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Heavens Under Construction(EP5)  作者: 高山 理図
Chapter.9 Borderline
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第9章 第5話 Return to Tokyo◇

 そうこうしているうちに、やってきましたよ。

 あの、ちょっぴり怪しいネコミミの新使徒さんをお迎えする日が! 猫本なあこさんだ。


 星の輝く晴れた日の真夜中。真っ黒の夜空高くに、ぱあっと丸い光輪が現れた。花火みたいだ。

 光輪を突きぬけて仮想世界に落ちてきた人型の発光体が、彼女だ。幻想的な彗星の尾をひく。私も使徒さんたちも全員でお出迎えだ。使徒さんたちが初ログインをしてくるのは、殆どの場合、夜だ。素民の目を避けるためなんだろう。


『猫本さーん! って、ええっ!?』


 私は手を振りかけて、固まる。

 神殿前に降り立った猫本さんは、小柄でしゅっとした女性だった。金髪ショートボブのサイドだけ編み込んで、先にファーのついた綺麗なアクセサリーをつけて腰まで垂らしている。それはいいんだけど、衣装は……待って、開いた口が塞がらないよ。


 痴女なのかな? 露出高いなんてもんじゃない、装飾の凝ったグレーのニーハイタイツを履きこなし、ビキニアーマーっぽいパンツに、ヒップハングで長いレースを巻いている。いっそブラかと思うような、金属な質感のトップス。首輪っぽい金属製のチョーカー。すごいよ、服の素材からしてファンタジーだね。


『えーっと』


 一瞬目が泳いだけど、彼女はアバターだ! 何を恥ずかしがることがある! 目をそらすほうが失礼だよ! 動じるな私! というわけで気を取り直して普通に接する。


『はじめまして、猫本先輩。主神の赤井です。衣装、凝ってますね』

『お初お目にかかりますー神さまー! あたし、猫本ですー。衣装ですか? 趣味がコスプレなんです! 手作りなんですよー』


 テンション高いな。声も高いし元気いっぱいだ。


『えっ、それ手作りなんだ! ていうか衣装に手作りとかあるんだ』


 モフコ先輩が食いついた! この二人、気が合いそうだ。コスプレしたいから構築士やってる勢なのかもしれないな。


『へっへ、手作りじゃなくてもいいんですけど、手作りのほうが楽しいですよ! ところで何であたしが先輩なんですか?』

『アガルタに入った順ですかね?』


 エトワール先輩とモフコ先輩は特に嫌がらなかったから先輩って呼んでるんだけど。ヤクシャさんとロベリアさんは、先輩呼びはしなくていいって言ったからそのまんま。統一感ないな。


『神様に選んでもらえて嬉しいですー! 使徒の皆さんもはじめましてー!』


 明るい人だ。なーこさんって呼べばいいのか、衣装は痴女っぽいけど、いい人そうで安心した。


『あの、どうしましたなーこさん?』

『神様役の方にお会いするの初めてでー! 感極まってしまってー、もう、会えただけで幸せっていうかー』

『そんなに!?』


 彼女、以前は非宗教管区、大統領のいる管区で大統領の親衛隊として働いていたらしい。

 そういや猫本さんには使徒さんなのに羽根がない。てっきり羽根が生えてるもんだとばかり思ってたけど、非宗教管区から来た人は違うんだ。色々なんだなー、所変わればだね。


『にゃーこちゃんの猫耳は?』


 モフコ先輩の手は、頭のほうでわきわきしてる。先輩はネコミミで猫本さんに採用を決めたわけですからね。ネコミミないといけないわけですよね!


『むん? デバイスのことですか? お望みとあらば、装着しますよ!』


 肩からかけているポーチからデバイスというものを取り出して、おもむろに装着。ぴんと立ったネコミミがカチューシャみたいになってる。デバイスの側面に、アルテマ社の製品のロゴがある。


『その装置にはどんな機能があるんです?』

『一言では言いにくいんですが、加速装置的なあれです』

『危なくないですか? 圧縮熱とかで』


 燃えちゃうよね? 


『バリア発生させますからねー、はは、現実世界でやると燃えちゃいますけど』

『ねえねえ、にゃーこちゃん! それ、他の人も使えるの?』


 モフコ先輩の質問だ。先輩、ネコミミ借りようとしてるのバレてますよ!


『個人用のデバイスですから、他の構築士や素民では動きませんねー。赤井神様も使えないですよー』

『えー! え、えーーーーー!?』


 絶望の表情を浮かべるモフコ先輩、そんなに無念ですか!?


 翌日、あいにくの雨だったけど神殿前の広場で猫本さんのお披露目会をやって、素民の皆様にもなーこさんの顔を覚えてもらった。

 素民の皆様、女性使徒と聞いて大歓迎。ネスト民が喜んだのは言うまでもない。でも衣装の露出が強すぎたみたい。


『あの、祝福とかもあるんで、できれば露出を抑えていただけると』


 私がそう言うのはなーこさんのためなんですよ!? ネスト民の毒牙にかかりますから!


『祝福を直接? そういうのあるんですかー』


 希望者にはいまだに使徒さんと分担して、直接祝福を続けているんだ。悩み相談も兼ねてるし。


 そんなとき。雨の中、傘もささずに神殿に走りこんできた二人の素民がいる。腕に赤い腕章をしているので、モンジャの無線伝達係だ。あれから、素民たちは広くなった大陸全土を、無線でやり取りをしている。無線で通信してるからすぐ情報が伝わっていいよ。あのさ、神殿-モンジャ間の無線もあるんだから、走ってこなくても電話すればいいのに。それほど慌ててたんだろう。


「かみさまー! タコヤキの北部地域より無線です。岩山が崩れました!」

「人が瓦礫の下にいます、たくさんいるそうです。助けてくださいー! ロイさんたちが救助に向かっていますが、今からだと間に合いませんー!」


 最近、激しい雨が続いていたからね。神通力のあるロイが行けば何とかなるかもしれないけど、俊シツジで駆けつけるには半日ぐらいは掛かる。転移使って、私が救助に行くよ。

 それを頷きながら聞いていたなーこさん、


『おやや、早速あたしの出番な雰囲気ですかねー。片付けちゃいましょうか?』


 ハイハイーと元気よく手を上げた。え、あなたが?!


『お願いしても、いいんです?』

『いいでしょ!』


 是非見たいです、あなたの八面六臂の活躍! ということで、結局使徒さんたちも全員ついていくことになった。 


 私たちが転移で駆けつけたのは、タコヤキの街と小さな集落を繋ぐ、山あいの細い獣道だ。そこで発生した崩落の現場は、崖に面した主要道路を広範囲にふさぐような形になっていた。もともと崖の崩落が危惧されていたところに、一昼夜降り続いた雨で地盤が緩んだ。集落を結ぶ道はショートカットになっているから、雨の日は危険だと通知されていても、通る人は後を立たない。

 土砂に埋められた道路の両側では規制線が張られ、素民たちの人だかりができている。


「かみさまがきてくれたー!」


 私たちが転移で姿を現すと、素民たちは手にスコップを持って駆け寄ってきた。それでちまちま掘ってたのか! 救助活動、それじゃ間に合わないよ。


『何人下敷きになったか分かりますか?』

「ぜんぜん、わかんないんです」


 だろうね。インフォメーションボードで検索するか、とスクウェアを描いていると、


『反応は、7。死亡2 重症 4 軽症 1 かな』


 なーこさんが、インフォメーションボードも開かずに当ててみせた。

 ちょ、今どうやって知ったその情報!?


『おっ、そんなの分かるんすか』


 ヤクシャさんが感心している。


『力尽きそうな人がいるので救出を先にしますねー。一人で十分ですよ! お手を煩わせるまでもないです』


 え? 皆でやったほうが早くない?

 なーこさんが両手でネコミミをさらりと撫でると、ぼうっとネコミミ全体が青白く光る。彼女の眼光が鋭く変化した。話しかけたら殺されそうな眼してる。ネコミミから無数の光の糸が迸り、なーこさんを包み込む。糸は彼女に猛烈な勢いで絡みつくと、彼女の体全体が不可視化領域に包まれ、その姿は消滅した。

 ぬかるんだ地面にクレーターが飛び石状に穿たれてゆく。なーこさんの言ってたバリアだ。バリアは一直線に軌跡を描く。空間が歪み、土砂と岩山の中に入った!? 一同が見守る中、岩の礫がわずかに動く。


『どういうこと!?』 


 モフコ先輩は興味津々だ。


『ふう、これで全員ですよー』


 五分もかからなかった。なーこさんがフィールドを解除して現れたときには、山もりの負傷者を私たちの前に連れてきていた。次々と生き埋めになった素民たちが何もない空間から現れる。凄っ!


『今のスキルは?』

『物質透過領域を着て空間を削った感じ、ですかね! ほらっ、治癒はお任せしますよ神様がたー。あたし、治癒は苦手なんです』


 私たちは重症者からトリアージして手当てを施す。処置が終わり、重症者は軽症にまで治癒して、救護所まで運ばれていった。あとにのこされたのは、死亡者。と、すすり泣く家族たち。


 少し遅れて、ロイたちモンジャの救援隊がシツジに乗ってタコヤキに入ってきた。全力疾走だったみたいだ。シツジがマーマーいってバテてる。へたれてるから水あげてね、牧草も。


「遅くなりました、救助をありがとうございます。やっぱり俺では遅かった」

『救助は終わりました。道の整備はあなたがたにお任せします、二次災害に気をつけて』


 手伝えば完全に元に戻すのはたやすいけど、全部が全部素民の仕事をやりすぎてはいけない。


「お任せください、復旧工事を急ぎます」


 集まっていたタコヤキの村長さんたちも、頷いている。


「しかし、対策が後手に回ったのが悔まれます……ここの崖崩れは予測できていたので、工事計画を進めていたところでした」


 通行規制を設けていればよかった、とロイは悔やんでいる。モンジャ以外の地区の道路状況まで把握して気を回しているあたり、調査を怠ってない。


『人通りの多い道の整備は、急務かもしれませんね』

「赤井様のおっしゃる通りです。分かっていたのに、もっと急げばよかった」


 自分のことのように思い詰めてる。彼は犠牲者たちの前でしゃがみこみ、手を合わせようとした。


『死亡者が出ましたか……仕方がないとはいえ、胸が痛むですねー。なむー』


 なーこさんも鎮痛な面持ちで手を合わせる。


『いえ、手を合わせるのはまだですよ。少し下がっていてください』


 私は彼らを退けると、両手を緩やかに構えて前にかざす。


『例外ですか、神様』


 私の意図に気づいたロベリアさんが、神妙な顔つきで尋ねる。


『ええ、これは例外にします。ですが、対策は必ず講じて下さいね』


 両手を柔らかく、集中を高めて、至宙儀を起動。

 仮想世界の時間を、止める。


”Hello, the Divine. This is PCG operation central.”

◇orbital input(軌道入力)

 あらかじめメモリしておいた起動を呼び出す。


”Tell me what do you want.”

『この犠牲者二人とも、蘇生します。蘇生です』


“I can everything”


 不気味な太陽に似た中枢が、おぞましい異形のそれが、見るものを凍てつかせるような笑顔で応じる。


 自然災害、事件、理不尽な死因での死亡者は、例外的に私は助けることにした。火葬されたり埋葬された素民はともかく、肉体が朽ちていない限り、復活させてあげられる。

 犠牲者二名の遺体は生気を帯び、鼓動は脈打ち、息を吹き返す。


『わぁ……すごぃ。あはは、そーいう神具にはかなわないな、このデバイスも』


 なーこさんは瞳を大きく見開いた。素民たちの信頼に支えられて、万能の神具、至宙儀を起動できるようになった意義はでかい。でもそれだけ、難しい問題も抱えている。神と人が共存する世界で、神はどこまで人を手助けすべきなのか。


「ありがとうございます! 神様、ありがとうございます!」


 目を覚ました死者を、家族らは大喜びで担ぎ上げて運んでいった。いつかは必ず命の尽きる素民を、蘇生させることに、是非もあるだろう。目先のことしか考えていない、と批判するむきもあるだろう。でも、私はこれでよしとする。素民としての尊厳を守れる範囲で、私は彼らを庇護する。考えた末のことだ。

 だってここは現実ではない、天国なんだから、現実世界と同じようには、しなくていい。

 

 これから多くの問題を抱え、多くの結果を受け入れるだろう。

 一つ一つの責任は、全て私が取ることになる。



 それから一ヶ月ほどして、なーこさんとも打ち解けてきた頃。

 現実世界で、自分のバイオクローンに試乗する日がやってきた。


 深夜。

 神殿で現実世界の八雲PMと通信する。

 バイオクローンのメンテナンスは、実際に現実世界に出る事はできず、AR連動遠隔操作で行われる。これを着てください、といって八雲PMがデポジットボックスに入れて送ってきたのは、


『全身赤タイツ!?』

『全身にセンサーが仕込まれており、赤井さんのモーションや神体状態をキャプチャーします』


 準備してもらってありがたいんだけど、かっこ、悪っ! でも仕方ないか。


『し、試着してみますね』


 私はこの世界に来て初めて白衣以外の衣装に着替える。嬉しいような、悲しいような。うわ、嫌な肌触りでフィットするよこれ! ゆるゆるの肌触りのいい衣装着てたからめっちゃチクチクするよこれ。センサーの仕込まれた黒いアダプターを腕や太股、腰あたりに色々つける。


『いいじゃないすか、お似合いっすよ』


 その、引きつった、というかニヤけた笑顔やめてくださいよヤクシャさん!


『見違えました』


 それは悪い意味で、でしょう!? ロベリアさんも口元押さえて! 


『いーなーそれ、いーなー! かっこいーなー!』


 なーこさんだけなんか反応が違う。これ本当にカッコいいと思ってる!? あ、モフコ先輩も腕組して頷いてる。


『そのロボットアニメのパイロットスーツみたいなの、確実に主人公だよ!』


 なーこさんとモフコ先輩にはそう見えるんだ。そりゃかっこいいわ。私にはそう見えないけど。


『いーなー、あたしもそれ仕事あがったら家でつくりますー!』


 すごいねコスプレイヤー! 現実世界でも衣装作るの? 恥ずかしさから逃れるように、用意されていたヘルメットをかぶって顔を隠す。完全にこれ、ヒーロー戦隊のレッドじゃないか?


『おっ、赤井君が赤レンジャーに変身したぞ!』


 ちょっとやかましいですよねエトワール先輩!


『赤井レーッド、見参! トウッ!』


 私もバク転からババッとヒーローポーズを決める。皆さんが凍りついた! 外した!?


『無駄にポーズが凝ってて腹立つな』

『赤い神様って、何をしても腹がたつよね』


 モフコ先輩の暴言!


『日曜朝のヒーロー枠にいそうよね。そのまま出動してしまっていいよ。いってらっしゃいー!』


 頷き合っているエトワール先輩とモフコ先輩。扱いが雑ですよね。どうしろっていうの!


『既に楽しそうですが、現実世界はもっと楽しいですよ』


 ヘルメットの中でヴィジョンが立ち上がり、八雲PMが見かねて声をかける。埒があかないと思ったんだろう。ごめんなさいね、油売りまくってて!


『すいません、そっち行きます!』


 こっちは何もしなくていいけど、向こう側では複雑な接続プロセスを経て、早速バイオクローンにリンクする。

 視界がぐらりと歪み、脳裏には虹色のスペクトルを映じる。スペクトルはサチュレーションして、見慣れた神殿の一室ではない場所が見えた。


(おっ……!? 眩しいっ、ここは?)


 部屋の作りが27管区世界と違う。天井全面が照明になってるもん、これは仮想世界ではないよ、現実世界ならでは。そこは研究室のような場所で、私のバイオクローンは医療用ベッドに寝かされているようだった。そろりと慎重に起き上がる。


「どうですか? 立ってみましょう、気分は悪くないです?」


 八雲PMがベッドサイドの浮遊椅子に腰かけて質問する。無数の機器に囲まれ、というか埋もれながらモニタでバイタルステータスチェックをしていた。


(ここ、現実世界だよな)

「そうですよ」

(っと!)

「ああ、あなたは今擬似脳なので、意識の看破はできます」

(擬似脳のリンク系統にトラブルがないかモニタしてるってことか)

「そういうことです」


 ややこしいけれど、私の生脳は当然現実世界の生身の肉体の中にあり、私の意識は生脳の情報をデコードされ擬似ニューラルネットワークによって構成された擬似脳を経て、仮想世界の中に投射されている。その仮想世界をいったん経由して、私の神体情報がバイオクローンと同期しているんだ。つまり、バイオクローンの中に意識があるわけではなく、安全な遠隔操作だ。

 

 そのおかげで、現実世界の人と肉声で話しているかのように聴覚は自然に聞こえる。


「あー、あー、あー」


 おっ、この声……私の肉声か。こんなだったっけ。懐かしいなー。すごいなバイオクローン、この発声の感じ、前の自分のそれと全然変わらないわ。

 ジャンプしてみる。

 体がモタモタしてる。肉体ってこんなに重いんだっけ。よくこんなの着て歩けるよな。全身に重りつけてるみたいだ。赤井のアバター、3キロもないからな。楽してたよなー。


「って、あれ?」


 何で? 何で生身なのにこんなに跳べる? 天井に頭ぶつけそうだよ。


「バイオクローンなので当然ですが、身体機能は強化されています。見た目は変わりませんがね」


 八雲PMがデバイスで私の全身を見せてくれる。私、服を着せてもらっていた! ああ、今度こそヒーロータイツじゃなくて念願の普段着だよ! 


「クローンの出来栄えはどうですか?」

「素晴らしいです! ありがとうございます!」


 でも、私こんな顔だっけ。9等身で超絶美形なアバターに乗ってるからか、実際の自分とのギャップがすごいよ。元の顔が気に入らないとか、何言ってんだ厚かましいって感じなんだけどさ。


「そのお顔も、美形ではないにしろ、味があってよいではないですか」


 味がある、は褒め言葉ではありませんからね、八雲PM!


 ゆっくりとしたストレッチをしてから、研究施設内のジムでドレッドミルやトレーニングで走りこんで汗を流す。暫く運動を続けていると、


「体の動きが鈍くなってきました。息もあがって……」

「運動をすれば、肉体は疲労しますし息切れもしますよ。汗だってかきます」


 当たり前のことを言われて、赤っ恥だ。そっか、運動すれば疲れるんだよ。アガルタの中で神様役やってると、滅多なことでは疲れないしね。だいぶ、人間の感覚がなくなってるな。危ない危ない。


「じゃ、そこで、”スイッチ!” と言ってください」

「スイッチ?」


 あっ!? カチッ、と何かが切り替わったような感覚になった。

 なんかこのスイッチしてる間は肉体疲労とか消えて身体能力が底上げされるらしくて。あれ、何かヤバイ麻薬とか入ってない?

 10分後。私は”スイッチ”モードに興奮しまくっていた。

 

 スイッチモードにも慣れたところで。


「散歩とか行きたいんですけど、所外はだめですよね?」

「構いませんよ。体を動かしてもらわないと、メンテナンスになりませんからね。都内ならお一人でどこでも行ってきていいですよ」


 今日は、2時間の自由時間が与えられた。都内散策、いいの!? 行く行くー!


「ただし、人と極力話さないように。友人と会う、などというのはもってのほかです」


 この場の立会いに八雲PMしかいないのは、構築士の顔を見られてはならない、というルールが徹底しているからだろう。それはバイオクローンであっても同じ。マジか、こうしちゃいられない、今すぐ遊びに行かないと! 浮足立ちまくる私!


「一人で行っていいんですか?」


 こう、SPとかに囲まれる感じじゃないよね。やめてよ、もんじゃ食べに行けないじゃない。SPの皆様も、食べる?


「ええ、あなた本体ならSPをつけますが、遠隔操作のクローンですから危険性はありませんしね。ただ、そのクローンには数億のコストがかかってますけど」


 うおっ、傷とかつけないように気をつけないとな。


「そういや構築士って命の危険があるんですっけ」


 部屋から出て行こうとして、はっと立ち止まる。外、出ても大丈夫なの、私? いきなり殺し屋が待ち構えたりとかしてない? 自意識過剰か。


「はい、では体、借りますよー」


 八雲PMが手元のパネルを操作すると、私の意識が締め出されて宙に浮いた感覚になった。

 その間、私は俯瞰視点から、自分の体を見下ろす。クローンは大きく伸びをした。

 あれ、あれー!?


「つまり、八雲PMにも操作できるってことは、メンテナンスは私でなくてもいいってことですか?」


 なんだよー、私専用のクローンって話じゃなかったのかよー。話が違うじゃないかよー。


「安全のためですよ。クローンのバイタルに変調があればこちらに通知されますので、自由行動を可能としているのです。いざとなったら私がこのようにスイッチングしてクローンを遠隔操縦しますしね。それとも、私のアクセスを禁止しますか? その場合、メンテナンス時でも研究所の外には出られませんけど」

「やめてください! 私、外出たいです! 月島行ってモンジャ食べたいんです!」

「赤井さんなら、そうおっしゃるかと思いまして」


 よかった。気を取り直して、出かけるか。


「行ってきますー!」


 いやー嬉しい。めでたいよ! 現実世界で気分転換! 浮かれちゃうよね。友達と飲みに行ったり……はだめか、人に会うなって話なのか。


 でも、月島は行くよ。一人でだって行くね! 


「変わんないな、東京は」


 青い空、超高層ビルの町並み! いやー解像度高いー!

 空気感あるー! 

 嬉しすぎて、街中を思わず疾走してしまったよ。

 走ると危ないからって通行人の子供に怒られた。

 ごめんなさい。


「モンジャ食べにいこっと」


 私、念願のもんじゃ実食! 

 あ、今は「俺」でいいか。仕事じゃないから気楽にいこう。

 月島に行く道すがら、微妙な違和感を覚えた。背後をつけてくる人の気配を感じた。


(つけられている? それとも、自意識過剰?)


 立ち止まったり、店に入ったり出たりしてみたけど、一定の距離をあけて誰かついてくる。

 デバイスで背後を確認しても、やっぱり人影がチラチラしてる。


 車の陰を利用して、躊躇いなくビルの路地裏入り込む。

 入るところは見られていないはずだ。ビルに隠れてやり過ごそう。


「スイッチ。モードチェンジ」


 コールだけは、しておいた。

 万が一の事態のために、防弾素材の服は、着せてもらっている。

 念のためにといって、八雲PMが拳銃持たせてくれてる。

 構築士全員、拳銃の所持が認められてるらしい。

 入ってるのは、麻酔弾。射撃練習もさっきやったけど。

 息を潜めて、男たちが通り過ぎるのを待っていると。


「いたぞ!」


 細い路地の先の角から二人の男が顔を出した。後ろにも立ちふさがられる、路地を挟みうちにされた。人通りはない。そのとき、目の前のスーツを着たスキンヘッドの男が、何かを手にしているのに気付いた。


(あれ……って、銃!?)


 丸腰の状態で、前方から銃を向けられている。現実世界で、銃を構えられている。以前なら竦んで動けなかっただろう。でももう、恐怖は感じなかった。感じなくなっていたんだ。銃の種類も、相手の実力も知ったこっちゃない。

 知ったこっちゃないけど。いける、という直感が、機械的なまでに冷たい判断が働いた。


「手を挙げてその場から動くな」


 男の忠告は無視。フリーズはしなかった。身を低くし、静かに走り出す。

 突破だ。どうせ言う事をきいたって誘拐されるか何かだろ?

 拡張された視覚で、相手の動きのすべてを捉えている。

 相手が止まって見えるのは、俺が速すぎるからだ。

 このバイオクローンは、50%機械化している。

 スイッチ、とコールすることで、モードが切り替わりマイクロデバイスが起動する。

 さっきジムで慣らしておいてよかった。神体の感覚とある程度連動しているらしい。

 だから、これは丸腰で素人の人間と銃を持った戦闘員のいざこざではない。


 サイボーグと、生身の人間の近接戦闘だ。

 

 一番手前で発砲をはじめた戦闘員。

 射線に入った俺を、捉えることはできない。

 何故って、判断力と反応速度が違う。

 だって、こっちは時間加速を使える仮想世界の住人、スイッチモードで、入ってくる情報量が何倍にも拡張される。

 現実世界で生脳の判断に頼り切りの、生身の人間とはもう根本的に違う。

 ほぼ瞬間移動にも近い速さで懐に飛び込み、迷わず膝蹴り。

 望んだ通りの手ごたえで、立て続けに喉輪を取って前方に吹き飛ばす。

 相手の何倍も速く動けるから、向こうは手も足も出ない。

 後からきた男に人壁を力技でぶつけ、背後から来て羽交い絞めにしようととびかかってきた男には肘鉄を穿つ。

 場にいた全員を伸すと、軽く地を蹴り飛翔。

 クローンの体は重力を振り切り、一段の加速をつけて中空へと浮遊した。

 高層ビルの壁に沿って垂直上昇し屋上へ降りたち、遥か路上を見下ろす。片付いたか?

 直後、数人が路地に雪崩込んできて、俺の姿を探しているようだった。

 全員で、五人。


「面倒だな」


 俺はビルの屋上の一画に敷き詰められていた手ごろな玉砂利を拾い上げ、狙いを定め指先でコンコンと地上に弾き、”発砲”する。

 運動エネルギーの加速された小石は高層ビルの高度を経て、弾丸と化す。

 大き目の玉砂利で銃を破壊し、屋上から一気に狙撃。

 四人を麻酔弾で撃って行動不能にしてから、別のビルの屋上に飛び移り、居場所を撹乱して様子を伺う。

 一人は、わざと撃たなかった。

 問い詰めたり、後を追ったりできるからね。


「こんな早速、”スイッチ”する羽目になるとか」


 構築士が外に出たら危ない、危ないとは西園さんの時から聞いていたけどさ。

 こんな速攻で狙われるものなの? 

 バイオクローンじゃなかったら今、殺すか誘拐されてたよ俺!? くそっ、厚労省に戻るしかないのか! 

 でも! せっかくの東京なんだし満喫したい! 

 まだもんじゃ食べてないんだ! 

 せめてもんじゃ食べてから! って思ったけど、今日はもう無理ぽいな。

 残った男の一人が、一目散に逃げていく。


「どうしようか」


 追うか、もんじゃか。


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