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第三十九話 異変




交渉の場所はレオナードが閉じ込められていた離宮。オーティスの王城から歩いて半日ほどでたどり着けるそこは、離宮という名の通り形式上は王城の一部である。造りはまったくと言っていいほど同じで、多少狭いが手入れも行き届いている立派な塔だった。
ヴィラとレオナードは馬から降りてその塔を見上げる。

「行こうか」

「そうだな。懐かしい?」

「さあ、あまりいい思い出はないがな」

閉じ込められていた場所なのだからそれもそうだ、とヴィラはクスクス笑いながらレオナードと腕を組んで歩きだす。既に交渉相手は到着していたらしく、真っ赤な髪の男が2人を出迎えた。彼はレオナードという人質を失っているにも関わらず不敵な笑みを浮かべて礼を取った。

「お久しぶりでございますレオナード陛下」

「貴方は王弟のクラウス殿でしたね」

「その通り・・・。さあ、中へ入りましょう」

ヴィラは探るような目でクラウスを睨みながらレオナードの歩調に合わせる。用意された場所は最上階の――――そう、レオナードが閉じ込められていた部屋だった。
テーブルに着くと両肘を乗るクラウス。

「さて、さっそく話を始めましょうか」

「そうですね」

とても話し合いの場とは思えないほど重たい空気が部屋中に満ちた。国のやりとり、それは戦場に匹敵するほどの重さと残酷さを孕んでいる。
レオナードは目を細めると静かに話し始めた。

「もう既に事の全容はご存じかと思いますが、我々はそちらの要件を聞くつもりはありません」

「・・と申しますと?」

「ベルガラに残された選択肢は2つ。我々に政権を移譲し実質的に王国を解体するか、国土の3分の2を割譲するか、どちらかです」

王室を奪われれば彼らは権力を失うが、国土の大半を盗られればベルガラの国力だと国としての機能を失うだろう。どちらにしてもこれはベルガラの終焉を意味する。
・・・・しかし、クラウスは不敵な笑みを浮かべたまま、余裕の表情でヴィラを舐めるように見回した。

「そうですねぇ、しかしレオナード陛下はせっかちでいらっしゃるようだ」

「どういう意味です」

「実行犯はオーティスの官吏、我々はそれに便乗したまで。真に責めるべきはオーティスでしょう」

「百歩譲ってオーティスが事の首謀者であったとしてもベルガラは同罪」

レオナードの声のトーンがひとつ下がった。苛立っているのかいつもより口調が早い。

「ではオーティスも同様の罪を被ってしかるべき。もしベルガラを滅ぼす・・・というなら、ね」

「それはない。なぜならオーティスが今回の件に関わったのは官吏個人であってオーティス王家ではないからだ」

しかし調べたところベルガラは国家ぐるみと言っていいほど大々的に動いていた。ルファシスに指示を出したのも、罪を唆したのも彼らだ。
クラウスは大きく息を吐いて手をヒラヒラと振った。

「私たちはもうベルガラを守ろうなど思っていないのですよ、これぽっちもね。ただベルガラの辿る運命はオーティスも道連れにさせていただく」

ヴィラとレオナードは顔を見合わせた。そして妙に納得する。
初めからおかしかった。実行犯が自ら名乗り出たり、囚われていたレオナードがあっさりと逃げることができたり。彼らは本気でレオナードを人質にしてドローシャをどうこうする気はなかったのだ。

「オーティスを道連れにしてなんになる」

そこで初めてヴィラが問うた。クラウスは眉を上げてヴィラに顔を近づける。

「なぜって、そうでないとベルガラがあまりにも惨めではないですか」

「そんな理由で国を壊すか」

「そんな、じゃないのですよ。立派な理由です。ノルディ戦争でベルガラは予想以上の痛手を負った。まさかこれほどまでにオーティスが強いなどと思っていなくてね。立て直しが利かないほどに国内は既にバラバラだったんですよ。そしてベルガラが滅べば国民は何を思うと思います?「オーティスさえ無ければ」―――そう、命をかけて戦ったオーティスの滅亡を国民は望んでいるのですよ」

「家族や友人や恋人をオーティスに殺された民は確かにオーティスを憎むだろう。だが貴方は為政者、国を預かる者だ。他国に手を出す前に自国をどうにかしようとは思わなかったのか?」

レオナードの声は妙に静かに響いた。チュンチュンと雀の鳴き声が窓辺から聞こえる。
それからクラウスは黙り込んだ。何を考えているのか、まったくの無表情で。とうとう観念したかとヴィラもレオナードも思い始めた頃。

―――――一つ筋の風に乗って、部屋に焦げたような匂いが立ち込めた。

ヴィラは乱暴に立ち上がって窓から景色を眺める。

「なに・・・これ」

クラウスは腹を抱えて勝ち誇ったように盛大に笑った。













ヴィラとレオナードが見えなくなった後、百は振り続けていた手を降ろす。

「あーあ、本当に行っちゃった」

「まるで嵐のようだったな・・・」

そう言って遠い目をするヒューバート。ヴィラを嫌うとかそういった感情はもうなかったが、それでも傍に居られるとそれだけで疲れる。ヒューバートにとってヴィラはそんな存在だった。百はクスクスと可笑しそうに笑う。

「それにしても恵理ちゃんってばレオナード陛下と仲良かったね」

「止めてくれ!もしあの女がレオナード陛下の側室に入ったら・・・・余は・・・余は・・・!毒女に敬語なんて絶対使いたくないぞ!」

それを聞いたアレフも同じ心境だったらしく表情を歪めた。ヒューバートやアレフにとってヴィラを敬うなど恐怖以外の何物でもない。それに彼らはヴィラに対してあまりいい態度を取っていない。万が一嫌われでもしていたら・・・・オーティスの存続に関わる。

「モモ、余はあの毒女に嫌われていないだろうか・・・」

「そんなことないよ!だって恵理ちゃんヒューは苛め甲斐があるって言ってたよ!」

拳を握って力説する百に、それはそれで嫌だとヒューバートは俯いた。後はレオナードの女の趣味が悪くないことを祈るしかない。

「陛下たちまだ外に居たんですか?まだ冷えるんだから早く中に入りなさいな」

そこでやって来たザックに背中を押されるようにして塔の中へ入る。今日の予定はぁ、とザックの口からすらすらと言葉が出てきた。

「今から朝議があるのよね、もう始まるから急いでくださいな。あ、モモ様もご一緒に出席してくださいね。午後からは執務を片づけて、3時半からノースロップの大使がいらっしゃいますから準備を怠らないように」

「ああ・・。ザック」

「なあに?陛下」

「毒女はお前の目から魅力的に見えるか?」

「どうしたんです突然」

そうねぇと上を見上げながら考え込むザックは、器用に書類を仕分けてヒューバートに手渡しながら口を開く。

「見た目は文句のつけどころがないし、何も考えていないようでかなり気骨のあるいい女よね。ま、あの性格じゃ並大抵の男じゃ扱えないだろうけど」

「レオナード陛下が気に入るなど・・・あり得るのだろうか」

「そりゃあるでしょうねぇ。だってあの見た目ですもの」

ずーんと沈み込むヒューバートは足取り重く朝議の間に入った。既に人数は揃っていてヒューバートが上座に座ったところで議長のロディが口を開きかけたその時。

兵士の一人が乱暴に扉を開けて駆け込んできた。

「陛下!敵襲です!」

ざわっと騒ぎ出す一同をヒューバートは一喝して兵士に問う。

「ベルガラか」

「違います、それが・・・」

「は!?ベルガラじゃない!?」

兵士は奥歯をガタガタと言わせ、冷や汗をかきながら震える声を絞りだした。

「―――――ド、ドローシャです」

その瞬間、議会は混乱して逃げ出す者、叫ぶ者や暴れる者が続出する。ヒューバートたちはまさかと思いながら外へ駆けだすと、そこで見たものは目の前まで迫った軍兵だった。

金の縁取りに黒い鳥の描かれた紫の旗――――ドローシャの王妃軍だ。

「・・・・どういうことだ・・・なぜ?」

「陛下、ここはもう危険です、お逃げください!」

アレフは呆然とするヒューバートと百の手を取って連れて行こうとしたが、その手はヒューバートによって払われた。

「アレフ、モモだけを連れて逃げろ」

「何をおっしゃいます!陛下がいなくなればもうこの国に後継ぎはおりません!・・・・国は滅びますっ」

「ドローシャのご不興を買った時点でこの国は終わりだ。余はその責任を取らねばならない」

「しかし・・・」

ヒューバートは百に向き直ると流れる彼女の涙を指ですくいながら耳元で囁く。

「モモ・・・短い間だったが楽しかった」

百は言葉にならないながらも必死で首を横に振った。諦めてほしくない。
・・・こんなはずではなかった。誰もが心の中で思ったこと。

「モモ、君は生き残るんだ」

「い、いやだ・・・そんな・・・」

「まだ間に合うかもしれない、逃げなさい」

ギリッと奥歯を噛みしめたアレフは百の手首だけを掴んで走り出した。

「ヒュー!・・・ヒュー!!イヤだよ!ヒュ―――!!」

金属のぶつかる音と兵士の怒号が迫ってくる。それを呆然と見ながら、ヒューバートは空を見上げた。

火矢が飛んでくるとあっという間に城は火が燃え広がり始める。城内にドローシャの兵士侵入し始めて終わりかと思った瞬間、腕を強い力で掴まれた。振り返るとそこには、さっき別れたはずの百。

「な、なんで・・・!」

「ヒューが逃げるならあたしも一緒に逃げる!でもヒューが逃げないならあたしも逃げないから!」

今までに聞いたことがなかった、百の怒った声。ヒューバートは瞠目したあと、百を連れて塔の中へ逃げ込んだ。剣を抜いたアレフも後から追いかけてくる。
彼らが向かった先は祈りの間。唯一火が届かないよう設計された特別な部屋だった。予想通り人でごった返している。

「モモ・・・」

ヒューバートと百はそのままきつく抱き合って座り込んだ。火の燃え盛る音と敵兵の喧騒はすぐ目前。




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