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第2章 第1話 Birthday for two◆

 早いもので、アガルタ世界では既に8年が経過していた。

 甲種一級構築士の赤井は今日も普段と変わらず……素民に抱擁されていた。


 彼ら構築士は、老若男女問わず素民たちを祝福しなければならないのは前述の通りだ。

 神通力を抱擁で素民に返して素民を癒し、神は彼らの信頼の力を受け取る。

 それで神は力を得て、構築のエネルギー源とし、素民全員に対する祝福は構築士の義務である。


 人口が増えると祝福も大変ではあるが、その頃には大気と同化して力を回収し、大気を介して与えることができるようになると聞いた。


 彼が目指すはその地点だ。

 赤井は素民とのスキンシップはほどほどに、早く次の段階に行きたくなった。


***Heavens Under Construction 第2章***


挿絵(By みてみん)


【アガルタ第27管区 八年目 居住者403名 信頼率100%】


 現在の27管区の文明レベルだが、弥生時代は確実に突破している。

 衣食住はもちろん、ハクを中心に建築技術も発達してきた。

 メグによって農業に畜産、灌漑設備にも取り組んでいる最中だ。

 赤井はヒントを与えたり手伝うものの、特にこうしろと指示したわけではない。

 彼ら素民が自力で文明を進めている。


 早くも日本や世界史的文明とは違いをみせている。

 住居も高床式で三角形だ。三角形で丸みを帯びたバリエーションもある。

 素民はトックリのような土器が好みだ。

 誰かが染料を見つけ、服もカラフルになり、思い思いの色の服を着る。

 紫と黄色のシマシマがこの時代のトレンドのようだ。

 少しどぎついと赤井は思うのだが、何がウケるか分からないのが仮想世界というもの。


 主食も決まった。

 ペンペン草のような植物だ。

 ペンペン草の花の部分が実になって美味いという。

 赤井はアガルタ内で飲食禁止であるため、味見ができない。

 素民は甲斐甲斐しく赤井に何か食べさせようとするが、その気持ちだけで彼は満たされた。


 集落の統治者は不在だが、赤井を中心によくまとまっている。

 しかし赤井はロイがリーダーとして集落を導いてくれることを期待していた。

 一見順風満帆に見えるが、問題は半年ほど前から発生していた。

 赤井が大人を祝福すると興奮し、赤井に対して恋愛感情が生じるらしい。

 三角関係や1:5、1:10などという生ヌルいものではなく、赤井1に対して素民全員、男女の別なくだ。


 ちなみに彼のアバターは男女に分け隔てなく接することのできるように無性別であり、見た目は男性型ではあるが男性ではなく、性器などもない。

 彼も素民に性別を意識させないよう、私という一人称を用いている。

 したがってアガルタに入った時から性欲すらほぼ完全に失われているのだが、そのぶん老若男女に対していとおしく思う感情が生じていた。神の愛、という感情らしい。

 これは擬似的なものなのだろうが。

 祝福は義務なのに、一体どのように素民に祝福すれば……と悩んでいたところ、神通力が彼らに一気に流れるのが不都合であり、彼らが必要なだけ癒しの力を受け取ればよいのだ、と西園担当官の弁。


 彼は今、成人の男女の猛アピールに怯えていた。

 女性は強引にキスをしてくるし、屈強な男性に襲われると肋骨が全部折れそうだ、というか既に折れた。

 神は死なないが、心も体も傷つきはする。

 神体は一般人程度の強度。

 首を絞められたりもしたが、許すしかなかった。


 赤井は男性型の神だったからよいものの、同期の白井はどう対処しているのかと彼は甚だ疑問だ。

 白井は試用期間を終えて白椋(しろむく)に改名した。

 青井は蒼雲(そううん)になった。


 ――二人ともなかなかな名前だ。

 折角だから厨二病的なネームをつければよかったのかな。

 赤井がそんなことを密かに思ったのは内緒である。

 しかし白椋、蒼雲のところは素民の暴走もなく、文明が進んで律令国家もどきにまで発展していると西園に聞いた。

 ……赤井は素民の育て方を間違えたようである。


 相変わらず、彼は素顔を視ることができない。

 彼も気になったのか、最初のうちは水鏡や黒曜石のような岩石に映そうとしていたが、オーラに反射して見えなかった。

 近頃は忙しく、顔も姿も髪型もどうでもよくなってきた様子だ。

 髪も切ってないのに同じ髪型である。

 服の着替えもなければ、下着も最初からはいてない。


 その代わり、汚れても漂白されたようになる。

 衣は頻繁に洗濯をする。襟首にメイドインジャパンのようなタグもついてないが、実はドライクリーニング指定なのかもしれないが知ったことではない。

 体も汚れないが、衛生のために毎日入浴している。

 西園も見てるし、彼も感染症予防のために不潔にしておきたくはなかった。


 余談はともかく。

 赤井の神通力が強くなり、民への誘引力も強くなってきたのは大問題だ。

 恋愛感情を向けられるのは非常に困る。全くの不毛だからだ。素民の男女間でカップリングして結婚してもらわないと次の世代につながらず、27管区の発展も危ういときている。

 全員が巫女になったり出家されたら困るのだ。


 アガルタには、血が濃くならないよう一風変わった人口増加システムがあった。

 集落が一定人数と生活水準に達するごとに、新しい素民が追加される。

 どこからともなく集落にやってきて、家族単位で住みつく。

 試用期間中に15人になった蒼雲の管区は、生活水準がたった二ヶ月で一定の規定に達して最初の追加があったのだ。赤子が五人も生まれたわけではない。

 集落に辿り着く素民たちは子供は全裸、大人は枯草のコスチューム、つまり素体でやってくる。

 受け入れの時は、放浪している素民を見つけた人が我先にと彼らに衣を着せに行く。

 彼等を受け入れ彼等と結婚してもらっている限りは、血は濃くならない。

 そんなわけで赤井は民たちに大いに恋愛をしてほしかった。

 半年もカップル成立も結婚式もないのはまずい。

 

 彼はいつもご祝儀を用意していた。

 素民の欲しがっていた、特製の丈夫なお鍋だ。

 あれあげるから、結婚して。そんなことも言えはせず。


 状況を打開するため、赤井主催で合コンパーティーも画策した。

 彼なりに盛り上げようと尽力はしたのだ。

 湖の見えるロケーションにカフェのようなセットを作ってキャンドルもどきでムードよくライトアップ。料理もフルコースで拵え、神通力で花火もどきも打ち上げて。そこで合コンだ。

 絶対何組か成立する自信はあった。お持ち帰りもありだ。

 なのに赤井のディナーショーのようになっていた。

 目の前には若い異性がいるのに、明らかに異常だ。


 素民がおかしい。

 メグも一連の怪現象に迷惑している。

 赤井はメグやロイと特に仲がいい。最初に力をくれた素民として、絆は深かった。

 赤井が彼らの家に通うとメグやロイは僻まれたり、とりもち役を頼まれたりするのだった。


 そんなトラブルがあったので、赤井は最近、洞窟に引きこもっていた。

 それでも素民が洞窟に昼も夜も見境なく押しかけてくるので、洞窟に強力な結界を張り続けている。

 体力も神通力も削られる。

 祝福しなくても素民の信頼が赤井の体に流れてくるのでゼロにはならないが、疲弊していた。

 洞窟を引っ越して断崖絶壁にでも住もうかと思案中だ。


 そんな渦中で、夜中、メグがしょげて洞窟に入ってきた。

 何故かメグとロイは赤井の結界を抜けて入ってくる。

 漂着者ではなく最初の住民である彼らは特別なのだろうか、赤井にもよく分からない。


”メグ、眠れないのか。今日も何か言われたかな”


 メグは17歳の少女へと成長していた。

 髪はストレートの黒髪、目はくっきりと二重、唇はピンク色でぽってりとしている。

 集落の流行のストライプではなく、黄色のひざ丈のワンピースを着ていた。身長は155センチ程度だ。胸もこの時代にして豊満だ。

 それは土地の食生活が豊かになってきたという証でもあった。


『どうしましたか、メグさん。困ったことがありましたか』


 白々しく訊いてみるが、彼には分かっていた。

 相手の心が少し読めるようになったのだ。

 祝福を毎日繰り返し骨を折られながら涙目で耐えた結果だ。 

 以前と比べると信頼の力というより諸々、信仰の力、邪悪な力も加わってパワーアップし、そのうち神というより魔神や邪神になりそうだと彼は不安だった。


 少々の天災から素民を守ることもできるようになった。

 洪水の折には川の流れを変えたりもした。

 作物の実りを豊かにしたり、干ばつになったら雨を降らせたり。

 空も少し飛べるようになった、数メートル浮く程度だが、自由には飛べない。

 

「あかいかみさま、祝福してもらっていい? ……痛いよぅ……」


 彼女は心も、体も痛いとうったえた。

 ひどい中傷を言われたのだそうだ。


『よいですよ、メグさん。よく来てくれました』


 腕の中のメグは変わらず、赤井にとって温かくて心地のよい存在だった。

 素民達に異変が起こる中、メグは赤井に祝福されても平気だった。

 長い間に少しずつ築かれた信頼関係あってのことだと、赤井は分析している。

 メグは彼の腕の中で遠慮がちに甘えてくる。


”何でそんな遠慮する?”


 メグの悩みの原因は、この祝福にあった。

 赤井に抱擁されているところを以前から誰かに隠し見られて糾弾されていた。

 一方、ロイはやっかまれても絡まれても相手をねじ伏せた。

 彼は腕力もあるしケンカも強い。

 しかしメグはそうはいかない。ロイが守ってくれるが、いつも守れるわけではなかった。


 集落の農業はメグを中心に回っている。

 赤井が信頼して彼女に任せているからだ。

 それが素民は気に入らないようだった。

 メグとロイが一緒になれば少しは……と赤井は思えど、メグはロイより赤井に好意を寄せている。

 赤井も心を読めるからわかる。

 こればかりは、ままならない。


”やっぱ皆おかしい、私のオーラが邪悪になって皆を狂わせてるのか”


 メグは素民達の目を畏れ、夜中になるまで赤井に会いに来ることができなかった。

 しかし躊躇いながらも来たのだ、それが彼には嬉しかった。


”メグ、君はいつでもここにきていいんだよ”


 ありったけの力でメグを癒しながら、赤井も彼女の信頼の力を受ける。


 彼は何より信頼の力を受けるのが一番心地よく、メグの力は信頼に満ちていて透き通っていた。

 彼も癒され、もっと貪欲に欲しくなる。

 メグのそれは別格だった。

 つまりとりわけ強い信頼の力を赤井に与えられるのは、相変わらずメグとロイなのだ。


”メグ、今日は特に辛かったんだな。私がドーンと守ってあげられればいいんだけど、私がドーンとしゃしゃり出ていくとまたトラブルが大きくなる、か”


 こういう問題は難しい。


 赤井はいつものように軽くではなく少しきつく抱擁する。

 メグは抱きしめられてか細く息をはいた。緊張はとけない。


”何で? 力加減間違えてる?” 


 ……今日はやはり何かが違う。


「あかいかみさまぁ……もう少しだけここにいて、こうしていていいですか」


 彼女はまた彼の名を呼ぶと、彼の腕の中ですすり泣いた。

 メグは傷ついてばかりだ。

 素民の為に尽くしてくれてるのに、神に近しい距離にある始祖だからか、やっかまれている。


”ごめん、……君ばかり辛い思いさせて”


 少しでも癒されてほしいと思い、彼女にありったけの祝福を与える。

 癒してあげられるまで。


『何度でも来てください、私は歓迎します。私たちは最初から一緒でしたからね』

「私……私たまたまあかいかみさまに、皆よりたくさん力をたくさんあげられる。でもかみさまにとって私は大勢の中の一人で、皆もかみさまのこと大好きなのに……私だけこんなことしてもらっちゃいけない。ここに来るのは、これで最後にします」


 メグはえぐえぐと泣きながらうったえた。


”え? ちょっと何、そんなに思いつめてたの? もう来ないって……そんな”


 彼はメグを、「信頼の力」をくれるガソリンスタンドのように考えているわけではない。

 彼女との間に結ばれた心の絆は決して表面上のものではない。

 赤井はメグが信頼してくれていると知っているが、彼女は赤井の心が分からない。

 だから変な方向に話がこじれているのだ。


『メグさん……きてください』


 どうすれば彼女を信頼していると分かってもらえるのだろう。

 答えが出ないまま赤井は彼女を立たせ、洞窟の奥に連れてゆく。


『足元に気をつけて』


 後光で照らされた洞穴を、メグは促されるままに泣きながら赤井の後をついてくる。

 洞窟の奥は、メグの知る限り行き止まりだった。

 しかし赤井は穴をあけて、洞窟の向こうに通り抜けできるようにしていた。


『先に進んで下さい』


 彼は洞窟の出口に彼女を導いた。


「?」


 メグは少し怯えている。

 しかし外を見ると……夜の暗闇の中に、一面の花畑。

 色とりどりの蛍光を放つ花の咲く薬草園が広がっている。

 赤井の秘密の箱庭だった。外からは洞窟の壁に覆われて見えないだろうが。


 薔薇に似た形で、色とりどりの輝く花が咲く。

 赤井が薬を創るには合成しか方法がないため、素民に薬がいきわたらなくなる。

 そこで彼は薬草の遺伝子組み換えで薬花を生産していたのだった。


”明日はきみの誕生日だ。始祖全員の誕生日でもあり私が神になった日でもあるけど。最初に出会った日だよ”


 彼は感謝の心をこめ、香り立つ花を手折り、メグに大きな輝く花束をプレゼント。


『メグさん。あなたが私に力をくれるように、私もあなただけに信頼の証を残しておきます』


 花束を持ったまま立ちつくすメグを、彼はそっと祝福した。

 今度は優しくだ。そろそろさん付けもよそよそしいかと思うが、素民には平等にと西園に釘をさされているため、メグにだけ特別というのはまずい。


『私の真の名は桔平きっぺいといいます。覚えておいてください、あなたの心の中でだけ』


 メグには初耳だった。

 素民たちが「あかいかみさま」と呼ぶ赤井の本名は、桔平というのだ。

 今日は幸い、西園担当官も有給休暇でいない。

 モニタの前には誰もいないし、誰にも聞かれてないだろうと油断してのことだ。

 だがそれはアガルタの禁を冒している。


「キッペー?」


 首をかしげながら反復するメグの唇を、しっ、と指でおさえた。


『私の真の名です。私が信頼するあなただけに教えました、誰にも内緒ですよ』


 メグは花束を持って嬉しそうだ。

 キッペイ、キッペイと笑う。少しでも感謝の気持と、赤井の信頼の気持ちが伝わればそれでいい。


”私にはメグが一番だな”


 などとしみじみ思ってたら、後日、西園担当官にきつく絞られた。

 博多通りもんの菓子箱がモニタの前にある。お昼休みのようだ。


『構築士が素民に現実世界での名を明かすとはどういうことですか』

”なんてこった、あのログ漁ったのかよ!”


 どんだけ仕事熱心なんだ、と舌をまく。膨大な量のログである。

 そう言われればそうだ、わざわざ民に教える用の仮名まで作ったのだ、赤井という。

 赤井が真面目に反省していると……。


『桔平さん』


 西園担当官は、甘えた声で赤井を呼んだ。


『…………はい? 何故に本名で』


 彼はかなりの間をおいて答えた。

 何だよ、何で本名で呼ぶんだよ。

 赤井でいいよもう、と彼はふてくされていた。


『私もあなたの祝福を受けたくなりました……あなたに癒してもらいたい』


 二次元から一体どうしろというのだ。


『現実世界に出られたら、やりましょうか? でも軽い抱擁で何の力も出せないですよ』


 彼がふざけると、彼女はまたデレた。


『はい、お願いします。楽しみにしています、できれば私もメグのように毎日やってもらいたいです』


 これは絶対からかわれているな、そのモニタから出てこないと思って。

 と、赤井は口をつぐむ。恋愛育成ゲームみたいに思われていないか。


『いつか私がチートになったら、呪いながら画面から出てくるかもしれませんよ。そしたらどうするんですか』

『ふふ、それはとっても楽しみですね』

『んー……』


 これは何かのフラグなのだろうか……。

 彼は一級構築士ではあっても、一級フラグ建築士にはなった覚えがなかった。

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