表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/130

第2章 第14話 First collaboration◆

 熱い眼差しで、赤井は米粒ほどの大きさの彼らを見つめる。

 懐かしかった。

 彼らとの距離は遠くとも、意識を朦朧とさせながら湖の対岸を見つめていたあの日々を思えば近すぎるほどだ。

 これは実に一年ぶりの再会となる。

 メグとロイがグランダに乗り込んで来てはキララに処刑されると懸念していたが、元気な姿を見れば素直に嬉しかった。


「あかいかみさまあ――! メグだよぉ――! 返事をして!」


 彼女は何度も赤井の名を呼んだ。

 この再会が彼女にとっての現実で、赤井がそこにいることを、声に出して確かめるように。


”メグ。君は急に大人っぽくなった……私に甘えていた、泣き虫の女の子ではないんだろうね。害獣である肉食獣エドを怖じることなく巧みに操り、垢抜けて凛々しくなったな”

 

 彼が集落を去ったあと、二人は多くの試練を乗り越えたようだ。

 慮るに、集落には何度となくエドの襲来があったようだ。

 集落の周りに柵ができたのは近い未来への国防の為ではなく、現に被害の出ていた害獣対策だったのだ。


”そうとは知らず、のほほんとただ君たちの集落を対岸から見ていただけの私を許してくれ”

『聞こえていますよ、メグさん!』


 赤井の声を聴き、メグの心が激しく震えたのが赤井にも分かった。


 ロイは既にリーダーの風格が出ていた。

 以前から責任感が強く好奇心旺盛で頼もしい青年だったが、彼が集落を導き守っていたようだ。

 神通力も彼の身に十分残してある、節約して計画的に使ったのだ。

 つくづく彼の見通しのよさに感心する。


 夜明けから幾許と経っていない。

 彼らは夜明け前から何時間とエドを走らせてグランダに来た。

 ナオの情報を頼りに、グランダの邪神が赤井かもしれないとのわずかな期待を胸に。

 病に苦しむグランダの民への土産もしっかり携えて。

 完璧な立ち回りだ。


「かみさま! 今から力を送るねー!」


 メグが叫ぶ。

 彼女との邂逅によって、突き上げるような信頼の力が神体に流れ込む。

 乾いた身体は彼女の力を求め、浸されてゆく。


「俺のもどうか受け取ってください、赤井様!」


 ロイは声を震わせていた。

 感極まって泣かないように我慢してるようだ。

 ロイの信頼も強い。


”今は感謝の気持ちしかないよ”


 彼らの力によって赤井の全身の傷はみるみる癒され、傷跡ばかりか苦痛も消えた。


”こんなにもらっていいの? まだ私に信頼を”


 彼らの力をわがもののように受け止め、与ってはならない気がした。


 今一度思い起こす。

 赤井が彼らに何をしたかを。

 彼らに何も告げず集落を去り、ロイの肉体を傷つけ、メグの心を踏みにじった。

 あれほど慕っていた彼らを簡単に見捨てて。

 彼らを守る為と言いながら、一年もの間彼らを置き去りにしていた。


”この信頼の力は、受け取ってよいものだろうか”


 しかしそんな葛藤をよそに、甲種一級構築士”赤井”のステータスデータは変化し


 有効信徒数 : 65名 (extra +55)→ 238名 (extra +219)


”ありがとう。増えすぎだよ”

 

 彼が以前から「なんとなく」他の素民より強いと思っていたメグとロイの力。

 改めて数字として見るとなんとなく、どころではないぶっ飛びぶり。

 始祖とアガルタの神の間の絆はかくも強いのだ。

 彼らに対する様々な葛藤と後悔、顔向けできない気持ちはあれど、折角預けてくれた信頼を無駄にはできない。


『ありがとう、メグさん。ロイさん!』


 急がなければ。

 七分後に洪水で二十七管区が全滅するのが必定だというのなら。

 彼は十二枠に増えた構築モードの三枠を使い、あるものの合成を予約オーダーしておいた。


「赤井様、何かお手伝いできますか!? 俺も共に戦います!」


 エドからひらりと格好よく飛び降りたロイが湖岸を裸足で走ってきて、葦もどきを手でかきわけ、腰まで水に浸りながら赤井の名を呼ぶ。

 槍を握り締めて気合十分だが、空中戦の参加は無理だ。

 ロイはいわゆる現人神化しているが、ベースは人間だ。

 無茶はできない。


『ここは大丈夫です。グランダには病に苦しむ民が数多います。あなたがたの育てたその白い花を煎じ、城内の病んだ人々に飲ませてあげてください』


 するとエドに乗ったメグがそれを聞き、困った顔をして叫んだ。

 声を枯らして。

 彼女の真剣な気持ちに、赤井は胸をうたれる。


「どうしようー! あかいかみさまー! 持ってきたのは白い花じゃないのー! 白と黄色の間のやつ――!」

”クリーム色だったのあれ!? 新薬じゃん、えーと、黄色のは病気の予防薬、具体的には免疫力増強効果のある遺伝子群やビタミン合成遺伝子群を組み込んでて白いのは抗ウイルス・細菌薬、消炎鎮痛効果があるから”

 

 そのハイブリッドということは……。

 早い話が免疫力を高め、ビタミンを補い痛みをとってくれる。


”カドミウム中毒は炎症性症状もガンガンに出る。根本的な治療にはならないけど、有効かもしれないな”


『それはよく効きます、是非とも飲ませてあげてください』

「わかったー! 気をつけてね、あかいかみさま!」


 メグが口元をおさえ、涙ぐみながら頷く。

 甘えんぼうの泣き虫は健在だった。

 一年経っても変わらない、彼女の弱点を見つけて赤井はほっとしていたりする。


『キララさん、彼らは私の民です。城内に受け入れてあげてください』


 キララは城壁の上から手で大きく円をつくった。


”OKなんだよな?”


 世界には、首肯がNOでかぶりをふるのがYESな文化があるから困る。

 ブルガリアだ。

 インド人もそうだ。


「アイ! ロイを乗せてっ!」


 エドに乗ってロイを迎えに来たメグが、そのまま彼を乗せて城壁に向かって走り去った。

 湖岸を走り去る光景は美男美女の相乗りで、さながら映画のようだ。


『頼みましたよ……二人とも』


 万が一湖底を抜くのを失敗したら、城壁に漏れがあった場合数時間以内に床上浸水になる。

 城内の病人をどこかへ避難させなくてはならないので、病人には薬花を飲ませて体調を少しでも改善してもらいたい。

 全員生還のための可能性と確率は、少しでも高い方がいい。


 既に結界内を海抜(湖抜?)五メートルほど水が溜まってきている。

 住民全滅カウントダウンを改めて見ると、デッドラインが十五分後に延長されていた。

 赤井が物理結界で堰き止めているからだ。

 湖底から立て板を立てるように結界を張ったのが功を奏した。


”先輩どこ行った?”


 よく考えてみると、湖に落ちて沈んだまま浮かんでこない。

 泡も出てこない。

 ブリリアントがロイの神雷一撃でダウンしたと思えない。

 この隙に湖の水抜けということか、と赤井は心得た。

 神杖と神体の帯電を解き、頭から湖に飛び込んで素潜りだ。

 ……水は冷たく透き通っているが、嵐が来るから視界が悪くなるだろう。


 インフォメーションボードは水中表示対応だ、さすがだ。

 水温十五度と出ている。

 透明度は高い、数十メートルの視界はある。

 雲間から差し込む光芒は微かに湖面にも届いて、水は翡翠色に輝き幻想的だ。

 赤井は空を飛んでいるような錯覚を覚える。

 イタリア・カプリ島の青の洞窟を思い出した。


 湖底を底抜けにする前に、ブリリアントの投入した光球を破壊しておく。

 カラナ湖の総容積は百十億トン。

 一方、赤井が貯水槽にしようとしている地下空洞の容積は有限だ。

 計算すると、二十億トン入るか入らないか……つまりカラナ湖の総容積の三十パーセント以上溢れさせてはならない。

 湖底を抜けば水位が下がりひとまず住民全滅は回避できても、グランダは床上浸水になる。


 赤井は水深の浅いうちに鼓膜が破れないよう耳の空気を抜く。

 水増し水晶玉は下を見回すと、あっさり見つかった。

 昏い水中で紫色にテカテカ光っているのだ。


”ライトアップしすぎでしょ。先輩、絶対隠す気ゼロだよな”


 ターゲット発見し、潜水開始。

 ブラックバスもどきの夥しい魚群をかきわけつつ、水圧に馴れながらゆっくりと素潜ること二分半、ようやく湖底が見えてきた……砂地になっている。

 全方位から襲い掛かる水圧で、気を抜くと潰れてしまいそうだ。

 何とか湖底まで辿り着くと神杖を振りかぶり、湖底に向けて叩き割る。

 あっけなく真っ二つに割れた。

 アメジスト色の輝きを放っていた宝玉の光はふっと消灯する。


 インフォメーションボードによれば、水位上昇が止まったと同時に赤フォントのカウントダウンが止まるも、緊急時画面は消えていない。

 早く底を抜かないと赤井の神通力が尽き、物理結界が破れ、カウントダウンも再び動き出すということだ。


 赤井は素潜りしたまま湖底を走ったり飛び跳ねたりしながら、予測ポイント、湖のほぼ真ん中へと近づく。

 すぐ下に空洞があるという話だ。

 神杖でぶち抜けばよいのだが、その瞬間空洞の中に吸い込まれそうだ。

 かといって気弾放っても地盤が硬く出力不足だ。

 足で蹴り抜くなんてもってのほか、むなしく赤井が骨折するだけだ。


”どうすっかな”


 きょろきょろと周囲を見渡すと、五メートルx八メートルほどの大岩が湖底に不自然に鎮座していた。

 黒々しくて、重そうな外見の。

 砂地に大岩は不自然だ。

 明らかに周囲の環境と色が違う。

 映画のハリボテのセットのようだ。


”しかもゴロンと丸っこいし、私がギリ丁度良く持てるサイズ。持ち上げる為に便利な窪みもつけてある。ブリリアント先輩、まさかこれ……準備しといてくれた?”


 ブリリアントは悪役演技をこなしつつ、おあつらえ向きにセッティングしてくれていたのかもしれない。縁の下の力持ちだ。


”すみません何から何まで”


 西園に頼んで、今年の夏にはブリリアントの自宅にお中元を贈ってもらおう。

 夏は定番のそうめんか、アイスコーヒーセットも捨てがたい。

 などとよそごとを考えながら、赤井はリコンストラクト(再構築)モードを開き、水の分解をかけつつ炭素やら水中の窒素やら取り込んで、拳大の空気の塊を湖底近くに創出する。

 気泡は神通力によって湖底にトラップされ、水面に昇ってゆかずその場に留まり続ける。

 気泡の中に手を突っ込み、先ほど予約構築をかけておいたとある有機化合物を物質化し気泡の真中にセットする。


 黒い結晶の化合物は凍結状態で、気泡の中にコロンとおさまっている。

 化合物入り気泡を底砂の三点に一・五メートル間隔ぐらいでピラミッド状に設置。

 不自然に岩肌に刻まれた窪みに手を差し入れ、大岩を力任せに持ち上げる。

 常識的に考えて数十トンはあるが、何トンか気にするとへこたれそうなので情報収集しない。


『ぐ……ぁあああ!!』


 怠けていた筋肉という筋肉が悲鳴を上げるのも構わず、神通力を絞り出し力を乗せる。

 水面へ向け両手を突き上げると、水圧抵抗と岩の自重に打ち勝ち、大岩は遂に浮揚した。

 湖底から十メートル浮いたところで、赤井も急浮上する道すがら、ありったけの力を込め岩石を下へと蹴り落した。

 スピードと神通力を乗せ数十倍にまで重くなった岩が湖底に達する前に、赤井は湖面めがけ全力避難。

 急浮上で水圧変化に頭痛がするも、水面を突き破り空に舞う。


 肺に大気を吸い込むと、嵐のにおいがした。

 空はさらに荒れ、神雷ではない自然の雷も風雲急を告げている。


『さあどうなる? うまくいくのか』


 大岩は十分重いが、加速度と自重を合わせても三層にもなる湖底の硬い岩盤や地層を貫通するにはまだ軽いかもしれない。

 祈るような気持ちでインフォメーションボードを見守る。

 大岩が湖底に到達するまでの時間が表示されている。

 到達まで、あとコンマ数秒。


『発破!』


 成功への願いを込め赤井が叫ぶと、やや遅れてズシン! 

 と湖底から鈍い爆発音と地鳴りがした。

 強風により湖面には既にさざ波が立っていたが、大岩の直撃と同時に生じた衝撃と大きく波飛沫が立つのを観測する。

 足元に大波が立ち、波は伝播し物理結界でせき止められる。

 インフォメーションボードは震源をキャッチしている。

 岩は狙った場所にピンポイントで直撃し、湖底に構築し予めセッティングしていた三点のターゲットに見事命中したようだ。


 赤井が湖底にセットしていたニトログリセリン(爆薬)の結晶体は、少しでも衝撃を加えると大爆発する。

 そして衝撃は確実に加わり、大岩のヒットによってベクトルは地下に向いたはずだ。


『変だ。ボードの情報によると衝突予測時間と衝突時間が一秒ずれてる。何でだろ、何か気持ち悪いけどまあいっか』


 轟音と大振動が起こったため民を驚かせてしまったが、緊急時で多少のことは仕方がない。


『あれ? 魚が浮いてきた?』


 魚群に衝撃波が当たり、大量に浮いてきたのだ。


『……お魚さんたちマジごめん』


 生物環境保護の観点が抜けていたが、暫くすると魚介類はハッと我にかえり、ツイツイと水中に戻ってゆく。


”よかった死んでなかったよ、気絶してたみたいだ。寝耳に水な水中発破でギョギョっとしただろうね。渦潮に飲み込まれず避難してよ”


 できれば無事に生き延びて、釣り好きの太公望たちに釣られてほしかった。

 衝突予測地点から空気がボコボコと大量に出てくる。

 爆薬と岩が地層をぶち抜き、空洞に達したのだろう。


 巨大な気泡が猛烈な勢いで上がってくると同時に、水面には渦潮のようなものができはじめる。

 少しずつ水が渦の中に吸い込まれているのかもしれない。

 放っておけば水位が数センチずつ徐々に下がってゆくだろう。


『頼むよ……湖面を溢れて結界内に溜まった分だけでも地下空洞に溜まってくれたら、湖は元通りの水位を保てる筈なんだ。うまくいってくれ』


 穴があくほど水面を見ていると、黒い塊が浮いてきた。

 黒衣を纏ったブリリアントが魚たちにと共に!


”え、何で? 先輩、もしかして衝撃波をもろに喰らった?”


 水中にブリリアントのものと思しき血がじわりと滲み出ている。


”だ、大丈夫ですか先輩? 何でそんな発破現場に近づいたんですか?”


 水面を大の字になって漂いながら、ブリリアントが赤井に一言。


”狙いが外れてたぞ、赤井君。このノーコンめ。神が聞いて呆れるぞ”

”えー……、っと?”


 衝突予測時間と実際の衝突時間との一秒の誤差の正体。

 それは狙いが外れていた大岩をブリリアントが水中で軌道修正し、爆薬にぶつけたというのだ。


『ど、どうも……すみませんでした』


 飛翔しながらブリリアントを見下ろし、思わず素で謝罪する赤井。

 助け起こして治療したい気持ちはあれど、彼とは敵対設定なので許されない。


”やばいなー失態ばかりで先輩に尻拭いさせて。お手数かけましてすみません。痛みはないらしいけど、絶対怒ってるよなー、いや呆れてるのか?”


 黒衣がボロボロになり、顔に巻いたターバンが緩み、ブリリアントの顔の右半分が見える。

 金髪碧眼の美青年だ。

 自分でブリリアントと名前をつけるだけあって、悪役顔ではなかった。

 だから隠していたのだ。


”では、決着をつけるかね”


 ブリリアントは水鳥のようにぷかぷか水面に漂っている。

 全身黒で鵜のようだ、と赤井は思う。

 早く戦いを始めたがっているが、ブリリアントも怪我で体調が万全ではない。


”折角色々見せ場とか必殺技とか考えてただろうに、ちゃんと予め考えてた演出通りにできるのかな? できなかったら私のせいだな”


 ――お詫びのお中元何贈ろう、と赤井はまた思考が脱線した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ