第90話 異世界金属はアカとシロの香り
ギルドは宿のすぐ近くにあった。
歩いて5分。
目と鼻の先と言っても過言じゃない距離だ。
まあ、宿が街の中心というか、最も栄えた場所にあるんだから、ある程度施設が密集しているのは当然か。
「ダ……ダンナさん、ひょっとしてそこの建物に用事なのか?」
さきほどの少年である。
俺たちがギルドに向けて歩き出したら、ギョッとした様子で周れ右してきたのだ。
ちなみに、ギルドは宿の広場を挟んだ向かい側。すぐ近くだったりする。
そんなに大きい街ではないので、主要な施設は中央に集まっているのだろう。
「そうだよ。ちょっと道を聞きにな」
俺がそう答えると、少年はあからさまに「まずい」という顔をした。
いちいち顔に出るやつだ。もっとポーカーフェイスを身に付けるべきだな。
「そ、そうなんだ。俺には関係ないけどさ! じゃ、また明日!」
そう言い残して走り去る少年。
これはもう、明日には現れないかもしれないな。奴との縁はここで終わりかな?
ギルドには、よほど俺に見られたくないものがあるんだろう。
ルクラエラのギルドは、エリシェのものとはだいぶ趣が違った。
入ってまず驚くのは、その一階床面積だ。100坪くらいある。
いくつかの区画に分けられ、一般的な事務業務以外にもいろいろやっているようだ。
入口も一般入口と、業者搬入口みたいのがあるし、山で採れた鉱物を持ち込んでいるのか、隅の方には鉱石が袋にぞんざいに詰められて置かれていたりする。
入口近くのテーブルでは、薄汚い服装の男たちが一心不乱に鉱石らしきものを選り分けている。
さらに――
「お、あそこにいるのってエルフじゃないか?」
ギルドにエルフがいた。神官服を着ている。
ってことは、神官ちゃん以外にはじめて見るエルフ神官さまというわけだ。
亜麻色の髪を短めに切り揃え、笹穂型の長い耳を露わにしている。ロン毛だったエフタのとこのエルフとは違い、鉱山仕様というか、ちょっぴり野性的なエルフの男である。まあ、イケメンには違いないけど、エルフってみんな美形なのかな。エルフの里に行けば、ブサイクなのもいるんだろうか……。
でもまあ、男エルフとかわりとどうでもいいな。
女のエルフなら、こんな鉱山街で掃き溜めに鶴だったんだけどなー。
よく見ると、奥に小さい祭壇があるのが見える。
サイズは小さめだが、エリシェの神殿にあるのと同じ様式の物だ。
……とすると、神殿とギルドが併設されているか、間借りしているかしてるのだろう。
「どうする? ディアナ、せっかくの同族だし挨拶してくるか?」
この世界の同族意識はよくわからんが、エルフは珍しい。
もしかすると、「よう、お前どこ中?」とか、そんな話をしたいのかもしれない。地元(エルフの里)の話をして盛り上がったりとかさ。
しかし、「必要ないのです」とディアナ。
ずいぶん連れない。ディアナってお姫さまだから、向こうから挨拶に来いといったところなのかもしれない。最初のころ、神官ちゃんも呼び出し食らってたからな。
しかし神官か。街ごとに一人は必ず常駐しているのかな。エルフが少ないと言ったって、祝福授けたりとか精霊石のスペシャルパワー解放したりと仕事は多いからな。せめて、街に一人くらいは必要なんだろう。むしろ、エリシェみたいな規模の街が、神官ちゃん一人でまわってるってのが奇跡的なくらいかもしれん。
神官か。神官……。
ん……?
神官といえば、なにか忘れているような……?
なんだっけ? 神官ちゃんに用事でもあっただろうか。少なくとも、ここの神官には別段用事などないはず。
それともディアナ関連で――
「あっ! そうだ! 思い出した!」
「どうしたのです? ご主人さま。突然大きな声を出して」
「どうしたのですじゃないよディアナ。こないだ熊倒した時に、神官さまがクラスアップだかクラスチェンジがどうのって言ってたの、どうなったのよ。実は『クラスアップしようぜ』みたいなお導きも出てるんだよ。旅行のごたごたで完全に忘れてたけど、お前がその件は取り仕切るとかなんとか言ってただろ」
「うっ……、なにもこのタイミングで思い出さなくてもいいですのに……」
「いや、完全に忘れてたんだけどな。そこの神官見て思い出した」
そうだそうだ。クラスアップだよ。
「クラスアップってのはあれだろ? 天職が次のレベルにクラスアップするってことだろ?」
ゲームによくそういうのあったから、わかっちゃう。そういうのわかっちゃう。
でも、どの天職がクラスアップするのかは不明だ。なんたって俺ってば天職が8個もあるのだ(固有職入れたら9個だ)。
お導きが出たタイミングからすると、剣士かなと思うが。
熊との戦いがきっかけなんだろうし。
「ご主人さまは、物知りですね。クラスチェンジできるほど研鑽を重ねられる人間は少なく、ほとんど知られていないはずですのに」
「じゃあ、なおさら早くやってくれよ。なんなら今でもいいし」
「え、えっと……。帰ってから! 帰ってからにしましょう! こちらにもいろいろ準備が必要なのです」
慌てたように答えるディアナ。本当なんだろうか、怪しいな~。
でも、実際急いでいるというわけでもないのも事実。
帰ってからというのなら、それでもいいか。
よし、それはそうとしてさっさと用事を済ましてしまおう。
ギルド員に声を掛け、ミーカー商会のオヤジに紹介状を書いてもらったドワーフ鍛冶師の工房の場所を聞く。
場所は簡単に教えてもらえた。だが、やはり「親方は一見さんには打ってくれませんよ、あそこ」と釘を刺された。紹介であっても難しいだろうとのこと。ただ鍛冶屋も商売である。弟子なら打ってくれるらしい。
まあ、弟子でも腕は悪くないだろうし、最悪、親方が打った品でなくてもいいな。頑固オヤジは苦手だし。俺自身、押しの強いほうでもないし。まして、ドワーフなんて毛むくじゃらでガチムチなんだろう。普通に怖いっつーの。
鍛冶師の場所を聞いた俺は、ついでに少年から買った品についても聞いておくことにした。
「……話は変わりますが、この金属について知ってます?」
ギルド員に聞くのが手っ取り早かろうと、袋から数粒取り出す。
無論、つい先ほど少年から買った白い金属粒である。
ギルド員は、その金属を一目見て、表情を変えずにサラっと答えた。
「シロですね。こんなに沢山どうしたんですか?」
シロ? 犬や猫みたいな名前だ。
真実の鏡では「レシア・メタル群」なんて出てたけど……。
通称みたいなもんか?
俺が事情を話す前に、ギルド員は何かに思い至ったようにサッと顔色を変え、カウンターから身を乗り出すようにして、小声で尋ねてくる。
「――ひょっとして……そこの道で、子どもから買わされたのでは……?」
少年は有名人だったか。
それとも、このへんではありふれた手口なのかな。
「ご明察。やはり、この辺りではありふれたものだったんですね」
「いくらで買われたんですか?」
「銀貨一枚ですね。この袋一つで」
「おお……。申し訳ありません。私どもの管理がゆきとどいていないばっかりに……」
頭を下げるギルド員。
ちょっと意外な展開だ。ギルド関係者なのか?
「いえ、彼は――マルコというんですが、うちと契約している砂金採りでして」
へぇ。鉱山街なのに、砂金まで採ってるのか。
「砂金なんか取れるんですね。河で採れるんでしたっけ?」
前にテレビで見たな。南米あたりの河で、カゴみたいのに河の中の土をすくい取り、それを揺すると比重の重い金だけが残るとかなんとかってやつ。
ブラック商会の時も、金はわりと取り扱ってたけど、砂金の知識はあんまり持っていない。
そういえば、真実の鏡でこの金属を見た時も「ルク河川産」とかなんとか出てたっけ。ルクラエラの河だからルク河川なのかな。
「はい。それでシロというのは、その時に採れる粒でして……。いえ、実物を見たほうが早いでしょう」
ギルド員がギルド内の一画に案内してくれる。
薄汚い服装の男たちが、テーブルにかじりつくようにして、なにかを選り分けている。入り口近くのテーブルだ。
「彼らが選り分けているのが、あなたが、その、買わされたシロと同じ金属です」
言い淀みながら説明してくれるギルド員。彼が責任を感じる必要はないんだがな。こんな世界においては、珍しく責任感が強い男なのかもしれない。
熱心に作業する男たちは、なるほど、確かにみんな先ほどの少年――マルコと同じく焼けた肌に逞しい体つきをしている。
作業内容は、黒い台紙の上で、ほんの1ミリ程度の細かい粒を凝視しながら指先で選り分けるもののようだ。
金色というか、黄土色の粒が砂金だろう。
大きい物でも5ミリ程度。小さいものは本当に1ミリにも満たない。
彼らはそれと、白い粒、つまり俺がマルコから買ったのと同じ白い金属粒とを選り分けている。いかにも目を悪くしそうだ。
気が遠くなりそうな作業だが、砂金などそれほど多くは取れないのだろうから、何時間も掛かるというわけではなさそうだ。それでも厄介な作業には違いないだろうが。
「シロはどうしても砂金と混じってしまいましてね。砂金採りの後ああして選り分けるのです。これが、どうしても労力が掛かってしまい、我々も頭を悩ましているんですよ」
ふーん。なるほど。
金と比重が近いからか、一緒に残ってしまうというわけなんだな。
シロが混ざっている量は全体の1割にも満たないだろうが、かといって混ざったまんま使うというわけにもいかないか。
金細工に使うならともかく、金貨なんかは純金なんだしな。
「それで、そのシロのほうはどうしてるんですか? いや、そもそもシロってなんなんです? 使い道は?」
次々質問を投げる。
まあ、マルコがあれだけ大量に持っていたのを見ると、使い道はないのだろう。あるなら、あんな風に路上で詐欺っぽく売る必要はない。
真実の鏡には、各種用途有ると出ていたし、河川産のものは精錬せずに使えるとかなんとか出ていたけど……どうなんだろうな。
「え? いえ……。その、大量に買われてしまったところ申し訳ないのですが、シロはどうしても溶かすことが出来ませんで……。神官殿も精錬の魔法が伝わっていない金属はお手上げだとかで」
「つまり?」
「現状では、なにも」
「なにもって、捨ててるってこと?」
「そうなりますか……」
捨ててんのか。
真実の鏡での評価と違い過ぎるな。
あれだと、各種用途あって、レアリティAとか出てたのにな。
まあ、溶かすことが出来ない金属なんて、どうしようもないか。
こんな粒の状態じゃ使い道なんかないんだろうし……。
しかし溶かせないってことは、なんだろうな。
化学とか全然わからんけど、融点が高いってやつか。
しかし、現状使い道がなくて無価値ってのは、俺にとっては福音かもしれん。
レアリティAで使い道も実はあると知っているのは俺だけなんだし、いつかのために確保しておけば……。別に、これといって使い道を発見できなくても、タダ同然なら損をすることもないんだしな。
「いえ、本当に申し訳ありませんでした。マルコにはギルド側としても厳しく指導しておきます。アレはあれでも砂金採りの腕は良く、家族想いの良いやつなんですが……」
「あ、いえいえ。自分もこれは半分はわかっていて買った物ですからいいんですよ」
ぶっちゃけ銀貨一枚なんて、たいした金額でもない。
こういう金属があると知れただけで、情報量として払ったと思えば、むしろ良い買い物だったかも。
「それで、このシロって捨ててるってどっかにまとめて捨ててるんですか? まだあるなら欲しいんですけど」
「え! なんに使うんですか?」
「……重りにちょうどいいかなと」
適当な嘘をついた。
比重の重い金属って所有感あるよねー。
「重りに……? いえ、ごめんなさい。シロはギルドでは買い取りもしてなくてですね、こちらにはないんですよ」
「なんだ。じゃあ――」
俺はちらりと選り分け作業を行う男たちに目を向けた。
「そうですね。彼らが自分たちで処分しているはずです」
うわー。
連中、全部で何人くらい砂金採りがいるのかは知らないが、彼らが独自に処分しているとなると回収はかなり面倒臭いだろう。
うーん……。
まあ、いいか。
なんだったら、ギルドに声掛けしておいて買い取り代行してもらってもいいけど、そこまでガチでもない。
マルコがまだ持っていると言っていたし、とりあえず、あいつのはすべて買い取ることにして、後のことはまた考えればいいか。
◇◆◆◆◇
俺たちがギルドを出ようとするのと、大量の鉱物がギルドの簡易神殿があるスペースに運び込まれたのは、ほぼ同時だった。
荷車に積まれた鉱石。だいたい同じような石のようだが、かなりの量だ。荷車で5台分。重さはよくわからないが、あんな石をこんな場所に持ってきてどうするつもりなんだろうか。
石を運び込んだ男たちと、ギルド員とで大小さまざまな鉱石をきれいに積み上げていく。その様子を眺める神官。いったい何が始まるというのだろう?
祭壇の前のスペースに、大量の鉱石が積み上げられた。
ギルド員が手慣れた様子で、野次馬を追い払い縄で囲いをしていく。
囲いの内側には神官だけが残り、ギルド員となにやら言葉を交わしている。
俺は近くにいた商人らしき男に質問してみた。
「なんなんですか、これ。なにがはじまるんです?」
「ん? ルクラエラは初めてか? 魔法銀の精錬だよ」
「精錬?」
精錬って、ギルドの中だぜ。
いや、さっきギルド員が神官殿の精錬魔法がどうのって言ってたな。
「ルクラエラ山では、ミスリル鉱石が採れるからな。時々、一定数溜まったらここで精錬するんだ」
「そうなんですか……。でもどうして、一度にあれだけの量を精錬するんです? やけに多いですよね」
ちょっとした小山だからな。あれがミスリルの元になる鉱石なんだとしても、やりすぎである。
いや、それともあれだけの鉱石から、やっとわずかな金属が抽出できるってことなのか? そうだとすれば、ミスリルが高価なのも頷けるが。
「あれみてみな」
男が顎をしゃくる方を見ると、ギルド員が奥の部屋から小箱を携えて戻ってくるところだった。
そして、小箱から緑色の石を取り出し神官へ恭しく手渡し頭を下げる。
「あれ精霊石ですか」
「あれがさっきの答えだ。魔法銀の精錬には精霊石が必要だから、精錬限界ぎりぎりの量を一度に精錬するのさ」
なるほど。確かに、精霊石を使うならできるだけ一度に精錬してしまったほうが効率がよい。
精霊石を受け取った神官が、右手の上に精霊石を置き、ミスリル鉱石の前に立つ。
どうやら精錬とやらを始めるらしい。
神官が小声でぶつぶつとなにかを呟く。
神官ちゃんもそうだし、ディアナもそうだが、あのブツブツと呟くのが精霊魔法の詠唱らしい。
神官の呟きに反応するように、精霊石が淡く輝く光の粒子となり、神官の周囲に漂う。そして、その粒子が神官の呪文と共に、ミスリル鉱石に溶け込むように吸い込まれていく。
すべての粒子が吸い込まれると同時に、ひときわ強く鉱石が輝き、思わず眼を閉じてしまう。
目を開けると、そこにはドヤ顔の神官と、板状のミスリル銀板があった。
うわぁ、マジか。
さすが精霊魔法、魔法がすごいのか、この世界のシステムがすごいのか、ミスリルは精錬どころか、もうこのまま製品として使えそうな状態である。
ピカピカと青白く輝く、厚み5ミリ程度の金属板がだいたい100枚くらいはあるだろうか。サイズは畳と同じくらい。これだけの量を精霊石一個で精錬できるなら、かなりお得だろう。
素材から中間すっ飛ばして、この状態になるなんて、本当の意味で魔法だよ!
精錬っていうか、なんていうか、もっと別のナニカだこれは。
「すげぇ! 精霊魔法万能だな」
「確かにすごいのです。あれはかなり高度な魔法のようなのです」
「へぇ。ディアナにも使えないの?」
「今の私では無理ですね。そうでなくても、知らない魔法は使いようがないのです」
「そういうもんか」
たしかに今までディアナが使った魔法には、あまり複雑なのはなかったかもしれない。精霊石で傷を治したのも、強引に時間を巻き戻した(それもすげーことだけど)とか言っていたしな。
ミスリルの作り方がこんな方法だったとは、レベッカさん以外は知らなかったようで、俺以外のみんなも驚いていた。まあ、素材の作り方なんて、特別知ろうと思わなければ知らなかったりするもんだからな。
日本でも大部分の人がプラスティックの作り方をよく知らないようなものだ。
しかし、ミスリルの作り方が文字通り魔法由来だったってのは、ちょっとした衝撃だ。
一度にあれだけ作れるにしても、精霊石使わなきゃだから、高くなるのも頷ける。元の鉱石は逆によく採れる、ありふれたものなのかもしれない。
いやぁ。これを見れただけでも、今回の旅行は成功だったかもしれないな。
ミスリルすげーミスリルすげーと、興奮冷めやらぬまま、俺たちは改めてギルドから外に出た。
次はドワーフ鍛冶師のところだ。