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第2章 第7話 Responsibility◆

 赤井がナオに救出されたその日のこと。

 彼はグランダの兵士の見張りの目を盗み、レプリカの杭を抜いてインフォメーションボードを呼び、呪いの鉄杭を解析して戦慄していた。呪いの鉄杭の素材はグランダの兵士の持っていた片手剣の合金と同じものであった。赤井は物性的に何か特徴があると踏んでいたが、何も出てこなかった。


『何で? 本当に呪力で魔改造されてるの?』


 神様役がオカルトを怖いとは情けないが、怖いものは怖いのだ。


『あのスオウって人の力の源、何なんだろ。ありえんでしょ人間が炎出すとか』


 炎を出す自分のことはすっかり棚にあげているらしい。


『そういやあの人物理結界にも入ってたじゃん』


 もう一年前のことになるが、思い起こせばスオウは彼の結界に踏み込んできた。それもありえないことだった。


 赤井の持つ物理結界は速度と質量を持って侵入してくるベクトルに対し、フリーズドライの凍結粉砕も真っ青の威力を発揮する。微粒子にまで粉砕され、一分子の侵入も許さない。力学ベクトル、熱量の侵入も無効化する。さらに物理結界の内部は真空であり周囲の環境を隔絶するため、結界を一層持ってるだけで、赤井は実質無敵だと考えていた。

 

 最初は自分の身を守るため、飛び道具対策に開発した物理結界。素民が間違えて踏み込んで来たら危なすぎると心理結界で覆い二重構造にした。仮想空間でしか生きられない命を奪いたくなかったのだ。


 スオウは、そんな結界を二層とも突破して攻撃を加えていた。


『まずいよ。スオウの力の正体を知らないと今度こそ詰む』


 ということで、インフォメーションボードを呼び出して西園に相談だ。


『西園さん、スオウって何で神通力もどきを使えるんです? あの力の源ってなんです?』

『あれは神通力と同種の力ですよ』


 西園はモニタの前にキャラメルポップコーンとコーラを置いている。赤井が四苦八苦しているのを、映画でも見るように見物していたらしい。補佐官っていい仕事だよなあ、と赤井は口を曲げる。


『てか今、何て。神通力と同じ? 二十七管区の神って私しかいませんよね? そう言いましたよね?』

『甲種一級構築士はこの世界の管理者です。あなたはこの世界で神様としての役目を果たし、民から慕われるスーパースターです。ですが……』

『そうでない役もあるんですか?』


 そうか、と赤井は合点した。


 仮想世界のキャストは、主役だけでは成り立たない。脇役や悪役、エキストラあってこそなのだ。生身の人間スタッフと仮想世界で会えるのを、楽しみにしている場合ではなかった。


『……悪役とか脇役やってる人、いるんですか? その人たちが二十七管区に投入されたとか』


 赤井はぴんときた。

 スオウのあの力は素民としてありえない。神がかっていた。


『赤井さん。あなたが最初にこの世界に降臨したとき既に世界が完成していました。それを不思議に思いませんでしたか?』


 気付いていた、最初から赤井は疑問に思っていた。


『あれ他の構築士の人らが準備してくれてたんですか』


 舞台を整えて主役のログインを待っていた脇役構築士たちがいたのだ。


『他の構築士の人が、まさか何年か前からここに入っていたんですか?』

『一番任期が長い人は、五百年前から入っています』

『五百年前から!? 大先輩じゃないすか!』 


 生身の人間が自分しかいないなんて、と嘆いてたのが恥ずかしい。


”その人って現実世界で四~五年ぐらい入ってるんだろうな。現実が恋しい頃だよ絶対、早く家に帰りたいよな……分かりますよ諸先輩方、その辛いお気持ち”


『その人たちがそれぞれ第一区画とか第二区画とか既に作って私が来るのを待ってるってことです?』

『お察しの通りです』


 西園はつんとすました顔をすると、ストローでコーラを喉に流し込む。ダイエットコーラだった。

 赤井が第一区画を解放すると、その構築士のアガルタでの仕事は終わり、晴れて現実世界に出られるということなのか。


”それでアガリってことなら、首を長くして私のこと待ってそうだ”


 一年も磔をやっていた赤井を、どんな思いで見ていたのかと思うと申し訳なさで先輩方に顔向けできない。


『えーと。……何人投入されてるんですか?』


 千年王国ほどではないが、この管区にも大々的に予算がついているのだろう。アガルタへの入居者が増えると現実世界の失業率が減る、莫大な雇用を生じ、福祉予算も削減できる。だから国も必死に構築士の尻をたたく。構築士の給料やアガルタの運営費は高額だが、費用対効果は侮れない。


『それは申し上げられません。国外のフリーランスの方々が半数、厚生労働省所管の構築士が半数。海外の構築士もいます』


構築士は

 甲種一級~二級、

 乙種一級~三級、

 丙種一級~三級、

 丁種は六級まであるそうだ。


 海外ではプロジェクトが終わるごとに全員解雇。フリーランスが大半だ。

 海外ではランクに日本アガルタとは異なる役職名がついている。 

 赤井が甲種一級でハイロード。最上格の構築士で、神様役だ。他にはどんな役があるのだろう。


『みんな私みたいに赤系の容姿で芸名も持ってるんですか?』

『容姿にまでは反映されていませんが、仮名ですぐわかります』

『赤系の名前がついてるんですか』


 甲種構築士の神様役がこんな体たらくで申し訳ない、と赤井はまだ見ぬ脇役たちに悪びれる。


”その構築士の人って、まさかスオウのことか? スオウってもしかして蘇芳って変換するんかな……あ!”


 蘇芳というのは赤色だ!

 日本古来の赤色を蘇芳色という。

 名前ですぐ分かるといった西園の言葉をそのまま当てはめると。頭痛がした。


”まんま構築士じゃん。何で一年も気付かなかったんだろ、私一回死んだ方がいいなアホだから”

『スオウが構築士なんですね?』

『基本的に悪役を演じている構築士は、表舞台には出てきません』

”ハズレ? 違うのか。他の人らは裏方に徹してるってことか、苦労してそうだな。私は民を導いて崇められて救えば神様扱いで感謝だってしてもらえるし自分も気分がいいけど、そういう裏方の、特に悪役なんて”


 それにしても、先ほどから西園は結構なヒントを出している。出血大サービスだ。


”心配してるんだろう、うっかりしてたら一年も黙って苦痛を耐え忍んで磔になるようなアホだから”


『で、あの呪力もどきは……』


 赤井がロイにしたことを、他の構築士がスオウにしたのだろうか。スオウのバックにいる構築士が悪役で、邪悪な力を捻じ込んだ?


『とにかく物語を進めてください。皆があなたの光臨を待っているのです。赤の神様』

『本当にどうも申し訳ありませんでした』

”私以下の甲乙丙丁種構築士の皆様方。タラタラ構築やってすみません”


 現実世界に戻りたい先輩方から舌打ちがきこえてきそうだ、と赤井は怯える。


『早く外に出たいですもんね、その人たちだって』

『……彼らは八時間交代のシフト制勤務です。現実世界にも出られますよ』


 疎外感きわまりなかった。


『外に出られない監禁状態って私ひとりです?』


 週休二日祝日ありで、仮想空間で働き、現実世界に戻って、電車に揺られて毎日家に帰り、温かい食卓を囲んでいるのだろうか。ビールに枝豆を片手に、野球観戦でもしているのだろうか……。

 風呂で汗を流し、温かい布団でぐっすり寝てるというのか?

 赤井は妄想を膨らませ、プルプルと震える。


『私だって……外に出てもんじゃ食べたいですよ。もんじゃなんて西園さんはすぐ食べられるでしょ?』

「はい、昨日。とてもおいしかったです」


『ちょっとは気をつかいましょうよ!』


 神様キャラとしては許されない殺意が湧いてしまった瞬間だった。

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