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第2章 第9話 Whereabouts of white flowers◆

 赤井が懸念したように、大声を出したからといって兵士がすぐさま駆けつけてくることはなかった。

 というのは、兵士が見回りを怠っているからだ。

 薬師の話によると、兵士も家に病気の妻と子供を抱えている。

 夜警を抜け出し、家に帰って看病している者も多いのだとか。


 話を聞くとさすがに赤井も同情を禁じ得ない。

 今すぐ助けたい、と心ははやる。

 嫌がられなければ祝福を与えたい、それで大抵は癒えるのだ。

 一刻も早く、対策を打たねばなるまい。

 こうしている間にも犠牲者は増えている、とのことだ。


『詳しく教えてください。その病を患っている人はどれだけいて、どんな症状を訴えていますか』

「お傍でお話します」


 城壁に梯子をかけ、ナオの父が登ってこようとした。素民たちが梯子を下支えしている。


『ここに来てはいけません。あなたが咎めを受けます』

「妻を助けていただいたのです、私はどうなろうと構いません。神様、いま降ろして差し上げます。なにとぞ、私たちの非礼をお許しください」


 もう仕方ないから降りようか、と赤井は腹をくくる。

 どのみち明日には降りるつもりだったが、「降りてください」「降りません」と押し問答をしていては余計に目立つ。

 スオウ対策をしてから降りたかったが、追い返すのも気の毒である。

 邪神を解放している現場を見られようものならスオウからの処罰は必至という状況で、勇気を出してここまで来た心意気は赤井も素直に嬉しい。


「神様、今からあなたの体に刺さっている杭を抜いていきます。痛むかとは思いますが、こらえてください」


 赤井はレプリカの杭ならば自分で抜けるのだが、ここは任せることにした。

 ナオの父はレプリカの杭に手をかけ、一本ずつ引き抜いてゆく。

 一本引き抜くたび血が溢れ、尋常なく痛い。


”……何で捩じったような抜き方するの、もっと優しくやって……”


 赤井が無駄に腕力があるので、レプリカを壁にめりこむように深く刺していたせいで難儀しているのだ。

 非力な人間が素手で無理に抜こうとすると、変に力がかかって大流血する。


”まあでも、人に抜いてもらうことに意味があるのかな”


 過ちを認め、長きにわたり憎しみ虐げていた神を、人間の手で解放することに。

 神から一方的に与えられる救いではなく、人間が強く救いを求めることに。

 そのために勇気を持って行動する。

 そこにはきっと意義がある……というわけで耐える。


「長い間、神様をこんな場所で苦しめ続けて、私たちは許されないことをしました。それに私たちの無知によって邪神の汚名を着せてしまい……」


 事情は大体把握していたので恨みにも思っていないが、赤井は激痛のなか、彼の謝罪を黙って聞き入れていた。


”そういやナオって、何でここまで登ってきたんだっけ?”


 興味本位でわざわざ梯子まで手作りして登ってこないだろうに、思いつきにしても本気すぎる。

 赤井がそんな疑問を抱いていると……


「数日前、娘が森で大きな獣に乗った見知らぬ若い女に会ったというのです。その女は、見慣れぬ衣を着て、夜に輝く白い花を使えば私たちの病を癒せるかもしれないと言ったそうです」


”夜に輝く白い花だって?”

 

 心当たりがある。

 メグが育てていた、抗菌・抗ウイルス作用を持つ花だ。 

 湖の対岸に群生しているあれだ……ほら夜でもああやって光ってるしと、赤井が遠い目をして心当たりのある方角を見やると……。

 なかった。

 それは全部刈られ、ぽっかりとその区画だけ消えていた。

 薬花畑から白い花がなくなっていた。


”私、今日どうして気づかなかったんだ。きちんと見てなかったよ。他の色は全部あるのに、白だけなくなってるだなんて。今日の昼に刈ったのか? こらまた大規模に刈ったもんだ”


『その女性は、黄色と紫の衣を着ていませんでしたか?』


 トレンドが変わってたらあれだが、一年前まで集落の女子はこぞってそれを着ていた。

 サイケデリックな配色がバカウケだったのだ。

 まさか集落の誰かがグランダ付近まで遊びに来てたということはないだろうな、と赤井は疑う。


「そうです! まさに。黄色と紫の縦じまの衣で! 毛のない獣に乗っていました」

”あー……黄色と紫のしましまのやつか。縦じまの、トレンディなやつだ”


 確定だった。

 赤井の集落の誰かだ。

 遠出し過ぎだろ、と赤井は嘆く。

 直線距離は10km程度でも、湖のほとりを通ればかなりの距離だった筈だ。


”マイカー、いやマイ獣に乗ってドライブがてらツーリングに来ちゃった人って誰?”


「その女性がいた場所には、赤い髪と瞳をした温厚な神様が住んでいたと言っていました。ですが、暫く前に急にいなくなってしまったと。そしてその神様が民に授けて薬になる白い花を、病に苦しむグランダの民にいきわたるように揃えて、必ず届けにくると言っていたのだそうです」


 素民のボランティア精神が旺盛すぎるのも困りものだ。

 赤井がスオウの気をひいて集落への侵攻を食い止めていたつもりが、集落の素民がうっかりこちらに来てしまっては台無しになりかねない。


「そして、その女性が言った、”よい神様が失踪した時期”と、あなたがここに来た時期がどうやら一致していたようなのです。もしかしてと希望を持って、梯子をかけて登ってきたら……という訳です」

”そうだったの? ナオって邪神フェチとか肝試しで登ってきたんじゃなかったんだ”


 赤井の集落の素民の話を聞いたナオは、白い花が届くのも待ちきれずに梯子作って登ってきたというわけだ。

 白い花を待ちきれないほど、母の病状も危篤に近かったから。


「あなたがその”よい神様”だと、ナオは言うのですが……あなたがその神様ですね?」


 至近距離、息がかかりそうなほどの距離で、ナオの父は赤井を見つめていた。

 肯定するまで腹の剛剣を抜こうとしないのは賢明だといえる。 

 邪神を解放というこれ以上ないほどの大リスクを冒す前に、彼も確証が欲しいのだ。

 赤井は穏やかに答えた。


『私があなたがたにとってよい神なのか悪い神なのか、私にはわかりません。ですが一年前まで、紫と黄色の服を好んで着る民のいる集落で彼らと共に暮らしていたことは事実です。彼女の容姿が詳しく分かりますか?』


「黒髪に黒い瞳の、若い女だったそうです」


 黒髪に黒瞳というとなかなか珍しい。

 日本人顔をしていたのはメグとマチ(メグの母)だけだ。

 マチは遠出するような性格ではないし、何より獣が苦手だった。

 というわけでメグだな、と赤井はアタリをつける。


”てことはなに、メグが白い花を収穫していまからグランダに持ってこようとしてるってこと? 今日収穫したってことは、明日荷物用意して出発ってとこか。今頃きゃっきゃと弁当作ってる頃? 絶対、ロイも来るだろう。あの子力持ちだし神通力持ってるから警護的な役割で”


 メグだけに花の運搬を任せるということはないだろう。


”やべえ……超やべえ。対処法間違えたらうちの集落全員即死だ。メグの慈善と奉仕の精神が集落を壊滅に追いやってしまうよ。それにメグ、君は見通しが甘い。私も君と同じように十中八九グランダの流行り病って感染症だと思うけど、感染症確定ってわけじゃない。他にも色々あるからな、皆がバタバタと死んでゆく病気”


 あとで死亡者ログで遺伝子発現から死因を特定すれば原因は分かるかもしれないが。

 「絶対これで効くから飲んでみて!」などと適当に目星をつけて意気揚々と白い花をスオウに献上して、効きませんでしたでは済まない……。

 偽薬で民心をたぶらかしたということで、これまた処刑は必至だ。

 さらにメグたちの集落も場所を特定され、攻め込まれる危険性もはらんでいる。


 スオウは邪神を恐れず、問答無用で串刺しにして城壁に野ざらしにするような非情な女王なのだ。

 しかも白い薬花をあれだけ大規模に刈った以上、二人では運びきれず、集落の素民たち何名かでやって来る可能性もある。


 そんな状態でグランダ入り。

 

 ……民が未知の病気で死にゆく最悪の状況で、スオウは天空神への祈祷の効果もなく気がたっている。


”今朝、集落にいつもの煙が上がらなかったら……。皆でそっち出発して白い花をわんさかお届けにやってきてるってことだよね? 交通手段何で来るんだろ。まさかそのデカい獣に乗ってきたら……うちの集落で人が乗れるほどの獣って絶対エドってやつだと思うけど、そいつ超速いから半日で到着しそう。ピクニックがてら皆で徒歩できてよ! そしたら君らが来る前に私が何とかする。そんな遠くから皆で花キューピッドしなくていいよ!” 


 呑気に磔になっている場合ではなかった。


『彼女はメグという名です』


 赤井は符丁を合わせる。

 彼女の名を知っていることは、彼が彼らと暮らした証となる。


「ナオは彼女の名がメグだったと言っていました。間違いありません。あなたはよい神様です、どうかお許しください、私たちはあなたがよい神様だと知らなかったのです」


 ナオの父は涙を流しながら、最後に残された剛剣を抜くべく柄に手をかけた。

その時……。


「こらそこ――! 何をしてる――!」


 突如として現れた数人の兵士が、片手剣を振りかざし突進してくる。


「逃げろー!!」


 下で見ていた素民たちは一目散に逃げようとするも、そうはさせじと兵士が走りながら角笛を吹く。

 大勢の夜警の兵士団が剣を抜き全力疾走で集まってきた。

 斬りかかる気だ! 足の遅いナオと痩せた女性が二人の兵士に最初に捕まった。


”……もう全員捕まったの? そんな全力疾走で病人が逃げられるわけない。全力疾走できるなら病人じゃないし”


 この展開はまずい。


 梯子の下にも兵士が湧き出るように集まり、梯子の上のナオの父ごと梯子を倒しはじめた。 

 ナオの父はバランスを崩し、梯子に乗ったままぐらりと傾いてゆく。

 悲鳴を上げる彼に、赤井は慌てて既に自由になった両腕で彼を抱きかかえた。

 その瞬間、梯子は大きく押し倒され、赤井の腕にしがみついて一命を取りとめる。


「何を企んでいた! 言えっ! 邪神を解放しようとしていたな!」

「びええええ! ごめんなざいいい!」


 下ではナオが首裏に剣を突き付けられ号泣している。

女性は細い体を容赦なく蹴り倒され、後ろ手にされ歯を食いしばっている。


「異端者め! 生かしてはおけん!」

「殺せ、邪教徒は死刑と決まっている」


 二人の兵士がすらりと片手剣を抜く。

 月夜を受け輝く白刃が、今にも振り下ろされようとしていた。

 自国民をも躊躇なく殺すようだ。


「ナオ――――!」


 赤井の腕の中にいる父が両手で空をかきながら愛娘のピンチに半狂乱だ。

 そこで赤井は呪いの剣の柄を逆手に握り、腹部から鈍い音をさせつつ抜き出す。

 堰き止められていた血流が再還流。

 出口へと噴き出す。

 大出血で白衣は真っ赤に染まり、見た目は完全に凶悪な邪神のようだ。

 そして無言で我慢してはいるが、痛いなどというものではない。

 それでも信頼の力が若干増えて、多少は相殺されている。


『しっかり掴まっていてください』


 短く忠告し、彼は剣を抜き遂げると、城壁を蹴って飛翔態勢に入る。

 ブランクがあって墜落するかと思いきや、辛うじて飛べた。

 手首のスナップきかせ剛剣を軽く下へ放り投げる。

 空を切り回転しながら飛んで行った剛剣が、ナオと女性の首をまさに落とそうとしていた二人の兵士の頸椎へ同時に命中した。

 急所を狙い、彼らの意識を確実にかつ安全に落とす。

 ありったけの神通力も込めたので、暫く起きられないだろう。


「誰だ!?」


 残りの兵士たちが一斉に空を見上げた。


”誰だっチミは! ってか?!”


『如何なる理由があろうと、人間が人間の命を奪ってはなりません』


 一陣の風が吹き通る。

 夜空高くから舞い降り、後光を纏い光を満たせ。

 群れ集う兵士たちはただ愕然と、剣を向けることも退くこともできず眩さゆえに目を細め、震えながら神威を見上げ……。


「じ、邪神の降臨だあああああ!!」

「邪神の封印が解けたああああああ! うわああ―――!」

「うわああ―――! ス、スオウ様をお呼びしろ――!」

 

 第二十七管区の甲種一級構築士、


『私は赤井といいます、邪神ではなくただの神です』


 兵士の頭をひらりと飛び越え静かに地に降り立つと、抱えていた父を着地させ、ナオと女性を庇い前に出る。

 ナオは彼の腰にしがみつき肩を震わせていた。

 捕まった素民たちも、神の光臨に圧倒されているようだった。


”大丈夫、私はもう油断しないし負けない。君たちを守り抜く”


 視線を落とし二人の肩に手を添え、祝福を与え癒しの力を施すとともに、彼らの信頼を受け取る。

 呼吸をするように静かに受け渡しされる熱い波動……その手ごたえ。


『あなたがたの信頼と勇気に報います』


 たとえ女王、スオウが見捨てても見捨てない。

 信頼には報いるし、一人も見捨てはしない。

 それが敵国の民であっても同じことだ。

 こうなってはスオウとの再対決は避けられまいが、もはや赤井としては望むところである。


『願わくば、私を信じてください』


 十人分の信頼の力、彼は感謝とともにしかと受け取った。


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