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第三十七話 死の晴れ舞台



次の日。

「恵理ちゃん綺麗!!」

柔らかい月色のドレスを着たあたしに、百はいつものように目を輝かせて微笑む。一方百はヒューバートが用意した豪華なフリルをあしらった純白のドレス。

「百もそうやって着飾れば大人っぽく見えるよ」

「ほんと!?」

きゃっきゃっとはしゃぐ百に、あたしは小さな小瓶を百に手渡した。

「これあげるから、今日はこれをつけるんだ」

「なあにこれ」

「ちょっとした香水」

「へー、ありがとう。なんて言うの?」

「“死の晴れ舞台”」

「なんか不吉だねぇ」と言いながら蓋を開ける百。おそるおそる匂いを嗅ぐと、意外だったのか目をパチクリさせる。

「全然名前のイメージと違う!優しい感じ・・・」

「気に入った?」

うんうんと笑顔で頷く百は、あたしの首に顔を近づけてくんくんと匂いを嗅いだ。

「恵理ちゃんのは?」

「あたしのは“月の精霊”。ドレスに合わせたんだ」

「なるほど・・・あまり甘くないのにインパクトのある匂いだね。この世界にも香水ってあったんだ」

新発見、と不思議そうにあたしのポーチの中を覗く。

「ヒューバートからもらったりしないのか?」

「ううん、服とかアクセサリーはくれるけど香水はなかったよ」

これは?と百はいろいろ漁り始めた。こういうのを始めたらこの子はなかなか終わらない。買い物もかなり時間がかかるタイプだ。そんなところが可愛いすぎる。

「どれが気に入った?」

「うーん・・・・“死の晴れ舞台”が抵抗なく一番付けやすい香りかな、匂いも薄いし。あとはこれとこれ」

「じゃあそれやるから持ってろ」

えっと目を見開く百。小瓶を手渡したけどすぐに押し返そうとする。

「だめだよ、そんなっ」

「だめだ、持ってろ。普段からつけろなんて言わないけど、こういう公式の場では付けた方がいい。それだけでステータスになることもあるから」

「そんなものなの?」

「そんなものだ」

百はしぶしぶ受取り、きゅっと両手でそれを握った。あたしは有無を言わさず百を化粧台に座らせると、侍女が施したのであろう化粧の上から化粧を重ねる。使っているのは日本製の化粧品。やはり科学技術が進んでいるあちらの世界の方が発色も持ちもいいため、あたしは何度か行き来した時に化粧道具一式を持ってきた。

「恵理ちゃんなんでも持ってるねぇ」

「まーね。さて、可愛いお姫様の出来上がり」

百は立ちあがるとくるりと一回転して嬉しそうな笑みを浮かべる。やっぱり可愛いすぎる。

「緊張するね」

「大丈夫、ヒューバートがちゃんとエスコートしてくれるだろ」

「うん」

元気よく頷いた百と一緒に、あたしたちは待ち合わせ場所に向かった。











百はヒューバートと華々しく登場したけれど、あたしはこっそりと忍び込むようにして会場へ入った。あたしがパートナーとして引っ張って来たのは、前に一度だけ晩餐会で会ったロディだ。この選択は大いに当たり。彼は目立つしモテるけど女性さばきに慣れていて囲まれることはないし、必要以上にベタベタしてこないし、あたしのワガママもなんなくこなしてくれるから。だけど、

「周りの視線がきつい。ったく、人をジロジロ見るんじゃねえよ」

「それは仕方ないさ。ヴィラは目立つからね」

ああもう、鬱陶しいからこっちを見ないでほしい。顔隠しておけばよかった。

ところでこっそり見たレオナードのパートナーさんは華やかな印象のグラマラス美人。彼女は嬉しそうに話しかけていたけれど、レオナードは無表情であまり相手をしてないようだ。レオナード自身もかなり目立つ容姿をしているけれど、ドローシャの王だと皆知らないので注目されているくらいで済んでいる。さすがに目立ち過ぎて話しかける勇者はいないらしい。話しかけるなよオーラ放ってるしな。怖い怖い。

「ロディ、自由にしてていいぞ。せっかくだし女捕まえてきたら?」

「やめてくれよ。今回の夜会で君以上に魅力的な女性はいないだろう?一体誰の心を掴むと言うんだい?」

・・・というわけで、四六時中ロディを連れまわすことに。時折ガチガチに緊張して自己紹介をしている百のフォローに回りつつ、今回の仕事をこなすことにした。
夜会に来た目的、それはレオナードが浮気しないように見張ることじゃなく――――百の安全を確保すること。何度か公の場に出て思い知ったのだけれど、さまざまな人が入り乱れる社交場は危険が多い。一応アレフがしっかり後ろから付いているようだからまだ安心できるけど、今日初めて百を王の恋人として紹介するから何が起こるか分からないし。

神経を尖らせて壁際に居ると、突然ロディが参ったような声を出した。

「ヴィラ、君は茶髪の彼に何か恨みでも買ったのかい?」

「ん?どうした?」

「さっきからずっと睨まれてるのだけれど・・・」

そう言うロディの顔色は優れず冷や汗をかいている。そっと彼の蔭から覗いてみると、こちらを凝視しているレオナードと目が合った・・・気がした。

「無視してていい」

「いや、そのうち殺されそうな勢いで睨まれてるのだけれど・・・・」

「無視しろ」

確かにレオナードは怖いけど、今はスルーさせてもらう。ごめんロディ、ちょっと可哀そうだけど我慢してくれ。
それからいっとき会場を見張っていると、人ごみの中から誰かが近づいてきた。

「こちらの女性はどこのご令嬢ですかな?アーノルド卿」

「・・・・シクバル卿」

誰だ?とロディにこっそり聞くと、前オーティス王の従兄だそうな。

「こちらはモモ様のご友人であらせられます」

「ほう。突然話しかける無礼をお許しください、わたくしはハウゼン・シクバルと申します」

「ヴィラです」

丁寧ながらも貫禄のある口調。あまり嫌いなタイプではないけれど、今はできれば放っておいてほしい。

「モモ様と言えば今日は一段とお美しく・・・・彼女はどのようなお方で?」

「いい子ですよ。明るくて優しくて」

「そうですか」

彼は軽快に笑った。あたしは愛想笑いを返す気もなく話を合わせていると、ロディがさりげなくあたしをダンスフロアに連れて来てくれた。シクバル卿から解放されてほっと一息吐く。

「・・・・助けてくれたのはいいんだけど」

ダンスフロアのど真ん中だしこれじゃ踊らなきゃいけねえじゃん!ロディはいたずらっぽい笑みを浮かべ、あたしの腰に手を回す。

「いいじゃないか、一曲くらい。シクバル卿の世間話はとーっても長いよ?」

「じゃあ一曲だけ・・・」

あんまり自信はないけど、丁度流れて始めた曲で適当に合わせてみる。相変わらず周りの視線がきつい。
なんとか一曲を踊り終え、さっさとフロアから抜けようとしたら、今度はヒューバートたちとばったり出くわした。ヒューバートはものすごく嫌そうな顔をしてあたしを見るけど、一方で百はガチガチだった表情が少し和らいだ。

「恵理ちゃん!」

「百、大丈夫?」

「あんまり」

えへへと苦笑する百。いつもの明るい笑顔だったけれど僅かに疲労が見えた。可哀そうに。

「なにやってんだよヒューバート。さっさと百休ませてやれ」

「言われなくてもそうする」

つん、とヒューバートは言い放ち、百を連れて会場を出て行こうとした。が。ヒューバートがさっきのシクバル卿に捕まったらしく、百は隙を見てこちらに逃げるようにしてやってくる。そして困ったような苦笑を見せると、肩で大きく息を吐いた。

「ふう、息がつまりそう・・・・」

「ヒューバートは女の扱いがなってないな」

「そうだね、モモ様をこんなに疲れさせるとは陛下もまだまだ青くていらっしゃる」

あたしたちは3人で頷き合い、ヒューバートがいかにいじめやすくいじりやすいヤツなのかを語り合っていた。ここがどこか忘れるほど熱く熱弁をふるっていた。
しかし突然誰かに腕を引っ張られて人波の中に引きずり込まれる。犯人は茶髪の背の高い男で・・・・って、え!?レオナード!?

「ちょっとナニコレ!目立つ!超目立つからやめてくれ!」

レオナードはあたしの手を引いてぎゅうっときつくあたしを抱き締める。そりゃ目立つさ!だってレオナードだもん!
見られてる!めっちゃ見られてるからーーー!!

「ヴィラが叫ぶから目立つんだろう」

「いや、半分以上レオナードの所為だからな?」

そして引っ張られるままに、百たちからかなり離れた場所まで来てしまった。

「あー、百ー・・・」

百までの距離が遠く、姿もここからじゃ確認できない。レオナードは不機嫌そうに眉を寄せてあたしを引き寄せる。

「俺じゃ不満か?」

「ううん、そういう意味じゃなくて」

どうしよう、レオナードがめちゃくちゃ怖い。声のトーンもいつもより低いし、怒ってるのか視線もキツイ。

「お、怒ってる?」

「さあな」

うわぁ、怒ってらっしゃる・・・。なぜだ・・・。
あたしは会場の外にレオナードを連れて来て人の少ない庭を目指した。夜の庭は幻想的で好きだけどちょっと暗くて得意ではない。ただこの暗さが恋人たちの逢引に格好の場になっていたりする。

あたしは暗闇の中で光る青い瞳を見上げて首を傾げた。

「レオナード、あたし怒らせるようなことした?」

「・・・・・・」

無言が逆に怖い。せっかく久しぶりに会えたのに喧嘩はしたくなかった。やっと会えたあたしたちだけど、いつも周りに人がいるから手を繋ぐことさえままならないし、会うのもなかなか神経を使う。もっと一緒にいたいのに、もっと傍に寄りたいのに、喧嘩なんてしたら気まずくなること間違いない。
あたしは謝る代わりにレオナードに近づいて彼の胸に頭を預ける。大きな手があたしの髪をそっと撫でてくれた。

「ごめんね、放っておいて」

「わかってるじゃないか」

恨みがましいレオナードの言い草にクスリと笑いが漏れる。レオナードはずっと無視されていたことが気に食わなかったんだろう。

「あまり不用意に男に近づくな」

「近づいてないよ。誰にも指一本触れてないし触れさせない」

額に口付けが下りてきたので顔を上げると、青い瞳が近かった。触れそうで触れない距離のまま口を開く。

「部屋に戻ろう」

「・・うん」

レオナードへあてがわれた部屋へ歩き出す直前、嫌な予感がして振り返った。なんだろう、胸がざわざわする。

「ヴィラ?」

「・・・・レオナードは先に部屋に戻ってて」

あたしは全速力で会場へ戻る。扉をくぐって嫌な予感のするほうへ自然と足が動いた。そして―――

「百!」

「恵理、・・・・ちゃん」

ざわざわと騒がしく人が取り囲むその中心に、百は口から血を流しながら真っ青な顔をして座り込んでいた。隣でヒューバートがパニック状態になっている。

「モモ!!モモ!!」

「退け、お前邪魔!!アレフ!ヒューバート押さえてろ!!」

異常事態だったからか、アレフはあたしの指示通りにヒューバートを羽交い締めにした。あたしは百の口から流れる血を手に取って匂いを嗅ぐ。

「・・・・毒か」

あまり量は多くない。すぐに百の胸に手を当てて心音を聞くフリしながら治癒を始めた。

「おい、医者を呼べ、ロディお前行け」

「わかった」

人前で気を散らしながら毒の回るスピードに間に合うように魔力を流し込む。レオナードが戻って来たところで、彼が百を抱き抱えた。

「場所を移動しよう」

ここじゃあまりにも目立つ。あたしは頷いてここから一番近い部屋へ向かった。

「おい、モモは助かるのか!?」

「大丈夫だヒューバート、大したことない」

香水を渡しておいて正解だった。百につけるよう指示した“死の晴れ舞台”は解毒効果のある貴重な香水。その昔は命を狙われた王妃たちが好み、己の矜持とプライドをかけて社交界へ向かうときに使用されたという。

百をベットの上に横たえた頃にはかなり顔色がよかった。ヒューバートも落ち着きを取り戻し、医者が来たときは身体を起こせるほど回復できたようだ。

「俺がついていながら・・・」

落ち込むヒューバートに頭を乱暴に撫で回す。髪がぐしゃぐしゃになった彼は少しだけ視線を上げてあたしを見た。

「落ち込む暇があったらしっかり百についててやりな」

今が百の中で一番葛藤する時期。王の隣に立つという重圧を理解し、その責任の重さを思い知る節目。それは支えてくれる誰かがいないと乗り越えられない試練だ。
あたしとレオナードは百の無事を確認すると、さっさと部屋を出て部屋へ戻った。




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