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最後の夜に
作:鼠花火


土方は一人で葡萄酒を飲んでいた。榎本に飲むように勧められ、飲んでみるとこれが案外いける。それからいつも晩酌にはこれをやる。飲んだ後に残る渋味が旨い。

土方はふと外を見た。空には雲ひとつなく、綺麗に三日月が出ている。

−そういや京都に行く前に見た月と同じあんばいだな

土方は数年前の記憶を呼び覚ましていた。 近藤さんや沖田たちと浪士組に加わる前日に宴会を催したことを。近藤さんは無礼講だと宣言した。原田は酒を一気飲みほすと得意の宴会芸を始めた。源さんや永倉、藤堂が手で拍子をとる。沖田と山南は二人で何か談笑している。斉藤は少し離れたところからこちらを見ていた。俺は近藤さんの杯に酒を注いだ。
「歳よ、俺達は本当の武士になろうな」

−あぁ必ず

俺は近藤さんとそう誓った。
その誓いを守るため、俺は酷いことも平気でやった。隊内の連中に腹を切らせ、逃げた仲間を殺させ、挙げ句の果てに俺はいっしょに京都に来た山南と藤堂を殺してしまった。
不逞浪士は見境なく斬った。長州に薩摩や土佐、数えだしたらきりがない。


−なんだか今日はやけに昔を思い出すな

土方はいつもと違う己に違和感を感じた。しかし酔いが回り始め、ひどく気分がよい。葡萄酒を更に口に流し込む。口に渋味が残る。その渋味が先程までよりも苦さを感じなくってきた。−そうか、こうやって俺は人の死に慣れてしまったのか

「鬼」だ、と陰口を叩かれていたが、確かに俺はいつの間にか人が次々に死ぬことをあまり意識しなくなった。俺はどうやら人道を踏み外したようだ。こんな野郎がよく新撰組副長をやってたものだぜ……。我ながら苦笑もんだ。


北国の冷たい風が吹き始め、三日月に雲が掛かる。土方の酔いも少し冷めてくる。するとある予感が土方の脳裏をよぎる。−明日、俺は死ぬんだ
根拠はない。しかし人は死に際になると昔を顧みると言う。柄にもなく俺が昔を思い出すなんて、それぐらいしかねぇな。妙に納得してしまった。

死ぬことに躊躇いはない。その筈だ。この命は近藤さんに捧げたのだから。だが近藤さんは死んだ。では今の俺は何のために生きているんだ。

考えてみると簡単なことだ。
此処まで付いて来た仲間のため。それに新撰組副長土方歳三でなく、ただの多摩の土方歳三として生きるためだ。
−最後に俺は、本当の俺を全うして死ねるんだから、幸せじゃねぇか

土方はそのまま深い眠りに落ちた。テーブルに横にして置かれた葡萄酒の瓶が転がりだし、落ちて割れた。大きな音がしたのに土方は寝たままだ。



五稜郭に、無数の黒い影が近づきつつあった。


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