第4章 第15話 Findings◇
盛大に猫ふんじゃったした後、笑顔でごまかしたキララ。
花も恥らう17歳、見た目は金髪ゆるふわウェーブにニットワンピ着用の美少女。
そりゃ可愛いけど許しませんよ!
前回私、例の遺跡に陣取ってた怪獣のことをホワイトタイガーっぽい獣って言ったけど、あくまで模様がトラ柄って意味だ。
具体的には白地に虎柄の、顔の平たい猫そのもので、サイズさえ気にしなければ愛嬌はある。
猫目は青くてギラギラ光るビー玉みたいだ。
三角形の鼻も蛍光で青く光って幻想的、お前のピカピカの鼻は暗い夜道で役に立つよな、とサンタさんに褒められる程度の明るさ。
獣のサイズは……小型バスぐらい?
とか見積もってたらキララに尻尾踏まれてご機嫌損ねていました。
「フシャー!!! フギュラぁああ――!!」
『……ですよねー』
鋭い牙剝いて全身の毛を逆立ててお怒りモード。口の周りにあるお髭がビリビリしてる。
そんな怒らなくてもさー。心狭いよ尻尾踏んだぐらいでさー。
ちょっと女の子が足先ひっかけたぐらいなんだから、痛くもないでしょーが。
キララは絶対謝らないからジャンピング土下座で私が代理で謝りますよ。
てかこの獣、声でかっ!
部屋中に咆哮が反響して鼓膜が破れそう。私は平気だけど民たちは当然
「ぐああ耳が壊れる! うるさーいっ!」
パウルさんの息子や御家人たち、堪りかねて絶叫してる。
皆、武器も手放して両手で耳押さえてるから、手が塞がって攻撃もできない。
動き封じられたなーどうすっかな。
見た目猫科ならあれ効くかな。
お約束のマタタビ。
確かネコ科全般にマタタビ効くんだよね?
マタタビに含まる成分、マタタビラクトン類を構築すれば猫まっしぐら!
私がインフォメーションボードを操作しようとすると
“何馬鹿なことを考えてる赤井君、猫のわけがあるか!!”
念話で先輩にぴしゃりと怒られました。
私しょんぼり、何だよ試してみればいいじゃないのさ。
ひょっとして効くかもしれませんよ?
『神様、そのうえこの獣には物理障壁が通用しないようですよ』
先輩、ついでに肉声で嬉しくない情報を小出しになさる。
物理結界無効てことね、知ってますよ。
だってこのモンスター、さっきから私の物理結界スルーしちゃって既に物理結界の圏内にいるもん。
じゃあ心理結界はどうなのよと手懐けようとしてみても、相手のガードが固くて交渉無用。
私たちが身を竦めることしかできないでいると、 鼓膜を劈くかのような雄叫びを終えた例の怪獣は……。
「ゴルァーー!!」
と、牙を剥き、更に甲高いデスメタル系の声でシャウト。
屋久杉ぐらいの太っといフサフサの白黒シマシマシッポをムチのようにしならせ、私らめがけて横薙ぎにしてきやがった!
前線にいた私とエトワール先輩が辛くも攻撃を躱すと、床に激突した尻尾が床石抉っていった。
見た目柔らかそうだけどシッポ相当固くね?! ふさふさ詐欺か!
私とエトワール先輩は互いに声をかけあうこともなく顔を見合わせると、私は神杖に炎を通じ、先輩はワイヤーを手に、シッポの攻撃から素民を守るために二人がかりでガードを試みた。
しかし私も先輩も得物の補助効力をかき消され、競り負けて土手腹にもろに衝撃を受け、さらに怪力で力任せに吹き飛ばされ壁にびたーん! と叩きつけられる。
っつ―! 効いた――!
『くうっ……不覚っ』
私は受け身の姿勢もとれず背中から大の字でいてこまされた。
一方の先輩は身を翻してM字開脚で壁に着地。
あまりの速さに、私の背中にいたグローリア君たちも防御できなかったみたい。
それでも、彼らがかなり衝撃を緩和してくれてた。
「きゅるるる……」
「きゅーん」
私の背と壁に挟まれて、押し花みたいに平たく真っ青になり失神してしちゃったグローリア君たちもいる。君たちまだいたのな!
もう私の背中にひっついてないで離れてよ、身を挺してくれてるの申し訳ないし。
まだびっしりくっついてるっぽいけど背後見えない。
ただ、私の背後すげー明るい。
『いけませんな……物理攻撃も無効のようです』
先輩はワイヤを切られたみたいだ。
私の杖もへの字に曲がってる。嘘だろ相当堅いぜこの杖? しかも何か身体が重くて浮遊できない。
インフォメーションボード見たら神通力の絶対量減ってるし! 勘弁してよこんなときに!
私らのアトモスフィアを吸収してるってこと?
見た目ネコ科の怪物は私に考える暇も与えず、容赦ない第二撃をくれる。
今度は私とエトワール先輩という壁を失った素民たちにヒット、吹き飛ばされては打ちつけられ、蹴散らされてゆく。
トーチ持ってた人から標的になってる!
明かりを目印に攻撃してんのかな。
そういや私もエトワール先輩もすげー光ってるからな。
やべー明かり消して暗闇に紛れないと!
『皆さん、火を持っていると危険です! 火を消して伏せて!!』
「ぎゃああー!!」
遅かったー!
「ぐぇぇえ! 剣が折れたー!」
ネスト民がばっさばっさと、モフモフな外見からはありえない強度のシッポの餌食になる中、巫力を宿した短刀で正面から切り込もうとしていたキララ。
彼女をロイが背後から抱きこんで床上に倒れこみ、背後に迫っていたシッポ攻撃を躱してやり過ごした。と思ったら往復で攻撃きた――!
『! 油断しないで!』
ロイの背中にシッポが激突したみたいだけど、ロイは身をこわばらせて背を丸め、踏みとどまった。
ロイの背中のグローリア君がエアバッグみたいに膨らんで一匹犠牲になったし。
キララを守ってくれてありがとうねロイ。
庇わなかったらキララもぶっ飛ばされてたよ。
キララは特に軽装で体重も軽いから、確実に骨折か内臓いってた。
むさい男集団の中で紅一点だ、女の子には優しくしたげてね。
とか思ってたら
「ええい! 離せモンジャの長、邪魔だ!」
ええー!? 感謝の言葉もなしー!?
怪獣に一太刀浴びせる気満々だったキララが、背後から彼女を押さえ込もうとするロイに反発。
彼女は自立心が強いので、手助けされるのも我慢ならないみたい。
一方のロイは私が常々女性と子ども、お年寄りや身体の不自由な人を守ってあげろと教えてるから自然に体が動いたんだろうけど。
でもロイはロイで言い分があった。
「巫力はだめだ! 敵に力を与えてしまう。見ろ、赤井様たちの神通力を吸収し先程より巨大化しただろう!」
気付かなかったよ。
ロイの言う通り、確かに一回りくらい大きくなった気がする。
私ら立場ないじゃん。
この怪物実体じゃないでしょ、霊獣ってやつかな。
私が熱を通じて杖を修復しつつ、インフォメーションボードいじってた先輩を呼ぶ。
『エトワールさん!』
『むぅ、確かに。相手の攻撃は当たるが、我々の攻撃は殆ど相手に効いてない。ロイの言う通りです』
「弱点を探りましょう」
そう言うロイは、先ほどシッポがぶつかった時に怪獣の毛をひと束引っこ抜いてたみたいだ。
毛束を床に投げ捨てて数秒して、焦げ茶色の双眸がきりりと凛々しく眇められた。
ロイが閃いたときのキメ顔だ、分かりやすいな。
そのロイの脇に抱えられたキララはロイの腕を振りほどこうと、じたばたしている。
でもロイの方が腕力強いから、 実質身動き取れない。
そんな力関係に私がちょっと萌える。
お、そういやこの二人の絡み初めてだ。
私の集落ではモテまくってたロイだけど、キララは捻くれてるから一筋縄じゃいかない。
や、別にロイは意識すらしてないんだろうけど。
二人とも高度学習型A.I.同士仲良くしてほしい、何なら意気投合して付き合ってほしい。
今それどこじゃない。
これが終わったらね。
「離せというのにっ! 不快だっ、聞こえないのか!」
「ああ、すまない気付かなかった。……おや?」
ふと足元を見下ろしたロイの視線が分かりやすく釘付けになっているので私も追ってみると、円筒形の部屋の床には壁から二メートルほどの距離に、白い石のラインが埋め込まれてるのが見えた。
それは部屋を一周するように幅三センチほどの正円を描いている。
何かの模様?
白線は床石より凹んでる。
ロイは再びやってきたシッポ攻撃を軽いステップで軽業のようにやり過ごしつつ、槍の柄で床をコンコンと突いて回り、何かを調べるようなしぐさ。
床下の脱出口でも探してる?
そんな奇妙な行動の末、彼は神槍で白石の欠片を削り採取した。
ロイさんこんなときに何やってんの。好奇心は後でいいから、下見てないでもっと前見て前!
ぎゃー後ろにシッポ迫ってるー! ロイは白石採取に夢中になって注意力散漫になってる。
『ロイさん後ろ!』
「はっ?!」
私が助けるまでもなく、今度はキララがロイを両手で突き倒し、尻尾攻撃を間一髪で躱す。
キララは鼻の下をこすって、面映ゆそうに
「これであいこだ」
ロイはアクション俳優のように、仰向けの態勢から膝を曲げ、ブリッジのようにしてぴょいと身軽に起き上がった。
往年のジャッキーを思い出すよ。
「助けてくれたのか、ありがとう」
ロイは素直に感謝の気持ちを伝える。キララとは対照的だ。
『神通力が使えないというのならっ……エトワールさん! 実在する炎を』
『そうですな。皆、耳を塞いで伏せていろ!』
私たちは怪獣の気を引き付けようと、即席の連携技を発動。
エトワール先輩が迅速構築で適量の火薬玉を拵え、怪獣の目の前に数個出現させセッティング。
私が物理結界で怪獣を囲み、素民たちの盾を作る。
『いきますよっ!』
それを見計らい、私が酸素を予約構築しつつ爆薬に狙い定めて衝撃波を放ち、火薬に着火と同時に発破!
強烈な炸裂音とともに室内を閃光が迸る!
民たちを爆発の衝撃から、物理結界が防いでくれる。
狭い部屋で大量に酸素が消費されては皆が酸欠になるので、爆発が終了したのを見届けた後、私とエトワール先輩は酸素を供給。
「今だ! 彼奴が怯んでいる隙にいくぞ!」
「神様、結界を解いてください!」
動ける御家人数人が勇気を振り絞り、怪物の背後からわらわらと一気呵成に切り込んだ!
「はあっ!!」
誰かの剣が、怪獣のお尻にざくりと刺さった。
「どうだっ……?! これでもくらえ!」
「頼むっ。効いてくれっ!」
手ごたえはあり。
その証拠に、怪獣から苦しそうなうめき声が上がる。
続いて、一人、また一人と攻撃をしかける。
素民たちは迷いながらも、その手を止めない。
「斬れる! ははっ、やった斬れたぞ!」
と、パウルさんの息子さん嬉しそう。
攻略の糸口が見えた!? 相手があまりに巨大すぎて、袈裟懸けに切ろうが突こうが切り上げようが、深刻なダメージは与えられないけれど、無効化されていないというだけでも見所はある。
かくなるうえは一点突破で!
「フギュルアアアア!!」
煙幕が去ると、怒りに任せて起き上がり毛を逆立てる巨大な敵影が見えた。
神通力を使って構築した私たちの爆薬は怪獣を傷つけることはできなかったが、素民たちの攻撃だけは、ほんの怪獣を怒らせる程度ではあろうがとにかく届いた。
てことは神通力と無縁な物理攻撃が有効なのか。
武器だけが有効だってことは……
私は修理したばかりの神杖にわざわざ熱をかけて溶かすと、真っ赤に焼けた金属塊を手で練りこみ、ピザを作るように空中でひゅんと回す。
円盤状に薄く引き伸ばして息吹で冷やすと、円周の端をギャリリリと一周床石に撫で付けた。
堆積岩の一種と思われる床は砥石の代わりとなり、私の直径1m程度の大判で鋭利な円盤カッターをゲット。
『今回だけは例外です、民を守るためなら仕方ありません』
私以前「神様は武器持たない」「殺生できない」的なこと言ってたけど、相手もどうやら反則気味で簡単には死ななさそうだし、今下手こいたら素民が犠牲になっちゃうから今回は一旦その縛りを解く。
対応は臨機応変にだ。
その後も物理結界の中ではエトワール先輩が散弾式に爆発を誘導しては奇襲をかけようとするも、段々と相手もこちらの戦略を読んでくる。
そのうち、発破しようがしまいが大きく尻尾を振り回してくるようになった。
こうなってはかなわない。
私は暗がりとエトワール先輩の爆撃に紛れ、手首のスナップをきかせ渾身の一投で音もなく円盤カッターを放つ。
その軌跡は頼もしく弧を描き、怪獣の背後に回り込むと、電光石火の速さで私たちへの攻撃の最大拠点となっている、ふさふさ尻尾を付け根から切り落とした。
「ぐぎゃあああああああああ!」
多少の後ろめたい気持ちを抑えつつ、辛くも尻尾を攻略。
尻尾が切れても血の一滴も出ない。
傷口は石切の断面のようにすべらかだ。
絶たれた尻尾は見る間に朽ちてしぼみ、最後は黒い煙となって蒸発した。
半実体ってのは間違ってなかったようだ。
『”物理”攻撃は有効のようですよ!』
『おお、さすが。ではその手でいきましょうか……って?』
しかしその希望は早くも潰えた。
傷口がめりめりと盛り上がり、また新たな尻尾が見る間に再生してきたのである。
「うわあ、また出た!」
一旦は希望が見えたところで新たな脅威、怪獣が尻尾と共に両前足を使っての襲撃を開始した。
蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑うネストの御家人たち。
右往左往するも、逃げ遅れた誰かが怪獣の太い前足で引っかかれたり踏み潰されたり!
それを見て慌てた私が、無駄とは承知しつつ再びディスクカッターを手に取ろうとすると、相手もさるもの。
それを前足で弾いて、精霊さんのいる部屋の中央の穴に蹴り入れてしまった。
あ――! それ私の大事な得物――! 下は王水で金属のディスク溶けちゃうから!
その後も、休むことなく両足や尻尾使っての連続攻撃に民涙目。
猫パンチやめてー!
逃げ疲れて、向こう脛やら脇腹を三本爪でざっくりやられた人がいる! 更に床が滑って、すってんころりんと豪快に転んだ。御家人は半べそ。
「うわああ! やられたぁ。もうだめだあ!」
『弱音を吐かず傷を見せて、早く!』
エトワール先輩がその場で生体構築かけ、応急処置してあげる。
傷口を見た先輩が私に大声で叫ぶ。
『ん、これは! 神様、爪に猛毒がありますよ! 気を付けて!』
もう踏んだり蹴ったりー! 予備免疫がなければ死んでたかも。
ネストの森に入る前に私が血清作って全員に投与してたから急場の凌ぎにはなってるけど。
てわけでここは退散退散!
『皆さん、出口から一旦この部屋から出て下さい! 急いで!』
作戦タイムにしよう、という訳で素民たちは部屋の外にほうほうのていで脱出。
「神様、お助けェ……!」
なにやら足首を踏み潰され、痛がって床に蹲ってた最後の御家人が目に留まったので慌てて肩に担ぎ上げ、私も部屋から脱出し出口の青銅の扉を閉ざすと、中は嘘のように静かになり、私たちが逆鱗に触れまくったらしい謎の怪獣の嵐のような攻撃はぴたりと止みました。
怪獣はでかすぎて扉を出られず、遺跡っぽい部屋から出てこれない。
実にしょぼいけど、有効すぎる。
扉の隙間からこっそり中を覗くと、あいつ真ん中に陣取ってとぐろ巻いてこっち見てやがる。ふてぶてしい奴だ。番犬みたいなキャラなのかな。精霊さんを護衛してるのか精霊さんに嫌がらせしてるのか分かんない。相変わらず毛は逆立ててる。
あの怪獣のことは一旦忘れて
『怪我をした人は私かエトワールさんにみせてください。重症者から順に手当てします、他にはいませんか?!』
私とエトワール先輩が右から左へと流れ作業で怪我人の手当てに勤しんでいると。酷い目に遭った御家人たちを中心に、邪神ギメノグレアヌスに対する不満が爆発した。
「くそ、あの畜生は邪神の手先なんだ。こんな辺鄙なところにまで手を伸ばして狡猾な!」
「まだこっちを見てやがる!」
「こっち見んな! しっ、しっ!」
「グランダの黒き邪神め、滅びたというのに憎たらしい! どこまで我々を苦めるんだ」
「ネストの干ばつも飢饉も、森の獣たちを凶暴化させたのも邪神の仕業だ!」
あることないこと全部ギメノさんのせいってことになってる。それで士気を高めて丸く収まってるみたいだけど。
「実際はどうなんだ? 耳が痛いんじゃないのか、エトワール?」
真相を知るキララが先輩にわざと話題振ってら、傷口に塩揉み込む揉み込む。エトワール先輩は膝を怪我した人の傷口に、自分の上着の衣を裂いて縛ってあげながら苦笑。
『さてね。私はネストを支配下に置いていた記憶はないし、そもそも私の仕業だというなら私もろとも襲わないと思うが君の見解はどうだね』
「それもそうだな……」
「何の話ですか? 天使様がネストを支配下に、というのはどういうことです?」
水面下で軽くジャブを撃ち合ってる二人の会話を、おでこがM字に禿げた中年の御家人が隣で聞き耳立ててた。
「いや、こちらのこと」
チクリチクリと先輩を刺しても、一応先輩を庇うんだなキララ。先輩の弱み、握っちゃってるよね、まさかそのネタで強請るつもり?
先輩に対する恨み節は色々あるんだろうけど、時間をかけて氷解してくんだろう。すぐには無理だろうけどね。先輩、憎まれ役で居心地悪いだろうけど割り切ってる。鋼のメンタルっすよ先輩。
私はというと神通力を絞り疲れ、洞窟の通路となっている岩の端っこにロダンの「考える人」のポーズで腰掛け、どうしたものかと思案してた。参ったよー、私や先輩の攻撃は物理攻撃だろうが神通力使おうがキャンセルされる。防壁も貫通するから意味をなさない。民たちの物理攻撃は有効だけど、民は非力でまともに戦おうとしても大怪我をする。
それを見てパウルさん、何か力になりたいと思ったらしく、部屋に繋がる扉をあけて、怪獣が部屋の外から出てこれないのをいいことに遠隔から矢や槍を投げて射ましょうと提案。私がうんという前にパウルさんの御家人たちが勢いに任せて射たけど、矢は放たれるなり失速してカランカランと床の上に転がった。部屋の外からの攻撃はできないようになってるんだね。
『どれ、私がやってみよう』
エトワール先輩が満を持し、素民から借りて投擲した槍でも、部屋に入るなりすぐに失速して放物線を描き床に刺さった。先輩、失敗した槍投げ選手みたいでかっこ悪い。
『近接戦しか方法はないようです。厄介ですね』
再突入するっきゃないのか。そんな空気になったとき。ロイが確信を持った足取りで私に近づいてくる。うん? どした?
「赤井様、これを……この石の成分を教えてくださいますか?」
さっきロイが削り取った白い石くずを、おずおずと私に見せる。まだ持ってたんだな。調べてみると大理石だ、主成分は炭酸カルシウムだよ。ロイが私の前でけなげに正座待機してるので
『主成分は20-14-16(2)、その結晶です。モンジャでは粉末で肥料など、多くの用途がありましたね。覚えていますか』
と教えたげると、
「ありがとうございます。成程、あれだったんですか。では比較的柔らかいのですね」
『ええ。三方晶系で方解石の硬度は3、劈開は完全です。あなたが知っている通りですよ』
硬度ってのはモース硬度(傷つきやすさ)のことね。”モース”ってつけたら現実世界のパクリだから教えてないけど。大理石の劈開は“完全”、つまり結晶が割れやすいってことなんだ。靱性(じんせい、材料の強靭さ)も低いんだろうけど、覚えてないや。
何か企んでる顔だな。確かに大理石の強度って石の中ではかなり低い、それをどうするのさ。てか何でそこに着目した?
「赤井様。再突入しての先ほどのような物理攻撃は有効かもしれません。しかし相手の方が動きが速く、一度やられて警戒させてしまったし、あなたとエトワールさまの攻撃は無効化されている。俺たちも致命傷は与えられまい。そこであの獣を、殺すのではなく最小限の労力で消滅させる方法を考えました。話を聞いてください。赤井様たちにもお力添えいただきたいんです」
ロイの提案は私とエトワール先輩を唸らせた。迂遠な気もするけど、ロイの計画には説得力があったし、それに勝る代案を思いつかなかった私たち。目の前の遺跡の部屋の地下構造をインフォメーションボードで解析したうえ……
『成功を祈り、協力します。やってみましょう』
『同感だ。作戦を皆に説明してくれ』
私たちがロイを褒めると。ロイは私たちに敬意を払い深々とお辞儀をして、お墨付きを得たからか少し胸を張ってネストの民に向き直る。
「そういうわけです。個々ではなく、皆で力を合わせて攻略しましょう」
彼は疲労困憊でげんなりしている御家人たちの前に立ち、叱咤激励するように呼びかける。前から思ってたけどロイの声って素民の心を惹きつけるみたいだ。特殊型で汎用A.I.と違うからかな。私からしても、いい声しててよく通って聞こえるんだけど、多分、+アルファで何かある。
今日のロイは木綿のシャツを一枚着て、黒いチノパンのようなシンプルでワイルドな軽装。キララも軽装だけど。防具とか全然つけてないのな、二人ともそんな装備で大丈夫なんだろうか。
「やりましょう。それなら、役たたずの私どもにもできそうです」
パウルさんは両肩を捻挫して、応急処置は施したけれど私が神通力不足で完全には癒してあげられず、剣を持つのもやっとこさ。それでも自国の民のために、命がけで戦う覚悟は出来ている様子。勇敢な王様だからこそ、御家人たちも彼を慕い忠誠を誓っている。
『作戦を開始します』
私とエトワール先輩が、怪獣がうつらうつらした隙を狙ってまず突入。同時に、予約構築をかけて準備しておいた遺跡の壁と全く同じ材質の石壁を、ロイの着目してた白線の手前に、二人分の全構築枠を使って天井まで目隠しをするように構築。部屋の中は図解すると、◎(二重円)のような状態、二重壁構造となる。音や振動を立てない様に構築したので、怪獣は変化に気づかず。
怪獣はふとこちらに向き直り、扉のあたりに一瞬視線をくれたが、そこには緊張した面持ちで中を窺い見る数名の素民、そのほかは先ほどと同じ景色があるだけ……ただし、部屋は合計4メートルちょいほど狭くなってるんですけどね! 奴さん、知能はあまり高くないらしく、勘付いてない。
……OK、作戦を続行しよう。
部屋の中央へ流れ込む窪みを私と先輩の壁で塞がれた硝酸と塩酸の流れは、その途中にある白線の窪みに注ぎ込み、王水となって大理石質のそれを急速に侵食する。そして怪獣の目を盗み、ロイがハンドサインを送ると、一人、また一人と部屋の中の壁と内壁の隙間、1メートルの間に突入して、一定の距離を保って壁裏に潜みスタンバイ。勿論、素民たちは壁に遮られて怪物からは見えていません。私は更に、構築した壁の内側に、白線のギリギリ外側に物理結界を壁状に張り巡らせた。
下準備は完了。
あとは慌てず騒がず、その時を待つだけだ。エトワール先輩は、壁と壁との隙間に酸素を送り込み、大理石と酸との反応によって生じる二酸化炭素濃度を下げ、素民たちの呼吸の安全を図る。怪獣の目を盗み、総員が配置につき、十五人の素民が部屋の中に突入して壁裏でその時を静かに待つ。
私は先輩と共に、インフォメーションボードで構造解析を行う。
厚さ20cmの大理石の床は、2/3ほど浸食されている。
ええっ早っ! 何か現実世界の化学反応より凄い勢いで浸食されてる気がするけど、そこは仮想世界補正なのかよく分かんない。
よし……そろそろ頃合いだ。ひっそりと水面下で準備を整え。
私は背中でピカピカ緑色の蛍光を発していた菱形のグローリア君を一匹ずつ剥がし、作戦を言い聞かせて一匹ずつ壁と壁の間に飛ばせた。グローリア君たち、一定間隔で壁裏にひっついて、素民たちの手元を作業しやすいよう明るく照らしてくれる。最後の一匹のグローリア君を放つと、壁裏を一周して取り囲んだ。こちらもスタンバイOK。
3、2、1……私の隣にいる先輩が、ゆっくりと頷く。
ゼロ。はじめようか。チャンスは一度きりだ!
最も私に近い場所にいたグローリア君をよしよしと撫でると、グローリアくん、端から順に伝言ゲームのように緑色から一斉に赤色蛍光に点灯した。彼ら、照れてるんです。
グローリア君は一匹色が変わると一時的に皆同じ色になる性質があるから、石壁の裏側にいる、私からは見えない素民たちにもグローリア君を介してシグナルが伝わる。それが特攻開始の合図!
素民たちはグローリア君の合図で、一斉に大理石に剣や槍などの刃物を突き立てる。怪獣がその振動に気付いたときにはもう遅かった。王水によって浸食し脆弱化していた大理石のラインに剣で衝撃が加われば、円周状に亀裂を生じ、更に私たちが構築していた壁の重さも上乗せされ、構造が耐えられなくなって床が怪獣ごと落ちる。同時に亀裂を造らなければ、床が傾いて落ちてしまう。変に傾きが生じれば、床がつっかえて上手く下に落ちない可能性もある。
皆が同時に衝撃を与えるというのがポイントだ。
そう、この部屋の床下――大理石の白線の内側に、床の構造を支える柱は一本もなかった!
ロイは床を細かく小突いて跳ね返ってくる音をもとに推測し、大理石のラインを境に、内側の床を落とせばよいということに気付いていた。そして、床下に待ち受けるは酸の池。
怪獣の毛は酸に溶けた。憶測でも希望的観測でもなく、ロイは、実際に毟り取った毛で実験して確認していた。ロイは、あり得ないほど一瞬で溶けたと言っていたから……。
この怪獣の弱点は、物理攻撃や神通力での攻撃ではなく、この部屋の床にふんだんにある強酸だったんだ! 再生が追い付かないほど急激に、大量の酸で溶かせば……勝利はこちらのもの!
大音響を立て、怪物を乗せたまま、遺跡の床は陥落した。
更に私とエトワール先輩が構築した内壁も崩れ、それが重厚な瓦礫となって落し蓋のように怪獣の上から襲い掛かりとどめをくれる。
強酸の水しぶきが天井高く上がったけれど、民たちは私が内側から張っていた物理結界で守られて酸の雨を浴びることはない。
難攻不落だった巨大な虎型怪獣は、最高の酸化度を示す王水に焼かれ、絶叫をあげながら足元から溶けて跡形もなくなってしまった。
あとには暗闇と静寂が蘇り、素民たちは崩れず残ったリング状の床の上に取り残された。
グローリア君たちはピンク色にピカピカと明滅して浮遊している。
民たちは互いに顔を見合わせ……勝ちどきをあげた。
「やったー! 成功した!」
「わー! 戦わずに勝てた! 信じられない!」
「酸って凄いんだ……」
抜けた床下を覗きこんだり、飛びあがったり。落ちそうになってる人もいる、ちょいはしゃぎすぎ!
『みなさん、床が抜けていますので酸の中に落ちていけません。早く隣の通路に戻ってください』
素民たちが勝利の喜びに沸く中、私と先輩は瓦礫の下にいるであろう精霊さんの姿を捜索。部屋の中央の瓦礫の隙間を隈なく見てゆくと、塩化銀 (AgCl)の不動体皮膜に包まれた人型の銀のオブジェが!
出た―! 精霊さん本体だ!
私とエトワール先輩、興奮しながらそのオブジェを瓦礫の上に引き上げ、エトワール先輩がナイフで厚さ5mmの銀の皮膜を引き裂いた。すると、中からひょこっと飛び出してきたのは……
『きゃー! あかいかみさまだー! はじめまして――!』
えーと! ちょっと待って。ちょっとじゃなくてもうちょっと待って。
『あた! あたた~』
顔ごと(?) 私の顔に突進してきた精霊さん。鼻骨折れたかと思いました。鼻血出てない? 出てないか。身だしなみOKです。エトワール先輩も、これには失笑。
『あ、どうしよキスしちゃった! ごめんよあかいかみさま~』
そうなの!? 知らなかったよキスされてたとか、鼻へし折る勢いで激突してきたじゃん。声かわいい。幼い女の子みたいでお茶目な感じ。
でも待ってほしい。何でこうなってる?
てかあなたキスとか言っても口ねーじゃん、どこが口なんだよ教えてくれよ。女性型してた銀のオブジェから出てきたのは真っ白でふわっふわの、バレーボール大のまんまるい毛玉。毛糸的なモシャモシャ毛玉じゃなくて、シロウサギ的なふわふわなのが丸まったような感じの毛玉。
……おかしいでしょ形違うでしょ! 合ってないよ! 形合ってないよ!
何で女性型のオブジェの中から毛玉出て来るの!
というわけで彼女を私の顔から引き剥がすと、離れてくんない。みょーんと餅のように伸びてしがみついてる。
『まずどこが顔なんです?』
と声をかけつつ更に引きはがしてボールを抱えるように抱えてみると。
『もうどこでもいいよ! 全部顔だよ! モフっていいよ! 特別にモフモフしていいよっ! モフモフ好きなんでしょ。素敵! 抱いて!』
素敵! 抱いて! とか。私がドン引きしている中、精霊さんのテンションはクライマックス。
『きゃー萌え死ぬー!』
この人またあれかな、神様フェチなんかな。この職場、神様フェチ多くね? まずいよねこれ。中身女性構築士じゃん。いいの? うっかりモフったらセクハラになったりしない?
まず私、猫的なモフモフは好きだけど、モフモフなら何でもいいってもんじゃねーぞ。……モフモフ要素を素因数分解したら毛玉でした、って感じじゃん。手触りすごいいいけどこれに萌えたら違う気がする。何かに負けた気がする。
『ちょっとそんなに興奮しないで』
真面目にやってくださいよ。素民がガン見してますよ、ちゃんと仕事(演技)してくださいよ。
『大好きっ!』
ひしっとしがみついてること再び。とはいっても、モフモフボールが私の顔面にへばりついてるだけなんだけど。待ってこれどうやって張り付いてる? 民たちも、あまりの出来事に唖然。
『私ね、ずっと封印されていてね。邪神ギメノなんとかの呪いにやられて、意識がなくなってここに閉じ込められてたの。そしたら……夢の中で声が聞こえたの。……出ておいで。そんなところにいないで出ておいで……って! 聞こえてたんだよ、ちゃんと。ありがとう神様、嬉しかった』
私たちの声、中から聞こえてたんだ……。
心細かったろうねこんなところで、眠ってたんだろうけど一人で閉じ込められて苦しかったろうね。辛い勤務でしたよね。
と、ちょっと同情モードに入っていると……毛玉はふぁさっと爽やかに揺れて
『出ておいで、まっしろしろすけ出ておいで! って!』
アウト――――!
『言ってないです! 言ってないったら言ってませんよ!』
あぶねー! この人やだよ超危ないよ。抉るように攻めて来るよ! ちょっと叱り気味に言うと、しゅんと綿毛をしぼませる毛玉の塊。
『しろすけって……言っ』
『ってませんて! どうしてあなた真っ白の毛玉なんです?』
やばい、この人ヤバい! アガルタでは見たことないタイプの危うさ。
伊藤さん、この方、どうして採用しちゃったんです? 言うに事欠いて精霊さんが一言。真ん丸だったのが、気持ち楕円形になってる。
『え? 私人型だよ?』
殴りたくなってしまったよ。