水の雫
何時から、彼の人に恋をしていたか
そう問われると難しい様な、寂しい様な気持ちになる。
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昔、よくモテる兄が言っていた「良いかい?人は、大切な物を得ると直ぐに手放したがる」
幼い私は間髪入れず質問する。「どうして?大切な物はずーっと持っておきたいでしょ?」
無垢無邪気な瞳で兄を見る。
兄は、静かにこう言った
「大切だからこそ、失った時の反動が大きいのさ。人はその反動を怖がって自分から手放したがる、自分が傷付かないようにね」
当時4歳だった私には、兄の言うことは少し難し過ぎた。大切だからこそ、一緒に居てたいと思っていた
兎をモチイフにした可愛らしい人形
キラキラと夕日を浴びて光るびい玉
父の書斎に置かれていた見上げる程の本
森の中にぽつんと建った私達が住む洋館
森の中に足を踏み入れれば綺麗な薔薇が煌々と咲き誇り、鳥のさえずりが木漏れ日の間を縫うようにして幼く目線も低い私に心地好い音楽を聞かせてくれたあの森林。
全てが、輝いて見えた、だから、失いたくなかった。
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時は流れ数十年私はもう幼いとは言えない年齢に達してしまった
当時の兄の歳なんか悠々と越してしまったが、兄は兄なのだろう。
私が月日を重ねる度、兄も同じだけ月日を重ねる。
それが嬉しくて昔は飛び跳ねて回ったものだ
今は、喜ぶ必要も無いが。
この数十年間、様々な事があった。様々な事があり過ぎたのだ
ふと、昔兄の言ったことを思い出す。
「大切なものは自ら手放す…」
ボソリと呟いた言葉は、言葉にならずシャボン玉になり、屋根の上まで行くと、弾けて消えた
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父親に捨てられたのは、確か今から六、七年前だった様な気がする
そこら辺の記憶は朧気で余り覚えていないのだ
そう、六、七年前には従姉妹の葬式があった。其処からだ、父親の歯車が音を立てて狂い出したのは。
私はどうやら死んだ従姉妹の父親と、私の母親との間に出来た子供…らしい。
名ずけ親は父親。…何だがややこしいな。向こうの父親は《一夜華》と呼ぼう。一夜華と言うのは小説家で活動するにあたりのぺんねぇむ、と言う奴らしい。私はよく分からない、普通は本名じゃないのか…?と心の中で思っていたが一夜華はそうとしか言ってくれなかったから、私はそれ以上の追求をしなかった
上記の事を踏まえると、兄とは異父兄妹になり、従姉妹とは腹違いの三姉妹になる訳、だが…
生憎、従姉妹は私の事を嫌っているらしい、恨みを買うような覚えはないのだが…、だって年に数度しか会えない仲なのだ、好きも嫌いも判断出来ないだろう
父親は、従姉妹の事を可愛がっていた
その癖、私の事は可愛がってくれなかった
いつも殴ったり、叫んだり、時々煙草を押し付けたり…。
それでも私は笑っていられた
何故かは分からない、が唯笑っていた
笑っていられた理由は分からない。ただ、読んだ本に「笑っていれば福は訪れる」と書いてあったから…だったと思う
まさに、その通りだった
父親は再婚相手を見付けたのだろう、私に通帳を渡すとそそくさと出て行ってしまった
兄は、何の音沙汰もなくふっと消えてしまった
私は、正真正銘の一人ぼっちになった
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多分、私は愛されたかったんだ
死ぬ程愛されてみたかった
愛されないのは、愛さないから?
じゃあ、愛したら愛してくれるのだろうか
そう思い私は人を愛し続けた
だが、皆その愛を貰うのが当たり前かのように貰いじまい、返してくれなかった
渡す愛にも限度がある、その限度を超えても私は愛し続けた
唯一愛してくれた人は死んでしまった
とある日、いつものように高校に行くと、彼の人と同じ様に愛してくれる人がいた
私は、ただ愛されたかったんだ。
そう、愛されたかっただけ
ありがとう、私の愛しい人