HUC外伝1 With fluorescent flowers▼
ロイは私より年下の男の子。
お父さんもお母さんも兄妹もいない、一人ぼっちの子だった。
昔は小さくやせっぽちで、ロイは身寄りがないからいつも私たちの家族と一緒だった。でもやっぱり本当の家族じゃないから、ロイは私たちの家族に悪いと思ったのか、ロイは何かあるたびに遠慮してた。
たとえばわざと自分の分を少なくして、あまりたくさん食べ物を食べなかったり、かかさまにも甘えず寂しそうに一人でよく遊んだり。気を遣わなくていいのに、って私はいつもロイに言ったけど、ロイは賢いから、気を遣ってなんてないよ、って真顔で嘘ついてた。
ある日、草原に食べ物をさがしに行っていた私が、あかい眼と髪の毛をして、白い服を着た人を見つけた。それがあかいかみさま。空から落ちてきたんだって言ってた。落ちてきたんなら空に帰らないの? って聞いたら、飛べないんだって言って困った顔をしてた。
それからというもの、私はあかいかみさまが住む洞窟に毎日通った。
かみさまはすごく物知りで、なにもないところから何かを創り出せる、すごい力を持っていた。でも、誰かがかみさまを信じてあげないと力が出ないんだって。
強くて弱い、不思議な存在。
かみさまの体は温かい。抱いてもらうと色々な不安が消えて心が落ち着く感じ。私はかみさまに優しく抱いてもらうのが好きで、よくやってもらった。そのたび、私はかみさまに信頼の力を返していたみたい。それがかみさまの力の源なんだって。私たちは足りないものをお互いに補い合っていた。
私はかみさまに早く集落の皆と会ってもらいたかったけど、かみさまはあにさまが死ぬまで、皆に会ってくれなかった。
あにさまが死んだ日、私はかみさまのことが大嫌いになった。
だってかみさまは、あにさまを絶対に助けられたはずなんだ。
皆で集まって、もうかみさまのことは信用しないしあてにもしないって決めたけど、ロイだけはそれでいいのかって言ってた。だってその時には、皆のお腹がいたくなってきていたから。あにさまも最初お腹が痛いっていっていたから、すごく嫌な予感がした。
私たちにも死が近づいていると分かっていた。
あにさまと同じようになって、死んでしまうのは嫌だ。
……死ぬのは怖いって、ロイだけはそう言ってた。
ロイはひとりでかみさまのところに行って話をして、何故か果物を持って帰ってきて私たちに一個ずつ配った。私たちは何も気づかずに食べたけど、その中にはかみさまがつくったお薬が入っていたんだ。ロイとあかいかみさまのおかげでお腹痛いのが治って、その結果集落の全員が助かった。
ロイはそのとき、かみさまがあにさまを助けられなかった理由は、あにさまより強い痛みが流れていたからだ。と教えてくれた。
それを聞いて皆は、それじゃ仕方がなかったと思った。
だってあにさまは、痛くて痛くて体が動かなくなっていたから……かみさまも草原を歩けたわけがない。かみさまは何度も何度も私たちに謝ったから、仕方ないよと言ってあげた。でもそのことをずっと気にしていて、いつかもっと力をつけたらできることが増えて私たちをもっと助けられるかもしれないって言った。
そのために強くなりたいって。
私はもう一度、かみさまを信じようと思った。
そして私たちはあかいかみさまと、一緒に暮らしはじめるようになった。
ロイはかみさまのことを本当の家族のように思ってたみたい。かみさまになついて甘えて、嬉しそうだった。ロイがやっと心を許せる人ができて、私も嬉しかった。ロイは私と仲がよかったけど、あんなに嬉しそうな顔は見たことがなかった。
そのうち私たちはあかいかみさまから、勉強を教えてもらうことになった。私たちのかしこさは最初は同じだったけれど、ロイはみんなよりたくさん勉強して、そのうちあかいかみさまは、分からなくなって首をかしげている私たちよりロイにたくさん勉強を教えるようになった。
ロイはほんの少しずつ誰よりも多くの努力を繰り返しているうちに、集落の誰よりもかしこくなった。私は植物を育てたりするのが得意だったから、かみさまに農業を教えてもらった。他の皆も、それぞれ違うことをかみさまから教えてもらっていた。そしてそれぞれの得意分野ができた。
ロイはたくさん食べて体を鍛えて、昔のようにやせっぽちではなくなって大きくなった。やっぱり、ロイは昔、私たちに遠慮して食べ物をあまり食べなかったんだと分かった。
私たちが大人になるころには、集落は豊かになって人も増えてきた。
でも、それは突然のこと。
あかいかみさまが集落からいなくなった。
その日、ロイがあかいかみさまの衣を着て、かみさまの住んでいた洞窟から出てきた。
かみさまから集落のことを託されたって……。ロイはかみさまの神通力も受け継いで、勇敢にもエドの群れに一人でつっこんでいって、エドを雷で追い払った。その力を見て、これからはロイがいなくなったかみさまの代わりになるんだと、皆がそう思った。
皆はかみさまに置いて行かれたのが悲しくて、忘れられなくてたくさん泣いた。私も泣いたけど、なんとなく、いつかこんな日が来るような気がしてた。
なぜなら以前、私はかみさまと仲がよかったから、それが原因で皆に色々ひどいことを言われて辛くなって、あかいかみさまの洞窟に行って祝福してもらった。私が泣いていたから、あかいかみさまは私を元気づけようとして、見たこともない、暗闇の中で光を放つ花束をくれた。
かみさまの本当の名前を教えてもらったのは、そのときのこと。
私のことを信頼している証に、私だけに教えてあげるって。
かみさまの本当の名は、キッペイっていうんだって。
自分で名前をつけたのかって聞いたら、自分じゃなくて、かみさまが元いた世界にいるお父さんとお母さんにつけてもらったんだって。本当はかみさまはひとりじゃなくて、かみさまたちの世界に家族や友達がいたみたいだった。
空から落ちてきたかみさま。
突然皆から引きはがされて、空から落とされたのかな。昼間の空も夜空も、空を見上げるのが好きで、早く空が飛びたいといっていた。そんなに見上げて、空に帰りたいの? ってきいたら、いつか帰りたいって。
私は空に帰らないでほしいと思ったけれど、言えなかった。
だって、家族と離ればなれになってたら絶対に会いたいに決まってる。
私とかみさまが出会ったころ、かみさまは力が弱くて誰にも信頼されていなくて、空も飛べなかった。でも長い時間をかけて皆に信頼されて力をもらってかみさまは強くなって、その頃には高く空を飛べるようになっていた。
だからもう、もしかしたら
お別れのときが近づいているのかもしれないと思っていた。
かみさまのあとを任された今のロイは、集落の誰より賢くて強くて力がある。かみさまがロイを特別手をかけて育てて、ロイもかみさまの期待に応えようと努力したから。皆がロイを頼りにしはじめた。
ロイもかみさまのことが忘れられなくて最初はくじけそうだったみたいだけど、自分がしっかりしなきゃって皆をまとめはじめた。
ロイは何日も歩いて探して赤茶色の岩をとってきて、集落の外で金属っていうものを造り始めた。最初にできたものはボロボロになって壊れやすかったけど、ロイは工夫して、赤茶色の岩を溶かしたものと色んなものを混ぜて丈夫になるように試してた。
ロイは最初、神通力の炎を使っていたけれど、それじゃ神通力が勿体ないからって、木材を燃やした。でもすごくたくさんの木材を燃やさなければ赤茶色の岩を溶かすための熱がかからないって気づいて、また数日いなくなったかと思うと、今度は固くて真っ黒い石をごろごろと持って帰ってきた。
なんか六番目の元素が固まりになって崖に埋まってる場所を見つけたから削って持ってきたって言ってた。六番目の元素って言われても私たちにはさっぱり分からなかったけど、ロイが木の皮に描いていたかみさまの言葉を思い出しているみたいだった。
黒い石は火をつけると、真っ赤になってよく燃えた。私たちは何で石が燃えるのかわからなかった。ロイは、本当はこれを使わなくてもこれの二倍の熱量が出て、よく燃える黒い液体があるんだけど、と言っていた。ロイはそれが燃えることを確かめると、なぜか先に蒸し焼きの窯を造って、その黒い岩を蒸し焼きにした。
なんか十六番目の元素が邪魔なんだって。
もうロイがやっていることに、私たちの理解はついていけない。
蒸し焼きのあとの黒い岩は、少し薄い黒色になって穴がたくさんあいてパサパサになっていた。ロイはそれを細かく砕いて赤茶色の岩と混ぜて火を入れると、またパサパサの石は燃えはじめた。いい具合に反応したみたいで、丈夫な塊ができた。ロイは塊を持って、ほっとした顔をしていた。
そのあと、たまたま誰かがロイの蒸し焼き窯で木を蒸し焼きにした。すると、木はいつもの燃えカスみたいに白くならず、真っ黒になっていた。ロイはそれも同じ色をしているから六番目の元素かもしれないと気づいて、燃える石と同じようにやってみたら同じようにできた。
でもロイは、どこかの崖にたくさんあった、黒い燃える石を使うことにしたみたい。木は家の材料にもなるし、皆がたくさん使わなければならないから。だから木を全部切り倒して皆を困らせたくない、って言ってた。
ロイは賢い子だと思った。
次にロイは、エドが集落を襲ってこないよう、集落に沿って木で囲いを造ったほうがいいと言った。せっかくだから、エド以外の何が来てもいいように丈夫な囲いを造ろう、とも言っていた。皆はロイの意見は正しいと言って、私もロイの言うとおりだと思った。
「木を伐り出し、それを集落に沿って立てて集落をかこもう。神様が戻るまで、俺たちの集落を守るんだ」
もうエドに襲われたくないから、あんな怖い思いは二度としたくない。
皆の思いは一つになった。
ロイは先頭に立って伐採し、木を運んだ。とても重いけれど、ロイの体にはかみさまの力が宿っている。皆より多くの荷物を負うことができ、皆よりたくさんの距離を歩くことができた。
でもその力を与えられたときのことを聞くと、痛くて気絶しそうだったって言ってた。痛かったけど、我慢してもっともらっておけばよかったな、なんてロイは言っていたけど。ロイの痛みと引き換えに与えられた強い力のおかげで木はたくさん集まって、皆が感謝した。
何日もかけて集落の周囲に、立派な囲いをつくった。
皆で協力したから、皆とても仲がよくなって打ち解けあい、何でも話せるようになった。男の人たちが柵をつくっている間、集落では私たち女の人もロイたちのためにご飯を作って、それで私は他の女の人たちと仲よくなり、それからはもういじめられなくなった。
囲いはできたけど、でもまだロイはエドのことが心配だった。
するとヤスさんが、いつも狩りをするときに落とし穴を掘るのを利用して、それでさらに周りをかこってみたら安全じゃないかって思いついた。
皆とてもいい案だと思ったので、柵の外を落とし穴で囲った。
そしてエドはもう、今度こそ集落には入ってこれなくなった。私たちは時々落とし穴に落ちるエドをみつけて、弱るのを待って皆で食べた。誰も狩ったことがなかったから知らなかったけど、エドの肉は焼いて食べるととてもおいしかった。
ロイにばかりまかせっきりにしてられない。私も何か皆の為にしなければ、と焦る。
でも私にできることって、作物を作ることや、食べられる小さな動物の世話をして飼うぐらい。そういうことは皆もできるようになってきたし……どうしよう。私には取り柄がない。
悩んでたら、あることを思い出した。
私はそこで皆の邪魔にならないように小さな畑をつくり、ある種を植えてみた。種はやがて芽を出し、すくすく日光を浴びながら育って、見たことのない大きなつぼみがついた。そして私は夜、家を抜け出してこっそりと、畑に通ってつぼみの様子を見るようになった。
早く咲かないかな。
今日もまだかな?
つぼみはなかなか開いてくれなかった。
しゃがみこんで、じっとつぼみとがまんくらべ。
明日には咲くのかな、少しつぼみが緩んできてる。
この花は、きっと夜に咲くんだ……そう思ってた。長い時間つぼみを見てたら……。
「メグ、どうしたんだ。今日の昼間に、たっぷり水をやったばかりじゃないか。夜更かしをせずしっかり寝て明日にすればいい」
急に後ろから呼ばれて、背筋がひゃっとした。
夢中になってみてたから足音も聞こえなかったけど、私の背後にロイがいた。そっと近づいてきたみたい。ロイの体はかみさまからもらった神通力で少し光ってる。かみさまみたいだな……。私はじわっとくる熱いものをおさえて、明るく笑いかける。
「ロイも寝ないと、明日疲れちゃうよ」
私はロイのことも心配だった。だってロイはみんなのために、夜も見回りをしてくれてるみたいだから。ロイは神通力が使えるから、普通の人にとっては危険なことをすすんでやってくれる。これもその一つ、ロイは皆のことが心配なんだ……昔、あかいかみさまが皆を心配して守ってくれたように。
「俺は神様の力をもらってるから、あまり疲れないんだ」
「でもロイは人間だから、心は疲れてるよ? 頑張りすぎて心が疲れて、かみさまみたいにどこかに行っちゃったら……」
いなくなってしまったら、私は悲しくて今度こそどうすればいいのかわからない。
ロイがこの集落の中心になっているから、皆も絶対悲しむよ。そんな私の思いは、ロイに通じたみたいだ。
「ありがとう、心配してくれて。じゃあ俺はもう休む、メグも一緒に帰ろう」
ロイは見回り、私はつぼみの観察をやめて、それぞれの家に戻ることにした。
帰り道の途中で、ロイはあの花は何なのかって聞いてきた。きれいに咲くまでは誰にも内緒にしておくつもりだったけど、ロイにだったら私は何でも話せる。
あかいかみさまはロイに力を授けてくれたけど、私もかみさまからもらってるものがあったんだ。
「かみさまがね、私に夜になると輝く花をくれたんだ。かみさまが住んでいた洞窟の奥にはその花がたくさん植えてあるの。私は種を取って、そしてこっちに植えてる」
「知らなかった。洞窟の奥に何か広い場所があっただなんて」
ロイは知らなかった。そうだよ、わたしとかみさまの秘密だったから。
でもきっとかみさまは、この花をみんなのために使っていいって言ってくれるよ。
だから種を植えてみたんだ。
「その花は夜になると光って、とてもきれいなんだ。今はもう全部花が終わって実になってしまったけど。種を植えて、また咲けばいいなと思って」
そう、手入れをしてくれる人を失ったあの洞窟の奥の花園。花が全部枯れてしまっても、私は全ての種を取っていた。
「どんなふうに咲くんだ?」
ロイはわくわくしている。夜に光る花なんて、賢いロイにも全然想像がつかないよね。でも私はそれを見てる。本当にきれいで、天のお星さまのように輝くんだよ。早く見せてあげたいな。
「そのうち、咲くと思うから咲いたら一緒に見よう。夜になると咲くんだ……だから私は夜に畑を見に来てたの。そしてね……多分だけど、赤い花は、痛みを和らげてくれる」
あかいかみさまが私たちを癒してくれていたみたいに、痛みを取ってくれる花。
そうだと分かっていた。ロイはそれを聞いて歩みを止めた。
「何でそんなことがわかるんだ?」
「あかいかみさまは、その光る花が何かの薬にもなるって言ってた。それが何の薬なのか分からなくて。……だから一体どんな効き目を持っているのか、私が一つずつ調べていこうと思ってるんだ。私はかみさまからもらった全部の花を、花びらと茎と葉をそれぞれ分けて粉にして、種も色ごとに分けて持ってる。赤い花の効果だけはわかってるんだ」
「相変わらずすごいな、メグは!」
ロイが私をほめてくれた。そんなことないよ、何でもできるロイに比べたら私なんて全然だめだよ。って言いたかったけど、ロイが本当に驚いて感心してるみたいだったから、心からそう思ってくれてるんだ……だからありがとうって言っておいた。
ロイは賢いから先に頭で考えてから色々やってみるけど、全てが考えて分かるものばかりじゃない。例えば、この実は食べられるのかどうなのか、というような問題。それは誰かが食べてみないと分からない。最初に食べる人が必要なんだよ。考えて分かることばかりじゃない、やってみないと分からないこともある。
だから私は何でもやってみるつもりでいるけど、私は向こう見ずだから、
かみさまには心配されたことがある。
『メグさん、あなたがやってみようとすることがいつも安全であるとは限らないのですよ。よく考えて、行動をしてください』
だからかみさまが言いたかったことは
つまり、その実が毒だったら死ぬってこと。
でも他の人は、その実は食べちゃいけなかったんだって分かる。誰かの死と引き換えに得られたそれの情報は知識となって、ずっと後に受け継がれてゆくんだと思う。
かみさまはその花を薬だと言ってたから決して毒ではないと思うけれど、薬の効果を調べるのは、この花をもらった私の役目なんだ。私はそう思っていた。
私が私の体をつかってそれが何の薬なのか、全部調べてみよう。
もし何かを間違えて私が死んでしまったら、それをやっちゃいけないって皆がわかる。
でもすべての薬の効果がわかったら……ロイがいつか神通力を失っても、皆の病気を癒せるようになるから。やるだけの価値はあると思うんだ。
「昨日、たまたまコケてすりむいたから、何かわかるかと思って粉を傷口に塗ってみたの。そしたら、傷は治らなかったけど、痛みが嘘のようになくなった。私は赤い花を使ったけど、他にも青と白と黄色がある。だからもしそれらの中に傷や病気を癒すような効果を持つものがあったら、ロイは神通力を使って癒さなくてよくなる。そしたらロイの負担も減るかなって思って」
「それはとても重要なことだ。皆が助かる。でも他の花の効果を調べるには、絶対にメグの体をつかわずに俺の体をつかってやってくれ」
ロイは私の肩に両手をおいて、諭すように真剣にそう言った。
「大丈夫だよ、私が少しずつ調べるよ。気を付けてやるから」
「やめてくれ、メグ。俺は神通力がある、でもメグはただの人間なんだ。だから俺の体の方が、メグより丈夫だ。それに調べ方を間違えて死んでしまったら、お前のほかに誰がその薬の効果を調べて、上手に花を育てることができる?」
もしかしてロイは私の心、読めているのかな。
私がしようとしていることを全部見通してるみたい。ロイ、優しいな。
「でも、ロイは皆にとって必要だから」
「メグのことも必要だ。俺が必要なんだ」
ありがとう、ロイ。とても嬉しい、でも気持ちだけで十分だよ。私が全部調べるから。
そう言おうと思ったら……。
「できるかぎり俺の体を使って、あとは落とし穴に落ちたエドや他の動物にもそれを飲ませて試してみよう。傷薬なら動物の傷も治るはずだ。人間に効くなら、動物にだって効くに決まっている」
やっぱりロイは賢かった。他の動物を使う、その発想はなかった。
私たちが待ちに待ったその夜。
かみさまからもらって私が育てた赤い花のつぼみは、夕暮れ時からいっせいに咲き乱れ、月に向かってしゃんと茎を伸ばして精いっぱいの背伸びをした。闇夜に輝く、赤い光を放つ花が私の小さな畑一面に咲いた。
咲き誇った薬花を、ロイも一緒に見てくれて、すごく喜んでくれた。私も嬉しい……どうなるかと心配だったけど、ちゃんと花が咲いた。もうこの花は、私は次からも同じように咲かせられる。育てる方法は分かった、そして種を植えてから咲くまでの期間もわかった。
あとは他の花の薬の効果を一つずつ確かめるだけだ。
「あかいかみさま、お空から見てくれてるかな?」
私たちは天を仰いだ。
澄み切った夜空に、月が出ている。かみさまに花束をもらったあの日と同じ……月の光を受けて、輝く赤い花が夜風にそよそよと揺れている。ざわざわと風の音が聞こえた。
「いつかかえってきてくれるよ。この赤い光の目印を見つけて」
ロイはあかいかみさまにかえってきてほしいみたいだ。
でもロイは知らないけど、かみさまにはかえるべき場所とかえりを待っている家族がいる。かみさまはこの空の向こうにかえって、そして本当の家族や友達と出会えたのかな。あかいかみさまがひとりぼっちじゃなくなって、皆にあえて空の向こうにかえれたなら、私はそれでも嬉しい。
暗くて冷たい洞窟の中で暮らしていたあかいかみさま。私たちに隠れて、よく独り言を言っていた。独り言を言っているときは、私たちのことなど見えていないみたいだった。
たったひとりでこの世界に落ちてきて、本当は寂しいし心細いんだろうなっていつも思ってたから。
でもね……。ほんとは
「帰ってきてくれたらいいな」
私たちとかみさまを繋ぐ絆は、まだ赤い光でつながっている。
かみさまのいない季節を、残された私たちはしっかりと歩んでゆく。
ロイはエドに負けない、硬くて丈夫な”二十六番目”の金属の銛を造り、若い男の人たちに一本ずつあげていた。私は私の日々の仕事をこなしながら、薬の効果を自分で試したり、ロイに試してもらったり他の獣に試してもらったりして、少しずつ調べていた。たくさんのことを私たちの体を使って調べたけれど、私たちも動物たちもまだ誰も、死んでない。
誰も傷つけなかったかみさまの優しさを、ひしひしと感じている。
赤い花は痛み止め、これは最初からわかってた。とてもよく効く。
青い花を煎じて飲むと、熱がさがって息が楽になる。
黄色の花の効果はよくわからない。でもそれを煎じて飲んだ私は、なんだかずっと体の調子がいい。
白い花は、傷口が腫れたり膿が出たときや、お腹が痛くなったときに効く気がする。ロイは、これは私たちが最初にかかってかみさまに癒してもらった病気に効くやつなんじゃないかって言ってた。皆の間で広まってゆく病気にきくやつ。
私は赤い花と青い花をかけあわせたら痛みがとまって熱が下がる花になるのかと思ってやってみたら、赤と青と紫の花ができた。そして思った通り、紫の花は両方の効果を持っていた。その組み合わせでできた全部を数えてみたら、赤:紫:青=1:2:1に近い比率になっていた。何か法則があるのかもしれない。私とロイは数学が得意だったから、色々な数式をたてて考えながら、次の代の花が育つのを待っている。
私は紫の花の種をとった。
この大切な種を次につなげよう。
ある日、集落の堀にメスのエドの子供が落ちて骨が折れていたので、私はなんだか可哀そうになってこっそりと手当して育ててみた。隠そうと思っても、エドの子供はすぐに大きくなる。あっという間に私の背丈を追い越した。皆は怖がったけど、小さいときから育てたから大丈夫だった。ロイもいるし……。
私はそのエドの子に、アイって名前をつけた。
アイはもともとおとなしくて、私にも皆にもとてもなついてくれた。
アイがおとなしいので、アイを集落の中で飼ってもいいってことになって、私が責任をもって柵の中に入れて面倒をみはじめた。アイは体が大きくて、とても速く遠くまで走る。私はアイの背に乗って、遠くまで連れていってもらった。一人では危ないけれど、アイはエド。
鋭い爪を持ち、牙をもってるからたいていの動物はびっくりしてアイを見ると逃げていく。アイはおとなしくていい子なんだけど、そんなこと他の動物は知らない。
もっと遠くに行けば、もしかしたら新しい作物にできそうな植物があるかも。そう思って、私は新たな作物との出会いが楽しみでどんどん遠くまで出かけていった。
そして私はアイとともに、湖に沿って行動範囲を広げていった。
いくつかおいしい植物も発見して、ロイの興味のありそうな鉱物も見つけて、集落に持ち帰った。ロイも皆もとても喜んでくれて、いつも私がおみやげを持ち帰るのを楽しみに待っていてくれた。
でも、その日の私はちょっと遠くにまで行きすぎてしまった。アイと森の中を走っていると、段々と陽がくれてくる。アイは夜でもよく見える目を持っているけれど、ちょっと方向が分からなくなるかもしれない。ひたすら湖に沿って走ればいつかは集落に着くから、迷うことはないんだけど……そろそろ引き返そうかと思っていると、真っ黒な服を着た、女の子が森の中で何かを探していた。
私はエドに乗っていたから、女の子は私に気づいて悲鳴を上げて逃げた。でも女の子は持っていた大切な袋を投げ出してしまっている。私はアイの背から飛び降りてそれを拾うと、女の子を追いかけた。
「まって! まって! 怖くないから待って!」
女の子は一生懸命走ったけど、すぐに走りつかれて、へたっとへたりこんでいた。
「はい、これ忘れものだよ。ごめんね、脅かしたりして」
私は本当に驚いた。私たちが住んでいる集落以外の場所で、誰かに遭うとは思わなかったから。そしていつも私たちの集落に流れ着く人とはちょっと違う。着ている服も何か違う。彼女は黒い服を着ていて、私は紫と黄色のしましまのやつ。
「お姉ちゃん、グランダのひとじゃないの?」
「グランダって、何?」
訊いてみた。女の子の言葉は私たちの言葉と同じ。通じるけれど、何を言っているのかわからない。
「グランダっていうのは、私の国のこと」
くに? 集落じゃなくて? 疑問は膨らむばかり。
「私はね、湖の向こうの集落から来たんだ。あなたはどこに住んでいるの?」
「グランダの他の、国があるの?」
女の子の口が、ぽかんとあいた。すごく驚いてるみたい。多分私と同じ驚きなんだろうと思う。私は集落に帰ったら、このことを話さないと!
湖の向こうに、人が住んでる。しかもたくさんの人が……皆びっくりするよ。
「そこに行きたい! 助けて! みんな赤い邪神に病気にされて殺されちゃう!」
女の子は私の服にひしっとしがみついた。女の子とは思えないほど力がこもっていて、その話が嘘じゃないって、私にはすぐに分かった。その子の頭を撫でてあげながら、女の子が言った言葉を繰り返してみる。
「あかい、じゃしん?」
「グランダの皆を病気にして殺してしまうの! 悪い神様なの!」
私のところにいたのはとても優しくていいかみさまだったけど、この子が暮らしているところにいるのは、悪いかみさまなんだ……。病気にして殺してしまう? なんだか可哀そうになってきた。何とかして助けてあげたい……。
「どんな病気にして、殺してしまうの?」
「わからない、とにかくみんながバタバタと死んでいく……!」
みんなが、死ぬ……何の病気なんだろう。
私の頭の中に、すぐにあの白い花のことが思い浮かんだ。
「もしかしたらその病気、治してあげられるかもしれない。私たちの集落にはね、皆がかかってゆく病気を治してくれる薬になる花があるんだ……だからそれをすりつぶして飲めば」
こんなときのために、私は薬花を栽培していたのかもしれない。あかいかみさまはこの日のために、もしかしたらあの花束をくれたのかもしれない。集落の皆を助けるだけじゃなく、困った人は皆助けなくてはいけないんだ。
「病気が、治るかもしれないの?」
「私たちの集落には、あかいかみさまがいたんだ。赤い髪の毛と瞳の、やさしいかみさま。いいかみさまがくれた薬だから、多分その悪いかみさまの病気に勝てるよ」
「赤い髪と瞳の?」
彼女はぎょっとした顔で、肩をこわばらせた。どうしてそんな顔をするの?
人間ばなれしてちょっとびっくりする色だけど、私は大好き。会えば分かるよ。
もう懐かしいけれど、あのきれいな色は、鮮やかに覚えてる。
「そうだよ、だからあかいかみさまっていうんだよ」
「私のところの邪神と同じ姿だ……なんで……?」
名前を聞くと、その女の子の名前は、ナオといった。
Special Thanks!
化学考証:垜 晃 先生