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第2章 第12話 Pretender◆

「天空神ギメノグレアヌス・ハリエルマ・ガルカトス・イルベラ・ラクエマンティス様のご来臨だ――――!」


 兵士たちは天空神の降臨に怖れおののき、身体を投げ出し平伏する。


 カナダ在籍の悪役乙種一級構築士(ランク3)。

 その名もブリリアント。

 赤井の目には、今日も白み始めた空が眩かった。

 暁の陽が背後から差し込み闇の構築士ブリリアントの姿を暴きだす。

 赤井がキララの記憶を読むに、天空神は普段からキララに天啓を授けてはいたが、姿を見せたのは初めてのようだ。


 赤井が二十七管区九年目で向こうが百二十年目、断然先輩だ。

 悪役の構築士は黒子に徹するという話なのに登場したからには、何か演出を狙っているのかもしれない。

 赤井が彼を倒せばストーリー的にも画的にも双方にオイシイ感じになり、彼も第一区画の構築が終わってアガリだ。双方に構築士としての特殊能力、神と邪神の大迫力弾幕アクションバトルでフィナーレというコースをご希望とみた。


“要は血沸き肉踊る死闘を演じた末、スポーツマンシップに則って先輩を(先輩の活躍が目立つように配慮しつつ)倒せってこと、なんだよな?”


 だが、待ってほしい、できれば日を改めてほしい赤井だった。

 素民相手ならともかく、赤井は戦える状態ではない。

 キララにザックザクの滅多刺しにされた直後。

 幾分信頼の力で痛みが相殺され我慢しているが、相当に消耗をしてる。

 戦ったら一秒以内で負けそうだ。

 そんなの、ブリリアント構築士のシナリオをぶち壊しだ。


 ちなみに、緊急事態とあって赤井のステータスも表示されていた。普段見えないものだ。


【構築士情報】

 役名 : 赤井(JAPAN/ID:JPN214)

 クラス/職種 : 甲種一級構築士 / 主神ハイロード

 心理層 : 0

 物理層 : 1

 絶対力量 : 16212 ポイント

 滞在日数 : 3346日

 有効信徒数 : 10名

 総信徒数 : 421名


 日本神には日本語表示のようだ。

 赤井のステータスは圧倒的に劣っていた。

  はっきり言ってザコだ。

 心理層という表示の有無は、読心術がキャンセルされるのと関係がありそうだ。お互いに読心術をかけられたら念話で打ち合わせができるのに……と赤井は無念だ。

 遠くから目配せしてみたつもりだが、ブリリアントは無反応である。


"全っ然協力するつもりなさそうですね、先輩"


 自分の演出でやるから、意思疎通は断固拒否という方針なのかもしれない。

 折角この世界で出会えた生身の人間同士仲良くしましょうよ……先輩だって第一区画でずーっと神様役に解放されるの待ってた頃だろうに。

 と赤井は思えど、アガルタ内では悪役は人格調整されて邪心の塊のようにされているのかもしれない。だとしたら善と悪、水と油、神と悪魔だ。

 話が通じるわけがない。


 それはそれですごい、と赤井は思ってしまう。

 アガルタ内監禁勤務ではなく九時から五時の割り切り勤務だとしたら、悪役状態で現実戻って、社会生活に支障ないのかと。

 こんなに邪悪そうなのに家に帰ればいいパパだったりするのだろうか、と思うと……


”パパー! パパのお仕事ってどんなお仕事ー!? こうちくしって天国をつくるお仕事なんでしょー? 皆から感謝される立派なお仕事なんでしょー?”


 などと娘に聞かれ困っていたりするのだろうか。


"いや、娘さん。パパのお仕事は悪役ですけど悪役がいないと構築進まないからとても貢献してもらってるんです!"


 と赤井は弁護したくなる。

 一杯ひっかけて悪役としての苦労話を聞きたくなる。

 妄想している間に、彼はキララに何か呼びかけた。


『蘇芳、汝は邪神に降伏の意をみせたな。あまつさえ汝の肉体を邪神に捧げると。しかと聞いたが』

「そっ……それはっ!」


 赤井の腕の中のキララが弁解しようにも、一部始終を見られていたと知り悔しそうに口を閉ざす。

 彼女の血の気がひき、手が冷たくなってガタガタと震えている。

 天空神の巫女でありながら勝手に邪神の生贄になると、取り返しのつかないこと言ってしまったのだ。


『我を裏切った汝が罪は死を以てあがなえ』

"本気か!? 先輩、役にハマりすぎ! やりすぎですよ命まで奪わなくたっていいでしょ。私は殺生禁止だけど悪役の人って殺生OKなの?"


 むしろ残酷に殺すのが仕事、なのかもしれない。

 悪役が人殺しを躊躇していたら悪役らしくないしな、と赤井は思い直す。


「はっ……ははあっ!」


 キララは天空神の神託だと真に受けている。

 赤井が彼女を手放したら剣を取り上げ自殺しそうだ。

 長年洗脳されているのだから。

 赤井の腕の中でもごもごともがいているが、自殺すると分かって赤井が手放すわけがない。

 彼女の臣下でさえも、天空神の顕現に驚いて誰もキララを庇おうとしない。

 天空神の怒りをかいたくないのだろう。


"気持ちはわかるけど、皆の為に私と戦ってこんなことになったキララにそれはないよ"


 彼女の味方は皆無だった。ただひとり、赤井を除いて。


「離せ邪神。聞いただろう、天空神さまのご命令だ。これから余が命をもって購うっ……」


 追い詰められたキララは決死の覚悟だ。


『それであなたの民が救われると思いますか』


 赤井は彼女に尋ねてしまったが、まやかしの天空神に彼らはかくも依存していたと知った。


"――そうだったな。ロイだって私が集落を離れると言った時抵抗してたし、私がいないと生きていけないとまで言ってたからな。今は集落をまとめて立派にやってるみたいだけど"


 素民と神との距離は近い。

 その近さがグランダでは逆に脅威となり、彼らの人生にかかわるほどの悪影響を及ぼしている。

 キララは天空神に切腹を申しつけられ、この世の終わりのように思っている。

 十代の少女とは思えない、魂が抜けて生気のない顔をして……


「天空神さまに見捨てられたら……グランダが滅びる」


 うわごとのように呟き、キララは震えている。赤井は彼女に最も近い距離から彼女に呼びかけた。


『滅びませんよ。たとえあなたの神が見捨てても、私は決して見捨てません』


 甲種一級構築士は絶対善であり、救いを求めるものたちの最後の砦であるべきだとパンフレットでは説かれていた。

 赤井はそうなろうと努めている。

 かといって自然的な人々の営みを曲げるつもりはない。

 赤井は自然死を迎える人を延命する必要はないと思うし、平和な社会であっても集団のうち一定数の人々は病死、事故死、不慮の死を遂げるものだという認識はある。

 しかしこのグランダで起こっていることは決して”自然な”人々の営みではない。


 まやかしの神への信仰によって屈折し疲弊した、希望を蝕まれ明日を生きる気力を失った人々。

 このままではグランダに未来などない。人も、国も……何も残らない。

 だから赤井は、彼らの未来のためにこそ力を貸し、救おうと決めた。


「……!」


 思いがけない人物からの一言に驚き、キララが脱力したのがわかる。

 何ともいえない眼差しで、その赤く澄んだ瞳を見つめた。

 戸惑い、疑い、否定、……そしてほんの少しだけの、希望と。

 光を失ったはずの彼女の瞳は、天空神ではなく赤井を映していた。


『誰も救わず傷つけるだけの神を信じる必要はありません』


 人は本来神がついていなくても生きていけるし、命を預けるまで依存しなくてもよいのだ。

 キララは声のトーンを落とし、赤井にだけ聞こえるように話しかけてきた。


「赤い邪神よ。さっき、この国の災いは”コウドク”だ、と言っていたな。汝の祟りではなく」

『ええ、そうです』


 まだ半信半疑ながら、心に引っかかるものはあるのだろう。

 鉱毒は祈祷では癒せなかったし、治癒方法は唯一、邪神を屠ることだ教えられてきたのに赤井は死なないときている。

 手詰まりなのだ。


「天空神さまは、ご存じだったのだろうか。天空神さまが邪神を滅ぼすための剣を鍛えろと仰ったから……」


 赤井はグランダで何が起こったか、カマをかけてみた。


『死者が多いのは金属精錬を行っている地区、およびその地区を流れる川の下流域ではありませんか。骨折するものが多く、該当地区で生まれた子供は皮膚が黒ずんでいませんか?』

「何故そんなことがわかる!」


 図星だ。

 現実世界では鉱毒など前時代的なものだから赤井も鉱毒患者を見たことはないが、教科書的にはそうだ。

 正確に言うと、カドミウムの慢性中毒症状であろう。


「……まさか、まさか余がこの手で民を死に至らしめ、苦しめ続けていたというのか」


 そういうことになるが、キララの行動もブリリアントの悪役的演出のうちだ。

 全てブリリアントの計略通りに事が運んでいた。

 キララは忠実な駒、悪の手先として動かされていただけ。

 信じていた存在に、彼女は裏切られた。しかし絶望するにはまだ早い。


「……死んで詫びずばなるまい」


 彼女の声は乾いて掠れている。


『誰に詫びるのですか?』

「グランダの民へ、だ。この国を治める立場にありながら、民を苦しめ続けていたなど……王でもなければ、もはや生きる価値もない」


 彼女は責任を重く感じている。赤井は咄嗟にこんなことを言った。


『価値ならあります。忘れていませんか、あなたは私の生贄です』


 今更だが、赤井はやめなさいとは言ったが、生贄をいらないとは言っていない。


「はあっ? 何を言い出すんだ」


 キララは素っ頓狂な声をあげる。


『”生贄”としてひとたび私に身を捧げたなら、勝手に死ぬこと罷りなりません。生きて生贄の役目を果たしてもらいます』


 柄にもないことを命令してみた。

 自分の生きる価値を見いだせないなら、彼女の命が彼女にとってそうまで軽いのなら、もう生贄として生きてもらうもよいだろう。


”具体的に生贄の役目って何って言われると困るけど、今は君の死への衝動を止められるなら何とでも言うよ”


「まだ、間に合うのだろうか」

『間に合います、決して手遅れではありません』

「余は汝を傷つけたが……それでも許されるのか」


 傷つけた、などと控えめなものではなかった。

 一年間の磔刑から滅多刺しのコンボをやらかしてくれたのだ、でもそれはもう、いいとする。


『私は全てを赦します』


 彼女が赤井にしたことは、記憶からは消さない。

 しかし罪を憎んで素民は憎まず。


「ならば……汝が邪神であっても、我らを救う神を信じる」


 キララは赤井に身を寄せ、その瞳を閉じた。

 長い睫、金髪が彼の腕にかかりふわりとゆれる。

 固まっていた彼女の体は緊張を和らげ少し柔らかくなった。

 すると……目の前に出ていた赤井のステータスデータが明滅し


 有効信徒数 : 65名 (extra +55)


”増えた――!? しかもエクストラで超水増しされてる! もしかして……キララが?! 


 彼女は憎しみの力を信頼にもかえられるのだ。

 人間離れした力は……メグやロイのように、普通の素民より多く力を送ることができるようだ。

 心なしか赤井の傷が癒えてきた気がする。


『キララさん……私を信じてくれているのですね。ありがとう』

「う、うるさいぞ邪神めっ!」


 キララは素直に認めたくはないようだ。

 そしてブリリアントの有効信徒数からマイナス55になっているのを確認した。


『仲なおりの記念に、名前を覚えてください。私はアカイと言います』

「黙れアカイめっ! 慣れ慣れしい!」


 反抗的ながら、かわいげがある。


『私があなたを離しても、自殺しませんね?』


 赤井は注意深く彼女の体を解放した。

 彼女は後ずさるが、刃物を拾おうとはしない。

 赤井は神杖を握り締め、通電した。

 電力は十分、バチバチと音をたてる。さらに彼の神体にも紫電のオーラを纏う。

 コンストラクトモードは十二枠に増えた。

 キララの信頼によって傷が癒え痛みが和らぎ、神通力が溢れ出す。


”久しぶりだ、この感じ。皆が預けた信頼の力に私の体が包まれているよ。キララの信頼の力がこれほど強ければ、物理結界、心理結界も作れそう”


”ありがとう。君が私を信じてくれる代わりに、私が君たちを救う”


 そう意気込んではみたものの……カドミウム中毒は基本的に治せない。

 金属精錬を止めて精錬所からの煤煙を断ち土壌や水を浄化して被害を食い止めることはできるが、中毒になった素民を癒すのは、万能薬がないと難しい。

 カドミウム(元素番号48)は金属精錬に伴って排出される重金属だ。

 人体には蓄積性を持ち広範な症状を呈する。

 慢性的には腹痛、下痢、嘔吐、発熱、肺疾患、腎機能障害、発がんなど……だから見立てが困難だった。


 カドミウムは一度人体に入ったら、体外には容易に出てゆかない。

 急性中毒だとキレート剤(金属を吸着する薬剤ね)を使った治療法が適応可能だが、慢性にはこれといった決め手がない。


”ステロイド投与や金属と結合するタンパクメタロチオネインを誘導する薬剤を投与し解毒すっか、メタロチオネインは高発現させると発がん性もあるから加減が難しいな……対症療法であって根本的な治療法ではないし”


 つまり効果的な治療法はないのだ。

 ブリリアントの悪役演出が鬼畜すぎだ。

 この世界では、不幸なことにブリリアントは邪心の塊のようにされているに違いない。

 素民の痛みを知らず、救いの手を差し伸べない悪の構築士に成り果てている。

 もっとも、それが彼の仕事なのだ。


『それが汝の答えか蘇芳! ……ならば我が直々に、神罰下すまで』


 ブリリアントは声が怒りに震え迫真の演技だ。

 一応、赤井がキララと遣り取りをする間、闘いを仕掛けずに待ってはいてくれたようだ。

 しかし演技と高をくくってると痛い目を見る。

 構築士だと思わず、敵意剥き出しの邪悪な天空神だと考えなければならない。


 ブリリアントは正面の城壁を蹴って飛翔し、赤井の頭上を大きく弧を描いて飛び越え、湖の上で止まった。

 湖上三十メートルほどを静かに滞空し、くるりと振り向く。

 飛翔の姿勢がきれいだ、と赤井は思った。

 空中なのにピタリと静止できている。

 赤井の飛翔はヘロヘロでへっぴり腰だった。


”乙種とはいえさすがベテラン構築士。私の知らないスキルも色々持ってそうだな。ところで私、先輩に勝てるんだろうか”

 

 ブリリアントは黒いコスチュームの下からすらりと、テニスボール大の紫に輝く宝玉を出した。

 赤井はそれが何か、見当もつかない。


”なんか紫の球が光ってる。長寿命で明るいと好評のLED電球の五倍くらい光ってる!”

 

「天空神様、それはっ!! それだけはおやめくださいっ!」


 キララはそれが何かを知っている様子だ。


”あの紫の球って相当ヤバイものなの? アナライズをかけても情報出ない。やべーな、何よあれ”


 とりあえず赤井は避難誘導にうつる。


『全ての民を城門の内に避難させ、門を閉ざしてください!』


 神と魔の最終決戦ここで始めるつもりだとしたら、よそでやりましょう、と赤井は叫びたい。

 それが聞き入れてもらえないなら、湖上で戦うしかない。

 地上でやるより随分ましだ。

 衝撃波や電撃、火炎やその他は水面が衝撃を吸収してくれる。

 ブリリアントもそのつもりだと助かるのだが……。

 赤井はアセチレンの神炎の障壁を解除し、病人たちを解放する。

 兵士たちはわれ先にと逃げて、周囲にいなかった。


『あなたがたも早く逃げて! できるだけ遠くへ』


 彼らも大慌てで、兵士たちとともに走り去ってゆく。

 赤井は神杖を手に地を蹴り空に舞い上がる、湖面上にブリリアントとは百メートルほど距離をとって対峙した。

 へっぴり腰なのは言うまでもない。


「神様――! がんばって! まけないで!」


 ナオが赤井を呼んでいた。


『危ないから早く逃げて!』


 ナオはまだ何か言いかけていたが、父親に抱き上げられ、連れられていった。

 これで全員避難……かと思いきや、キララが残っていた!


『キララさんも城の中に入ってください!』

「何を言う、余は残るぞ!」

『あなたは私の生贄なんですから言うことを聞きなさい!』


 振り返って叫んでいると、ブリリアントは勿体ぶった様子で紫の光球を湖に投げ入れている。

 直後、水面に大きな水しぶきが上がる。

 投げ入れたのは小さな球だったが、水飛沫が大きすぎだ。

 球が沈んだあたりは沸き立ったようにブクブクと大きな泡が底面から浮かんでくる。

 そしてもう一度、数メートルの水冠が上がった。

 滝を逆さにひっくり返したような水壁となって。


”うそだろ……湖の水面が段々と上昇してきてる?”


 湖面が毎秒数十センチのスピードで上昇をはじめて、物理的に考えれば溢れる。

 グランダを洪水にして自国民を流す気のようだ。


”ってまさかノア先輩の洪水のオマージュですか!? しかもこれ溢れたら対岸の私の民の集落も水没――――!”


”ぬわあああああああ! やめてえええええ!!!”


 避難用の箱舟を作っていなかったのは、言うまでもない。

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