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第2章 第13話 Actor Blilliant◆

 この琵琶湖ほどの大きさの湖は、赤井の集落では「カラナの広い水たまり」と呼ばれていた。

 なんと拙い名前の付け方だが、赤井が湖ですよ、と言うのも違う気がしたので、ブサイクな名づけ方でもご愛嬌だ。

 グランダではサブレマ湖という名前がついていた。

 赤井が上空から見下ろすと、きれいな楕円状だ。

 いかにも人工的な、ゴルフ場のカジュアルウォーターを巨大にしたような、天然ではありえないほどのラウンド型だった。


 湖のほとりは粘土質で湿地帯もあれば、紫色の綿毛のガマに似た花が咲く植物が生い茂る場所も、白い砂浜の地帯もある。

 グランダに面した湖は遠浅の砂浜だった。

 岩や崖で囲まれてるわけではないので、自然の堤防など存在しない。

 湖面から水が溢れたらグランダごと水没確定。

 水流を逃がせるところはないのか……と赤井が考えても、カラナ湖は傾斜のある山地帯から二本の川がそそぎ、十メートルほどの川幅の一本の川が下流に出ている。

 高地には赤井の民の集落があり、低地にはグランダが位置する。

 上流と下流の標高差は十メートルもない。

 下流側の川は流れが遅く、多少川から水は逃がせるが、流量が追いつかないほど水面は上昇していた。

 対岸の赤井の民の集落も危ういが、まず下流のグランダが危険だ。

 グランダでは川を取水用水路から城内に採水して、飲料水や工業用水に計画的に使っている。

 用水路が充実していたので、飲み水が鉱毒に汚染されるのも早かった。


『全ての水門を閉ざし、水路を切り替えなさい! 洪水がきますよ!』


 門番が城壁に備え付けられていた水門を閉ざそうとするが、もたついている。

 赤井は左手をかざし、力加減を間違えないよう衝撃波を六発放つ。

 全ての水門の門の開閉をコントロールする滑車にヒットし鎖が切れ、門の制御が壊れてガシャンガシャンと鋼鉄の水門が閉ざされた。

 城門の上で三十人ほどの兵士らが右往左往している。

 城門は高いし、グランダは城壁都市みたく城壁に囲まれているのですぐに水没はしない。

 城門を閉め漏れてくる水を土嚢を積んで防げば、暫く時間稼ぎができそうだ。


 でもそれも長持ちしない。城壁はやがて水圧に勝てなくなり決壊する。


”どうする。私は物理結界を張れるけど、グランダを覆い尽くすほどの結界を張っても意味ないし。仮にこっち側だけ守れたとしても、私の集落どうすんの水没じゃん。湖の対岸、両方の人々を守るにはどうすればいい”


 というわけで赤井はブリリアントに抗議をしてみた。


『何ということを……逃げ道を全て潰し、洪水で皆殺しにするつもりですか。あなたを信頼してくれている人々を!』


 ブリリアントがグランダの民を犠牲にしようとしていると素民たちに分かれば、それまでに彼に預けられていた信頼は失われる。まだ千二百人の有効信徒がいるものの、現に、ブリリアントの手持ちの有効信徒が少しずつ減っているのだ。それでいいのだろうか、と赤井は疑問だ。


『それがどうした。我は水面を上昇させているに過ぎん』


 赤井とブリリアント、冷静に考えれば二人きりだ。


”ちょっと一旦演技やめましょうよ、演出の打ち合わせしましょう。先輩だってせっかく構築した第一区画水没したら未練残るでしょ? 私の民の集落だって沈めたくないんですよ。お願いしますよ、読心術で私の考え読めてるでしょ? 私は全裸で心をさらけ出してるってのに卑怯ですよ先輩”


 と、彼に聞こえるように念を発すると。


『いや、八方塞りにはしていない』

『!?』


 ブリリアントは小声でそう言った。

 声のトーンががらりと違う。悪役の凄みがなく、地声だった。


”はじめましてブリリアント先輩、私はハイロードの赤井です”


 と、心の中で挨拶だ。


”で、どこに逃げ道を?”


 おそるおそるブリリアントに読心術で看破をかけると……。


”契約に反するので教えられない。私もこれがぎりぎりだ。ランク3の構築士がハイロードと会話することはありえないが、君が新米で何もわかっていないので教えている。ボードを見なさい赤井君。水面が溢れるまで時間がないぞ”


 ブリリアントの心の声は、今や筒抜け状態だ。

 二十七管区は日本のサーバーで日本語が標準なので、ブリリアントの母国語は英語だがダイヴをしたときから日本語での思考回路に矯正されて自動翻訳されているようだ。

 なので念話は日本語で通じている。


『グランダを奪いにきたか邪神よ! そうはさせんぞ、滅してくれる!』


 念話とは裏腹に、肉声で誤魔化しているのは、厚労省に記録が残って悪役に徹することができなかったということで給料削減、次の移籍話も白紙撤回、などの処分を恐れてのことかもしれないな。

 と赤井も納得がいく。


”両者が睨み合ったまま沈黙してると不自然だから、長時間念話しまくるのもまずいな。もしかして通常は黒子に徹してなきゃいけない先輩がわざわざ姿見せて出張ってきたのって……私がダメすぎて見ていられなかった、ってこと?”


 赤井はブリリアントが普通に話しかけてきて嬉しかったらしく、顔面がにやついていた。


”こら、にやけるな。顔戻せ”

”つい嬉しくて”


 こんなことになるから悪役は表舞台に出てきてはならないのだ。

 構築士同士馴れ合っていたのでは演技にもリアリティが欠けるし、悪役を憎めなくなる。

 赤井は口元に手をやり、緊張感を取り戻す。

 数分前の怒りの気持ちを取り戻さなければならない。


”もしかして先輩を倒せば湖の水位上昇止まります?”


 それと分かれば時間制限バトルに集中しようと赤井は決めた。

 今ならキララの力もあるし戦えそうだ。キララは城壁の上にのぼって赤井を見ている。


”いや、止まらない。まずそちらを何とかしろ”

”え――! 止まらないんすか!”

”その後は、できる限り時間をかけて戦い、私を粉砕して殺せ。そろそろ念話を打ち切るぞ”


 さすが悪役。割り切っていた。

 とはいえどのくらい派手に滅殺すればいいんだ、と赤井は頭を悩ませる。

 赤井が殺生禁止なのはアガルタの素民に対してであって、ブリリアントは殺さないとログアウトできないようだ。

 彼の仕事を完成させるために、彼を斃さなければならなかった。


”絶対に手心を加えるなよ、私に苦痛はない、迷わず殺せ。それに私も全力でいくぞ”

”私だけなんですか痛い思いしてるの……”


 ブリリアントとは違い、痛覚が残っているどころか鋭敏になっている赤井は閉口する。


”じゃあ思い切りやらせてもらいますよ。先輩も本気だし手心加えてる場合じゃありませんよね、あ、そういえば”


 彼は大事な事を思い出した。


”先輩、最近現実世界でもんじゃ焼きってジャパニーズフード食べました? ひとつだけ答えてくださいよお願いします”

”ん? 嫁が作ってくれたから昨日自宅で食べた。それが何か”


 おっしゃあああああ! ふざけんなよ! 

 俺はもう九年もモンジャにありついてないんだ! 自宅で食べたってどういうことだよ!

 と、神様キャラも神様一人称も忘れて怒り心頭の赤井に、ブリリアントは呆れ顔のようだった。

 覆面で顔は見えないが、呆れていることは赤井にも分かる。


”そうだろうよ、俺のもんじゃに対する情熱、執着を知らないからそんなこと言えるんだ!”


 もはや完全に八つ当たりである。昨日もんじゃを食したブリリアントに何の責任があろう。


『私はあなたを許しませんよ……絶対に許さない!』


 それはもんじゃ的な意味でだ。

 グランダを公害汚染してキララやナオたちを苦しめた罪も忘れてはいなかった。 

 ブリリアントへの怒りの気持ちを、明後日の方向の怒りで再補充。


”でもちょっと待った、先輩とバトる前に水位上昇を止めないと”


 ようやく我に返り、若干の気まずさとともにインフォメーションパネルを注視する赤井。

 案の定出ていたのは、住民全滅フラグだ。

 メニュー画面は最大フォントで真っ赤だ。


第二十七管区住民全滅まであと

00:08:52

■構築士情報

■構築ツール

 超迅速分子構築(1)/通常構築(12)/加速構築(10)

■解析ツール

 生体解析(1435)/死亡者解析(314)

■各種補助ツール

 地形調査/地下探査/迅速計算


 住民全滅までたった八分しか猶予がなかった。

 ハイパーコンストラクトも出ていた。


”いよいよやべーなこれ。でもハイパーコンストラクトって今使っても意味ないか。あと各種補助ツールって何!?”


 どこから突っ込んでいいのやら。

 地形調査を一応見ておこうか、ということで解析をかける。

 地層を真面目に調べてゆく。

 水が逃がせそうな場所があれば、全神通力を使って湖の底を抜くしかない。


”湖がなくなったらメグもロイも、釣り好きな集落の太公望たちもがっかりだろうけど今はそれしか方法ない、私のしょぼい頭脳じゃ思いつかない”


 タッチパネルで地下探査を選択、すると地形調査画面横のサブメニュー画面には電気探査という項目が出た。

 何か色々モードを聞いているが、時間がないのでスタンダードだ。

 ポップアップが開き、目の前を忙しなく生ログの数字が流れ解析画面に切り替わる。


”水平電気探査ときたか。地下の地層を調べるときに使うやつだ”


 地層探査には各種の方法があり、原始的には鉄管でボーリング、非破壊的なものは他に電磁探査もある。

 空洞調査、無線のないこの時代で使えるのは電気探査しかない。

 選択肢は一つ。

 測定点は二極法電極配置というもので、台形の測定領域に一定距離ごとに電極を差し電位測定をする。

 勝手に全自動計測をしてくれるようだ。

 データが統合され……比抵抗断面図が出現する。


”おー便利。地層ごとにカラフルに色分けされて、地層が輪切りにされて積層になってんじゃん”


 空洞が存在した。オレンジ色に見える分布は空洞である。

 二百三十メートル下に細長い空洞がある。


”もうぶち抜くしかないな”


 カラナ湖の水が溢れて湖の外に十センチほど溢れ始めてた。

 城門は閉ざされているが、湖から流れ出した水が城壁に波うちはじめる。

 空が曇り、雲行きあやしくなってきた、風が出てきたのだ。


”ついてないな、こんな時に嵐が来るのか。風が出ると波が高くなるからな”


 若干慌てながら、出来上がってきた地形解析画面もチェックする。


「アカイ――! 水が!」


 キララの悲鳴が聞こえてきた。

 赤井は神杖を水平に携え、体内からありったけの神通力を搾り出し集中力を高める。

 一時凌ぎ、せいぜい防波堤程度にしかならないが、湖に沿って物理結界を張っておく。

 カラナ湖の一周は数十キロ。

 神通力の消耗は激しいが、正確に地形に沿って結界を張る。

 赤井の結界が水圧に耐える限り、水は結界の内側に溜まり続けるだろう。

 そうやって時間を稼ぎながら、赤井は湖の底に潜って水を抜く。


”抜けるかな、岩盤厚そうだけど。でもやるしかない”


 集中すると、湖岸に白いベールが立ち上り湖水がせき止められはじめた。

 湖底に素もぐりして水を抜いてくるのを、ブリリアントも待ってくれるようだ。

 赤井が湖面に飛び込むべく急降下しようとしたとき……雲間から一筋の閃光が迸った。

 耳を劈く轟音とともに、ブリリアントの頭上に一直線に落下する。

 直撃だった! 目が潰れそうな眩しさだ。


 ブリリアントは感電し意識を失い、湖面に引き寄せられてゆく。

 構築士自ら生じる神雷には耐性があっても、それ以外の事象によってのダメージには勝てない。

 にしても落雷が二発、至近距離にいて金属の杖を握っていた赤井が無事でブリリアントにだけ落雷……。


”先輩は何も持っていない、素手だった。不自然だよ、当たるならまず私じゃないの”


 赤井は灰色に重く垂れさがる空を見上げ、合理的理由をさがす。

 直後、青年の声が聞こえた。


「赤井様――――!」


 この声……。

 彼は驚愕し目を見開く。

 振り向き、湖岸に視線を落とすと、獅子にも似た巨大な橙色の肉食獣、エドが天に向かって咆哮を上げている。


『ああ……あなたたちは』


 エドの背に乗っているのは……黄色と紫のストライプのワンピースを着た少女メグだ! 

 そして彼女の後ろで彼女がエドから落ちないように支えているのは、精悍な顔つきの青年、ロイだ。エドの尻に二袋の布袋を積んで紐でくくりつけている。

 中身はあの白い花だろう、花束の状態ではなく花弁だけ積んで軽量化してきたなら、最小限の荷物で済む。


”……そうか、先輩を襲ったあの落雷は君の仕業だったのか。ロイ、君が渾身の神通力を使って厳霊いかづちを落としてくれたのか。コントロールもばっちりだ、神通力を使いこなせるようになったんだな”


 ロイは金属の銛を携えてエドから飛び降りた。


”それもう銛なんてちゃちなものじゃない、刃も研ぎ澄まされてピカピカだ。強度もありそうだ、それは立派な槍だよロイ。君が集落の皆を守るために一生懸命鍛えたのか”

”いっぱい褒めてあげたいよ、ロイ、メグ”


「あかいかみさまぁ―――!」


 メグの声が聞こえる。

 そして彼女と彼の強い思いが赤井の中に流れ込む。

 彼は愚かしくも、一年前には気づいていなかったのだ。


”こんなに強かったのか……”

 

 赤井に与えてくれていた、信頼と愛情は。

 溺れてしまいそうだった。

 始祖、それははじまりの人。

 最初の民であり、かけがえのない最初の十人。

 

 その中でも最も絆の深い、メグとロイ。

 彼らはきっと、特別な存在なのだろう。

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