見守って、君たちの幸せを願っている。私の加護は届かなくても”



 二ヶ月が経った。


 湖の向こうに、集落から立ち上る煙が見える。

 その煙はこれまでは見えなかったものだ。


”君たちはここのところ一日も欠かさず、ずっと強い火力で何かを燃やし続けている。昼夜問わず。今日も皆元気にしているようなら何よりだ”


 薄々気づいていたが、煙の色……ただの燃料ではそんな色にはならない。


”……君たちはもう鉱脈を見つけ、炎によって精錬し、金属を手に入れようとしているんだな。ロイ、私の技術を盗み見て化学式もこっそり学んでいたから、賢い君にはどうすればいいのか理論が分かっている。本当に頼もしいよ”




 とうとう半年が経った。


 ……憎しみの力を受け続けた彼はもう、日中殆ど意識がない。

 逆にそれが有り難い。

 死なないながら、生と死の狭間を彷徨うのだろうか。

 日が落ちてグランダの民からの憎しみの力が弱まると、夜は少し意識が戻る。

 霞む視界で正面を見ると、いつもと同じ暗闇の風景に思わぬ色彩が加わっていた。

 それは彼の大好きな宇宙の星座か、あるいは懐かしい東京の街灯の群れのよう。

 遂に幻覚を見るまでになったのだろうか。


 しかし彼は気づいたのだ。


 あの方角には彼の民の集落があって……。

 湖のほとり一面に、彼がメグの誕生日に贈った薬草が植えられている。

 だからあんなに明るく、煌々と水面が蛍光色に輝いているのだ。

 メグは花束から種を取り、そして湖畔に植えて育てただろう。

 あの薬草の栽培は難しく、育て方も教えていなかった筈だ。

 メグは色々と工夫を凝らしたのだろう。


”でもメグ、私があげた花束は確か青と黄色の蛍光の方が多かったよ。

 何だって君はそんなに赤い花ばかり植えてるんだ――”


 メグの祈りは一目瞭然だった。

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