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第2章 第10話 What she fears◆

 あっという間に集ってきた夜警の兵士たちに囲まれ、じりじりと間合いを詰められる。

 赤井は傍にナオとナオの父親と女性を寄せて庇いつつ、凛と彼らを見据え睨みあいが続く。

 赤井も一歩も譲らず、彼らは仕掛けてこようとしない。


 兵士らは邪神との直接対決に怖気づいている。

 赤井が持てる全ては異国の民の十人分の信頼の力。

 そしてひしひしと感じるのは、未だ半信半疑のまま預けられた彼らの命の重み。


”原点にかえろう”


 彼らの祈りと願いによって赤井の神体に生じた神通力は、大まかに熱力学変換できる。

 一人何ジュールなのかはわからない。

 個人差もあろう。

 しかしエネルギー量は明確だ。

 十人分の信頼の力で赤井ができることは少ない。


 神通力をいかに扱い彼らを守り、抜刀した兵士らを懐柔すべきか。

 戦いはできるだけ回避したかった。


 まず一年前まで赤井のお気に入りだった二層の神聖結界。

 つまり物理結界と心理結界はエネルギー不足で展開できない。

 それは常に潤沢な四百人分の信頼の力があってこその神業だ。


 電撃は一瞬で周囲の兵士たちを感電せしめ、安全に意識を飛ばし、誰も殺さなくて済む平和的解決法であるが、エネルギーが勿体ない。

 電撃一発ごとに最低でも1GJギガジュールの神通力をすり減らす。

 一般的な落雷が1.5GJ程度、節約しての電撃でも一発1Gは絶対いきそうだ。

 と赤井は悩む。

 二発も落としたら十人分の神通力などすぐ底を尽く。

 そのうえ敵味方の別なく感電するので、折角赤井を信頼してくれた素民たちから顰蹙ものだ。

 そこでスオウやほかの兵士らが出てきたら一巻の終わりだ。


 肉弾戦は却下。

 素民を赤井の腕力で殴るのは危険だ、力加減を間違えてはいけないからだ。

 構築士は素民を殺生してはいけない。

 彼は人差し指をすっと掲げ天を示すとそのまま頭上で大きく円を二周分描く。


 ゴッ! と熱波と眩く白い光条が闇の中に迸る。

 周囲にいた兵士たちは風圧によって吹き飛ばされた。


 赤井とナオと父、そして女性の周囲に、ループ状の半径八メートル、高さ五メートルの青白い障壁がひとつ出現する。

 兵士らに捕縛され一か所に集められていた病人たちの周囲にも炎のバリアができた。


「うわあああ!! 邪神が炎を出した―――!!」

「何だこれは! 白い炎だ――――!」


 兵士らは上へ下への慌てようだ。よほど驚いたのか、整然としていた隊列が大きく乱れる。


「油断するな!」


 赤井が選んだのは火炎。熱エネルギーだった。


 燃焼熱は1GJ以上、電撃とエネルギー消費量が変わらないと思われがちだが、燃料を通常構築で創り、着火さえすれば神通力はいらないのだ。

 彼は点火のため最小着火エネルギー、10 mJミリジュールを削ったにすぎない。


 頭に血が上った兵士の一人が狙いすまして鋭い刃の大剣を赤井に投げつけた。


”強行突破かよ! その手があったかよ”


 しかし赤井の火炎は普通の火炎ではない。青白い炎である。


”青白いからって温度低そうだなーなんて思ったんだろうけど”


 青白い炎は断然温度が高いのだ。

 しかも神通力を帯びたそれである。

 炎の壁を通った瞬間に剣は泡立ち、黒煙を纏い溶けて真っ赤に焼けた金属塊になる。

 赤井の火炎は完全無欠の炎の盾となる。

 何を投げようが炎の障壁をくぐったものは、原型をとどめはしない。


『これ、もらいますよ』


 ナオの近くに転がってきた燃え盛る金属塊を素手でつかみ、にぎにぎと粘土のように握りしめる。

 熱いはずだが赤井の出した神炎なので、赤井は火傷しない。

 ちなみに雷も同じだった。

 赤井は神雷には感電しない。

 赤井的には普通の雷と一体何が違うんだと納得がいかないが、そういうシステムなので仕方がない。


「うわあああ、何やってるんだ――!」

「お前がいらんことをしたから!」


 兵士側からすれば大失敗だ。迂闊に剣を投げた兵士は責め立てられている。

 邪神にまずい得物を渡したことになる。

 赤井は握りつつ再構築をかけてゆく。

 還元して神通力を通し、強度上げながら、硬度もあげてゆく。


「水だああ! 貯水甕の水持ってこい――!」

「邪神が何か企んでいるぞ! 早く炎の壁を破れ――!!」


 障壁の中に攻撃が届かないとなると火事には水で消火、と兵士たちは考えたようだ。

 大人一人分の背丈ほどの黒々とした水甕が運ばれてきた。

 城壁の外で雨水を貯めていた防火用貯水甕だ。

 赤井はそれを、グランダ民は防災意識が高いんだなーと上から感心して見ていたものである。

 三個ほど運ばれてきた。木の台車で運ばれてきた。


”台車まであるのかよすげー。コロの部分は木でできてるのか、グランダ進んでるなー”


 などと赤井は更に感心する。


「神様……こわいよう……火が消えちゃうよう!」


 ナオが赤井の腰のあたりに顔を埋めながら怯えていた。

 あれだけの水量があれば、普通は消火してしまうだろう。


『怖がらずよく見ていてください』


 彼がそう言うと、ナオは恐る恐る振り向いた。

 大きな桶で水を汲み、兵士数人がかりで神炎の壁に力任せに浴びせかける。

 炎の中に大量の水が……と思いきや、白い蒸気が夜空に立ち上るだけ。

 月夜に湯けむりの上がる情緒は、見ようによってはのどかだ。


『見てナオさん、虹ですよ』


 白い蒸気をスクリーンに、赤井の神通力と炎が虹をつくる。


「わぁ……」


 兵士らも癒されて剣をおさめてくれる……ことも僅かに期待したがそうは問屋がおろさなかった。


「手を休めるな! 浴びせかけろ!」


 とはいえ、神炎は神通力が果てるか、消えろと念じるまで消えない。

 無駄な努力に終わるだけだ。


『神が点した炎を、人が消すことはできません。よって……』


 いったん区切って接続詞使うのは演出のためだ。

 赤井も効果的なセリフ回しを狙うようになってしまった。


『この守りは絶対です』


 彼の演出効果もあって、それまで半信半疑、六十パーセント程度だった十人分の信頼の力が、赤井の奇蹟を目の当たりにしたことによって強まり百パーセントへ到達する。


”ありがとう皆、皆のおかげでますますみなぎってきたよ”


 炎の障壁を前衛に、赤井は身を守るための武器を製作する。

 武器というか防具だ。神様の持ち物といえば杖と相場が決まっている。

 再構築で柔らかくなった金属を縦に伸ばす。そば打ち職人のようにびょーんと伸ばした金属棒の端を握り、さらに大きく円を描いて遠心力で伸ばす。それを二つ折にして冷やして身の丈ほどの杖ができた。


『ここから動かないでくださいね』


 腰にしがみついて人間腰巾着化してるナオを優しく引き剥がし、神炎に焼かれながら障壁の外に出る。焼けているように見えるが、神炎の壁を通り抜けても彼は燃えない。


「出てきたぞ! とっ! 突撃だ――!!」


 兵士の一人が特攻をしてきた。

 屈強そうな身体をした大柄な男だ、単身の突撃。

 よほど腕に自信があるとみえる。ワッペンをつけ帽子かぶった隊長のような男だ。

 しかし気合もむなしく、障壁に近付くと炎が服に引火して火ダルマとなった。


「あぎゃ―――!!」


 彼はUターンダッシュで水甕の中に飛び込んだ。

 大きな水しぶきが上がる。

 火傷はしていないかと赤井が心配していると。

 飛び込んだ兵士がず水甕から顔を出し、ぴゅーっと水を吹いた。

 漫画みたいだ、と赤井は思う。


「ジェロム隊長――っ!」


 今ので分かった筈だ。

 赤井は燃えないが、人間は酸素アセチレン炎の火炎障壁内に踏み込んではならないと。


 アセチレンガスはHC≡CH、三重結合を持っているアルキン。

 IUPAC名でエチン(Ethyne)。

 三重結合を持つ炭素化合物には全て「-yne」という名前がつく決まりで、溶接用ガスバーナーの燃料だ。

 構築で大量にアセチレンガスを創ると大爆発をするので、赤井はそのあたりも考慮して爆発濃度(2.5 vol%)に達しないように毎秒ごとの生成量と生成領域を厳密にループ状に設定している。

 それで素民たちからは神炎の障壁に見え、持続的な燃焼になっている。


 通常構築は十人分の神通力の状態だと同時に三種類までかけられる。

 「アセチレン生成」と「大気含有酸素の抽出」で二枠使って、残りはあと一枠。

 炎には酸化炎と還元炎があり、酸素によく触れている酸化炎の方が温度が高く、白か青みがかってる。炭素系の物体を燃やして生じる酸化炎はせいぜい八百度から千度。


 これに対し酸素アセチレン炎は三千度。

 そして炎壁の周囲に燃焼圏、つまり酸素シールド作って燃やしていた。

 大気中の酸素を束にして集めている。

 障壁の内部にいる素民はエアシールドとなり、熱を感じていない。

 赤井も色々と頭を使いながら構築しているのだ。


『彼らに手出しは無用のこと。そして最初に言っておきますが、私はあなた方を傷つけません』


 どうせ武勲の一つにもならないだろう、と赤井は付け加える。


『ですが私は決して負けません。それを心得たうえで、勇気あるものはかかってきなさい』

「ほざけ邪神がっ! 一斉攻撃だー!」


 雄たけびを上げながら一斉攻撃の号令がでた。

 兵士たちが押し寄せてくる。

 軍靴の地鳴りがする。

 怒号が響き渡り、圧倒的多数で。

 赤井は杖に電流を通じ、最初に突撃してきた一番槍、剣を上段から振り下ろしてきた兵士の人の剣にちょいと触れる。


「ぎゃああああ!!」


 一番乗りの兵士はスパークし大電流に感電。

 痛みは殆ど感じてないはずだ。傷つけないと約束したが、倒さないとは約束していない。


「何だ! 今のは?!」


 驚き戸惑う彼らに、赤井は杖を長く持ち、円を描くようにさらりとターンして彼らの無防備な腹部を優しく薙いでゆく。

 すると兵士たちは感電して崩れ落ち人垣をつくる。

 剣と杖が触れ合った瞬間に勝負は決まる。

 赤井の身体も帯電しているので、触れても感電するだけだった。

 暫くすると、兵士たちも闇雲には襲い掛かってこなくなった。


「何が起こっているんだ!」

「邪神は何をしているんだ! 触れただけで殺されるぞー!」

『殺していませんよ、倒れた人をよく見てください』


 人聞きの悪い、と赤井は閉口する。兵士たちが確認すると、


「確かに、息はある!」

『そうでしょう』


 ほっと胸をなでおろす赤井だった。

 アガルタの神が素民を殺生しては大問題だ。

 そろそろ片付けるか、と赤井は杖を空にかざす。


「なっ! 剣が吸い寄せられて……」


 彼の杖は金属の剣や武器を絡め取る。

 一見直線の棒に見えるそれは、物性的に磁性を帯びやすいよう鉄棒を二つ折りにして繋げてループ状になっているのだ。

 杖の中心に直線状の空洞があり、大電流を金属に流し込むと磁性を帯び、金属が吸いつけられる。

 一本ずつ空中で受け取り足で踏みつけて獲物を奪う。トリモチのように。


 武器を失い戦意を喪失し後ずさる、残り十名ほどの兵士たち……。

 打つ手なし、そんな状況にもみえたとき。


 抉るように放たれた殺気に、赤井は貫かれそうだった。

 背後、真裏から炎槍が飛んできた。赤井は大きく跳び下がるとともに神杖で叩き落とす。


”やべーよ串刺しになって燃えるところだったよ。普通の炎では私燃えちゃうからね。焼き鳥状態になる。焼き鳥食べたいけどそれどこじゃない”


 このスピード、この火力……人間業ではない。

 ということは


「遂に蘇りおったか……赤き邪神めが!」


 ゴウンと重い城門があき、数十名の臣下とともに黒衣を纏ったスオウが姿を見せた。

 彼女は裾の長い黒いフード付きコートを着て、全身に数珠のようなアクセサリーをつけている。

 戦闘服ではない。夜警の兵士たちに呼ばれたようだ。


 スオウは迷いのない足取りで、赤井にずんずんと接近する。

 真っ赤に燃え盛る一振りの片手剣を携えて。

 赤井は両手を下ろし、彼女を待ち受ける。彼女は遂に赤井の前に立った。

 その距離、僅かに二メートル。

 近い。

 互いの間合いに完全に入っている。

 だが彼女はいきなり襲いかかろうとはしない。

 それが無駄だとわかっているからだ。

 強いまなざしで見据える。

 青い、美しい彼女の瞳が赤い瞳を射抜く。


 彼女は一年前と比べ、少し大人っぽく美しくなったと赤井は思う。

 しかし、随分痩せたようだ。目の下に目立つ濃いクマが、体調の悪さを物語っていた。


『キララさん』


 赤井の呼びかけに、彼女は眉根を寄せた。


「何だと……余はスオウだ」


 間合いが近いので、赤井は彼女の心が読めるのだ。

 彼女の本名はキララだ。

 炎を纏った細身の剣を固く握りしめ、まだ斬りかかってこない。


『あなたの神は、あなたを救ってはくれないのですか』


 天空神ギメノグレアヌス・ハリエルマ・ガルカトス・イルベラ・ラクエマンティス。

 彼はグランダの民を救わないのか。

 赤井が尋ねると、彼女の顔色が変わった。


”キララ。どうか気付いてくれ、それはただのまやかしなんだ。人に痛みを押し付ける神なんて馬鹿げてる、それは紛いものだ”


 彼女の凝り固まった信仰心の存在を、赤井は複雑な思いでさぐっていた。


『あなたは対象を強く呪うことによって巫力を発揮できるようです。しかし呪うたび、あなたの心が傷ついてゆくのがわかります。この一年。あなたは随分辛い思いをしていましたね』


 彼女が笑顔を忘れてしまったのはいつからだろう。

 もうずっと、彼女は笑っていないのだ。


 紛いものの天空神をこそ唯一神と仰ぎ、物心ついた幼い頃から邪神を滅ぼすべく修練を積まされ、憎しみと怒りを力に変える修業。

 壮絶なものだったようだ。

 彼女の心と身体が傷ついても傷ついても、周囲や彼女の一族は彼女に過剰な期待をかけ苦痛を強いた。壊れてゆく彼女の心をかえりみず、それと引き換えに彼女は強い巫力を得て、民の信頼を得て国を治める巫女王となった。

 彼女は彼女の心を映すように、石造りの強い国を創り、城門を堅く閉ざした。


 彼女の心を閉ざして。


 そして今。

 彼女は、再び蘇った伝説の邪神の前に立っている。

 彼女の心を満たすのは、純然たる恐怖と絶望だ。

 彼女は心の底から、赤井に怯えている。

 彼女が退くことはできない。

 彼女は邪神を退ける一族の末裔だから。

 役割を果たさなければならない。

 どれほど怖くて、彼女の心が震えていても。


『もう、これ以上傷つかないでください。あなたのことは、私が救います』

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