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禿げも功名

作者:綿村ノラ
 早く学校に行ってしまいたくて昨日の雨で湿ったままのローファーに足を入れた。玄関を開けると太陽が親の敵みたいに日差しをぶつけてきてゲンナリする。
 フライパンを入れたみたいに重たい鞄を頭に掲げてみるけど、効果はいまひとつ。そろそろ、日焼け止めを買わないといけない。残り少ない今月のお小遣いを思い出して心細くなる。化粧品メーカーが太陽にワイロを送っているのかもしれない、大人ってそういうことをしそうだ。

 大通りに出るとアスファルトに照り返された排気ガスが、スカートの中に入り込んで、汗ばんだ太ももを撫で回す。首回りに貼り付く猫っ毛も恨めしい。5分ばかりの道のりですっかり汗だくになった私はイライラと地下鉄駅へ潜り込む。
 日の届かない地下の涼しさで一息つく間もなく電車から吐き出された人が改札から溢れ出てくる。押し寄せる逆流の中、修行者のように改札へ進む。

 人波に揉まれていると、ふいに人とぶつかり厚い胸板に額を押しつけていた。鼻先にぶら下がる赤いネクタイ。仄かに香るみそ汁の匂いに私は顔を背けた。
 前方不注意、お互い様だと思ったその瞬間「チっ」と電光石火の舌打ちをお見舞いされた。
 舌打ちはいくらなんでもあんまりだ。たしかに、とびきり可愛いわけではない、けれど人並みじゃないですか。弾ける肉体との接触を、喜んでくれても良いじゃないですか。なんなら、紳士的な微笑みを浮かべつつ「けっこうなものを頂戴した」とか言って、財布からさっと1万円札を抜き出し、そっと握らせる。それぐらいされたって良いじゃないですか。なんで、舌打ちなんですか。私、女子高生なんですけど?

 生まれたばかりの小さな怒りは、出口を求めてつま先から頭の先まで、元気よく駆け巡る。どんつきに当たった怒りは、一回り大きくなって寄せ返す。朝の気分は、最低の中の最低に、深く深く深く、落ち込んだ。行き場を失ったざらざらの感情が、みぞおちあたりでのたうち回って、胸がつまりそうにる。

 袈裟斬りにされた私の心は、やっとのことで殺意を取り戻す。精一杯の鋭い眼つきで振り返る。足早に出口を目指す下手人は、周囲から頭一つ出るほど大柄だ。威圧的な体格とは対照的に、つむじ周りを覆う毛が心細い。小鉢に貼り付いた食べ残しのもずくみたいだ。

 頭皮に張り付く散らかった髪を睨んでいたら、ストンと力が抜けた。鼻腔に絡まっていたみそ汁の匂いが消えた。Aカップの胸に詰まっていたザラザラが、鼻から抜けてクスリと音をたてた。
 思い出せなくなった精一杯の殺意に悔しくなって「禿げてしまえ」と低い声でつぶやいた。

 男は階段を登り始めていた。地下の空気に溶けた陽射しをうけて、脂ぎった地肌がテラテラ光るのが見えた。列車の到着を告げるアナウンスが聞こえる。私はホームに向かって駈け出した。
お読み頂きありがとうございました。
小説を書こうと思い立ったはいいのですが、どうすれば良いか分からず手探りするために書いています。また、なにか書けたらと思っています。

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