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童話の中の少女
作:水乃霰


童話の中の少女


「おはよう」
「おはようございます」
 うだるような暑さの中に少しずつ秋の風が混じるようになった、新学期。
 私たちのいる学級には一人の転入生がやってきた。
「姫宮さん、いらっしゃい」
『おおっ、転校生?』
『女の子だよな』
『名前からして、姫だもんね』
 
 少女が中に入れば、囁きはさらに大きくなる。
「姫宮さんは、ご家庭の事情で今学期からこの学級に転入することになりました。さぁ、姫宮さん、自己紹介しましょうか。」
「皆さん、はじめまして。姫宮雅ひめみやみやびと言います。趣味はお茶と、お花です。慣れないことも多いと思いますが、皆さんどうぞよろしくお願いします。」
『うわ、お茶が趣味?すごい………』
『お嬢様なんだね、きっと』
  
   可愛らしいというか、美人な女の子。

「鈴鹿さん、あなた、姫宮さんに校内を案内してあげてね。席も隣同士になるんだから」
「あ、はい」

 少女を見ながらとりとめもなく印象について考えていると、先生から声をかけられ慌てて返事をした。もう自己紹介は終わったらしい。
 姫宮さんは私の隣の席へ向かってくる。
「鈴鹿さん、よろしくね」
「こちらこそ。私は、鈴鹿露璃すずかつゆりって言います。雅ちゃんって呼んでいいかな?」
「………ええ、もちろん。私も露璃さんと呼んでいいかしら?」
「…?うん。いいよ。でも、ちゃんとか、呼び捨てでもいいんだよ?」
 返事が来る前一瞬の間があった。そのときの彼女には驚いたような表情が浮かんでいた。
 私の何が彼女を驚かせたのかは解らなかったが、すぐに元の笑顔に戻ったのだからと、そのときは深く考えることをしなかった。

*******

 少女が転入して初めての一日が終わった。
 私は、先生に言われたとおり彼女に校内を案内して回ることにした。

「雅ちゃん。とりあえず、私たちのいる階から案内するね」
「ありがとう、露璃さん」
「ちゃん付けでいいのに。まぁ、いいか」
「ごめんなさい。癖みたいなものなの」
「いいよ。」
 雅は申し訳なさそうな顔で少し俯く。
 なんだか悪いことをしてしまった気がして、その話は打ち切り歩を進めた。

「この階は、私たち三年生のいる階で、一組から八組まであるの。みんないい子だから他のクラスの子ともすぐに仲良くなれるよ。」
「そんなにあるのね。私が前住んでいたところには人が少なかったから」
「そっかぁ、じゃあこの人数だとびっくりするかもね」
「ええ」
「下の階に行くけど、いい?」
 少女は頷き、階段を下る。
「ここは、二年生のクラスと、職員室、それに音楽室があるんだよ」
 そういって説明していると、職員室の前から声が聞こえてきた。
『竹取物語って、この続きどうなるんですか?』
『どうなるってお前、ここで終わってるんだから………』

「あはは、何聞いてるんだろうね、あの子。あんな質問したってわかりっこないのに」
「………終わってなんかいないわ」
 ぼそりと小さな声がした。掠れて聞き取りにくい、今の声はこの子の?
「え、今何か言った?」
「いいえ?聞き間違えじゃないですか?」
 確かになにか聞こえたはずなんだけど。
 不思議に感じつつも時間が遅くなるといけないので言葉をつなげた。

「…次の階にいくね。一階は、一年生のクラスと生物・化学室、それから美術室、あとは保健室くらいかな」
「これで全部ですか?」
「うん、大体はね。体育館とかは授業の時に教えるから。うちの学校広い割に中はわかりやすい造りになってるんだよね」
「そうですね。今日はありがとう、露璃さん」
「いいよ、いいよ。また明日からもよろしくね。わかんないことがあったらいつでも聞いてくれていいし」

*******

 次の日。
 いつもの様に階段を上り三階の自分の教室にはいると、もう既に雅はいた。
 しかも、その周りには幾人もの男子生徒が集まっている。ざっと見渡しただけでもうちのクラス以外の男子が五人以上はいる。

『雅ちゃんってさ、お茶が趣味って言ってたけど料理とかも出来たりする?』
『お家ってやっぱり茶道の家元とかだったり〜』
『前、どこに住んでたの。彼氏とかいた?』

 あんなに囲まれたら彼女が可哀想だ、と間に割り込もうとしたがその直前、少女の凛とした声が響いた。

「お答えしますわ。料理、とおっしゃっていましたね?私自身が家で料理を作ることはあまり無いので巧いとは言えません。
 家のことにつきましては、お察しの通り茶道家をしております。
 前にすんでいた場所は外国です、有名な場所ではありませんから名前を聞いても解らないと思いますわ。
 おつきあいしていた方はおりませんでした。………他にはなにかございますか?」
『え、ああ。そっか』
『…特にないよな?』
『おう』
『そ、それじゃあ』
 確かに男子の聞いたことに全て答えている。ただそれだけのことなのだが、彼女の声にはえも言われぬ迫力があった。
 美人の転校生にからかい半分で声をかけていた男子達は一瞬で散っていった。

「おはよう、雅ちゃん。すごいね、今の」
「おはようございます、露璃さん。今のですか?私、何かしました?」
「だって、あれだけいた男子を追い払っちゃうんだもん、すごいよ」
「ああ、そんなことですか?昔から私が真面目に答えているとああなるんです」
「…そうなんだ」

 昔…?前の学校でのことなんだろうか?

*******

 その後は特に何もなく、時間が流れ気が付けば一二月も半ば、季節は真冬。
 だがある日の帰り道、事件は起きた。
 私たちは親友といえるほど仲良くなり、一緒に帰ることが多くなっていた。
 いつも通りの道を帰っていると、前からスーツ姿の女性が歩いてきたのが見える。
 私は特に何も思わずそのまま歩いていたが、隣にいるはずの雅は足を止めてしまっていた。
「雅?どうした…」
「露璃、一緒に逃げてっ!」
「えぇっ?逃げるって?」
「いいからっ!」

 腕を引かれるままに走り続け、その女性から遙か離れたことが解った頃ようやく彼女は私の腕を離した。
 
「雅、あの人誰?」
「………私を追ってきたんです。またすぐに彼女達は私を捜し出します。そうなればもう。」
「どういうこと?雅、追われてるって。」
「全部、話します。ずっと、ずっと昔のことから、全部」
「うん。」
「驚かせてしまうのは承知で言います。たぶん、露璃には信じられないことだと思います。だから、信じてくれなくたって構いません。これがきっと最後だから」
「………?」
「私は、竹取物語のモチーフとなった者です。」
「はっ?」
「実際に竹から生まれたなどというのは後から作られたこと、でも、月から使者が来て連れ帰った。というのは、本当のことです。
 いえ、正確には、連れて行かれたというのが正しいのでしょうか」
 訳のわからない話。普通なら、この子の頭はどうかしてしまったんじゃないかと思うだろう。
 けれど、何故だかこの子は嘘をついてはいない、そう思えた。
「私はもともと月の者などではありませんでした。
 それが、ある夜おじいさん達から私が生け贄になることが決まったと告げられ、私の全てが変わりました」
「………どういうことなの?もとは月の者じゃないって」
「何百年かに一度、月から、下界に使者が送られ少女を連れて行くのです。生け贄と言うのは大げさだと思われるかもしれません。
 私はこうして生きているんですから。けれど、永遠の命を与えられ、死ぬことが許されない。それも生け贄だと私は思うのです。
 心もまともにはたらかない、ただ幸せな記憶だけを植え付けられて………こんなの、死んでいるのと同じことでしょう?」
「そんな…」
「なんのために必要かなんて理由はわかりません。少し前まで、私は幸せな夢の中で生き、下界のことなど忘れてしまっていたのですから」
「でも、雅には元いた世界の記憶があるでしょ?それはなんで?」
「わかりません。けれど、幸せな夢が取り払われたあと、私は孤独感にさいなまれるようになりました。それに堪えきれなくなったとき私は地上に降りていました。
 今までだって降りようと思えば降りられたことがわかりました。誰もそんなことは考えないとわかっているからこそ、下界への道はつながっていたのです」
「ってことは、あの女の人が月の使者ってこと?」

 少し淋しそうな顔をして雅は続けた。

「そうです。一度見つかれば、もう長くはこの世界にいられません。何となく、わかってしまうのです」
「雅、行かないでよ。私の家にきたらいいじゃん、そんな人達追い返せばいい。」
「無理です。どんなに隠されようと、守られようと連れて行かれてしまう。私は前に経験しているんです。露璃の気持ちはとても嬉しい。
 でも迷惑をかけることはしたくない。もう二度とおじいさん達の様に悲しむ人を作りたくないんです」
「悲しいよ、淋しいよ。雅が連れて行かれちゃったら」
「だから、露璃に私を覚えていて欲しいなんて言いません。私が、貴方の記憶を消してから天界へ」
「いやだよ。そんなことしたら、また雅は淋しくなるんでしょ」
「大丈夫。私も、地上のことは忘れるから。また今までのようにただの人形に戻るだけです。
 でも、もし私が次にいろんなことを思い出すときには露璃との思い出がたくさんあるのです。
 初めて、雅ちゃんなんて呼ばれてすごく嬉しかったんです。旅行にも行きました。テスト勉強も一緒にしました。
 全部、私の中にありあます。だから……大丈夫。」

 そこまで言って雅は私の目の前に手をかざした。
 途端に睡魔に襲われた私はその場に倒れ込んだ。

「ごめんなさい、露璃。次起きたときには貴女の記憶に私は存在しないから」
「ま…って」


*******

 目が覚めると何故か私は自分の部屋に戻っていた。
 そして、しっかりと雅のことを覚えていた。
 雅が記憶を消すのに失敗したのか、どうかはわからなかったけれど、まだ今なら間に合うかもしれないと私は家を飛び出した。

 学校の前の神社まで来てみると、そこには雅がいた。
 間に合ったんだ。

「雅っ!」
 そう言って近づいた私は、雅の何をも映さない目に気づいた。
 何も出来ないでいると雅は光りはじめ、少しずつ上へと登りだした。
 何とかして引き留めようと、足をつかもうとしたがすり抜けてしまう。
 あるところまであがったとき、雅は光にとけ込む様に消えた。


 雅を引き留められなかった。
 そんな後悔で一杯になりながら、次の日を迎え、仕方なく学校へと向かう。
 教室はいつも通りの様子だった。
 けれど一つ違うのは私の隣に机は無かったということ。
 友人達に、いくら聞いても姫宮雅などというなの少女は転校してきてはいないと言われた。
 
 でも、私の中にある思い出は嘘じゃない。
 本当にあったこと。


 
 雅、私貴女のこと忘れない。
 悲しくても、淋しくても絶対に忘れない。
 貴女の言っていたとおり、思い出があるから、大丈夫だよ。
 だから、いつか。
 記憶が戻ったら、ここへ戻ってきて。
 ずっと、待ってるから。


ありがとうございました。
誤字、脱字等ございましたら連絡宜しくお願いします。













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