まおと魔女の薬
雪の降る寒い日でした。
赤いコートを羽織った5才のまおは、ほっぺが桃色の元気な女の子です。
まおは、森のすぐ近くにあるかわいい赤い屋根の家に、お母さんと二人で住んでいます。
今日は、お母さんが朝から元気がありません。
風邪を引いてしまったのです。
こんこんと苦しそうに咳をしています。
「ママ、大丈夫?」
「まおちゃん。ありがとう。大丈夫よ。少し寝れば、元気になるからね」
そう言って、お母さんはベッドで眠ることにしました。
まおは心配そうにお母さんの顔を見ています。
「そうだ!」
まおはお気に入りの白いマフラーと白い手袋をして、外へ駆け出して行きました。
薬を買いに街へ行こうと思ったのです。
しかし、まおは森の入り口で立ち止まります。
「困ったな…」
まおはまだひとりで森に入ったことがありません。
大人たちから森には恐い動物や魔女がいると言われていたからです。
しかし、街へ行くためには森を抜けるしかありません。
暗い森がまおの前に広がっています。
「大丈夫!怖くないもん」
まおは勇気を振り絞って、森へ駈け出しました。
いつもはお母さんと手を繋いで歩く道を、今日はまおひとりで歩いて行きます。
森の中は薄暗く、雪が木の枝から落ちる音がまおをびっくりさせます。
まおは少しずつ心細くなってきました。
まおの大きな瞳からぽろぽろと涙が零れます。
とうとうその場に座り込んでしまいました。
「どうして泣いているの?」
まおの後ろから声がしました。
茶色い毛をした子ぐまでした。青い色のセーターを着ています。
子ぐまは泣いているまおを心配そうに見ています。
「ママのお薬を買いに街へ行きたいの。でも、森は真っ暗で怖い」
まおはとうとう声を上げて泣き出してしまいました。
子ぐまは困って、まおの周りをうろうろとします。
すると、今度は茶色の毛をした大きなくまがやってきました。白いエプロンをしています。
「おやおや。大きな泣き声が聞こえるよ。珍しい。人間の女の子だ。チャック、一体何があったの?」
「お母さん!」
大きなくまは、子ぐまのチャックのお母さんでした。
チャックはお母さんぐまに駆け寄って、まおのことを話しました。
「まぁ。かわいそうに。名前はなんて言うの?」
「まおだよ」
お母さんぐまは、まおを優しく抱きしめます。
まおは暖かいお母さんぐまの腕の中でやっと泣き止みました。
「まおちゃん。町までは遠いから、魔女のところへ行くといいよ。とてもよく効くお薬をくれるから」
まおはそれを聞いて、困った顔をしました。
大人たちから森に住む魔女は人間の子供を捕まえて、カエルに変えてしまうと言われていたからです。
なので、大人たちも魔女には近づきません。
「お母さん。ぼくもまおと一緒に行ってもいい?」
「そうね。チャック。魔女の家まで案内してあげなさい。ただし、暗くなる前に帰るのよ」
「わかったよ」
チャックは元気よくお返事をしました。
まおは寒そうなチャックに、マフラーと手袋の片方を貸してあげました。
まおとチャックは、手を繋いで森を歩いて行きます。
しばらく行くと辺りは更に暗くなり、不気味な鳥の鳴き声が聞こえてきます。
チャックは怖がるまおを優しく励まします。
「大丈夫だよ。魔女はいい人だから、きっと薬をくれるよ」
まおはチャックの手をしっかり握って、怖い気持ちと戦います。
風邪で苦しむお母さんに薬を持って帰るために。
魔女の家は大きな木の幹をくり抜いて作られた家でした。
葉の落ちた枝の合間から煙がもくもくと吹き出ています。
チャックが扉をこんこんと叩きました。
「魔女さん。こんにちわ。扉を開けておくれ」
すると、重い音を立てて扉が開きました。
そこにいたのは高い鼻が特徴的なほっそりとした顔をした老婆でした。黒いローブを着て、黒い尖り帽子を被り、そして、腰が曲がっています。
大人から聞いた恐ろしい魔女の姿と同じです。
まおはチャックの後ろに隠れます。
「おや。子ぐまのチャックと、後ろの子は人間の女の子だね。どうしたんだい?」
「まおのお母さんが病気なんだ。薬をおくれ」
魔女のしわしわな顔がにっこりと笑いました。
「おやおや。まおちゃん。お母さんのために、はるばる薬を取りに来たのかい?大変だったね。寒いだろう。中にお入り」
まおは想像していた魔女と違って、びっくりしました。
そして、魔女を外見だけで恐いと思ったことを後悔しました。
まおとチャックは、お礼を言って魔女の家の中へ入ります。
魔女の家の中には珍しいものがたくさんありました。
かまどに置かれた黒い鍋には紫色の液体がぐつぐつと煮えたぎり、棚には見たこともないようなたくさんの色の薬が置かれています。
魔女はまおとチャックにホットミルクを作ってくれました。
冷えたまおたちを優しく暖めてくれます。
「まおちゃん。お母さんは何の病気なんだい?」
「風邪なの。こんこんってたくさん咳をして、苦しそう」
「風邪薬か。お安い御用だよ。これから作るから待ちな」
まおはぱあっと明るい笑顔を浮かべました。
「魔女さん、ありがとう。わたしも手伝う!」
「ぼくも!」
まおとチャックはぴょんぴょんと跳びはねました。
元気な子供たちに魔女も嬉しそうです。
魔女はかまどにかけていた鍋をどかして、新しい小さめの黒い鍋を出しました。
そこに水瓶から水を掬い取って、鍋へ入れます。
まおとチャックは、魔女の両脇から眺めていました。
「チャック。鍋を見ていておくれ」
「わかった」
チャックは元気よく返事をしました。
「わたしは?わたしはなにをすればいい?」
「まおちゃんは、あたしと裏庭に薬草を取りに行こう」
魔女はまおの小さな手を取って、裏庭へ向かいます。
裏庭の畑は雪に埋まって真っ白です。
魔女は薬草を踏まないように気をつけながらゆっくりと歩きます。
まおは魔女の足跡をぴょんぴょんと跳ねるように辿ります。
そんなまおの様子を見て、魔女はしわがれた声で笑いました。
「転ばないように気をつけるんだよ」
「はい」
まおは元気よく返事をしました。
魔女は畑の一角に辿り着くと、そこにしゃがみました。
まおも魔女の隣にしゃがみます。
魔女が草にかかった雪をしわしわな手で優しく避けると、そこには白い花の咲いた草が生えていました。
「まおちゃん。これが風邪薬の薬草だよ。抜いてごらん」
まおはその草の根元を掴んで、勢いよく抜きました。
すると、勢い余って後ろにころんと転がり、雪の上に仰向けになりました。
その手の中にはしっかりと薬草が握られています。
「これでお母さんが治るんだ。元気になるんだね」
まおは嬉しそうに声を上げて笑いました。
魔女はまおを優しく抱き起こすと、必要な分の薬草を手早く摘み取って、まおを連れて家へ戻りました。
チャックは魔女に言われたとおり、しっかりと鍋の見張り番をしていました。
魔女は取って来た薬草を包丁で切り刻んで鍋の中へ入れます。
そして、棚にある色とりどりの薬品の中からいくつか選んで、鍋の中へ入れて行きます。
魔女は鍋に手を翳して、呪文を唱えました。
「ルゥ・ゲルグ・イーゼ」
すると、鍋からもくもくと緑色の煙が出てきました。
まおとチャックは、びっくりして魔女の後ろに隠れます。
そんなまおとチャックに、魔女は微笑みました。
「もう少し煮込んだらできるからね」
まおとチャックはお互いの手を取りあって、くるくると回って喜びました。
そして、まおとチャックは鍋を眺めていましたが、しばらくすると寄り添うようにして眠ってしまいました。
魔女はそんな子供たちに緑色の毛布を掛けてあげます。
1時間くらい経った頃でしょうか。
魔女はおたまで鍋から薬を掬い取って、小瓶に入れました。
薬は綺麗な淡い緑色をしています。
そして、まおとチャックを優しく起こしました。
眠そうに目をこするまおに魔女は、薬の小瓶を見せました。
「これを飲めば、お母さんはすぐに治るよ。遅くなってしまったから、森の入口まで送ろう」
外に出ると、辺りはオレンジ色になっていました。
魔女は箒にまたがると、まおとチャックを乗せて空へと昇っていきます。
まおとチャックは、目を輝かせて辺りを見回しました。
森はまおたちのずっと下です。
遠くには一番星が煌めいています。
家へ帰る鳥たちと一緒に空を飛びます。
あっという間に森の入口へと着いてしまいました。
「魔女さん。お薬をありがとう」
「まおちゃんとお話しができて、あたしも楽しかったよ。よかったらまたおいで」
「きっと来るよ。今度はママと一緒に」
まおは魔女にぎゅっと抱きつきます。
魔女は嬉しそうに、顔をくしゃりとさせて笑いました。
チャックともここでお別れです。
まおはチャックにお礼を言い、また遊ぶ約束をしました。
魔女とチャックはまた箒に乗って飛び立ちます。
まおは大きく手を振って魔女とチャックを見送りました。
まおの心は軽やかに弾んでいます。
森の動物も魔女も人間が怖がって、勝手に恐ろしいと決めつけていたのだと、まおは気がついたからです。
家に戻ったまおは、真っ先にお母さんのところへと行きます。
「ママ!」
横になっていたお母さんに声をかけると、お母さんはゆっくりと起き上がりました。
「見て!お薬をもらってきたよ」
お母さんはとてもびっくりしました。
そして、まおをぎゅっと抱きしめます。
「お母さんのために?ありがとう」
まおはお母さんにぎゅっと抱きつきます。
その顔は朝よりも少しお姉さんになった笑顔でした。
まおはお母さんに森でくまの親子に出会ったこと、魔女と一緒に薬を作ったこと、魔女の箒で空を飛んだことを話しました。
まおの話を聞いてお母さんはとても驚きましたが、楽しそうに話すまおにお母さんもだんだんと笑顔になりました。
お母さんは魔女からもらった薬を飲むと、魔女の言ったとおり、次の日には元気になりました。
まおとお母さんは手を繋ぎ、森へ入って行きます。
くまの親子と魔女にお礼を言うためです。
まおは今日も元気いっぱいに笑っています。