第5章 第10話 Opening of the World Sports Festival◇◆
【アガルタ第二十七管区 第3433日目 アガルタ歴9年 3月11日】
【総居住者数 2881名 総信頼率 99%】
少し暖かい日差しの差し込む、薄雲たなびく青空のもと。
アガルタ歴9年 3月11日、二十七管区世界の二国一地域の民が集い、現実世界における古代オリンピックにならった第一回 世界競技祭典、その名もグランディアが開幕の日を迎えた。
場所はグランダの東の荒地を瞬く間に開墾し、赤い神の眷属、精霊モフコによって建設された円形競技場。大きさとしては、日本のプロ野球場一つ分ほどだろうか。観客席はフィールド全周を囲み、フィールドは短く刈り込まれた柔らかな草が青々と生い茂る。フィールド上では、短距離走用のトラックのラインが整然と引かれ、槍投げ競技、格闘技、剣術競技、弓術競技も行われる。カルーア湖での水泳競技、カルーア湖ハーフマラソンなどは赤い神の神殿を拠点に、競技場外で企画されていた。
「本日このよき日に、我らが創造主”赤の神”の御加護のもと、また、青と白の神々の御高覧のもと、世界中から大勢の民が集ってくれたことは主催者として誠に喜ばしく、記念すべき第一回大会をこのように盛大に行うことができることに心よりお礼を申し上げる。創造主たる赤い神の栄光と我らが共栄、モンジャの発展、ネスト・グランダ両国の災厄からの復興を祝し、ここにグランディア第一回大会を開催することを宣言する!」
開催国グランダの君主、十八歳のスオウ一族の正当なる巫女王キララが競技場中央の一段高いステージで、右手を高らかに挙げて開会を宣言。マイクなどなくともキララの声がその場に集った全ての人々の耳に届いたのは、グラフィッククリエイターのモフコが建設したすり鉢状の観客席を持つ競技場の音響効果が優れていたことと、彼女の声が届くよう神々が業を成したからだ。
「おおお、スオウ様!」
「女王様! スオウ女王様! 今日もお美しい!」
グランダの兵士たちからの暑苦しい声援が飛び、女王はにこりと爽やかに笑んで声援に応える。
真紅のマントと絢爛豪華な装飾と宝石をあしらった白い巫女装束の盛装に身を包んだキララ女王の右隣には女王と同じ齢でモンジャ集落一の賢者と評される長、ロイ。モンジャ原産の高級な絹織物であつらえた、白いズボンに黄色い上着、紫の綾織りの肩掛け、皮のサンダルという素朴な民族衣装を着ている。そして、左隣は先進国家ネストの王、パウル。普段はみすぼらしくない程度の質素ななりをしているが、このときばかりは王権の正当性を示す王冠を戴き、刺繍の入った黒皮の衣に青い毛皮のケープを身につけている。やはり正装であった。
彼ら国家元首は競技には参加しない。
モンジャの多彩な服飾文化はアジア山岳地帯の少数民族のそれに似て、グランダは古代ローマ帝国の衣装に似ている。 また、ネストは中世東ヨーロッパの服飾、特に男性はハンガリー、女性はパキスタンの民族衣装との融合を髣髴とさせた。競技場の観客席には、二千人を超える観衆、三地域の民族が熱狂した状態で収容されていた。
第一回大会は敷地の広く交通の便が良いグランダで行われるが、開催国に経済効果をもたらすので、ゆくゆくは国力があればモンジャやネストでの開催も検討されている。
そして、この世界の創造主であり守り神たる彼は、競技場の最上段に設けられた席に座し穏やかに彼らを見守っていた。席というより、祭壇と言った方が正しいかもしれない。赤い神の両隣には、青と白の神々が控えている。三神の高覧とあっては、各地区の長たちも気合が入るというものだ。
「三柱の神々より聖なる恩寵を賜る。大いなる恵みに、皆の者は感謝の祈りをささげよ」
祈りを終えると赤い神が立ち上がり、観衆は彼の威光に黙して頭を垂れる。
『ここに世界の平和と民族融和の徴として神炎を授けます。この焔は風雨に脅かされず、燃え尽きぬよう』
観覧席を立った三神は一柱ずつ、それぞれ赤、青、白の祝福の炎を両手の中に灯しそっと空に投じた。それらは舞い上がり絡み合い融合して競技場の観客席よりさらに上のアンテナ型の聖火台の上に集まり、白い炎として燃え盛る。それはただの炎ではなく、神炎といえる圧倒的な光量で輝くのだった。
『あなたがたがいつまでも喜びと幸いのうちにあるよう。この祭典を祝福します』
「いいぞ! 神様!」
「赤い神様!」
「赤い神様に栄光あれ!」
円形の競技場内を割れんばかりの拍手が埋め尽くし、モフコの仕掛けた壮麗な仕掛け花火が空を覆い尽くすように打ちあがる。光の洪水に酔いしれた競技場は歓喜と興奮の坩堝と化した。
そしてそれを合図として観衆から盛大な拍手に迎えられ各国の選手団が入場、せり上がった中央のステージ上では、この日の為に練習を積んで来たモンジャの民族舞踊やグランダの演武などが披露され、太鼓のリズムは民心を扇動し、盛り上がりも最高潮に達する。
開会式が順調に進む中、一般観覧席でたまたま居合わせたモンジャの家族とグランダの鍛冶職人が雑談をしていた。
「いやぁ楽しいなぁ、こんなわくわくする催しは初めてだよ。赤い神様のお側にいらっしゃる、見慣れない方々は誰だ?」
「ああ、あれはあかいかみさまの、はふ、新しい天使さま、むぐむぐ、だよ」
主食のプチプチ(現実世界のぺんぺん草に似た穀物)のおにぎりをほおばりながら、グランダ民に説明するモンジャ民。モンジャ民は陽気で素朴な民族性であり友好的だが、いかんせん食い意地が張っている。
モンジャ民といえば、片手に食べ物を持ち、食料袋を提げてそぞろ歩く姿がよく見かけられる。よく動き、よく遊び、よく食べ、悩まない、楽天的な民族だ。
この世界の創造主たる赤い神は、拡大し発展する世界にあまさず恩寵を授けるため、先日、第一使徒エトワールに加え二名の新たな御使いを天国より召喚したと各地域の長に伝えた。
召喚した第二使徒は女使徒、ロベリア・セシリフォリア。
名が長いのでロベリアと呼んでよいとのこと。目もさめるような鮮やかな紫色の髪に、青く涼やかな瞳、煌びやかな銀の風切り羽のある白翼を持つ麗人である。
銀の鎧で身を固めて厳めしい雰囲気ではあるが、口を開けばしとやかで物静かな印象を与える。初の女性使徒とあって、素民たちから注目が集まっていた。
「女天使さまが白銀の鎧を着ておられるが、武術の心得があるんだろうか? 女子とはいえ只ならぬ闘気をもっておいでのようだ。手合せを願いたいものだなあ」
大国グランダはもともと軍事国家であるからか、男子はみな武芸に関心がある。女王たるキララが武芸を奨励し、優れた兵士とその家族は税制面などで優遇されているからだ。武官や親衛隊として取り立ててもらいたいと、上昇志向も強い。
「そんなことよりあの女天使さま、一体いつ祝福してくれるんだ? 何日前からでも並ぶぞ!」
女天使の祝福が気になって仕方がない後ろの席のネストの一団が、そわそわした様子で彼らに尋ねる。
「馬鹿、お前! 女天使様は金属の鎧を着ておられるから、抱かれ心地は楽しめないぞ。やはりここは白い女神様の祝福を待つしかないだろう」
ロベリアは清楚で篭絡しやすそうに見えながら、実はガードが堅かった。祝福することを前提として27管区に入ってきているので、セクハラされる危険性を考えると鎧姿の方が好都合なのだ。
「女神様は祝福して下さらないんだってよ。この世界は赤い神様の世界だから、よその神様は俺たちに祝福できないんだってパウル王が仰ってたぞ。すごく残念そうに」
ネストの国民性として、パウル王をはじめパズ王子から御家人に至るまで、美女にはめっぽう弱いようだ。会議で理想の美女について延々と数時間も真剣に議論されていたり、理想の裸婦画をリアルに描くために御家人たちが絵筆をとる有様である。それを娘のチピロ王女とミシカ王女が嘆かわしく思っているというのはここだけの話だった。
「俺、赤い神様の祝福じゃなくて女神様がいいんだ……あの豊満で柔らかそなお胸にむぎゅっと。ああもうだめ、俺気絶する」
などと言っているネスト民までいる始末だ。それを聞いたモンジャ民がエド肉を頬張りながら、
「そんなこと言ってたら、あかいかみさまがすねちゃいますよー」
モンジャの民は何だかんだ浮気しつつも、結局は赤い神を一番に慕っていた。基点区画の民は、特に神との強固な信頼関係を持つという特性があるからだろうか。
「赤い神様にもお胸さえあれば、男神と間違えられたりしないのに侘しいものだなあ」
ふと、嘆かわしそうにこぼすネスト民。
「何冗談言ってんですかー、あかいかみさまが女神のわけないじゃないですかーやだー」
「えっ! 赤い神様って女神だろ?! お胸がないだけで! 嘘だと言ってくれ!」
隣で話を聞いていて、目を丸くするネストのシツジ牧場の主。
「えっ!?」
固まるモンジャの家族。一部のネスト民はどうやら、モンジャ民がツッコミに困る勘違いをしていた。ネスト民の幻想が打ち砕かれた瞬間だった。
別の場所では。
「ねえねえ、あんた。あちらの新しい男天使様も、逞しくていい男だよねえ!」
そう言って恥ずかしそうに顔を赤らめては水を向けるモンジャの婦人。民族衣装ではなく、ネストのトレンドなニットを着てオシャレをしていた。 モンジャ民も衣食住生活も、他地区と融合し近代化、さらに独自の文化を成してきている。
ロベリアと同じく赤い神のすぐ隣で律儀に片膝をついたまま頭を垂れて侍る新しい第三使徒は、ヤクシャといった。緑色の瞳の、武人然とした逞しい男使徒だ。ロベリアが銀の鎧ならば、こちらは筋肉を鎧としているかのような肉体をして、ワシ羽に似た大きな濃茶色の双翼を背負っている。グランダの兵士たちがその肉体美に憧れ、モンジャの若い女達はワイルドな男性がタイプだからか、黄色い歓声をあげていた。
「あたし、今度ヤクシャさまの祝福の列にならんじゃおっかな〜」
「あんたも? 私もすごく好み、ぬけがけはやめてよ」
そんな具合だった。おめでたいものである。
そうかと思えば、競技場の観客席上段には露店バザーが出ている。
以前のように物々交換ではなく、貨幣で買い物をする民の姿が目立った。
この大会に合わせ、合議の結果、モンジャ、グランダ、ネスト共通の度量衡、および共通の貨幣が赤い神の元で定められ、早くも貨幣が流通し始めていた。鋳造までの時間はかからなかった。用いられたのは、三つの地域で馴染みのある鉄貨であり、その最初の経済への供給量は赤い神の神殿で定められた。赤い神によって鋳造された貨幣は祝福とお守りの効果を持つので、十分に信用に足る貨幣価値を持っている。
正貨は赤い神の神殿の刻印が刻まれ、暗闇で赤い光を放つので容易に偽物と見分けがつく。その貨幣をもとに代表的な特産物には一つ一つ値段が付けられ、各地の産物と等価交換していたものはおのずと価格が決まった。
数学の得意な理系の多いモンジャの民は素早く計算ができたので買い物の際には重用されている。モンジャの幼い子供も、アルバイト感覚で計算の苦手なネストやグランダの商人に雇われたりしていた。
おいしそうなブリル肉の串焼きを競技場警備のグランダ兵に売りに来たモンジャの少年がいた。ケンタ・キーだ。モンジャの民には家族ごとに赤い神から姓が与えられた。ちなみにロイはフォレスタ、メグはバルという。
「警備ご苦労さまです。ブリル肉でも食べます? 一串120テツになります!」
テツというのは新たに決まった貨幣の単位で、鉄が由来らしい。
「ブリル肉で120テツとは高すぎる! 70テツにまけろ」
「はあ、わかりました。めでたい日だから仕方ないっ! では特別に、70テツは無理ですが、2つ買ってくれたら240テツから全体の3割引にしましょう」
「そんなに割引してくれるのか!? やあ、赤い神の祭りだと気前がいいなモンジャ民は」
実際は損をしているグランダ兵であるが、気付かないので平和なものである。一見、原始生活を送っているように見えるモンジャ民であるが、他地区と比べ地味に一番基礎学力が高かったりする。算数の苦手なグランダ民ネスト民相手に、モンジャ民は薄利多売の方法で利益を上げていた。
「エド肉もありますよ! エドのエド肉ー! 一串200テツです!」
そうかと思えばモンジャの専業狩人と契約して、入手した高級食材エド肉を高値で売りさばくグランダの新興商人もいた。 エド肉は流通が限られ庶民の口にはなかなか入らない。
「ああ、しまった、エド肉を買えばよかった!」
競技場では開会式も終わり選手が退場して、さっそく第一日目の競技が始まった。
第一日目。槍投げ、男子。
モンジャ民の得意とする種目である。
モンジャからは二十人のやり投げの選手が名乗りを上げた。
グランディアに予選はなく、いきなり本選だ。
優勝の大本命は、普段から槍や銛を扱うことに長けた最初の狩人ヤスの直弟子、ソミオとソミタの兄弟である。彼らは重い石の銛を用いて、伝統的な手法でモンジャの草原を漂泊しながら最強の肉食獣エドを狩る。
モンジャ内外で高まる高級食材エド肉の需要と共に兼業狩人が増えてきた中で、野性味あふれる猟法で頑なに専業を貫く。彼ら兄弟は新規参入した他の人数の多い狩人グループと比較しても、月単位の収穫量が飛びぬけていた。
特に、弟のソミタはモンジャ屈指の怪力の持ち主であるが天然な性格で、悪気はないのに銛を飛ばしすぎて赤い神に刺さったとか、空を飛ぶ焼人を射ようとしたとか、そんな恐ろしい伝説も数々残されている。知る人ぞ知るモンジャの猛者である。兄のソミオはソミタの破天荒さの陰に隠れて地味で目立たないが、これまた超人的なポテンシャルを持っている。
兄弟が手にするは勿論、彼らこだわりのオーソドックスな石の銛である。ただし、空気抵抗を極力減少させるため、小さな刃をつけてきて重心を調節していた。ソミタ曰く「いしのもりはまだいける」のだそうだ。ちなみに、ソミタの崇拝する師匠のヤスは、石の銛にこだわりはなく、とっくに鉄の銛を使っていたという。
そのヤスだが、狩人を引退し漁師に転向したにも関わらず、この槍投げに選手として参加していた。持病の腰痛も完治し、昔取った杵柄で銛を握る気になったようだ。重量級のヤスが気軽に参加できる競技というと槍投げしかないのだ。槍の重さの下限と長さが指定されているが形状は問わないというルールであったため、家族の期待を受けて愛用の鉄の槍を携えての参加である。引退したとはいえまだ30台、若い者には負けんという気迫がにじみ出ている。
力自慢揃いのモンジャ民を迎え撃つは、グランダ兵から選抜された女王親衛隊、特にヌーベル副隊長率いる重装歩兵部隊。彼らは「弱者はグランダには必要ない」とまで言い渡され、無残な成績を残した者には容赦のないお仕置き、例えばカルーア湖フルマラソン10周など地獄のメニューが待っているということで、兵士たちの気合も違う。
それはないと何度も言われているのに性懲りもなく、優勝すれば女神様に祝福してもらえるかもしれないという淡い期待を胸に名乗りを上げた、腕に覚えのあるネストの御家人、そしてネスト一の剛腕、パズ王子も参加している。彼らは軽量化されたアルミニウム合金の槍を準備していた。
持参した槍が規格重量に適合しているかをチェックした後、公正なる抽選を終え、選手の試技順が決まった。ロイをはじめとする運営スタッフが裏で甲斐甲斐しく働き、計測するのも彼らである。モンジャ民の計測は正確無比だ。
回転投法は認められない。計二回の投擲である、助走路の踏切を超えてはならないなど、ルールを最終確認し、選手たちは一回目の投擲を前にウォーミングアップに余念がない。
「なー、にいちゃん。モリがそとにとんでいったら、どうすればいいんだ?」
などと無表情で兄に訊ねる弟ソミタに対して、弟よりはいくらかほど常識的な兄のソミオは
「お前なら飛ばしかねんな。外に飛んで行ったら、外まで距離をはかりにいってもらえばいいかな」
「そーなのかー」
聞いているのか聞いていないのか分からない調子でソミタが答える。この野生児は、兄以外とは会話が殆ど成立しない。
「ソミオーソミター、観客席に撃ちこむんじゃないぞー」
ヤスはフォームを確認し踏み切りを調整して肩慣らしだ。ヤスは腰を痛めてからというもの、準備運動に念入りに取り組む。
「って、あーあ!」
ヤスが忠告した時にはすでに遅し。ソミタの放った槍が観客席に吸い込まれてゆく。
使徒と言葉を交わしていた赤い神の第六感的な何かが、本能的に民の危機を察知したのだろうか。
赤い神は振り向きざまに観客席全周に物理結界を展開した。石の銛はガチンと結界にぶつかって、そのまま観客席に跳ね返って飛んでゆこうとしていたが、赤い神の手に吸い寄せられ難を逃れた。まるで赤い神を狙ったかのようなソミタの暴投だ。それは往々にして起こった。
「おー。てがすべったなー」
などと悪びれもせずぬかしたソミタに、引き攣った笑顔で銛を投げ返す赤い神。
「手が滑ったら仕方がないな。気をつけろよ」
モンジャの民は単純であった。
それを見たロイが、槍投げはどう考えてもモンジャの草原でやるべきだったと頭を抱えたという。
ともあれ各国代表の男たちの意地とプライドを賭けた槍投げ、決戦の火蓋が切って落とされた。
*
いやー、ついに第一回グランディアが開催されました。世界初の国際大会ですよ。初日はやり投げ、男子です。
フィールドではいよいよ競技が行われようとしているところ。ソミオソミタの飛距離がヤバイので、急遽モフコ先輩が観客席の一部をなくして、野外まで飛ばせるように競技場を改造した、グラフィッククリエイターさまさまだ。私は観客席を結界で守ってる。これでファールしても大丈夫だ。
私らVIP席で雑談しながら観戦してっけど、結界張ってるので素民達には聞こえてないからね。
何でグランディアって言うかって、グランダ発祥だからグランディア。オリンピア発祥でオリンピックみたいなもんです。で、私はスタジアム最上段の観覧席、てか素民の皆様によって花輪で飾り付けされた祭壇にいます。白さん蒼さん、そして私の使徒さんたちと一緒。まあ実際は、怪我人が出ないように、喧嘩が起こらないように見張ってる監視員的な位置づけですけど。
前から古代オリンピック的な催し、やってみたかったから念願叶って嬉しい。
これを機に世界中の皆が仲良くなってほしいし、スポーツは国家や人種の垣根を越えると思うんだ。
……多少心配なのは観客のフーリガン化かな。
主に喧嘩っ早いグランダ民が乱闘とか始めなきゃいいけど。にしても
『うーん、次回からは基準変えてもっと飛ばない槍にしてもらいましょうかね。計測が大変ですよね』
ソミオとソミタがやる気満々なので、私は若干後悔している。専業狩人の投擲力ってマジでびびるよ。私も何回か事故で串刺しにされそうになったことあるし……物理結界がなければ危うくやられてたな。ぼっとしてたエトワール先輩に命中して矢ガモみたいになってたのもシュールだけどいい思い出。
『私にとってはちっともいい思い出じゃないぞ赤井君』
先輩は勘弁してくれと苦笑してる。
『そみたんが出てくるとは思わなかったからねえ。あの子、エドのことしか考えてないから~』
モフコ先輩は毛玉姿で私の頭の上でモチみたいに垂れてる。
『賞品はエド肉一年分とかだと思ったんでしょうかね。それなら出てきそうではありますが』
そんな遣り取りをしてたら蒼さんが
『赤いの~、俺寝てるから誰か怪我人出たら起こして~』
『むしろ怪我人が出ないことを祈りますが』
蒼さんはグランディアにさほど興味がないらしいけど、怪我をした選手の救護要員として来てくれた。蒼さんは個人競技より団体競技が好きなんだそうで。熱狂的なサッカーファンらしい。団体戦はなんか戦争に発展したらいけないから徐々にね。白さんはお遊び的なイベントでも気を抜かず、何か色々と参考になりそうな事をメモを取っている。真面目な人だ。
『競技祭典は思いつきませんでした。神殿で美術展を行ったことならありますが』
『美術展も面白そうですね、今度うちでも企画してみようと思います。大変な作品が多数寄せられちゃうかもしれませんが』
28管区でもこういうスポーツイベントやりたいんだってさ。28管区諸国はコハクの治める国、神聖エルド帝国とあまり仲良くないらしいから……緊張緩和の為にだね。
まあ、私の目指したオリンピックというよりは運動会的なノリになっちゃってますけど。
『ロベリアさん、ヤクシャさん』
私は、開会式が終わっても石像のように私の傍近くで片膝をつき、微動だにせず控えている二人の使徒に声をかけた。エトワール先輩は向こうでこそこそ妻と通信してるってのに、だ。先輩、帰りにお子さんのミルク買ってきてと頼まれてますね聞こえてますよ。でもそれはいいとして、
そうです。待望の新使徒さんたち二人、ヤクシャさんとロベリアさんです! なんですけど
『あの、立ってください。もう開会式は終わったので固くならず、寛いで楽しんでくださいね』
『はいよー』
と、軽い調子で立ち上がるヤクシャさんとは対照的に
『わが主よ。寛大なるお心遣い、有難き幸せにございます』
鈴を振るような、柔らかで女性らしい美声が耳に心地いい。すっと胸に手を置き忠誠を示す動作も指先までそろって洗練されてる。
『えっと、ロベリアさん? 普通に話してもらえると嬉しいかな……なんて』
『そーだよーロベリアちゃん。赤井さんだよ? ぜんっぜん敬語なんていらないよー』
モフコ先輩は黙っててもらえませんかね。
『そ、そういうわけには……』
ロベリアさんはヴァルキリーを意識したデザインの銀の鎧を着てる、青と白のグラデーションの、装飾の入ったスカートっぽいやつ。メタルプレート着ているからかガード固そうだけど、凄く控えめで生真面目で礼儀正しい人だったよ。その分、何だか言葉づかいから何から丁寧すぎて、律儀な女騎士って感じですけど。他の使徒さんたちとは普通に会話できるみたいなのに、何故か私にだけはこんな言葉遣いで、日本語にも慣れてないからか時々二重敬語になったりしてる。
……やり辛いから普通でいいんだけどなあ。
『ロベリアさんは忠実に使徒としての仕事してるんすね。自分も見習わなきゃなー』
いい笑顔で微笑みロベリアさんをフォローするヤクシャさんは身長2メートル級。見上げると超デカい。ハンマー投げ選手みたいな逆三体型な上半身をタイトな黒いプレートアーマーの中に包み、腕はむきだしで、腰に立派な銀の大剣を佩き、茶色のレザーパンツ、メタルで覆われたレザーブーツを履いている。剣士をイメージしてるんだろうかこの衣装。
明王役で怒りすぎて疲れたと言っていたけど、茶毛でほりの深い緑色の優しい瞳をして、この世界に来てからずっと愛想よく笑顔をたやさない。完璧に前の管区の反動ですよねこれ。時々鏡で眉間に縦皺入ってないかチェックしてた、面白い人だ。『自分、この管区で楽しみながら頑張りますんで』とか言って、照れ臭そうに笑ってた。見た目通りいい人っぽい。難点は体格のいい彼の隣に並ぶと何か私が貧相に見えるってことぐらい。
彼ら、前管区からのしきたりなのか、数日前にログインするなり私に対して行き過ぎじゃないかと思うほど恭順な態度で接してきてビビった。特にロベリアさんなんて跪いていきなり服従の構えだったしな。ちょ、前の管区ってそんなに厳しかったの!? 主神に対してその態度って他管区では普通だったりする?
というわけで、私にはそんなことしなくていいですよと言ったけど、ロベリアさんは私に対して緊張してるみたいで接し方がぎこちない。……私の意に沿えるよう頑張りますとは仰る。エトワール先輩とモフコ先輩を見てくださいよ、あんなフランクな調子でいいですよ。肩の力を抜いて……とは言ってみたけど。すると『優しい主神様にお仕えできて、私めは幸せ者です』と、はらはらと泣いてしまわれた。
ロベリアさん、本名ブリジット・ドーソンさんの涙の理由がさっぱり分からないでいたら、何でも、前の職場では役柄の中でとはいえ、奴隷のようにこき使われたり、一般利用者から欲望の対象とされてセクハラされて辛かったみたいだよ、とモフコ先輩が教えてくれた。そんなトラウマになるような職場環境ってどうなの。アスガルド管区怖すぎっしょ……何か、ロベリアさんが「優しい上司」求めてこっちに移籍してきたって事情がちょっと分かった気がした。本人は多くは語らないし前の管区を悪くも言わないけど。
前の主神に何かされてトラウマになったのかもしれないけど、私は何もしないし一刻も早くうちとけて仲良くなりたいところだ。そのうちトラウマも癒えたらいいな。
一方、ヤクシャさんは初日こそ畏まってたけど、空気読むのが上手くて、人前では服従の姿勢を見せるけど、素民がいないときは今みたいに普通に話してくれる。最初は私も遠慮してヤクシャ先輩って呼んでたら、『先輩なんてつけなくていーですよ、あなた自分の上司じゃないすか』と言われた。
一人称は「自分」で体育会系な感じ、どんな時でもにこにこしてる。ヤクシャさん今笑うところじゃないですよ、という場面でも頬の筋肉が緩んで笑顔だったりするけどご愛嬌。爽やかで朗らかなキャラがウケて、早くもモンジャの女性の中では私とエトワール先輩をおさえ「抱かれたい男 アガルタ歴9年版」で人気No.1に輝いてしまった。
不動の一位だった私の威厳はどこへやら。
本名は砂谷勇司、広島県民だって。モンジャ焼きもいいけど広島風お好み焼きおいしいすよってPRされると心が揺らいでしまった、……因縁のB級グルメ東西対決をすべく、近いうちに構築士仲間でお好み焼き、モンジャパーティを構想してました。
そうしてる間に、観客席からひときわ大きな歓声が沸き起こった。すかさず計測班が結び目のたくさんついたロープを持って走る。若いグランダ兵の第一投目、現代の飛距離でいうところの約六十メートルを記録したみたいだ。スコアボードにでかでかと選手の名前のプレートが躍り出る。
恐るべし、なんといきなり現実世界における女子の世界記録をマーク。何この高水準!? いきなりリアルオリンピックレベルなんだけど、いつも戦争準備してる軍事国家グランダ凄すぎ! 加えて、グランダ勢は大会参加が決まってから徹底的に筋力トレーニングを積んで来たらしい。
私があっけにとられるそんな中、グランダ勢は着実に大記録を作ってゆく。個人競技だから国別優勝とかないんだけど、やっぱ職業軍人の強さは圧倒的。時々踏み切りが合わない人もいるけど、ファールのときはやり直しが認められるので、ハイレベルな争いを繰り広げている。序盤はモンジャの一般青年、農民が主だったこともあり、モンジャは食い込む隙がなかった。
大躍進のグランダ兵に、キララもご満悦だ。
最後、駄目押しとばかりに放たれたグランダのヌーベル副隊長の一投は、美しい放物線を描き、伸びて伸びてフィールドの果てに突き刺さった。記録は、
「40.3シンです!(75m)」
キターー大記録! ちなみにシン、てのは私の身長186cmを基準にしちゃった長さの単位ね。私何とか基準単位を一メートルに近づけようと頑張ったけど無駄だった。
『神様ー、女子世界記録を上回りましたね、しかも現実世界の槍より重い条件で』
ヤクシャさんが感心してる。
『誰が総合優勝するのかは、非常に気になります。キララがその人の嫁になっちゃうかもしれないんですよ!』
そう、今回の競技祭典で婚活してる王族が二人もいる。ミシカとキララだ。ミシカはよさげな人を探すぐらいのニュアンスだけど、特にキララなんて、優勝者に求婚すると国中に発表しちゃった。
だから、逆玉目指してる選手も沢山いるはずなんだ。この十日間で、キララの結婚相手が決まってしまうというわけで、私も穏やかではいられない。
しかし私がモンジャの狩人の野生の底力を思い知ったのは、その直後のことだった。