御田くんと、おつきみ
※付き合ってません。
お久しぶりな御田くんと北野さんシリーズです。糖度は高め(当社比)になっているといいなあとおもいます。
身長も高く、運動神経は良い、顔もよし、勉強もまあできるほう。無口だけど優しい、御田くん。そんな御田くんを見て、私は衝撃を受けた。
――教室で御田くんが、しょんぼりしている。
夏が終わって少しだけ寒くなってきたなあと思う朝を越えて、登校してきたらば御田くんはもう登校していて、けれど彼はちょっと落ち込んでいる様子で。
「御田くん、おはよう」
「ああ、北野、おはよう」
「わ、手どうしたの?絆創膏だらけだけど」
ちら、と見た御田くんの大きな手には絆創膏が貼られていた。なんだか痛々しくて思わず手を取ってさする。痛い?と聞けば、御田くんは何かに耐えるように口を結んでいたので、そんなに痛いのかともう少し優しくさすっておいた。手を離したら御田くんは机に突っ伏していたので、これは相当痛い思いをしたんだなあと可哀想になる。
「そんなに痛いなんて、どうしたの?」
「いや、コレは別に痛いわけじゃ……。昨日、白玉団子に挑戦したかったんだがな」
「白玉団子!美味しいよねえ、私、あれ大好き」
「うん、北野が好きだって言ってたから、たまには俺が作って一緒に食べたかったんだけどな。すまん、失敗してこのザマだ」
白玉団子で、けがをする場面が…?と疑問符を浮かべた私に、御田くんは悔しそうにやけどしたのだと言った。あ、そっちね。それは地味に痛いだろうなあ、と思いながら、少しだけ口元を緩めてしまう。だって私が好きだから作ってくれようとしてたってことでしょう、お菓子作りの苦手な御田くんが。嬉しいなあ、とにやにやしていたら、御田くんに頬をつねられた。
「いたい、いたいよう」
「北野が笑うからいけないんだ」
「だって、うれしくなっちゃったんだもの。御田くん、私と一緒に食べるために作ろうとしてくれたんでしょう?お菓子を食べるときに思い出してくれるくらい私のこと友達として認めてくれてるんだね…!」
「はい、はい、そうです、はい」
感激しながら言えば、対照的にまるで事務的な電話に出るみたいに御田くんは頷いた。ちょっとぶすくれて恨めし気にこちらを見てくるのが、本人には言えないけれど可愛いなあと思ってしまった。こういう時の御田くんは、照れ隠しをしてるっていうのを私は知っている。
「からかったんじゃないんだよ?うれしかったの、それだけだから」
「……本当に、北野はこわいな…」
口を尖らせた御田くんは、私を恨めしそうに見ているけれど。全然怖くないのが御田くんのすごい所だなあと思う。男の子にじっと見られたら怖いと思ってしまうのに、御田くんだけはそうじゃないのだ。だから、きっと、それだけ私は御田くんのことを信頼しているという事。
「怖いなんてひどいなあ、でもお詫びに今日は私がお団子を作るね。アイスクリームと餡子を乗せて食べるのは絶対おいしいよ!」
「ああ、いいな。そうしたらアイスの差し入れは任せてくれ」
「うん、今日は満月らしいから、お月見にしよう。晩御飯が終わったらお団子持っていくから、お腹すかせといてね?」
約束、と言って小指を絡めて上下に振る。最近始めた指切りは、最初こそ小さいころみたいだなあと笑ったものだけれど、慣れてしまえばなんてことない習慣になる。やり始めたのは御田くんで、どうしたのと聞いたら牽制だって言っていたけれど、よくわからなかったのでそのままにした。
御田くんとする指切りは好きだ。口約束じゃなくてちゃんとした約束だと思える。そうして、触れた指先が熱くて暖かくて自然と笑ってしまうくらいにの御田くんとの幸せな指切りを約束の証としてすることになった。
朝は寒かったけれど教室に入ったらなんだか暑くなってきて、窓を見れば青空が広がっていた。秋晴れ、という奴だ。今日の夜も晴れるといいなと思いながら立ったままだったので席に座る。隣の席の御田くんは優しい目をして私を見ていた。
最近、御田くんが私を見る目が優しい。昔から優しい人だったけれど、視線まで優しくなるとはなんて素敵な人なんだろうと、お兄ちゃんに話したところ泣きながら部屋に入っていったのできっと感動したんだと思う。
「そういえば、御田くん。白玉団子はどうなったの?」
「………やけどの処置をしてたら、どろどろになった」
「ああ、茹ですぎちゃったんだねえ…」
悲しそうにする御田くんを見てられなくて、よしよしと背中を撫でた。落ち込んでいる御田くんを見るのは、私も悲しくなってしまうのだ。
やけどの手当てをしている時も火にかけたままだったようでドロドロになってしまったらしい白玉団子を思い出しているらしい御田くんに私はよし、と気合を入れた。失敗は許されない。御田くんの気持ちを上げるためにも成功しなければならないのである。
「そうだ、御田くん、このあいだ美味しい黒蜜をもらったからつけてあげるね」
「至れり尽くせりだな、ありがとう北野」
「いいの、御田くんと一緒に食べるの好きだから」
うふふ、と笑えば、御田くんが私の顔ににゅっと手を伸ばして両頬をむにゅっと掴んだ。
決して痛くはない強さで左右に引っ張られる私の頬は、御田くんが思わず笑ってしまうくらいによく伸びた。
「うう、はなひへ…!」
「北野のほっぺは触っても飽きないなあ。おもちみたいで可愛いな」
「かわひくなひっへは…!」
「かわいいかわいい、あんまり無防備なこと言う口は開いたまんまにしようなー」
御田くん、顔は笑っていても目が笑っていない。そもそも別にたいしたことは言っていないはずなんだけれど、失言をしてしまったかなあと離された頬をさすりながら思う。
「何か気に障った…?」
「…好き、とか、可愛い、とか。簡単に言うなよ」
「好きなものは好き、可愛いのはかわいいって言うのは御田くんもそうだと思うけど…。それに、私、御田くんにしか言ってないと思うよ」
あああ、かわいい、でもそうじゃなくて…とぶつぶつ言いながら頭を抱えている御田くんの隣で私も頭を抱える。さっき私のほっぺをむにむにして可愛いって言ったのはどこのどいつだっていうお話ですよ、ちょっと照れたのは内緒。
甘いものが好きだとか、優しいとか、それが私だけに見せているものではないとは知っているけれど、それを一番近くで知れるのは今は私だけだと思っているから。独り占めしたいと思ってしまうのは、友達としてはダメなんだろうか。最近の私は少しおかしいみたいで、御田くんのことを考えながらお菓子を作るとき、御田くんとお菓子を食べるとき、御田くんがかかわっている時はいつも以上に温かくて幸せで、どこか切ないような気持ちになってしまうのだ。他の友達には感じない気持ちの行方を、最近考え始めては答えが出ないそれを持て余している。
――ただ、御田くんと話している時はそういうのが全く出てこないので、夜一人になった時だとか授業中だとかに限られてしまうのだけれど。
「なあ、北野」
「うん?なあに、御田くん」
「北野は、俺とばかりでいいのか?俺は北野と一緒に居られて嬉しいし、北野の作ったものが食べられて美味しい思いばかりをしてるけど、お前を付き合わせてばかりだろう?」
「そんなことないよ!」
思わず、大きな声を出してしまった。けれど、そんなことに構っていられなくて御田くんの手を取る。
「私、御田くんと一緒にお菓子食べるのが好きなの。御田くんと一緒って言うだけで幸せで、御田くんに食べてもらえるって思うといつも以上に頑張れる。だから、御田くんが嬉しいって思ってくれることが嬉しい。だって私、御田くんの事大好きなんだよ?」
「…きたのが…、北野が俺を殺しにかかってくる…!」
「あああああ、どうしたの御田くん、御田くん戻ってきて…!」
机に突っ伏して頭をぶつけ始めた御田くんを慌てて止める。助けを求めて回りを見渡せば、みんながどこか痒いような顔をして私たちを見ていた。うるさくしてごめんなさい。
そのあと落ち着いた様な御田くんに、大丈夫かと声をかけたら、御田くんはぐっと口を噛んで、そうして少しだけ笑った。その顔が、いつも見ているモノとは違って、男の子なんだなあとキラキラして見えてしまう。
「俺も、」
「…え?」
「俺も、北野の事、大好きだって知ってる?」
どこかいたずらっ子のように、でもいつもと違う声でそう囁いた御田くんの声を私はいままで聞いたことがなかった。
そうして次は、私が机に頭をぶつける番。この人怖い。私を殺しにかかってる。
「北野、北野やめとけそれは…!傷が付いたらどうするんだ」
とめられたので、やめたけれど。どうにも顔が熱を持っていて、ぱたぱたと手で仰ぐ。熱い、と言えば御田くんの手が伸びて私の頬をさすった。
「あんなに動かすから、血が上ったんだろう」
「あ、御田くんの手、ひんやりして気持ちがいいね」
御田くんの手に触れられるのは、嫌いじゃない。むしろ、好きかもしれない。
そう言ったら、御田くんは始業ベルが鳴るまであと少しだというのに、勢いよく教室を飛び出していった。
***
「こんばんは、御田くん!白玉団子作ってきたよ」
「こんばんは、北野。言ってくれれば迎えに行ったのに…夜なんだから何かあったら危ないだろう」
「近いから大丈夫かなって…、ごめんね」
わくわくして楽しみで、早く一緒に白玉団子を食べたくて気がせいてしまったみたいだ。御田くんの家のベルを鳴らしたら、出てきた御田くんに怒られてしまった。
少しだけ気落ちしていれば、苦笑した御田くんが頭を撫でてくれた。白玉の入ったタッパーも持ってくれて、「実は俺も楽しみに待ってた」なんて言われたら、私の気分は上昇するしかない。
「黒蜜もね、もってきたの」
「高級だな、雲がかかってなくてよかった。綺麗な満月だ」
「わあ、本当だね!あ、たくさん作ったから、御田くんのご家族にも」
「ありがとう、喜ぶよ」
二人で白玉団子を盛り付けたり、アイスや餡子を乗せたり、そのどれもが楽しくて嬉しい。
御田くんはめいいっぱいアイスも盛り付けていて、私は夜ということで躊躇しているというのにと恨めしく見つめた。甘いものばかり食べても太らない御田くんが時々うらめしい。
ガラスの器に盛りつけたアイスと白玉団子をもって、二人で御田くんの家の縁側に座って食べながら月を眺める。
美味しいものを食べながら、季節を感じるなんて風流だと御田くんが笑う。本当だね、とっても素敵なことだと思う。
「月、きれいだねえ」
「そうだな、綺麗だ。…いつもよりずっと綺麗に見える」
秋の夜、涼やかな夜風に当たりながら眺める月はとてもとても綺麗だった。
こんな風に、ずっと隣に座ってみていたいなと思う、長いようで短い時間を私と御田くんは静かに過ごした。
隣で座る男の子を見上げる。私より高い位置にある顔が、私を見下ろして柔らかく笑った。
ああ、この人は、可愛いだけじゃなくてかっこいい人なんだなあと改めて思った次第。
「北野?」
「御田くん、ついてる」
「……え?」
でも。唇の端にアイスをつけた御田くんはいつも以上にとても可愛らしい。可愛いね、と言いながら指を伸ばしてそっと取ってあげた。
御田くんは、力を抜いて私の肩に顔を乗せてしまって、暖かな温度に胸がはねる。
「御田くんは、可愛いね」
「北野はずるいなあ」
ずるいのは、御田くんだよ。という言葉は飲み込んで、私は御田くんの頭にこつんと自分の頭をぶつけるように置いた。
触れた部分が、あったかくて、この人の隣はいつだって心地良いのだ。
***
蛇足(という名の、クラスメイトの悲劇)
「バカップル爆発しろ早く付き合え砂吐く唐辛子食べたい」
「どうして、どうして付き合ってないの…?怖い、私は二人が怖い!」
「俺、今北野が告白したように聞こえたんだけど…?っつーか御田も告ってんじゃん、両想いカップル成立万歳ってなんねーのはなんで?」
砂を吐く、というか。聞いているだけで少女漫画な二人を見続ける日々。最初は楽しかったけど、というよりも今も楽しいけれど、そろそろくっついてもいいころ合いだと思うのだが。
「俺、御田に喝を入れたい」
「どうしたらくっつくのかな、これ…」
この仲良しなバカップルが本当のカップルになるのは、神のみぞ知るということなんだろうか。もういつくっつくのか、賭けの対象にしちゃうからな!と思った私達なのだった。
***
※付き合ってません。
でもそろそろ時間の問題。北野さんの自覚が芽生えそうになるところが書きたかったのでした。